95.後編
ズバーン
振り切られる大剣。
叩き斬られるサマヨちゃんの首。
そして宙を舞い吹き飛ぶのは……俺の頭だ。
俺の目に映るのは、首を絶たれて立ち尽くす俺とサマヨちゃん。
2人の身体だけ。
まだ。足りないというのか……
奴に勝つには、まだ力が……いったい何が足りないというのか?
全ての力を。スキルを取り込み一つとなった俺の力。
いや。まだだ!
あと一つ力が足りていない。
それはサマヨちゃんの力。魔王の力。
手をつなぎ心をつないだだけでは、駄目だということ。
だが、光と闇と。勇者と魔王を同時に習得するのは不可能……
不可能だって? 誰が決めたのだ?
それは神だ。スキルを生み出した神。
今。俺たちの目の前に立つ老人が決めたルール。
だが、不可能だというなら、人が神に勝つことこそ不可能である。
その不可能を成そうと、神に抗おうという者が、不可能だと諦めるのは本末転倒というもの。
最強勇者は、不可能を可能にする奇跡の力。
奇跡を起こすのが最強勇者の義務だというのなら……
無理矢理にでも──ひとつにする!
「サマヨちゃん! 合体だ!」
頭蓋骨を失ったサマヨちゃんの身体。
その両手が、宙を舞う俺の頭を掴み取る。
人間の。人間が人間たる根本はどこにある?
意志あってこその人間。
であれば、俺が俺であるのは俺の頭だ。脳にある。
サマヨちゃんが両手に抱える俺の頭。
その頭を、サマヨちゃんは自分の身体へと。
スケルトンの身体に、俺の頭を乗せた。
ドシューン
瞬間。光と闇が世界を覆う。
俺の頭とサマヨちゃんの身体。
スキル不老不死を習得した俺の頭。
不死身のアンデッドであるサマヨちゃんの身体。
不死の身体同士が織りなす奇跡か。
今。俺の頭とサマヨちゃんの身体は、完全に一つとなる。
今。相反する光と闇が完全に一つとなったのだ。
今。全てのスキルは、完全に一つとなったのだ。
しかも、スケルトンであるサマヨちゃんの身体。
骨であったはずの身体は、いつの間にか肉をまとう、少女の身体へと変貌していた。
サマヨちゃんの生前の身体であろう女性の身体。美しい。
ふと気配を感じて隣を見ると──
「勇者様。ここに」
俺が立っていた。
いや。俺の身体に、美少女の顔だけがついた人物。
察するに、これは……サマヨちゃんか?
サマヨちゃんの頭蓋骨は、俺の身体と合体していた。
加えて、サマヨちゃんから俺と同等の力。
勇者の力。そして、全てのスキルの力を感じる。
俺の身体が習得したスキル。
そのスキルが、サマヨちゃんにも引き継がれたというわけか?
頭じゃなくても良いのか……
しかも、男の身体に美少女の顔とか……微妙すぎるだろう。
「それを言うなら、勇者様もです」
そうかもしれない。
今の俺は、男の顔に美少女の身体。
アンバランスにもほどがある姿だ。
「まさかサマヨちゃんと話せる日がくるとはな」
「そうですね。勇者様には言いたいことがたくさんありました」
そう言って息を吸い込むサマヨちゃん。
「まず、毎晩毎晩、私の手を勝手に使うのはやめてください。しかも、なんですか? なんで勇者様の汚らしい物を握らねばならないのです?」
いや。ちょっと待った。
「それから、毎回毎回、勝手に私の身体に体液をかけるの止めてくれません? 臭いがヒドイのですから」
なんでそんなことを覚えているのか?
スケルトンといえば、意識も何もない。ただの物体のはず。
だから、誰に気兼ねすることなく発散していたというのに。
「あと、相手が強いからといって、私を先に突っ込ませるの困ります。それは私は死にませんが、毎回毎回、身体をバラバラにされる私の身にもなってください。勇者様も男なら、かよわい女性を守ろうとかないのですか?」
もう、やめてください。
「でも……ありがとうございます」
ん?
「死者として、汚らわしいスケルトンとして蘇った私を。一人の女性として見てくださったのは。扱ってくださったのは勇者様だけです」
まあ。スケルトンといっても女性だしな。
勇者は女性に優しいもの。当然のマナーである。
「ですから。私の全てを。かつて英雄と呼ばれた私の力を。命を捧げます」
とにかく、協力してくれるということだ。
「ありがとう。なら、今こそ俺たちの力を一つに」
俺は寄り添うサマヨちゃんの手を取る。
いや、今のサマヨちゃんの身体は俺の身体だから、俺の手を取るのか?
