終わりの始まり
????/12/1(木)06:00 自室
ピピピピ
枕元の目覚まし時計が部屋に鳴り響く。
俺は、音を止めると同時に時刻を見た。
……まだ朝6時か。
ずいぶん長い時間を寝た気がする。
何か長い夢を見ていたような……駄目だ。
起きると同時に忘れてしまうのが夢というもの。
まあ。楽しかったような記憶があるから良いか。
勇者は過去を振り返らない。
ん? 勇者ってなんだ……昨晩ゲームでもやりすぎたか?
起き上がる部屋は六畳一間の安アパート。
いつもと変わらない日常。
服を着替えた俺は、机の上からスマホを手にとる。
なんだ?
着信履歴に表示されるのは、見知らぬ電話番号。
しかも5分おきに着信している。
音量を0にしておいて良かったが……不気味だな。
怪しい勧誘か。はたまた気のふれたストーカーか。
まあ、ごく普通の大学生である俺にそんな奴はいない。
しばらく無視しておけば、止まるだろう。
支度を終えた俺はスマホをポケットに入れ、部屋を出る。
朝。起きて大学に通う。それが俺の日常。
通学路を歩く間中、俺の携帯に着信する見知らぬ番号。
……恐ろしい。
本来は出るべきなのだろうが、俺にそんな勇気はない。
そうこう悩むうちに校門へと到着する。
校門ではちょっとした人だかりができていた。
何ごとか?
まあ、箸が転がるだけでも笑う年頃が揃っているのだ。
どうせ大したことではないだろう。
人だかりの脇を通りすがりながら、輪の中心を覗き見る。
なるほど……外国人か。
今時、外国人など珍しいものでもない。
だが、それが金髪美少女となれば、話は別。
大学の校門にいるくらいだ。同じ学生なのだろう。
うーむ。そんな美少女が通っているなら噂になっているはずだがな。
休学でもしていたのだろうか?
できれば俺も美少女とお近づきになりたい。
しかし、知り合いでも何でもない女性に声をかけるなど……破廉恥すぎる。
自分で言うのも何だが、俺は内向的。
ナンパなど、そのような浮わついた真似ができるはずもない。
偶然、講義が一緒になるとかあれば良いが……無理か。
そう思いながら眺める俺と美少女の視線とが交錯する。
「あっ!」
驚いたような声を発する美少女。
外国人でもやっぱ驚いた時は、あっ なんだな。
そんなどうでも良いことを考える俺の前に、美少女が立っていた。
ん? 念のため俺は後ろを振り返る。
誰もいない。
「勇者様。探しましたよ」
……は?
勇者様?
勇者様ってあの、ゲームとかに出る勇者様?
いったい何を言っているのか?
これは、いわゆる異国のジョークって奴なのだろうか?
だとするなら、ここは笑うべきなのか?
いや、初対面でそれも失礼だろうし……
「ぷっ。あははっ。なにそれ。アメリカンジョークってやつ?」
人が葛藤しているそばからバカ笑いをかます男。
しきりに美少女に話しかけるチャラ男であった。
野郎。とは思うが、女性と仲良くなるならチャラ男のやり方が正しい方法。
嫌われることを恐れ声をかけることができない俺に、チャラ男をどうこう言う資格はない。
「もう。勇者様? どうしました?」
そう言って美少女が俺の両手を取る。
柔らかい手だ……じゃなくて。
「あ、あの。どちら様でしょうか……?」
いきなり他人の手を取るとか、さすがは異国の少女。
肉体的コミュニケーションに長けている。
さらには相変わらずのアメリカンジョーク。
美少女と仲を深めるには、俺も付き合うべきなのだが……
見知らぬ美少女を相手に小粋なジョークを飛ばすだけの勇気はない。
「ははっ。勇者かー。俺もさ勇者なんだよ。つーか、こいつより俺の方が勇者って感じ?」
相変わらず、ずうずうしいチャラ男。
せっかく俺が美少女と話しているというのに。
つーか、よくそんな軽口が叩けるな……羨ましい。
「こいつより? 勇者様をこいつ呼ばわりは、聞き捨てなりませんよ?」
……もう美少女が何を言っているのか、俺には理解不能である。
「これ以上失礼を働くなら、私の魔王アタックで消しますよ?」
魔王アタック……いくら何でもひどすぎるネーミングである。
そもそも魔王が日本語でアタックが英語っておかしいだろう?
