『最後』の場所 2
女の子が合言葉を言うと、反対側から扉が開いた。長耳族の老人がひとり立っていた。
「ようこそ。最後の旅人さん」
再び、天井は高くなり、道幅も初めから三人は並んで通れるくらいに広い。植物鉱石が生きていて、鉱石部分が時折きらめく。壁中に幾何学模様や動植物をかたどったレリーフが刻んである。その通路を進むと、まるで地上に出たのかと思う縦横共に広い空間があった。魔法なのか、地下なのに時間通りに明るい。木々の種類が違うことを除けば、開けた場所にある長耳族の普通の集落の光景にしか見えない。
どうせ教えてもらえないだろうと、最後の試練をくれる人を探すために駆けだした者たちを、進行方向の先、やや遠くから呼び止める声がした。壮年の長耳族の男性が息を切らせながら走ってきた。
「待ってくれ。今すぐ案内する。全員で来てほしい。」
壮年の男は悲痛な面持ちであった。引いてきた乗鳥にうまく分乗し、急いで駆けた。目的地につくまでに、男は話をした。
『巡礼』は、元はこの場所に残された、数万年前の古代文明の人々が祈りをささげた礼拝堂を目指す、まさに巡礼のための旅だった。礼拝堂には、創世の女神がまつられている。昔々には、『巡礼』は一生涯に一度その礼拝堂の女神像を拝むための旅であった。
細かい目的は、時間と共に忘れられて、巡礼という呼び名とただ女神像を拝むことだけが残った。女神が魔法の元を編み出したと言われ、魔法を使う者は女神に感謝すべきだという教えだろうか。
数千年間の間、地上の多くは魔物が闊歩しており、数百年前からの冒険者の時代にやっと人の住む町を街道でつなぎ、その周りだけかろうじて魔物の出現をなくすことができただけだった。そんな時代、冒険者として経験を積まなければ、長い旅をすることはできなかった。それで、長耳族の人々は、大人数でまとまって巡礼をした。
異教徒などからの破壊を避けるため、礼拝堂の位置と存在は長老格の秘密とされた。
長耳族は生活の中で魔法を覚え、もともと、それぞれの出身地で長老の前で魔法を披露し認めてもらう成長の儀式があった。それと巡礼がいつしか合体し、形を変えていき『試練』と『巡礼』が出来上がった。礼拝堂への道筋には、四属性の魔法陣を扱えなければ開かない封印があり、『試練』は魔法の扱いを見る目的で付け加えられた。
形骸化されつくしたとはいえ、『試練』では魔法の力を見るし、『巡礼』で礼拝堂を探す力を見るという形は変わらない。だが、それも変わらざるを得ない時が来ているのだと、男は語った。
「最後の『試練』は、封印そのものだ。案内を受け、封印を開ける。その先で女神の声を聴き、生まれ育った村の長老に報告することで完了する。まあ、村によっては礼拝することが伝えられず、ただこの町に来て、魔法陣を見せて、帰っていくこともある。それにしても、最後の『試練』の監督が必要だ。
……だがその役目を果たせる者は、もういない。」
案内された先には、三メートル四方くらいの部屋があり、その一角に寝台があり、魔法で乾燥させた遺体が横たわっていた。男らによれば、その遺体が最後の監督であった。もう、このアル=カディアには、礼拝堂どころか封印の位置を知るものはいなくなった。魔法の素養があれば、自ら力場を探したどり着くこともできる可能性はある。だが迷路のような町の通路を彷徨ううちに力尽きでしまうだろう。
「誰か、場所とか方向とか、手掛かりとか、教えてもらってないんですか?」
夏樹にたずねられても、男は答えない。町の人は? と横からダージュが口を挟むが、男は首を横に振った。
「彼の家は、その役目を世襲にしていた。そして、彼はおそらくわざと、あえて子孫を残さずに死んだ。私が先ほど話した、巡礼の目的なども、全部、つい先日彼が無理やり聞かせてきたものだよ」
遺体の上に、遺跡の中に生えている植物のつるや根を使った紙が置かれていた。そこには、古めかしい様式の長耳族の文字を使って、とてつもなく癖の強い筆跡で文章が記されていた。
『もう我々は必要ない。古い信仰を捨てよとは言わないが、失われた意味を取り戻すことはない。ここに、全ての同胞への『試練』を終えることを書き記す。
これを読んだ者と、私の最期の友らは、これを手にして、全ての同胞に伝えるべし。それを『試練』とする。』
前の遺跡でもたらされた伝令は、監督者の危篤を伝える者だったのだと、フリューシャたちはここで初めて気づいたのだった。
次回は7月6日に投下します