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Lover

もう字数気にしなくていいや。

「ぬぅ、まぶしい……」


 容赦の無い眩しい光を顔に浴びてエイタは目を開けた。

 全身を気だるさが襲うが、痛みは感じない。しかし、腹の中に何かが渦巻く感覚がある。エイタはそれをオークに殴られた時の後遺症だと割り切った。

 体を倒したまま首だけを動かして周囲を見回し、自身の現状を把握する。


 部屋は六畳一間くらいで、木造作りになっており、今寝ているベットも木造だ。ゆえにあまり寝心地がいいとはいえず、日本の生活に慣れ親しんでいるエイタにとっては酷く質素なものに思えた。


 エイタが身体を起こすとキィキィと軋む音を立てる。その音に反応して、ベットに伏せるように寝ていたルジュナも目を覚ました。


「ごめんなさい! 私、つい気持ちよくなって──エイタさん! 気がついた!?」

「ルジュナ……さん?」

「よがっだ、ほんどうによがったよ〜」


 涙を流しながら抱きついてくるルジュナに、エイタは照れと安心と困惑とがごちゃ混ぜの感情になる。『オーク達はどうなったのか』『ここはどこなのか』など尋ねたいことはたくさんあるが、泣きじゃくるルジュナの姿を見ると取り乱す暇もなくなった。


 ルジュナを落ち着かせようとしていると部屋の外からドタドタという音が聞こえる。慌ただしい足音の主はフォードだった。──なぜかエプロン姿の。


「……すげぇな。いくら異世界人とはいえ、あの傷をもう治したのかよ」


 エイタはフォードの登場に一瞬怪訝な顔をするが、同時に当たり前かという一種の諦めを覚える。ルジュナがこちらの世界に家を持っているはずがなく、エイタ達を助ける理由がある人間としてはフォード以外いなかったからだ。

 もちろん、顔をしかめた理由は他にもあるのだが……


 未だに泣いているルジュナとエプロン姿の壮年のおっさんがこちらを見つめてくるという経験したことのない状況に陥りながらもエイタは冷静に対処する。

 営業の心得その一『どんな時でもあわてない、慌てない。ひとやすみ、一休み』だ。

 牢の中では取り乱してしまったこともあり、「今回こそは!」と姿勢を正す。


(センパイ、営業の心得は異世界でも役に立ちますよ!)


 初めて営業課に配属されたときに、基礎を叩き込んでくれたセンパイの佐藤に心の中で感謝をする。

 ちなみに、営業の心得その二は『営業の趣味の幅は広く深く』だ。


「……とりあえず説明してもらいましょうか」


 ☆


 そう言われて話し始めたフォードの話を纏めるとこういうことになる。


 オーク達が死んだことによって逃げ道が確保できた2人はそのままオークション会場の裏口から脱出した。

 開催されていた時間が夜中だったこともあり、森で一晩過ごすことに決めたようだ。(滞在の決め手はオークションの会場付近に強力な魔物が出現しないことをフォードが知っていたからだ)

 そして、フォードがルジュナに自身が知っている回復魔法の知識を与え、異世界人であるルジュナの力でエイタを治癒させた。その時のルジュナの気迫には鬼気迫るものがあり、フォードが休むように言っても一切従わなかったらしい。