何かおかしなアニメでも見たのだろうか?
そういえば海外にもアニメファンはいると聞く。
彼女もそうなのだろうか?
「ははっ。いいねえ。それじゃ俺は勇者アタックかな? それで戦うよ」
ドカンッ
その時、美少女の足が。
スカートに包まれた足が振り上がると同時、チャラ男は校門のはるか外まで吹き飛んでいた。
「勇者アタック……それは神聖なる勇者様だけに許された名誉ある奥義。雑魚が口にして良い名前ではありません」
ひえ……な、なんつー力よ。
トラックに跳ねられたかのように吹き飛んだが、あいつ無事なのか?
「お、おい。茶太郎に何を?」
「外国人だからって、日本を舐めてんじゃねーぞ」
いや。お前たちこそ日本の悪評を広めないでほしい。
いや。今はそんなことを言っている場合ではない。
いつの間にか、周囲の男たちの雰囲気が一変していた。
獲物を狙う目。
美少女をしゃぶりつくそうという邪な魂胆。
連中はもはやチャラ男ではない。ヤンキー。チンピラである。
くそっ。なんで俺がこんな騒動に巻き込まれないといけないのか?
いや。今はそんなことを言っている場合じゃない。
今。目の前で一人の美少女が不幸になろうとしている。
俺はそれをただ黙って見ているだけなのか?
だが、俺に何ができるという?
一介の学生でしかない自分。
武道の心得も何もない。ただゲームが得意というだけの俺に。
「へいへい彼女。お詫びに茶でも付き合ってくれよお」
「いいねえ。お酌してくれよお」
取り囲むチンピラの数は4人。
校門の周りには他に学生も大勢いるはずなのに、誰も何もしようとはしない。
みんな自分の身が可愛いのだ。
余計なことをして騒動に巻き込まれるのは御免。
それは俺も同じ。
だが、彼女は俺を勇者と呼んだ。
勇者。ゲームでは憧れの象徴。
俺が本当に勇者なら、チンピラをぶちのめして美少女を救う。
そしてお礼に一緒に……
いや。そんな妄想はただの夢物語。
だが、美少女が俺を勇者と呼び慕うなど、それこそ夢物語。
俺の人生において二度とない奇跡。
なら、ドッキリでも良い。夢でも良い。
俺を勇者と呼び慕ってくれる異国の美少女を見捨てたとあっては、勇者の名折れ。
いや。俺は勇者でも何でもないが、それでも──
ここで何もしないのでは、俺は一生後悔する。
ならば、やるしかない。
俺が勇者だというなら、勇者の行動は決まっている。
黙れ下衆ども。美少女への狼藉。この勇者が黙って見過ごすとでも思ったか?
などと言えるはずがないので、実際に言うべき台詞は──
「もしもし。警察ですか? あの、学生がトラブルを起こしまして。はい、はい。大学の校門です。お願いします」
110番への通報だ。
雑魚を相手に戦うなど体力の無駄というもの。
あとは公僕に任せて俺はくつろぐとしよう。
ふー。これで一安心。
「くつろいでんじゃねーよ!」
「この男からぼころうぜ」
「勇者とかさあ。頭いってんよ」
なぜだ……警察が怖くないのか?
逮捕されれば犯罪履歴が残り、まともな就職もなくなるというのに。
ガシッ
俺の襟首をつかむチンピラども。
くっ……首が絞まる。
チンピラだと馬鹿にしていたが、こいつらは覚悟を持っている。
たとえ捕まっても。将来ホームレスになったとしても、今を楽しむという。
美少女にいたずらするという強い覚悟。
勇者の俺が、いや、勇者かどうか知らないが。
とにかく!
勇者の俺がチンピラの覚悟に負けてどうする。
ボカッ
「ぐうっ」
そんな俺の覚悟に関係なく、チンピラの拳が俺を打つ。
血だ……俺の血……
殴られるなんて経験。
普通の学生である俺には、ないはずなんだが……
なんだか、以前よく経験していたような……
つっ。頭痛が……
「魔王アタック!」
ドカーン
異国の美少女が叫ぶと同時。
俺を掴むチンピラも、俺を殴ったチンピラも。
付近のチンピラ全員が吹き飛んでいた。
「勇者様への数々の無礼。たとえ勇者様が許しても、私、サマヨが許しません」
サマヨ……彼女の名前はサマヨちゃんというのか。
変わった名前だな……なんだか聞き覚えがあるような。
懐かしいような名前。
「勇者様。ご無事ですか? 今治療します」
そう言ったサマヨちゃんが、俺の顔に手を触れる。
柔らかい、白くて長い指。
やっぱり外国人なんだな。
いや。それよりも。
俺の顔に触れる彼女の手が白く光っていた。
おまけにズキズキする痛みが、流れる血が止まっている。
包帯も絆創膏もなしに、どうやったのだ?
