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ひとたびの別れ 4

『例の魔物』が一瞬これまでのうなりと全く違う甲高い声を一声出しながら、不気味な霧を体から噴き出したように見えた。リーダーは、逃げ遅れた一人が吹き飛ぶのを見て、彼はもう死ぬのだ、とあきらめかけた。

 霧に見えるそれは、触れた者を切り刻む魔法の風であった。だから避けるには、風が吹き出さない方向に逃げるか、届かない距離に離れるか、魔法の主に触れているしかないのだ。


 だが、吹き飛んだ人は、恐ろしく切り刻まれたりはしなかった。そして、すぐに駆け寄って治療を施す者が二人あった。どちらも、代わりに魔法の風を受け、鎧で覆われていない部分は切り傷だらけになっていた。


「リーダー、俺たちがこいつを運ぶ。どうせこのざまじゃ前衛に立てない。俺は鎧の金具をやられてる。」


 血を流し、叫びながら、倒れた者と自分に処置を施していく。


「了解。あとで、あんたたちの名を教えてくれ。下がったら、前衛を二人こっちに。」


 途中から遠距離魔法を撃っていた夏樹とフリューシャは、切り傷だらけの二人が同じパーティのシュピーツェとアクヴァであると気づいた。心配だが、勝手に離脱するわけにはいかない。魔法を撃ち続けるのは集中力と魔力が持たないから、密に休憩を入れなくてはいけないが、一人無視して倒れたため、その場でローテーションを決め直して回し始めたばかりだ。




 膠着状態は夜が明けるまで続くはずだった。時々魔法攻撃が薄くなり、人の背丈ほどの幅がある一歩を何度か進ませてしまった。交代ミスや寝落ちが原因だ。リーダーが必死にやりくりを考えるが、寝落ちした数人以外の全員が起きて前線に立っているありさまだ。

 本当なら余裕を持たせるはずが、余裕がなくなってしまった。責任の所在は後でいい。これ以上歩を進ませたら、商人たちを即逃がして自分たちも隙を見て散らばるだけだ。




 あとひと時かふた時で夜が明けるだろうという時間。最初の負傷者が前線復帰したが、その際にリーダーに悔しそうに報告した。


「俺を助けた二人が目を覚まさない。名前はシュピーツェとアクヴァ。四号車担当のパーティの奴らだ。傷の手当は医師が済ませた。俺の足は治療院か病院じゃないと治せないから俺は魔法に転向だ。前衛が減ってるときに、本当にすまん。」




 それから太陽が昇るまで、前線は膠着した。歩を進ませることはないし、範囲攻撃のあの魔法の霧はリーダーの位置なら見切りやすかったので笛で合図して回避できるようにした。商人の決断で、商品の魔法石や道具、武器防具、弾薬や矢を使用して、あと半時少しを、リーダーは全力で攻撃するように指示した。魔法は全力を出すために人を二つに割って交互に撃つようにした。

 魔法石や魔法具の力で、気力さえ持てば打ち続けられるならいいのに、と夏樹は思うのだった。




 やがて、待ち望んだ明かりが、空に差した。その光は徐々に星空を追いやり、黒から紺へ、紺から藍へ、藍から瑠璃へ、青を呼び戻した。魔物は動きを止め、ぼろぼろと表面から剥がれ落ちて、黒い石を盛ったようになった。人々はやっと攻撃の手を休めた。




 空が完全に空色を取り戻し、黒い石が砂のように崩れ去った。それでも、シュピーツェとアクヴァは目を覚まさなかった。胸の上下が、呼吸を示して、何とか生きていることだけはわかる。外傷の手当と、あごを動かして液体の鎮痛薬を飲ませ、体の何か所かを冷やしてやるしか手の施しようがない。

 残った車の商人が、二人を乗せるよう言った。使った道具は格安で譲り、返さなくていいと商人は付き人を通さず直接話した。急ぎの商品は先に逃げた商人しか積んでない。


 二人を乗せた車に冒険者が連れていた乗鳥を急いでつないで出発させ、最寄りの詰め所から救急用の通信を入れてもらった。


 外観の特徴と二人の様子を伝えた商人たちの車が街道を西へ向かう頃、乗鳥の冒険者以外は後片付けと魔物の討伐に関する連絡を済ませているところだった。片がついて、フリューシャたち五人と一体が街道の詰め所を訪ねたときには、既に二人は搬送されていた。


「何も、言えなかった。」


 詰め所を出たフリューシャがぽつりと呟いた。


「どれだけ、普段からいろいろ話してあっても、いざこういうことになると、話せないまま別れるって、怖い」


 五人は西へ伸びる街道の端で、しばし佇んだ。予報ほどの大雨ではないが、ぽつりぽつり、雨が降り始め、五人は我に返って、ほかのパーティと合流し、先に逃げ伸びた商人たちのもとへ向かった。

次回は5月下旬に投下する予定です。

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