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90.勇者の奇跡


 100/11/9(水)16:00 エルフの街


 ウッディに連れられ辿り着いたエルフの街。


 その街中では、エルフをさらった冒険者が、エルフの長老を人質に脱出を図ろうとしていた。

 冒険者が脱出に成功すれば、さらわれた20人のエルフは、二度と街の土を踏むことはないだろう。


 だというのに、長老への危害を恐れ、手出しできないエルフたち。

 それも無理はない。人質となるのはエルフ界のレジェンドと呼ばれる長老。


 であれば、最強勇者が動くしか他にない。


「ウッディ。俺が長老様を助ける。俺が動いたら、すぐに他の冒険者を射て」


「そうね……分かった。あんたを信じるわ」


 勇者は即断即決が信条。


「ギロチン・勇者アタック!」


「んなっ?!」


 スパーン


 俺の放つ剣閃は、長老を盾に抱きかかえる冒険者。

 その首から上を、瞬時に切り落としていた。

 同時に、エルフの長老の首から上もまとめて。


 残る冒険者をウッディが仕留める。

 これにて、エルフ誘拐騒動は終了した。


「あんたっ! どういうことよっ!」


 それに納得いかないのか、ウッディが俺に食って掛かる。


「あんたっ! あんたはっ。助けるって言った。長老様をっ!」


 俺たちの前に残るのは、冒険者6人の死体。

 そして、首を断たれた長老の死体。


 俺は長老の首を拾い上げ、その身体に繋げると、高級治療薬を振りかける。


 鋭利な切断面を見せる首と身体は、隙間なく繋がっていた。

 高級治療薬の効果もあって、横たわる長老はまるで無傷。

 生前の頃そのままに見える。


「ふざけないでっ! 今さら……今さら生き返るもんか!」


 もっともな指摘である。

 それでも俺は、長老の衣服を正して、丁寧に横たえる。


 助けるというのは、何も命を助けるだけが全てではない。


 その名誉を守る。想いを受け止め遺志を継ぐ。

 苦痛を取り払うのもまた、助けるということ。


 長老は自分が人質となったことで、エルフが誘拐されることを、良しとする人物なのだろうか?

 自分の命を惜しんで、エルフ20人を犠牲にする人物なのだろうか?