さすがは異国の美少女。日本にはない技術である。
いや……いくら外国人だからって、科学的見地から考えて、おかしいだろう。
ざわざわ
とにかく、これ以上に目立つのは困る。
これ以上に変な噂を立てられては、俺の学生生活が台無しである。
「あの。その。ありがとうございます。それでは……」
俺はそそくさとその場を後にする。
なんにしろ美少女が助かったのに間違いはない。
であれば、勇者の出番は終わりだ。
俺はこれまでどおり、普通の学生生活を送るとしよう。
スタスタ
トコトコ
だというのに……なぜか俺の後をついてくる異国の美少女。サマヨちゃん。
校門から構内へ。中庭まで来たというのに、いまだ俺の背後をついて歩く。
異国の美少女と一緒に構内を歩いたのでは、目立つこと間違いない。
まったくもって普通の学生生活ではなくなってしまうではないか。
「あの……」
「何か? 勇者様」
言いたいことは色々ある。
が、異国の美少女にじっと目を見つめられては、うつむくしか他にない。
ブブブ
またか……朝にも増してスマホがうるさい。
治まるどころか、逆にヒドクなってないか?
マナーモードにしているとはいえ、着信があるたび震えてびっくりするぞ。
「ユウシャさん……なんで? なんで僕の電話を無視するの?」
「ひえっ!」
いきなり俺の前方。
中庭に植えられた茂みの中から声がした。
いったい誰だ?
「ユウシャさんの電話番号から住所と学校を調べて、やっと来てみれば……浮気だよぉ! もう浮気してるよぉ!」
いったい何事か?
茂みから飛び出してきたのは、未だ中学生にも見える美少女。
どう見ても大学生ではない。
なぜ構内にいるのか?
そもそも、なぜ植木に隠れているのか?
「浮気とは失礼ですね。私が勇者様の正妻。カモナーさんはただの愛人。遊びでしょう?」
「嘘だっ! ユウシャさんは僕に言ったんだ。僕と結婚しようって!」
そんなこと言ったっけ?
いや。違う。そうじゃない。
そもそも……ユウシャさんって誰よ?
俺の名前はゲイムなんだが……一文字たりとも合致していない。
そして浮気も何も、俺は結婚もしていなければ、彼女すらいない。
世の中、ヒドイ人違いもあったもんだ。
つーか二人は知り合いなのか?
そんな妙な会話でもって構内で騒いだのでは目立つのも当然の話。
「ちょー可愛いじゃん。だれあれ?」
「あの変な男の知り合い? なんで?」
なんで? って俺の方こそ知りたいという。
「ねーねー。君、中学生?」
「俺が構内を案内してあげるよ」
そして現れるナンパ男軍団。
まったく。ロリコンどもめ。
まあ、気持ちは分かるが……いや分かってはいけない。
俺は健全な大学生。中学生には手を出さない。
「嘘だっ! ナノちゃんにも手を出したよっ」
だから誰だよ……ナノちゃんって。
「ねーねー。行こうよ」
「そーそー。こんなダサ男は置いておいてさ」
シュパーン
突如、ナンパ男の腕が切り裂かれていた。
「誰がダサ男って? まさかユウシャさんのことじゃないよね?」
中学生。カモナーと呼ばれた少女は、いつの間にかナイフを手にしていた。
あ、あぶねえええ!
