強制召喚
「オおっと残念デス! 今回の男ハ前座の役目も果タしソうになイ顔ですネ!」
舞台の中央にはスーツと道化の仮面を身につけた一人の男の姿。おどけた雰囲気を醸しながらも、聴く者を不快にさせぬ声が薄暗い会場に響いた。少し高い男の声に反応し、一斉に客たちの下卑た笑い声が聞こえてくる。
「何だ? どこだ、ココは?」
此処はオークション会場──ダークオークションと呼ばれ、一部の富裕層がメインターゲットとなっており、数千万を超える価値を持つ物はもちろん、種族を問わず様々な奴隷の売買が行われている。
奴隷──この制度自体は珍しい事ではない。街を歩けば極普通に見かけるものだ。
しかし此処では勝手が違う。
客は一人一人が莫大な資産を有しており、その財力を用いて『異世界人召喚』を行い、奴隷にしているのだ。
異世界人は何らかの希少能力を有していることが多く、高値で取引される。
現在取引されている男 ──八代瑛太 もその一人である。彼は大手会社の営業課に所属していた。ただそれだけの人間。何億分の一以下の確立を引き当てた不幸な人間なのだ。
「あラ、意識はハッキリしているようですネ。デハ、自己紹介をシていただきましょうカ!」
「…………」
「あれアレ、やッぱり混乱してイるのかナ? じゃア、私が紹介いたシましョう!」
口元は軽く吊りあがり、仮面の奥の眼が妖しい紅い光を発する。エイタのステータスを読み上げていく───
名前:ヤシロ エイタ
年齢:21
レベル:1
体力:10
筋力:10
敏捷:10
魔力:10
物理耐性:10
魔力耐性:10
固有スキル
『記憶術』 『作られた表情』 『折れない心』 『観察眼』 『口八丁』 『疲れ知らずの脚』 『弱者の懇願』 『契約』 『昇格』
通常スキル
『言語理解』
能力の数ハ9個!
……ゴ存知の通り弱い能力ほど数が多ク、その上全ステータスも平均値となっておりまス。どうやら今回の召喚は失敗のようですね……
ソれでは金貨10枚からの落札となりマす!
競売開始の合図が送られた。金貨10枚──即ち最低価格からのスタートだ。
しかし落札者たちは落胆の色を浮かべており、手を挙げる者は誰もいない。
大枚を叩いて召喚した異世界人が期待外れだったので、入札する気が起きないのだ。
このような事態は幾度かあった。
能力の数が多い事に比例して効果が弱まるというのは、それらの経験から得た結論である。
そんな空気を察したのか、進行役の男は早々に次の召喚に移ることにした。
「うーム、ソれではエイタさんには一旦下がっテもらい、次ノ召喚を行いましょウか!」
男の発言の直後、現れた黒服の男によってエイタはなす術なく連れて行かれた。
☆
「……入れ」
瑛太は拭いきれない不安を抱いた。
─こいつらは本気で俺を商品として扱っている
男の冷ややかな目と抑揚のない声が自らの置かれている状況を理解させ、恐怖を煽る。
入れられた牢の中には、性別・年齢を問わず様々な奴らが入れられており、誰もが沈痛な面持ちを浮かべている。
その中には、頭に獣の耳が生えた筋肉の発達した男や十歳くらいの耳の尖った少女──獣人族や長耳族と呼ばれる──が沈痛な面持ちで腰をかけている。
「おい、兄ちゃん。あんた、異世界人だろ?」
進行役の言っていたステータスやスキル、自身の置かれている状況を整理していると、隣に座っていた男がエイタに話しかけてきた。短く顎に髭を生やした壮年の男でよく鍛えられた身体をしている。
「……はい、そうです」
男は瑛太の返事を聞き、一瞬呆れたような表情を浮かべた。が、一瞬後には殺風景な部屋に豪快な笑い声が響く。
「ガハハハ! 異世界人っていうのは全員こう肝が据わっているのか? 向こうにいたら知ろうともしなかっただろうな」
「貴方は?」
「俺か? 俺はフォード・バスカヴィルだ。元は子爵の地位にいたが、家が潰れてこの有り様だ」
フォードと名乗る男はまたも豪快に笑いながら、自らの境遇を語った。
瑛太はしがない一営業。初めて聞く貴族の称号に固まってしまう。
「あの……バスカヴィル様?」
「おいおい、様付けなんかやめてくれ。歳はそう変わらないはずだし、今は奴隷にまで落とされているんだぞ。呼び方はフォードでいい」
エイタにとって初対面の相手に敬語を使うことは当然のことで、むしろ砕けた言葉を使うことの方が何倍も気恥ずかしいことなのだが、あまり下手に出すぎることも憚られるので少々強気な口調で話しかけた。
「……じゃあフォード、さっきからうろついている奴らは何者だ?」
「それでいい。奴らは主催者に雇われた傭兵みたいなものだ。種族はオーク。知能は高くないが、そこそこ強いから、よくこういう仕事をしているんだ」
瑛太の口調に満足したフォードは、牢の中にいる種族の説明もしていた。あまり好感が持てる行為ではないので小さな声ではあるが。
耳を疑うことばかりだが、実際に目の前に存在する以上疑いようはない。
溜め息をつきながらエイタは愚痴を漏らす。
「本当に訳の分からないことだらけだ」
「無理ねえな。──じゃあ、次に召喚される女もこんな様子なのかねぇ」
フォードが手に頬を乗せながら面白くなさそうに呟く。
エイタは男の口から出た言葉を整理するために頭を必死に回転させる。
次? 女? 一体何の──
フォードを問い詰めようとした瞬間、凄まじい音が会場から聞こえてきた。
笑い声と拍手、熱狂に包まれた空気は──
(俺の時と同じっ!?)
「おい、フォード! あんた、何でそんなにオークションについて詳しいんだ! まさか……」
「ほう、召喚されるだけあって頭はキレるようだな。そうだ、俺は前回のオークションまで落札者だった」
その顔は奴隷として売られる者の表情ではなく、貴族としての威厳を感じさせるものであった。しかし、フォードの冷静な態度は更にエイタの頭に血を登らせる。
「ふざけんじゃねえ! 人の命を弄びやがって! 異世界人を何だと思ってる!」
「なんだ? だからといって貴様に何ができる? まだ自分の能力さえ理解していないのだろう?」
「───ッ!!」
このまま喧嘩になっても勝つことはできない。それはエイタにも理解できた。そもそも争いを好むような性格ではないし、フォードの言う通り、今すべきことは他にあるのだ。
エイタは並べられた汚い椅子に再び腰を掛け、此処からの脱出方法を考えることに没頭し始めた。
◆
思考に没頭するエイタの耳に鳴り響いたのは重々しく扉が開く音。それと同時に冷淡な声が聞こえる。
「入れ」
男の背後から現れたのは肩にかかるほどの長さでボサついてはいるものの、美しい金色の髪をした女性だった。
書きたかった作品がついに……!!
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