不気味な集落 5
宿で、記録装置をスマートフォンにつないで動画を再生すると、たくさんの魔導師・魔術師が同じ呪文を唱えて波動を送り込み、巨大な赤黒い何かを紡いでいました。集落を結界で覆い、外へ出られないようにしておいて殲滅するのです。
そのまま結界の呪文を唱える者の中に魔法学校の生徒たちが居ました。
クリスティンが生徒の分を束ねていてました。自分たちが出会うときのような余裕もなく、厳しい顔をして、重い反動に耐えていました。見えない重しに潰されそうになっている姿から、六人は目が離せませんでした。
赤黒い何かは、結界の中で少しずつ大きくなりました。それを掲げるようにミユルとハルーミン、そしてもう一人の同じくらいの背格好の魔術師が腕を伸ばし、ゆっくり集落の中央へ向けて歩いていきます。集落の人の皮膚がぼろぼろと脱皮して、ぶよぶよした不定形の透き通った物体が見えました。
退避! という叫び声や、魔法学校の生徒が不安に負けて悲鳴を上げるのが聞こえます。映像はその間もずっと、赤黒を掲げた三人と、そこから逃げ惑う人型をとったスライムを映しています。
人の声が遠ざかり、退避完了という叫びのあと、三人が赤黒を投げ込むように、腕を身体の前へゆっくり、ゆっくり、下ろしていきます。途中で、撮影係の手が画面に伸びて、黒いフィルターをかけました。その直後、三人の魔術師が画面のほうへ走ってきました。背後で、赤黒が大爆発を起こし、画面は真っ白で何も見えなくなりました。
しばらくの真っ白を早送りすると、映っているのは土とところどころにある黒いシミのようなものでした。集落丸ごと、家々や木々が消滅したかのように、何も残っていません。森の中に、ぽっかりと穴が開いたように、一面土が露出しているだけです。
国際機関の腕章を付けた白衣の研究員が、黒いシミのサンプルを何か所か採取し、映像は終わりました。
夜、夏樹はフリューシャとダージュに尋ねました。魔法を使うことで、単純に疲れることと気力を奪われる以外に何か悪いことはあるのか、ということです。
「例えば、ゲームとか小説だと自爆というか、命をささげる魔法とか珍しくないし、そこまでじゃなくても、少しずつ命を削ってる的なものがあるのかなって思って」
二人は顔を見合わせました。先の赤黒のような、難しい魔法では、制御にとてつもない集中力が必要だったりして、精神が擦り切れて死んでしまうことはあります。他には、扱う波動の量が大きいと、集中に関係なく身体に負担がかかることがあります。
しかし、そのような特別に波動をたくさん動かす魔法はそもそも人間ではなくドラゴンや竜人専用と言ってよいものです。長耳族の長老でも読めないような言葉でしか残っていないか、そもそも記録がなく、そういうものがあったということしか知られていません。
「無い、と言いたいところだけど、あの赤黒いやつみたいな、たくさんの人を使って実行するものだと、動かす波動の量が多すぎて人間の身体じゃ耐えられないっていうのくらいで、良く知らないな」
「そんな危ない奴はもう記録もなくって、昔ドラゴンが使ってましたーみたいなことしか分からないから、俺たちもそういうのがあったってことしか聞かなかった」
いつの間にか起きていたハユハユが丸めた草のようにころりと転がってきました。
「だが、自然に流れるのではない量や質の波動を流すことは確実に身体を蝕むのだ。寿命が縮む者も存在したし、まっとうできても見た目だけ早くから老いていった者もおるのだ。
……これからは、生活のささやかなものも、少しずつ、文明の道具に変わっていくだろう。なんたって、道具を使うだけで体に悪いということはあまりないだろうし、同じ操作をすれば、誰でも全く同じ効果が得られるというのは、魔法では基本的にありえないけれど、生活の中ではとても必要とされることだからな」
ころり、ころり揺れるハユハユを見ながら、三人は魔法の座学の基本を思い出しながら話をしました。ハユハユが時々解説を入れる以外、残りの三人は眠っていて時々身じろぎする音しか出しませんでした。
次回は10月1日に投稿します。