近頃の子供は、キレるとすぐナイフを持ち出すと聞くが、噂は本当だった。
世も末の世紀末……ロリコンが生きていくには危険な時代。恐ろしすぎる。
いや。俺はロリコンではないから関係ないが。一応びびっておく。
「いってえええ」
「ひいいい。切った。切ったぞ。この女」
また余計な騒動が……平穏を愛する勇者がなぜこんな苦労を……
とにかく仲間の騒動を治めるのも勇者の責務。
って、勇者って誰だよ。
そして、いつの間に仲間になったのよ……まあ良い。
「もしもし。救急でお願いします。あの、学生が怪我をしまして。はい、はい。大学の中庭の所です。お願いします」
119番への通報だ。
ふー。これで一安心。
あとは救急隊に任せて行くとするか。
「おい。どこ行くんだよ」
「て、てめー。警察にちくってやる」
「へっ。ブタ箱いきだぜーざまー」
……なんと情けない奴。
形勢不利とみるや公僕の力を頼るなど。
日本男児としての誇りはないのか?
だが、このまま通報されてはマズイのも事実。
貴重な美少女中学生が逮捕されるのは、好ましい光景ではない。
であれば──
「ふんっ。しねっ!」
ドカッ
いきなりカモナーちゃんがナンパ男の腹を殴っていた。
「しねっしねっしねっ!」
ドカッ ドカッ ドカッ
えええ!? ちょっとあなた……
「死ねば警察にも言えないよね? ね? これで安心だよぉ」
「お見事」
全く安心ではない。
まさか近頃の中学生が、ここまで暴徒と化していたとは……
そして、サマヨちゃんも、お見事。じゃないでしょう。
あなた外国人だよね? そこはブラボーとかじゃないの。
じゃなくて──
「いやいや。駄目だから! 暴力反対。ここは説得するところ。ね」
つーか本当に死んでないよな?
倒れる3人のナンパ男に近寄り確かめる。
死んではいない。呼吸はある。意識はない。
きっと気絶しているだけだろう。たぶん。
3人の身体をゴソゴソ調べる俺に影響されたのか、サマヨちゃんが近づいていた。
「戦利品の確保か。そうだな私も手伝おう」
そう言って、サマヨちゃんは3人の身体から財布を取りだした。
「なんだ。少ないな……もっとないのか?」
「いやいやいやいや。止めて。それ泥棒だから。強盗だよ」
サマヨちゃんが手にする財布をひったくる。
「なんだ? せっかくの戦利品を」
「だよぉ。そのお金でご飯に行こうよぉ」
はたしてどこまで本気なのか……
だが、俺の持論からいって美少女に悪人はいない。
異国の少女に、未だ幼さの残る中学生。
きっとまだ常識を知らないだけなんだ。
いちおう3人の学生証だけ確認して、俺は財布をポケットへと戻した。
「ええと。出すから。俺がお金を出すからそれで食事に行こう。ね?」
「やったぁ。ユウシャさんとデートだよぉ」
「馬鹿を言うでない。私との婚前旅行に決まっている」
ますます頭が痛くなる。
まあそれは後で考えるとして。
俺は倒れる3人の身体を引きずり、茂みの中へ。
証拠隠滅。これで一安心だ。
「一安心じゃねーぞ」
「てめー許さねえ」
引きずった振動で目が覚めたのか?
元気そうでもある。
救急隊は必要ないな。後で取り消しの電話を入れるとするか。
「おめーが救急隊の世話になるんだよ」
「それが嫌なら、女の身体で勘弁してやる」
ほう……無理矢理女性の身体を物にしようというのか?
ただのナンパなら問題ないが、そのような邪な行為を企てるならそれは犯罪である。
であれば、勇者が見過ごすわけにはいかない。
……いや。俺は勇者ではないけど。
とにかく──
「この写真。ネットに流れたらどうなるか分かります?」
念のため3人が気絶してる姿。そして学生証をスマホで撮影しておいた。
「て、てめー!」
「脅迫か?」
「俺は争いは嫌いです。何もなかったということで。もう行きます」
「ざっけんなー」
突如、ナンパ男あらためチンピラが俺に向けて拳を振り上げた。
ちょっ。暴力反対!
ドカッ
「勇者カウンター……まだやるか?」
チンピラの拳が届くより先。
俺のパンチが相手の顎を捉えていた。
「ひいっ」
倒れた男を抱えて逃げ出すチンピラ。
ふう。良かった……わけがない。
なんだよ。勇者カウンターって。
ダサすぎネーミング大賞を受賞するくらいダサイネーミンング。
それより、ボクサーでもない俺がなんでクロスカウンターを?
