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月の横で

「おい、土産は? ムートムの丸焼きは?」

「無い。っていうか、あれ銅貨60枚もするじゃないか」


 二人が帰宅し、シルバにお土産を渡しているとフォードが目を輝かせながらエイタに尋ねている。どうやら私的な土産を期待していたようだ。銅貨60枚もする土産を要求するのだから金銭感覚の違いがよく分かる。


「何だ、自分の服だけ買ってきたのか……うん? ルジュナどうしたんだ、その髪飾りは?」

「へ? えへへ、エイタさんに買ってもらったの」


 ルジュナはその場で一回転し、誇るようにバレッタを披露した。フォードは嬉しそうなルジュナに対し相槌を打ち、一通り話し終えるとエイタの方にやってきて小声で問い詰めてきた。


「あの髪飾り、凝った作りをしているが相応に高かったんじゃないのか?」

「ん? ああ、銀貨3枚くらいしたな。何か問題があるのか?」

「銀っ……銀貨3枚って……お前は金銭感覚が狂ったのか?」

「……あんたに言われたくないな」


 エイタはルジュナに金額を知られるわけにはいかないと考えていた。理由は単純で、ルジュナがお金のことを気にすると思ったからだ。

 今日一日と初めて会った日のことから推測しても、とてもいい身分とは思えなかったのだ。


「ふん、男が女に贈り物をするんだ。それくらいはしないとねぇ」

「「───ッ!!」」


 突然の背後から話しかけられ二人の身体がびくんと跳ね上がる。

 肩越しに見ると両手に皿を持ち料理を運ぶシルバの姿があった。今日はエイタが目を醒ましたということで随分と豪華な料理となっている。


「フォード、あんた女にモテた事ないんじゃないのかい?」

「ハッ、モテるモテないじゃなかったんだよ、貴族ってのはな」

「あっそ、まあ女に惚れたら分かるよ」


 シルバがケタケタと笑いながらアドバイスを贈る。重ねた経験は伊達じゃないようだ。

 エイタもその意見には共感するのだが、なんとなくやりきれない気持ちになってしまった。目の前にいる自分より幾年も歳をとっている女性と同じ感性を持つまでに至っているのだ。

 それにエイタは今まで積極的に女性に詰め寄ったことはない。

 佐藤センパイの強引さから学んだとも考えられるが、何だか自分が自分じゃなくなったような感覚に襲われる。


「……あまり動揺しなくなってるし記憶も冴えている。やっぱりあの時言っていたスキルとやらの効果か?」



 固有スキル


記憶術えいぎょうのずのう』 『作られた表情えいぎょうのかお』 『折れない心えいぎょうのこころ』  『観察眼えいぎょうのめ』 『口八丁えいぎょうのくち』 『疲れ知らずの脚えいぎょうのあし』 『弱者の懇願』 『契約』 『昇格レベルアップ



(これって俺が渡界した時に思ったこと・・・・・だよな)


 スキルのもとを理解しても肝心の効果はわからないのでは意味がない。


「フォード、俺がオーク達を倒した・・・時に何が起こったか教えてくれ」

「……お前が気絶した後、銀の雲がオーク達を襲った。まるで針の嵐だった。そして奴らは穴だらけになって死んだ・・・。微塵の躊躇なくお前の能力が殺した・・・んだ」


 フォードの言葉を聞いて、エイタは思わず顔を顰めた。考えないようにしていたからだ。自分が他者を殺したということを。

 しかしエイタは確かに殺したのだ。気絶していたとはいえ、紛れもなく自身の能力で、自身の意志で……


「……ああ、そうだな」


 正当防衛という単語がエイタの頭に浮かんだ。そんな自分が恐ろしくなって、分からなくなって、エイタは部屋から出て行った。


「……動揺してんじゃねぇか」


 フォードはガシガシと頭を掻きながら言い捨てる。


「あんた、友達もいなかったんじゃないのかい?」

「余計なお世話だ、クソババア。俺なりの優しさなんだよ。ところでルジュナはどうした?」

「……外で水浴びしてること、伝え忘れたねぇ」


 エイタがいなくなった部屋で二人の話し声と食器を並べる音だけが響いていた。



 ☆



 エイタが家の外に出ると辺りは暗闇に包まれていた。暗闇と言えども完全に視認できないほどではない。新月なので月明かりこそないものの、空に浮かぶ幾千の星の眩さは東京の星のそれとは比べものにならなかった。


