旅を始めた頃には 4 夏樹
夏樹の家は、父親の仕事の都合で引越しが多く、短いときには一ヵ月とか三ヶ月しか住まなかったこともありました。夏樹が保育園に入っていた頃には何とか卒園まで引越しをせずに済むようがんばっていた父親は、自分の昇進や仕事相手との関係でどんどん家庭を気にしなくなりました。
母親も夏樹が小学校に上がると、昼間は元の職場でまた働くようになりました。
祖父母の家や仲の良い近所の人などもなく、母親から家に友達を呼ぶなと言われて、夏樹は一人で遊ぶしかありませんでした。
はじめはつらいとおもった夏樹ですが、たまたま、休みの日に父親と遊んだ古いゲームが楽しくて、もう使わない父親から譲ってもらってからは一人でも平気だと、幼い夏樹は考えていました。少し新しいゲームなら、コンピュータ相手の対戦でも十分な相手でしたし、RPGなど元々一人用のゲームなら相手を気にすることはありません。どうせ古いゲームで誰も知らないし、ネットで調べれば攻略も裏技も変わった遊び方も何でも見つけられるのだから、友達が出来なくても夏樹は気にしていませんでした。
むしろ、友達が出来たら、きっと僕のことで両親に心配をかけてしまう。夏樹はそう思い込んでいました。
いじめられたり避けられたりすることはなかったものの、積極的に誘ってもらったりすることもなかった夏樹ですが、それでも学校は彼にとって安らぎの場でした。むしろ、家に帰って部屋に入るまでのほうがつらい時間でした。苦痛だったのが両親のことだからです。
夏樹自身は両親とうまく付き合えていましたが、両親は互いを嫌い憎むようになってしまい、夏樹が中学三年生の夏、両親は離婚しました。
離婚してからも事後処理があって同じ家に三人で暮らしていましたが、ある日突然、母親が家中の父のものを窓から庭へ投げ捨て、そして夏樹にも、翌日から遠い田舎の親類と暮らすことになったと宣言したのです。高校生になり、志望校への意欲がそれなりあった夏樹にとっては、死刑宣告のようなものでした。
どうせ平穏に生きていけなくなるなら、何でもやってやろう。その日の夜、夏樹は大学をあきらめることにしました。必要な知らせを学校に郵送し、就職や留学について調べていたときです。
『海外生活を最低三年間送るだけ!簡易なレポート提出で謝礼最大一〇〇〇万円!』
そんな記述を見つけた夏樹は危ないサイトではないことと、政府の調査に協力するための募集の一環であることを確かめた上で、その場で申し込みをし、荷造りをしたのでした。
翌日、親戚の家へ行くと見せかけ、まったく別の路線に乗り換えた夏樹は、雑居ビルに構えられた事務所で、法令で決められた最低限の説明のみ書かれた冊子を持たされて、異世界シェーリーヤに放り込まれました。親戚の家に、手紙だけ出しておいて正解だったなあ。視界がぐるぐると回りながら暗くなっていく中、夏樹は意識を手放したのでした。
夏樹は芝生の木陰で倒れていました。目を開けると、陰をさしている樹には見たことのない模様の鳥が止まっているのと、知らない人が近くに座ってじっと自分を見ているのが分かりました。
その人は耳が長く先がとがっていて、耳たぶに銀色のピアスをはめていました。ミリタリー系にあるような、深いオリーブドラブの上下を着ていて、腰のベルトからは大工道具の柄のようなものや何かの取っ手が見えていました。髪の色は深緑色で、瞳は金色でした。
明らかに、日本人でもなければ、夏樹が知っている海外の人でもありませんでした。夏樹が知っているものに当てはまるとすれば、古いゲームのなかのエルフの村人でした。ほんとうにたどり着いたのだ、と夏樹は驚きと安堵に包まれました。
「連絡を受けてみたら、なんと適当な。もし私が見つけていなかったら、彼らは君のご家族になんと説明するつもりなんだね。それとも、アーシェ人は大雑把なのかい?」
エルフの男性は夏樹を支えながら抱き起こし、水を飲ませてくれました。集落までは距離があるから、まずは歩けるまでしっかり休みなさい、と男性は夏樹の体の上に毛布代わりにマントをかけてくれました。
地球には魔法や波動の知識・経験を持つ人がないから送り込む道が安定せず、1キロくらいずれてしまうことがあると冊子に書いてあるのを後で夏樹は見つけるのですが、そのときは
(考えてみたらそうだよなあ、乱暴だよ。それも、森の中じゃ迷子になるし)
そんな風に考えていました。
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それから、集落で外見が近い人の家に案内され、ここから第二の人生が始まるのか、と興味深々だった夏樹は、歓迎の食事会でいきなり、一言も喋ってない相手と共に一緒に旅に出てくれと言われ、あけかけた荷物をまた全部まとめなおしたのでした。そして、翌日の集合場所に行っても、一緒に来た案内の人や見送りの人しか居なくて、夏樹は心配になったのでした。
その後も、それほど運動が得意でなく、長く歩く経験が少ない夏樹は自分のペースが出来るまですぐに疲れきってしまい、時々、同行者の背中に背負われて眠ったりしていました。失敗をしてしまってけんかになったりもしました。
しかし、ふとしたことで家族の話になり、夏樹は嫌々、自分の両親のことと、自分がどうやって部屋で過ごしてきたのかを話しました。
話を聞いた二人とも、両親が離婚なんて気配もないし、集落が小さいからいじめがあれば大人がひとりひとりとじっくり話し合うことが出来、いじめられっぱなしということはありません。仮にいじめがあっても、学校の外に村での役割とか、家とか、集落のどこかのお気に入りポイントとか、どこかに自分の世界というか、居場所があります。
夏樹がこれまでどうすごしていたのか、話を聞いて初めて、フリューシャとダージュは、夏樹と本当に打ち解けるきっかけをつかみました。そしてあくる日、夏樹を騙した悪徳商人の悪事をどうやって認めさせるか考えていましたが、答えが見つかる前に、その悪徳商人は大通りの真ん中でドワーフの女性にボコボコにされてしまったのでした。
次回は29日(金)、30日(土)あたりに投稿します。