 エイタがルジュナに「ありがとう」と感謝の言葉を伝えると、ルジュナはエへへと子供のような笑顔で笑った。あどけなさと大人らしさが混在している、そんな笑顔だ。

 しかし、エイタは内心では助けようとしたのに結果無理させることになったことに歯痒い思いをした。


 そして一晩が明けたころに森に入ってきた村人に出合い、家に運び入れてもらったのだとか。

 その村人こそが───


「フォード! あんた、飯の用意が終わっていないのにどこ行ってるんだい?」


 パタパタと部屋に駆け込んできたのは銀髪の老婆。杖をついているものの背筋は伸びており、年齢による衰えは感じさせない。


「げっ! ばばぁ、もう起きてきやがったのか!?」


 その瞬間、老婆が手に持っている杖が消えたかと思えばフォードの腰掛けていた木造の椅子が宙を舞い、フォード自身も一回転して床に叩きつけられた。

 まるで何が起こったのか理解できないといった表情で、老婆に視線を向けるフォード。

 そんな老婆はというと、フォードに対し氷河期を連想させるような冷たい視線を向けていた。


「若造が、生意気な口をきくもんじゃないよ。……あら、起きたのかえ? 元気そうで何よりさ」


 その村人こそ、目の前の老婆── シルバ・メルドヴァだ。





「さっさとおいで」とシルバに促され、エイタ達はそのままリビングへと通される。

 どうやら朝食の準備が出来ているようで鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきた。

 そのまま席に着き、用意された食事をいただく。

 メニューは色鮮やかなサラダと豆を煮込んだスープに小麦(?)で作られたパンもどきだった。


「……いただきます」

「こんなにたくさん……? 本当にいいの?」

「あぁ、食ってくれ! 俺の特製メニューだ!」


「あぁ、それでエプロンを……」とエイタの口から呆れた声が漏れる。

 エイタは2人の会話から考えて、フォードはシルバの指示を受けて家事を手伝わされていると予想した。そして、その予想は見事に的中している。宿泊の条件の一つは家事手伝いなのだ。


 フォードが身につけているエプロンは花の刺繍とフリルが施された如何にも可愛い子限定のものなので、たとえ、それがシルバのものでもフォードのものだったとしてもエイタの脳は考えることを放棄した。


「ルジュナと……エイタだったかい? あんたら、食べ終わったら村に行っておいで。たしか……今、丁度祭りがやってる時期だよ」


 しばらく思考を放棄していたエイタにシルバが声をかけてきた。フォードに対する態度とはまるで違うものに若干嫌な予感を感じながらもその意図を尋ねてみる。


「……え? どうしてですか? 僕たちも家事の手伝いをしなくちゃ」

「そうですよ、もう何日も泊まっているのにまだ何もやってないんですから」


 そんな2人の言葉にシルバは鼻で笑いながら返した。


「ふん……あんなに献身的な看病を見せられたら心も打たれるってもんさね。家事のことはこの男に任せて行ってきな」


 ルジュナは目をパチパチと開けたり閉めたりして絶句している。それはエイタも同様だ。フォードに対する態度からして、人の心はとっくに失っているとばかり思っていたからだ。シルバの思いがけない優しさに2人して頭を下げた。その横でフォードが「気持ち悪いな」と呟き、シルバの鉄拳、改め鉄杖による仕置きがなされたのだが……エイタは後に「他人事のように思えなかった」と語っている。



 朝食を食べ終わり、町へ向かう準備をする二人。エイタは寝ていた時の格好(スーツの下に来ていたシャツとトランクス)からスーツへと着替えている。

 流石に寝間着の格好で外に出るのは不味いと思い、他の服を借りようとしたのだが、やはり腐っていても女性だ。男に合うサイズは持っていなかったので、渋々といった様子でスーツを着用した。


 ルジュナの服装も初めて見た時と同じだが、その顔はどこか嬉しそうだ。ルジュナはエイタの視線に気づいたのか、少し頬を赤らめて下を向く。


「じゃあ、いってきます」

「ゴメンナサイ、明日はキチンとするから。今日だけは……」


 顔の前で両手を合わせ照れ笑いを浮かべるルジュナはカワイイ。単純に可愛いので自然とエイタの顔は綻び、耳も赤く染まっていった。


 ☆


『いらっしゃい、いらっしゃーい! クフの村名物のムートムの丸焼きはどうだい? 美味しいよ!』

『的当てやっていかない!? 豪華な賞品が揃ってるよ!』

「わぁ! 賑やかだねえ!」

「そうだね。なんだか……すごく懐かしい」


 ルジュナの言葉通り、町は喧騒の波に包まれており露店が立ち並んでいる。通りを歩く人たちと店から聞こえる呼び声の素朴な雰囲気はエイタに地元の小さな祭りを思い出させる。


