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オークションからの脱出

 女性は柔らかな微笑みを浮かべ、瑛太の隣に腰を掛けた。服装はあまり上等とは言えず、現代のものではないように思える。しかしその香りは柔らかなものだった。外見から察するに欧州系だろう。


 瑛太は元々、初対面の───更に言えば女性に自ら話しかけるような性分ではなかったが、同郷のものであるというある種の仲間意識と彼女を包む柔らかな雰囲気が彼を動かした。


「あ……あの、私は社瑛太と申します。……きっとあなたと同じくこの世界に『召喚』をされた者です。よろしければお名前をお伺いできますか?」


 瑛太は女性に尋ねた。元の世界通り、へりくだった言い方で。瑛太の態度は、自身も低い身分だった女性にとっては新鮮で親近感を抱かせるのに十分だった。


「エへへ、そんな言い方をしないで。ルジュラ、私の名前はルジュラよ」


 女性──ルジュラは笑顔を浮かべたまま言葉をつないだ。


「でもね、私、何が起こったのか分からないの。いきなりグワァーってなって、パーッて光ったと思ったらここにいるんだもん」


 「本当に分からないよ」と、小さく頬を膨らませながら言った。今の擬音Tっぷりな説明は、おそらく『召喚』のことを指しているのだろう。

しかし、瑛太は彼女の話す内容よりもそのコロコロと変化する豊かな表情に目を奪われた。それは異世界人に興味を持っていたフォードも同じで、面白そうなやつが来たでも思っているのだろう。


「へぇ、ルジュラだっけ? あんた、良い表情をするな」

「あら、そうかしら? あなたももっと笑ってみたら? ほらこうやって」


 ルジュナは自身の頬を2本の指で釣り上げる。少し間が空き、フォードがその顔を見て豪快に笑う。エイタもルジュナを見て、張りつめられていた緊張の糸が緩み、小さな笑みが溢れた。


「なぁんだ。2人ともちゃんと笑えるじゃない」


 牢の中に3人の笑い声が響く。同じく牢に入れられている者達はこの状況で笑っている三人の気持ちが理解できず、退屈な仕事をさせられていた傭兵オーク達の眼にはとても不愉快なものに映った。


「うるせぇんだよ! 奴隷ものの癖に暢気に笑ってんじゃねえぞ!」


 ガシャン! と音を立てて牢に入ってきた1人のオークが近くにいた奴隷を殴り飛ばした。完全な八つ当たり。だが、反抗できるものは一人もいなかった。背は高くかるく二メートルはあり、脂肪かそれとも筋肉かは分からないが、膨れ上がった肉体を持つオークにとって自分達は歯牙にも掛けぬ相手だと本能が理解できた。


「チッ、なんだ、その目! おい、立ちやがれ」


 オークたちの眼が一斉にルジュナに向けられる。


「なかなかいい女じゃねえか」

「どれ、受け渡される前に味見でもしてやろう」

「おい、顔は傷つけるなよ。バレたら後が面倒だ」


 そして厭らしい笑みを浮かべて舌なめずりをして、ルジュナへ手を伸ばす。巨大な手はルジュナのやせ細った腕を軽々と掴んだ。


──犯すつもりだ


瞬時に悟った。だから瑛太は彼女を護ろうとした。助けようとした。 しかし、足がすくんで動けない。口が震えて何も言えない。



 その時、かすかにルジュナの口から漏れた言葉が聞こえた。



「大丈夫、気にしないで。私は──あなたが傷つく方がもっと辛いもの」










「お……お願いします」


「あぁ?……ギャハハ! なんだ? そのみっともねえ格好は!」

「頭おかしいんじゃねえのか、異世界人!!」


「お願いします。か……彼女から手を放してください」


 ──屈辱。頭を下げることではなく、こんなことしかできない自分が恥ずかしかった。だが、自分にできることは土下座こんなことしかなかった。頭を擦りつけてするしかなかった。


「おいおい、随分と笑わせてくれるな」

「お前、あの進行の男といい勝負できるんじゃ───」


「お願いします。私ならどうなっても構いません。好きに殴ってくれて構いません。ですから、彼女には手を出さないでください」


 チッという舌打ちが聞こえる。自分達の言葉が遮られたことに腹を立てたらしい。オークはそのままエイタの体を持ち上げ、拳を腹にめり込ませた。エイタの身体から嫌な音が聞こえ、血が数滴吐き出される。


「安心しろよ。俺たちはちゃぁんと約束を守るぜ」

「けっ……嘘だったら針千本、いや万本呑ませてやる」

「おう、いいぜ。約束だ、約束」



<条件の提示を確認しました>

<ペナルティの設定を確認しました>

<相手の承認を確認しました>


<スキル『契約』の発動条件を満たしました ──── 契約が成立しました>



「その態度がムカつくんだよォ!!」


 一人のオークが瑛太を支え、残りのオークが怒りに身を任せ、エイタの腹を何度も殴る。それでも、彼らの気は収まらない。


 ───雑魚のクセに偉そうな口をききやがる! 雑魚のクセに約束を守ってもらえると思ってやがる! うぜぇ! うぜぇ!! うぜぇ!!!