反射的に腕が動いてしまったが……分からん。
頼むから警察に駆け込まないでくれよ。
殴った影響か。痛む右腕をさすりながら、俺は2人の元へと戻る。
「ユウシャさん。どこ行こうかぁ?」
ポヨン
な、な、な!?
歩く俺の腕をカモナーちゃんが取っていた。
し、し、しかも。この腕に当たる柔らかい感覚……
なんてことだ……近頃の中学生は発育が良いのか……
「まだ昼には早いぞ。私は軽い物を希望する」
ボヨン
な、な、な!?
もう片方の腕を取るのはサマヨちゃん。
し、し、しかも。この腕に当たる柔らかい感覚……
なんてことだ……さすがは異国の美少女……凄い……
2人に腕を取られフラフラ校門を抜け出る。
そのまま近くの公園を通り抜けようとすると
「グルニャー」
1匹の猫が公園の中央にいた。
体色は茶色。その中で頭だけが黒く染まった猫。
なかなか人懐こいのか、俺たちの足元まで近寄っていた。
「あー! グリちゃん。こんなところにいたんだぁ」
そう言ってカモナーちゃんが猫を抱きかかえた。
「グルニャン。ゴロゴロ」
変な鳴き声だな……つーか、その猫も連れて行くの?
ペット同伴できる店なんてあったかな?
ゴロゴロ喉を鳴らすグリちゃんを撫でるカモナーちゃん。
その前に男たちが立ちふさがっていた。
「ちょっと待ったあ」
「舐められたまんま終わっちゃ」
「チンピラやってられんのよ」
「アニキお願いします」
朝方。サマヨちゃんに絡んでいたチンピラ連中。
まだ懲りていなかったのか?
そのチンピラ連中に促され、姿を現したのは黒のスーツに角刈りのグラサン男。
ヤバイ……これ本職やん。
「上玉だな。良いビデオが撮れそうだ。連れこめ」
グラサン男が指さす先には、路上駐車されたバンが停まっていた。
野郎。車で連れ去り、いかがわしい撮影をしようというのか?
だが、本職を相手に一介の学生がどうしようというのか。
それでも、俺の身体は自然と2人を庇うように前へと動いていた。
カチャリ
その俺に向けて。
腕を伸ばすグラサン男の手に光るのは黒い物体。
あれは。まさか。拳銃か?
モデルガン……だよね?
いや。相手は本職。甘い考えは禁物。
それでも、ここは法治国家。日本だぞ?
白昼。このような公園で……
しかし、普段は人でにぎわう公園が今は俺たちいがいに人はいない。
チンピラ連中が人払いをしたのか?
足が震える。
平和を愛する俺に、このような危険な修羅場の経験はない。
まともに立っていることが難しい。
グラサン男が指を動かすだけで、俺は死ぬのだ。
先ほどまで元気だった2人の少女も押し黙ったまま。
それも当然。
今、一番怖い思いをしているのは2人の少女なのだ。
2人が連れていかれた先に待つのは、無間地獄。
大勢の男連中にまわされ、2人の人生は終了する。
だが、2人なら。
チンピラを一瞬でのした2人の身体能力なら、きっとここから逃げられる。
今。2人の足を引っ張っているのは俺だ。
銃を向けられ身動き一つできない情けない男。
男の俺なんて、せいぜい死ぬくらいのもの。
いや。俺だって死にたくはない。
だが、人類遺産である2人の美少女が汚される方が、よほど許容できない問題。
俺が2人の足を引っ張っているとするなら……やることは一つ。
俺は勇者でも何でもない。
それでも。
それでも、2人が俺を勇者だと慕ってくれるなら。
俺は勇者だ。
だから……願わくば、俺に2人を守る勇気を!
「俺のことは気にせず、ふたりは逃げてください」
その言葉を最後に俺は走る。
銃を構えるグラサン男。
その距離は目の前。約5メートル。
ダン
腹が熱い。そして痛い。
若者の暴走による当然の結末。
それでも、少しでも時間を稼げたならそれで良い。
そして……俺はまだ時間を稼げていない。
だから。まだ倒れたくない。痛いけど。痛いけど。
もう少しだけ俺に力を。
俺が勇者だというのなら。
今だけでも……俺に勇者の力を!