 ルジュナに対して冷静な態度をとってはいるものの、その実エイタの内心はかなりワクワクしている状態だった。

 心得その二に則って幅広い知識を集めるエイタは当然のごとくマンガ・アニメ・ライトノベルといった所謂ヲタク分野にも手を伸ばし、一般の方々よりは深い知識を有している。

 ゆえに異世界というのは彼にとってとても魅力的なことなのだ。勿論、渡界した直後に奴隷扱いされなければの話だが……


「あら、お兄さん。珍しい服を着てるね。どう? 高く買い取るけど?」


 暫く二人で歩いていると雑貨店の店員の女性から声を掛けられた。名前はパームと言うらしい。くと祭りの間は雑貨店を営んでいるが、普段は服飾関係の仕事をしているようだ。髪は編み込まれており、ヘソを出すなど露出の多い格好となっている。エイタのオシャレな女性のイメージを詰め込んだ人だ。


 エイタは悩んだが、結局買い取ってもらうことにした。

 理由は二つあり、一つは町でスーツを着用している人が誰もいないということ。異世界人に対する扱いが定かでない以上、服装は周りに合わせるべきだと考えたからだ。


 そしてもう一つの理由は──


「わぁ、綺麗な髪留め……」


 ルジュナが雑貨に夢中になったからだ。シルバからお金はもらったが、ここに来るまでに食事や遊びで使ってしまった。どうやら祭りでの物価の高さはどこの世界でも同じようだ。


 なのでエイタはスーツを売り、銀貨五十枚を手に入れた。服を売るだけで手に入るとは思えない大金だ。


「銀貨五十枚も!? いいんですか?」

「いいの、いいの。もしかしたら安いぐらいかもね」


 この世界での通貨は価値が低い順から銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白月貨があり、銭貨100枚=銅貨 銅貨100枚=銀貨 ……となっている。

 平民が一年間で稼ぐお金は銀貨二十枚くらいなのでエイタの手にしたお金が如何に高額かが分かる。


「……分かりました。ありがとうございます」


 エイタはそのお金でパームから自身が着るための服を三着とルジュナの服、そして髪留めを購入した。

 髪留めは濃いめの紫色の四角いバレッタのようになっており、金色の髪の毛によく似合っていた。


「ほんとうにいいの? 私、似合ってないんじゃ……?」

「ううん、似合ってる。すごく、とても」

「二人ともラブラブだね。夫婦かな?」

「ちっ、違いますっ!」


 手と首をブンブンと横に振って即座に否定するルジュナ。顔がほんのりと紅く染まっているので好意を持ってくれていると考えられなくもないのだが、エイタはなんだか複雑な気分になった。


(どうしてお金の単位を知っているんだ?)


 話し込んでいるルジュナとパームの横で浮かんできた疑問について考える。エイタはこの世界の通貨のことなど知っているはずがないのだが、何故か銀貨の価値を理解している。

 思い出そうとして記憶を探っているとオークションで言われた言葉が引っかかった。


 スキル 『言語理解』 『一般教養』


(そうか、一般教養ね。奴隷になったときに一々教えなくていいようにしているんだろうな。まぁ其処だけは感謝──じゃないな。元はと言えば奴らが勝手な都合で呼び出したんだ)


 あの人を馬鹿にしたような仮面と気色の悪い客達の笑いを思い出し、エイタの顔が険しくなる。


「エイタさん、大丈夫? 顔が怖くなってるよ?」

「ああ大丈夫だよ。もうそろそろ帰ろうか」


 もう陽は茜色に染まっていて、祭りに来ている人も少なくなっている。日本ならば夜中からが本番なのだが、此方では違うようだ。既に片付けを始めている店もある。


「ふぇっ! え、あ、あの「早く戻らないとね」…………はい」


 故意か無意識か、エイタは自然とルジュナの手を引いて歩き始めた。

 ルジュナは不意に手を握られたことに焦り、プスプスと顔から煙を出している。

一旦落ち着くと恥ずかしいのか下を向いていた、なので口元から溢れる笑みをエイタは気づくことはなかった。


「いいなぁ。私もあんな夫婦になりたいよ」


 パームは手を繋いで楽しそうに笑いながら歩いて行く二人の背を見てそう呟いた。

読んでくださりありがとうございます。


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