あえて知らないままにしておく
魔物騒動からひと月近く経ったある日。シュピーツェとアクヴァが病院を半ば無理やりのように退院していったことを、ようやくフリューシャたちは知ることになった。入院していた病院からわざわざ宿まで人が追いかけてきた。
一緒にいないのですね、と病院から来た人に言われて、フリューシャは何も言い返さなかった。タリファが適当にお茶を濁す。あのアクヴァという人とそのまま二人でいるということだけでも、出来れば黙っておきたい。誰と一緒にいるのかというのも、足取りの手掛かりになる。
手掛かりは、私たち自身も持っていないほうがいいと五人ともが認識していた。下手に追手が現れて痛い目に会いたくはない。波動を調べれば、拷問される前に本当に知らないということだけはわかってもらえる。
退院するときに、二人と一緒に身元引受人がいたと、病院の人は言った。それで、商人として色々な情報を持っているタリファには思い当たるところがあり、身元引受人が知らない人だという以外、あえて人相や話していたことなどを聞き出さないよう、他の人の話をわざと遮ったりした。
「あの、シュピーを連れてった冒険者の人、見ため的に、シュピーが知りたかった情報を持ってたと思うのよ。それで、あの魔物の依頼を受けたときに、パーティを単純に半分にしなかったり、分けずにひとつにもしなかったということは、まあ、あの怪我がなくても、依頼が済んだら分かれて行動するつもりだったと思うのよ。」
病院の人が宿を出てから、タリファはぼそぼそと話し始めた。ダージュが
「身元引受人ていうのがその冒険者の知り合いだろうとは思う。あんたのさっきの話しかた的に。」
彼女に少し近寄って、床に座った。
「おそらく、その身元引受人は、情報を持ってきたんだろうな。それで退院を促したんだろう。」
フリューシャはそのままぼそぼそと話をする二人の前に歩いていった。座るときにばさりと大きく服の裾が動いた。
「ねえ、『関係ない』って、それでいいのかな。…………って、前の僕なら考えちゃったかも。」
二人は、いいのかな、のところでひきつった顔をして彼のほうへ向きかけ、発言の最後でほっと安堵した。
「前だったら、仲間のことだから、僕たちもシュピーツェたちを追いかけていかなきゃって、考えたのかなって。
だけど、仲間だから全部お互いのことを話さなきゃいけない、秘密があっちゃいけない、というのはさすがに僕も思わない。
まして、何か難しいことに首を突っ込んだせいでどこかの軍隊に追われるとか、そんなことになったとしても、お互いを守り切る力はまだないし。それで僕たちの誰かが傷ついたら、傷ついた僕たちのうちの誰かよりシュピーツェの心のほうが傷つくんじゃないかなって。
あの魔物と戦う前と、後の、人たちを見ていて、彼らと話していてだろうと思うんだけど、そう思った。」
思うんだけど思った、ってなんだそれ、とダージュが笑い出した。中身に関しては彼も笑うつもりはない。ただ、なぜずっと考えが変わらなかったんだよ、とツッコミたいだけで。
ダージュより付き合いの短いタリファや夏樹も、内容ではなくダージュが笑っているのにつられて、くすくすっと声をこぼしている。
「こちらから連絡を取る方法も用意しなかったし、旅を中断して待っているわけでもない。向こうがうまくやって、再会できるまでは、我々だけでやっていけばいいのだ。
それどころか、そもそもタリファとテトグは、三人の成人の儀についていく必要はないし、テトグはどこかにいい街があればそこで定住して、少しずつほかの獣人たちを呼び込めば目的にかなう。
私は、先生の言いつけがあるから、別の言いつけをもらわぬ限りはフリューシャに付いていくことになる。」
ベッド脇のスツールの上で、ハユハユがぐるんと転がった。落ちそうで落ちない、ぎりぎりの位置でとどまった。
三人の耳のピアスには線が五本入っている。このまま北を目指してもよいが、あと二、三本入れて行こうと三人は話し合って決めている。
次回は今年中のどこかで投下します。