「俺は、お前みたいな奴が嫌いなんだよ。よぉく見とけ、気絶すんじゃねえぞ。おい、やれ!」


 オークがエイタの髪を掴み、顔をルジュナの方に向けさせる。腫れぼったエイタの眼に四人のオークがルジュナに迫っていく様子が映る。

『ふざけるな!』と叫ぼうとするが意識を保てない。


(ちくしょう、ちくしょう───)


 そのままエイタの意識は薄れていった──










<一方的な契約の破棄を確認 ──── ペナルティを実行します>



 ◆



 フォード・バスカヴィルは幼少の頃より頭が良かった。彼はインクシル王国の子爵──貴族としては準男爵、男爵に続く爵位である──のとある一家の次男として生まれた。彼の家族は聡明な男の子を可愛がり、子供もまた家族に褒められるために努力を重ねた。


彼が他人の悪意に気がついたのは王国内にある学園に通い始めたころだ。自分よりも爵位の高い家のバカ息子が「成績が俺より良い。あいつは生意気な奴だ」というふざけた理由で、彼を虐め始めたのだ。

そしてその件によってフォードは学園を去った。


領地に戻ってきた後、フォードは父の手伝い、すなわち領地の運営を補佐するようになった。すると領民からは長男でなくフォードを次期当主にと進める声が大きくなっていった。そんなつもりはない、と言い続けたが一向に収まりはしなかった。


父が高齢になり床に臥せるようになり始めてから、徐々にフォードは命を狙われるようになる。フォードの行動を熟知しているからこそ仕掛けられる罠もあった。ゆえに、犯人の特定は容易だった。フォードは実兄を追放し、弱冠十五歳で党首の座に就いた。


就任してからの毎日は碌に休息も取れない忙しさだった。自分の力を上位の貴族に売り込み、懇意にされるように努力をする。付き合いでこのようなオークションにも参加することがあった。異世界の存在を知ったのもその時だ。


二年の月日が流れたころ、婚姻の話が持ち上がった。相手は有力貴族の娘だった。そもそもフォードが通っていた学校では、将来のパートナーを探すことも目的の一つである。彼はそこを中退している。だから他の相手を選ぶという選択肢はなかった。

結論から言うと結婚相手の女は最悪だった。甘やかされて育ったゆえに管理能力が低い。金遣いの荒さを指摘すれば、「私にこんな生活をさせているあなたが悪いのだ」と喚き手が付けられないのだ。


追い打ちをかけるように領内でクーデターが起こった。後から判明したのだが、主犯はフォードが追放した兄であった。混乱を抑えきれなかったフォードは領主の座から引きずり降ろされ、奴隷として売られることとなった。





「なんだよ、これ……」


 広がるのは今まで一度も見たことがないような光景。天井を埋め尽くす鈍い銀色の雲。その一本一本がまるで意志を持つかのようにオーク達に降り注ぐ。


「な……なんだよ、これぇえええ!?」

「ひぃい! イテェ、イテェよーー!」

「くるな、くるな、くるなぁーーー!」



 振り落とそうにも数が多すぎる。避けようにも逃げ場はない。自慢の肉体でさえ障壁にはなり得なかった。降り注ぐ銀の礫を観て、誰かが『キレイ』と声を漏らす。オークの狂った声など耳に入らないほど、それは幻想的なものだった。銀の雨が降り終わり後に残ったのは、全身に細かな穴を数千、数万あけて絶命したオークの姿。


「これが異世界人の力か……気持ち悪いぐれえだな」


 フォードが実際に異世界人の力を見たのは、これが初めてだった。異世界人自体は見たことがあるが、初期は彼らは力を振るう事が出来ないと聞かされていた。

実際に、開催者たちは異世界人に対し手枷を付けていない。この行為は彼らの序実力の恣意行為のためである。しかし、結果として今回のような事態も招いているのだ。参加していた重鎮から来るあらゆる方面からの責任の追及は免れないだろう。


「今のうちに逃げるぞ! 嬢ちゃん、一緒に来い! 瑛太の野郎は俺が背負ってやる!」

「は……はい! 皆さんも逃げてくださいね!」


 他の奴隷たちにも逃げるよう指示するルジュナ。未だに状況がつかめていなかったが、彼らはこの後逃げ延びて自らの国へと帰って行った。


(異世界人ってのは、みんな甘ちゃんなのか?)


 見知らぬ桃へのルジュナの態度、たった一人のために取った瑛太の行動、フォードには少し先行きが不安に感じられた。だが、それ以上に他の気持ちが心を動かしていたのは言うまでもない。

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