休まらないひと休み 4
アクヴァが隣に座り直し、水を一口飲み込んだ。シュピーツェは笑うのをやめて、まずフリューシャたちと出会った時のことを話し、その時に憶えていた、何かに追われているという記憶について話した。
彼らに話したよりも詳細に追っ手について覚えていることを話した。今まで旅する中で通ったどの国の兵士とも違う服装。細かい抑揚まで整った、あるいはすべてばらばらな、書き言葉そのままの統制語を、何か声を変える装置越しに話している。顔は隠し、唯一見える瞳は標準種の平均の色で、体格も中肉中背で特徴がない。
「多少は、追っ手の目星はついてる。軍隊かどうかはわからないが、そこそこの規模か力がある組織だろうということと、表には出ないような奴らだろうということ。例えば、表向きは軍とか警察で、その中の諜報や計略を担うような部署とか、な。
アーシェの小説や映像物語で出てくるような、世界を裏で動かせるようなもんじゃないとは思う。あんなのだったらこうやって俺が旅をしている間に行方をつかまれて死んでる。」
シュピーツェは候補として、いくつかの国の軍を挙げた。
鎖国的な政策をとり昔から軍隊の国と呼ばれるツァーレンなら外国でもお構いなしに行動を起こしそうだ。
大国アルネアメリアの軍は一見組織の透明度が高く疑われにくいかもしれないが、まだルプシアだった時代の軍には非人道的な魔法実験を行う部隊があったために小説のネタとしてアーシェに輸出されている。
今は上品なイメージのあるエルシアなどかつてはツァーレン以外で唯一化学兵器や生物兵器の開発を結実させ、その土壌汚染は百年以上たった今も続いている。
「軍ならいくらでも候補はある。どこかは今は分からなくてもいい。そいつらが何をしていたか、俺に何をしたのか、俺が何をしたのか……つまりは何故俺は追われていたのか、だ。
俺があんたが考えたような被験者なら、俺は何か軍の秘密作戦に使われ、秘密を守るために始末したいんだろう、と筋が通る。持ち物から俺の身分が分からなかったのも、作戦行動の一環として念入りにそういうものしか持たせなかったってわけだ。ただ、そこまでの予想なら、わざわざこんなとこでなくても、人がいなけりゃ十分話せる内容だ。」
シュピーツェは少しせき込んで、水でのどを潤した。アクヴァが水を注文し、数杯分の入ったポットを店員から受け取って戸を閉めると、シュピーツェは話を再開した。
「このリンドにきて少しした頃に思い出しかけて、あいつらには話してないことがある。
あんたの村と関係があるかはわからないが、俺のそばに、あんたみたいな普通じゃない見た目の奴が何人かいたんだ。本隊に随行して、工作を行う。出身が分からないように、わざといろいろ混ざった、変な統制語を話す。本隊は本隊用の特別な言語や符丁を使っていて、俺たちはそれが分からないようになっていた。本隊のことが思い出せれば大きな手掛かりになるんだが、さすがにそこまでは思い出せていない。
ただ、俺の今の名前のもとになっている、唯一の手掛かり『Spiietse』が、作戦用のコードネームか符丁か、実際に俺が使っていた何かであると強く思える。思い出した記憶や夢の中で確かに誰かが俺に向かってその言葉をかけていて、その中の俺は何か返事をしていた。」
何か似たような符丁を使った人がいないか、探してくれないか、とシュピーツェはアクヴァに頭を下げて頼んだ。アクヴァは水を飲み干し用足しをしてから、そろそろ戻ったほうがいいですよと声をかけた。
店を出て、アクヴァはシュピーツェに分かりましたやってみます、と答え、何か紙切れを手に握らせて足早に去っていった。
次回は明日投下します。