休息は退屈か 2
アーシェの西洋風のものの半分ほどの深さの看護用バスタブに横たえられたシュピーツェは、洗髪から足の指の爪切りまでほどこされた。衣服も下着から検査着まで清潔なものにすっかり替えられて、この上ない快適さを味わいながら元の病室に運ばれた。
配膳されていた食事を食べ終わると、アクヴァからあの魔物の顛末と、他の冒険者パーティの無事を伝えられた。ただ、自分たち二人がそれなりに回復した事実は、このトゥルカン市近隣で依頼を受けたふたつのパーティの人しか知らない。
フリューシャたちへ知らせてくれるような知り合いはいないが、例えば彼らが商人の護衛を受ければ連絡網で例の魔物の討伐を知るだろうし、そうでなくとも街道の掲示板の記事で『負傷者二名』という記述をどこかで目にするだろう。
ふたりの当面の目的地は、もっと手前で街道が分かれた先なので、ある程度治ったら少し東へ戻らなくてはならない。しかも、今回のけがで容貌の簡素な説明が記事に乗ってしまうので、もしかしたらシュピーツェの追手が気づいてしまうかもしれない。
「行き先が山奥でよかったな。人もいないし、街道もないし、おまえさんの出身みたいに、よそ者の出入りを見張ってくれそうだからな。じっと隠れてるにゃちょうどいい」
一口残っていた薬草茶を飲み干してカップを置いたシュピーツェがふと見ると、アクヴァも同じようにカップを置いたところだった。目が合う。これで相手がにこっと微笑んだりしたら、若い女はころっといくんだろうか。今までなら考えなかったような、そんなことを考え、シュピーツェは吹き出しそうになった。
なんだ、とアクヴァが首を傾げ、シュピーツェは、疲れてんだなあと思っただけさ、と答えた。
「あんだけの目に合ってこんなにも寝こけてたんだ。体力なんて空っぽよりマシってくらい残ってりゃ十分だろ」
笑いだしたら結構腹に力を入れてしまって痛みがぶり返し、ぐ、と唸り声が出た。その様子を見ながらアクヴァは笑っていなかった。さっきまでは自然な表情だったが、無表情と言うか、硬いというか。彼の目線の先を視界に入れて、シュピーツェも笑いが消えていく。
シュピーツェは少し上体を起こし気味にしてベッドに横たわっている。アクヴァはシュピーツェのベッド脇に椅子を置いて座っている。アクヴァは自分のベッドのほうを何気なく見て、表情を変えた。
彼のベッド脇に、見舞いを装った何かがいた。
長耳のハーフで、成人手前くらいの男の子だ。髪を高く結い上げ、女性のような飾りを編み込んだシニョンを作ってある。和服のような前合わせの紺色の上着を帯で留めて、下はありふれたスラックスを履いている。東方のものを扱う商人のような姿だが、どちらにもそんな知り合いはいない。親類や弟子という線もない。
見つめあいが続く。間合いをはかりつつ、三人ともその場から動かない。アクヴァは身構え、シュピーツェはかかっている薄い布団の中に手を入れていたので、中に隠しておいた魔法具に手をかける。男の子も、アクヴァに似た、すぐに動き出すための構えを取り、じっと二人を見据える。そして、前合わせの上着の懐に手を入れて、
「動くな」
突然発せられたシュピーツェの低い声に手を止める。アクヴァがゆっくり近づいて、少年の懐から、入りかけた手を引き抜き、自分の手を入れ、中にあったものをそっと取り出そうとした。
引き抜きかけたところで、男の子は手を止めた。
「あの、ごめんなさい。僕はアクヴァさんに伝言があって『里』から来ました。」
男の子はそのまま早口で数字の羅列を言い、アクヴァが別の羅列を返してから、ほう、と息をついた。
「シュピー、彼はわたしたちの仲間です。『里』はわたしたちがいたような集まりの一つを指します。どこの『里』かはわかりませんが、わざわざ来たということは、わたしたちが目指していた集落に近いところでしょう。」
シュピーツェはアクヴァの様子を見て何も持たずに布団から手を抜いた。