「おおおおお! 勇者アタアアアッッッック!」
ドカーン
俺の拳がグラサン男の顔面を捉えていた。
吹き飛ぶグラサン。たまらず後ずさる男。
だが、しょせんは素人学生の拳。
当たったのが奇跡のようなもの。
ドカッ
俺の腹にグラサン男の靴がめり込んでいた。
「ぐほっ」
ただでさえ痛むお腹。
その血を流す箇所へと的確に靴先を差し込むとは、さすが熟練の技。
お腹を押さえて屈みこむ。
俺の後頭部へとグラサン男が固めた拳を振り下ろした。
「ゆ、勇者バリアー!」
ドカッ
「ぐほっお」
バ、バリアーが……
「アホか?」
アホで悪かったな……
そもそも勇者バリアーってなんだよ……今時は小学生でもやらないだろうに。
だが、アホにはアホなりの、役目がある。
「うはっ。だっせー」
「おいおい。いい大人が泣くなよ」
「みっともねー」
涙を流し泥に塗れる俺の姿。
確かにみっともない。
だが、それが良い。
みっともなければ、みっともないほど。
周囲の注目を集めることができるというもの。
これで足を引っ張る邪魔ものは、俺は消える。
その隙に……2人が逃げていてくれれば……
……先立つ不孝をお許しください。
「勇者様。やっぱり変わらない」
「ほんとだよぉ。どうしちゃったのかと思ったけど」
……なぜ逃げていないのか?
せっかく俺が、勇者が時間を稼いだというのに。
「やっぱり勇者様は勇者様」
「やっぱりユウシャさんだよぉ」
……なぜ笑っている?
勇者が勇者なのは当たり前の話。
「だから、ユウシャさんは僕が守るっ」
「愛人は引っ込んでいてください。それは正妻である私の台詞です」
グラサン男の腕が、銃が俺の頭に押し当てられた。
その引き金に、指に力が込められる……その瞬間。
スパーン
「超神速・魔王アタック」
宙を舞うのはグラサン男の手。
銃を握る手首から先だけが、綺麗に落ちていた。
「へ? 俺の手?」
あまりの速度。誰の目にもとまらぬ速度。
まさに神速。いや、その上。
神だけが到達できる究極の速度。超神速。
超神速で切られたグラサン男は、いまだ自分の身に何が起こったのか分かっていなかった。
そして、それを成したのが異国の美少女。サマヨちゃん。
「頼むね。グリちゃん」
「ぐるる……ニャオーン!」
這いつくばる俺をあざ笑うチンピラのもとへ。
飛びかかる猫ちゃんが前足を振るった。
シャーポカッポカッ
肉球パンチ。
たかが猫の手で人間相手に何ができるというのか?
「ほへ?」「ほあ?」
ドサッ ドサッ
できていた。
大の大人が、肉球パンチでノックアウトされるとは。
近頃の猫は、凄いのな。
「カモナーちゃん……あなた、何もやっていないですね」
「グリちゃんは僕なんだよぉ。だから僕が守ったんだよぉ」
まったくもって意味不明。
それよりも、気絶したチンピラはともかく。
「はへ? 俺の、俺の手、どこ?」
手首を切り落とされたグラサン男が問題。
あまりのショックに放心状態なのか、血を垂れ流したまま立ち尽くしていた。
このまま放置したのでは、出血多量で死亡する。
そして、それは俺も同じ。
撃たれたお腹からは、未だ出血が止まらない。
「私が治療しまーす」
いきなり公園に現れ、そう申し出たのは、緑の髪色をしたミステリアスな幼女。
誰だよ……いつの間にか外国の人が増えたもんだ……
ペッ
ミステリアス幼女は、いきなりグラサン男の腕の傷へと唾を吐きかけた。
ヒドイ……あれが治療なのか……
まあ、子供のやることだからなあ。
でも、すり傷じゃないんだから、もっと、こう、あるでしょ?
そんな俺の思いとは裏腹に、グラサン男の傷口はふさがり、出血は止まっていた。
まさに……ミステリアス。
「お待たせー。次は勇者さまだよー」
そう言って、俺に近寄るミステリアス幼女。
え? 俺にも唾をペッってやるの?
そりゃ幼女の唾だから、毒ではないけど。嬉しいけど。
大人にもなって唾を吐かれて喜ぶのは人として、ちょっとマズイ気が……
そんな俺の逡巡とは裏腹に、俺に近づくミステリアス幼女。
ペロリ
いきなり俺のお腹の傷を舐めていた。
「ひゃっ! な、な、なにを?」
「うひいいいいい! 勇者さまの血。おいしいよおおおお!」
だ、誰ですか……貴方?