 そんな静寂に包まれた中で水の流れる音がする。この辺りに魔物はいないが、突然発生したという可能性も拭えないので、エイタは物陰から顔を出して覗いてみる。


 生活魔法によって家から漏れる明かりに補正されて目に入るのは艶やかな女の裸体。

 闇夜に浮かぶ双丘は大きさは手で覆い隠せるほどだが、その形には称賛があって然るべきのように思える。

 濡れて輝く金の髪は星の光を吸収し、その容貌は淑やかに佇む月のようだ。


 エイタはその芸術品ともいえる裸体を前に息を呑んだ。一瞬時を忘れ、思考は呆けて、ついつい感嘆の意を漏らしてしまった。


 ともすれば当然バレる訳であり、あらぬ疑いをかけられるわけでもあり……


「エッチ……」

「えっ、あのっ、ちがっ……!」


 手元に置いてあった服を慌てて取り、そして頬を少し膨らませてこの言葉だ。

 惚れている方からすれば堪ったものではない。完全に否定しきれないのだから。


 今の彼ならば、さっきまでの悩み無くなったんじゃないの? と言われても何も言い返せないだろう。



 ☆



「……そうだよね。私も同じだよ。死んだらみんな同じなのに、ね。私は手も合わせなかった。心の中で祈ることもしなかったよ。人も動物も亜人さんだって同じはずなのにね」


 粗方誤解(?)を解いた後に、エイタは一頻り事の顛末を話した。すると、やはりルジュナも思うことはあったようだ。


 人間である以上『死』からは逃れられない。そもそも死は誰の上にでも降りかかり、いつの間にか消えてゆくのだ。

 しかし、それが自分と関係づけられれば話はとたんに変わる。ジワリと落ちた黒点は消えぬ痕を刻む。

 それは一種の心理なのだろう。科学と知識で解き明かされる一つの論題に違いない。

 だが、それを理解したものを人間とは呼ばない。


(いや、呼べないのか……)


 エイタは思案に耽る。

 横にいる女性のことも忘れる程に没頭していたが、話しかけられたので思考を切り替える。


「エイタさん、家族はいる? 向こうに残してきた家族……」

「えっ? あ、うん。 妹が一人だけ」

「私もね、向こうに子供たちがいっぱいいるの」


 エイタの眼が解り易く見開く。もっともそれはルジュナが子持ちと言うことではなく『いっぱいいる』という言葉に対してだが……

 外見から察するにルジュナは19~22歳程度だ。どう見ても何人も子供を産んでいるようには思えない。


「へっ? わ、私の子供じゃないよ!?」


 エイタの視線に気づき、ルジュナは即座に否定した。その上でコホンと一つ咳払いをし、身の上を語りだす。


「エイタさん、ジャック・ザ・リッパーって知ってる? 」

「ああ、勿論。もちろん知っているよ・・・・・・・・・


 エイタの顔が苦渋を舐めたように歪む。


「その人にお母さんが殺されて、私は売られちゃって……。私ね……私、奴隷だったんだ。そのお家が没落して、私はそのまま逃げだして、どこかも知らない町の裏で子ども達と一緒に暮らして……あぁ、今どうしてるかな? ご飯ちゃんと食べれているかな? 恐い病気にかかってないかな?」


 心配そうに空を見上げるルジュナを見て、エイタがぼそりとこぼす。


「……なあ、ルジュナ。俺は本当に君を助けてよかったのかな?」


 ルジュナがどうしてそんなことを言うのか? と言う目でエイタを見つめる。

 その眼に耐えきることができず、抑え込んでいた感情を吐露してしまった。


「だって! もしかしたらこの世界は夢で、どうしようもない幻で! 死んで目が醒めれば元の世界に戻れるかもしれなくて……「エイタさん」」


 ルジュナがエイタの言葉を遮り、そっとエイタの身体を抱き寄せた。そして気恥ずかしそうに離れ、少し距離を置いて口を開く。


「私はあなたに言葉を掛けられて安心した


 あなたに守られて胸がドキドキした


 あなたに手を引かれて顔が赤くなった


 あなたに私を知られることがすごく不安だった


 あなたを抱きしめて心臓が止まるくらい恥ずかしかった


 あなたと笑い合って恐い気持ちがなくなった


 あなたを愛せてとてもうれしい


 あなたに愛してもらって─あなたと一緒に生きれて、私は本当に幸せ


 あなたは、エイタさんは私に幸せをくれたんだよ?


 だから……だから! そんな悲しいことは言わないで」


 ルジュナは目の端に少しの涙を浮かべながら弱弱しい笑みを浮かべる。


 そんな強かで、か弱い彼女から強く感じるのは『生』への価値観の違い。


 この世界に来てから死んでもいいと何度思ったか。

 もう自分は助からないのだと幾度となく悲観した。


 だが、横にいる彼女は違う

 一度だってあきらめなかった・・・・・・・・

 これが人間か

 これが生きる者のあるべき姿か


 エイタは思案に耽る。だが、もう一人ではない。


 柔らかに輝く月の横で共に考え歩んでいくのだと

 この子供の様な大人を、おとなの様な少女を護るために生を全うするのだとそう誓った





「───────タイムアップだよ」



 だが、その男・・・はその誓いを嘲笑うかのように白光の中から現れた。

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