まあ、どっちでも良い。
「了解です。ですが、勇者様。まだ今の私たちは一つではありません」
そうなのか?
俺の頭にサマヨちゃんの身体。
サマヨちゃんの頭に俺の身体。
これ以上、どう一つになれというのか?
「決まっています。動かないでください」
ズブッ
「きゃっ! じゃなくて、サマヨちゃん。いきなり何を?」
背後に移動したサマヨちゃんが、有無をいわせず俺の体内に勇者の聖剣を突き刺していた。
痛い。初めてなのに。非道すぎる。
「勇者様は動かないで大丈夫です。初めてですからね。私が動きます」
ズッズッ
「あっ。あんっ。じゃなくて、ちょっと。やめなさい。今は戦闘中ですのよ」
おかしい。
サマヨちゃんの、女の身体だからか、おねえ言葉になってしまう。
いや。問題はそこではない。
「……いったい何をしておる?」
ほら。ご老人も困惑しているだろう。
「決まっています。光と闇。勇者様と私。二つの身体を一つに」
いや。確かに合体して一つになってはいるが、そういう意味なのだろうか?
うーん……なんだか身体が違うからか、思考がまとまらない。
「ほら。発射しますよ。勇者様。受け止めてください」
「ふぇっ? あっ。ちょっ。駄目よ。中はだめええええ!」
駄目だといっているのに……勇者が汚されてしまった……よよよ。
いや。この身体はサマヨちゃんの身体だからセーフなのか?
いや。違う。今の問題はそこではない。
俺の身体から、身体の奥底から溢れだす力を感じる。
新たな力。新たな生命。宇宙の神秘。
まさか……今ので一発命中したのか?
もう。責任を取ってよね!
ではなくて……サマヨちゃんの言う通り。
俺の体内で光と闇と。
相反する二つの力が完全に、いや、完全を超えて完璧に一つとなっていた。
であれば──もはや恐れる者は何もない。
「ご老人。貴方はいったい何者か?」
「わしは神だ。人を生物をスキルを生みだした者」
なるほど。
相手が神であれば、いかに最強勇者とて敵わないのも当然。
だが……それは先ほどまでの話だ。
「そうか。それなら、俺も神だ」
新たな命を生み出すのが神だという。
であれば、体内に新たな命を宿した今。
新たな命を生み出す俺もまた今。神となったのだ。
「神・勇者パワー全開……1万倍……バースト!」
神と神。今。俺と老人の力は互角。のはず。
しかも、俺は一人ではない。
俺の背後に寄り添うサマヨちゃん。
今も俺たちは一つにつながったまま。
俺たち二人の力をあわせれば。
バサッバサッ
「グルルー!」
「アルルー!」
これまでの戦闘でタローシュ城が破壊された影響だろう。
外で待機を命じていたはずの、グリさん。
その背に乗るアルちゃんまでもが、俺たちのもとへ集まっていた。
二人も力を貸そうというのか?
だが……無謀すぎる。
今。ここは常人が立ち入るべき場所ではない。
神と神とが対峙する異郷の空間。神の領域。
発する波動だけで、常人の身体は砕け散る。
「グルルァッアー!」
「アルルァッアー!」
だが……二人が覚悟を決めたというのであれば。
「ありがとう……二人とも。ありがとう」
己の命を賭けて成そうというのであれば……二人もまた勇者。
勇者を止めることは誰にも、例え最強勇者にもできないこと。
だから──
「いくぞ! 俺たちが勇者! いつまでも、最後の時まで!」
俺の体内に集まる全ての力。
カモナーが残したスキル。
そして、全てのプレイヤーが残した全てのスキルを。
「神・最強──」
今。全てを一つに解き放つ。
「神・最強エターナル究極勇者アタック!」
ズドカーン
これが俺の最後の攻撃。俺の最後の力。俺の最後の命。
光と煙が渦巻く中、俺の身体が、サマヨちゃんの身体が。
みんなの身体が、光り輝く粒子となって消えていく。
人の身で神の力を扱うのは無理があったのだろう。その反動。
どうやら今日が俺の命日で正解だったようだ。
だが、後悔はない。
やれる全力をつくしたのだ。
その証拠に、直撃を受けた老人の姿は、霞むように消え去ろうとしていた。
そして、恐怖もない。
なぜなら今も俺たちはつながったまま。
一人ではない。一つになったのだから。