さっきまでのミステリアスで可愛い雰囲気はどこに?
ポカリ
「こらぁ。アルちゃん? 真面目に治療してよぉ」
「はっ? ごめんなさい。カモナーさま。それじゃーあらためて」
ペロリ
やっぱり舐めるのか。
だが、暖かい。
そりゃ舌で舐めるんだから暖かいのは当然だが。
その暖かさではなくて、なんというか、命の暖かさ?
何を言っているのか分からないが、いつの間にか俺の傷口はふさがっていた。
うーむ。
お腹の中の銃弾はどうなったんだろう……まあ痛みもないし良いか。
「あの……ありがとうございます。お嬢ちゃん」
「もう。勇者さまー。なんですかー? その余所余所しい態度はー。妻である私を忘れちゃった?」
え? 俺、まだ独身なんだが……
そもそも、どう見ても君は結婚できる年齢じゃないだろう?
「アルちゃん。何を言ってるのぉ? 死にたい?」
「たかが植物が……身の程をわきまえたほうが良いぞ?」
「グルル。ガアッ!」
ポカッ
「ひーん。ジョークよ。プラントジョーク? 本当は愛人なんだよー」
3人? の突っ込みが同時にミステリアス幼女の頭を打つ。
しかし、この人もみんなの知り合いなのか。
交流範囲が広くてうらやましいというか。
わけの分からない集まりというべきか。
「勇者様。お手を」
そう言って差し出されるのは、サマヨちゃんの手。
よく分からないが、せっかくの美少女の申し出である。
俺はその手を丁重にとり立ち上がる。
「ありがとうございます」
「勇者様を助けるのは当然の義務。これからも、最後まで御供します」
最後までって……死ぬまでってことだろうか?
結婚したわけでもない相手に、どうしてそこまで?
「あの。どうして?」
「お腹の子……責任を取るんだろうな? 勇者様」
……マジで?
「うぅ……ユウシャさん! 僕と。僕と続きをやるって約束! 守ってよぉ! 僕も作るんだよぉ」
お前。意味が分かって言っているのか?
つーか、子供の件は否定しないのか?
「すくすくと育ってるねー。きっと可愛い子が生まれるよー」
ミステリアス幼女まで……
これは、新手の詐欺なのだろうか?
気持ち良い思いをした記憶もないのに、子供とか……
「ふん。どうした勇者よ? 何やら困惑しているようだが?」
いつの間にか公園に現れたのは、ご老人。
どこかで……夢の最後に見たようなご老人。
「何を驚く? 神は不死身。そして、彼女たちが無事なのは、貴様が望んだからだろう?」
春は変な人が増えるというが、今は12月。冬だぞ?
「1つになりたい。同じ場所に居たいとな。本来なら先に死んだ加茂菜は記憶も力も失うのだが……まあ、わしを楽しませてくれたサービスよ」
よく分からんが、サービスだというなら俺は?
「お主は。勇者はわしとの戦い。最後の衝撃で記憶と力を失ったのだ。戻しても良いが……また殺されてはたまらんからのお……?」
俺が記憶と能力を失っただって?
何を言っているのか分からないが……なんとなく分かる。
彼女たちは俺の仲間で、俺のかけがえのないハーレ……いや。友人。
「うるさいぞ。ジジイ。出しゃばるな。もう1回死ぬか?」
サマヨさん……ご老人に対してあんまりなのでは……
「怖いのう……わしの家に居候しているというのに……まあ、門限を守れよ? あまり遅くなるなよ? 勇者よ。不埒な手を出すなよ?」
その言葉を最後に、老人の姿はかき消すように消えていた。
「勇者様。行きましょう」
「ユウシャさん」
「グルル」
「勇者さまー」
いまだによく分からんが……友人であるみんなが俺を勇者と呼ぶのなら。
俺は勇者なんだろう。
この年にもなって恥ずかしいあだ名だが……心地よい呼び名。
「うーむ。とにかく、みんなとの再会? を祝して、食事に行きますか」
終わり。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
そして、申し訳ありません。
最強勇者。あまり最強ではありませんでした。
お許しください。
それでも最後まで御覧いただいたみなさん。
ありがとうございました。




