なぜ気づかなかったんだ 4
「いえ、その」
商人が口ごもったところで、フリューシャとタリファがあの茶の仕組みを説明した。商人の持ち込んだカップのままあの茶を数杯飲み干すと、めまいや気絶を起こす。さらに、半日ほどたってから具合が悪くなる。もともと体調が悪かったり、体が弱い人や内臓が悪い人だと、死ぬ場合もある。
「スープに入れた『茶葉』は、こういうときのために持ってた薬草だよ。本当にお茶にもするけどね。あの茶葉や近い場所で取れるものに効くよ」
クリスティンが護衛を呼びつけ、商人は囲まれた。
商人は、前の町で茶葉と食器類を渡され、これで食事をさせ、クリスティンが気を失ったところでこの宮殿内の金目のものを奪うことと、地下牢に捕まっている人に合言葉を言うように頼まれたのだと釈明した。
「成果に応じて礼をするからといわれたのもあるが、断ったら殺されてしまうから、どうしようもなかったんです!」
商人は泣きながら床に頭をこすって土下座した。クリスティンが頭を上げるようにいうと、商人は子供のように大声で泣き出した。殺される!などと叫んでいるのでさっと護衛が口をふさぎ、未使用のおしぼりで商人の顔をぬぐった。
クリスティン個人よりは、彼の一族、もしくは国自体を狙いにしたたくらみがあるのだろう。落ち着いた商人から改めて事情を聞き出したクリスティンとフリューシャは、商人が国内のスパイへの伝令役だとわかった。そして、商人は本当に巻き込まれただけで、合言葉……伝令の言葉は教えられていても、意味する内容は知らなかった。
クリスティンに命じられ、フリューシャたちは護衛の冒険者として商人と共に出国した。茶葉をもらった場所は、大きな酒場だった。個室を利用すれば、大声を出さない限り聞かれない。商人はある予約済みの個室に入って、人を待った。隣の個室にフリューシャたちが隠れているし、実はクリスティンの私兵がじわじわと店の中も外も包囲している
「のこのこと来やがって」
やがて、五人の、黒フードで姿を隠した男が入ってきて、商人は震え上がった。殺される!と叫びかけて男のリーダー格が顎をつかんで頬をつまんだ。
「黙れよ。言いがかりはダメだぜ。そういう物騒なことを言うと、『勘違いされ』ちゃうだろう?」
四人のうちの一人が、リーダーの合図でどこからかナイフを取り出して見せた。わざと光を反射させて恐怖をあおる。
そこで、ナイフが急に燃え上がり、ぐにゃりと曲がった。
「勘違い、ではないだろう?」
遠くからの声。腕や足に縄のように水が巻き付いて、ナイフの男は動けない。他の三人にも水は巻き付いている。フリューシャとダージュとクリスティンの魔法だ。
どこに潜んでいたのか、クリスティンの私兵が五人を囲む。個室の出入り口は一つしかないうえに、個室自体を取り囲んでいて、五人に逃げ道はない。
おとぎ話の大魔導師のように空間転移でもしないかぎり、逃げられない。だが、おとぎ話以外で自由な転移など存在しない。せいぜい、ダンジョンの入り口の一か所に魔法陣を張っておき、身動きが取れなくなったらそこへ戻るというのが伝わっているだけだ。なお、魔法陣から一定以上水平距離が開くと無効であるし、素質が多分にあっても魔法を使う本人だけしか飛ばない。
「観念したまえ」
自信たっぷりにクリスティンが歩み寄る。楽しそうな顔である。
「やれ」
あっとうまに私兵が五人を縛り上げて拘束し、魔法や武術封じまで施した状態で彼の国へ連れ帰っていった。
「ふっはははは!ふっは、もがっ」
フリューシャたちは高笑いするクリスティンの口をバンダナでふさいで、彼を引きずりながら私兵たちの後を追うのだった。
次回は2~3月中に投下する予定です。