 俺はそうは思わない。


 確かに俺は長老と話したこともなければ、顔を会わせたのも先の一瞬のみ。

 しかし、長老はエルフのレジェンドと呼ばれた存在。

 同じレジェンドである俺を例に取れば、仲間の足を引っ張り、仲間を犠牲に生き延びる位なら。

 名誉ある死を選ぶだろう。


 それが勇者の誇りにして勇者の責務。

 常日頃ちやほやされるのも、ハーレムが許されるのも、その覚悟あってのもの。


 きっと長老も同意見。

 それが証拠に、自身を犠牲に仲間を守った今。

 彼女の顔は、晴れ晴れとして見えた。


 俺は長老に手を合わせ、頭を深く垂れる。

 死者の遺志を受け継ぐのも勇者の使命。

 エルフを守るという貴方の意志は俺が受け継ごう。

 だから安らかに眠ってほしい。


「あんたっ。絶対に許さない!」


 せっかく人が綺麗にまとめたというのに……

 だが、ウッディが怒るのも無理はない。


 顔を上げ見えるのは、周囲を取り囲むエルフたち。

 その手に握る武器、全てが俺に向けられていた。


 当然の結末。

 エルフにしてみれば、俺は人質を救う努力すらせず、長老を殺しただけの殺人者。


 もはやハーレムどころの話ではない。

 今や俺はエルフたちの恨みを一身に集める長老殺しの仇敵。


 シュッ


 森の英雄。ウッディの矢が俺を狙って放たれる。


 どうやら初めて会った時、手加減していたというのは本当の話。

 あの時はわずか1本だった矢が、今は同時に6本となり俺に迫る。


 だが──手加減していたのは俺も同じ。

 それどころか、俺には新たな力までもがある。

 カウンターLV5。


 カキーン


 抜き放つ成金ソードが、迫る6本の矢、全てを弾き返す。


 グサッ


「ぐっ」


 自身の矢を両手両足に受け、怯むウッディ。


 頭を狙い弾き返すことも可能。

 しかし、1人でも多くのエルフを助けるという長老の想い。

 その想いを受け継いだ俺が、エルフを殺すわけにはいかない。


 そもそもまだベッドインすらしていないのだ。殺すなど勿体ない。


「長老様のかたきー」


 カキーン


「きゃー」


 四方八方から放たれる剣撃を全て弾き返し、返す刀で相手の胴を打ち払う。

 もちろん、みね打ちである。


「なんでっ。なんでよっ。そんな強いのに……なんでっ!」


 痛みなのか、悔しさなのか。

 涙を流して声を上げるウッディ。


 確かに俺は最強。

 最強である俺が負けることはありえない。


 だが、最強であることと全能であることは、また別である。

 最強だからといって、他者の全てを救うことができるとは限らない。


 だから、俺は自身に出来るベストを尽くすだけ。


「なんとかっ。なんとか言いなさいよ! このクズっ!」


 その結果、人質を守ることもできない。

 人質を殺すような唾棄すべきクズ呼ばわりされようと。

 勇者はただ結果で語るのみ。


 勇者に必要なのは、言い訳を述べる口ではない。

 勇者に必要なのは、目的を達成する覚悟。


 例え当人の望みであったとしても。

 長老を殺したという罪が消えることはない。


 長老殺しの汚名を受け止めてでも、長老の遺志を継ぐ。

 その覚悟があるからこそ、俺は勇者を続けていられる。


「ウッディ。長老様の件は申し訳ない。許してほしい」


 しかし──


「長老様のかたきー」


 再び押し寄せるエルフの波。その数は200人を超えていた。

 手加減するには、面倒な数。

 やはり種族が異なれば、人とエルフでは分かりあうことはできないのだろうか?

 もはや吹き飛ばすしかないのか?


 その只中に一つの影が飛び込んでいた。


 ボカッ


「アンギャアアアア!」


 同時に広場に絶叫が響き渡る。

 誰が投げ込んだのか、マンドラゴラ。

 アルちゃんの絶叫がエルフの中心で炸裂していた。


「ユウシャさんに何やってるの? 死にたいの?」


 広場の片隅に現れたのはカモナー。


 ドスッ


 俺の背後に近づくエルフの一人を打ち倒し、踏みにじる。


「勇者様。さっそく私の出番なのね?」


 そして、先ほど仲間に加わったばかりのハレム。


「カモナー様に助けられ、街に戻ってみれば」

「これは……どういうこと?」


 その2人の背後には、10人のエルフが付き従っていた。


「お前たち。連れ去られたのに無事だったのか?」


「ああ。カモナー様に助けられた。どうやらユウシャ様の頼みだそうだが」

「ユウシャ様とやらはどこか? 一言お礼を申したい」


「ユウシャ様? 長老様を殺したクズ野郎のことか?」


 そう言って、怒れるエルフは長老様の死体を指さす。


「あれは……長老様!?」

「いや。だけど俺たちが助かったのはカモナー様。ひいてはユウシャ様のおかげだよな」

「そんな人がなんで?」


 自分たちを助けてくれた人が大罪人だと聞かされ、困惑するエルフの帰還組。


「アル?」


 目立った外傷もなく横たわる長老の身体。

 疑問に思ったのか、その亡骸へアルちゃんが寄り添っていた。


 さらに新たなエルフたちが広場へ帰還する。


「パパ。戻ったの。エルフさん。たくさん助けたの」


「ナノ様に助けられたのだが、なんでもユウシャ様の命令だとか」

「ぜひお礼を言わせて。ユウシャ様はどこかしら?」


 ナノちゃんたち生徒組が、多数のエルフを連れて戻ったのだ。


「いったいどうなってる?」

「なんで長老様を殺すような奴が、エルフを助けるんだ?」

「騙されるな。奴が長老様を殺したのを見ただろ」


 その混乱の輪の中へ、新たに加わるエルフたち。


「あの……ユウシャさんは長老様の……願いを叶えたのだと思います……」

「御年1000歳の長老様は、もう戦えない、動く事もままならない身体」

「だから長老様はおっしゃっていた。自分の命は気にせず戦えと」


 そう言って俺を擁護するのは、長老と共に人質に捕らわれたエルフたち。

 俺が助けた20人のエルフ。


「お前たち。そんなクズ野郎の肩を持つ気か? エルフの誇りはどうした?」


「誇りがあるから長老様はおっしゃったのだ。自分の事は気にするなと」


「そんなわけあるか!」

「長老様もふくめて全員無事に助ける方法があったはずだ」


「ならお前がやってみろや!」

「見てただけの雑魚が何をいう!」


「人間にさらわれた雑魚が何をいう!」


 広場に集まるエルフたち。

 いつの間にか俺を差し置いて、お互いが一触即発の状態であった。


 もはや俺がいる意味あるのだろうか?


 だが、長老が望んだのはエルフの平和。

 そのエルフ同士が争ってどうするという。


 俺は長老の意志を継ぐ者にして、エルフの平和を守る者。

 まあ、俺が勝手に言っているだけだが、そんなことはどうでも良い。


 なぜなら俺の身体に、新たな力を感じるからだ。

 エルフの全てが敵ではない。俺を信じるエルフもいる。


 であれば、新たにエルフの想いを加えた勇者の力。

 いかほどのものであるか、披露するとしよう。


「最強・勇者パワー発動!」


 ピッカリーン


 俺の身体を発するのは、さらに輝きを増した光。

 勇者の奇跡の光。


「うおっ。まぶしっ」

「いきなり光りだして、なんやコイツ」


 いや……なんやと言われましても……

 まあ確かに今、勇者パワーを使う意味は乏しい。

 それでも、注目を集めるには成功した。

 後は争いを止めるだけ。


「よさないか。争いは何も生まない。少し落ち着いてはどうか?」


「お前が言うな」

「黙れ。カス」

「殺すぞ」


 全く話を聞いてくれない。

 その時──


「みんな。お止めなさい」


 突如、騒然とする広場に響き渡る凛とした声。

 エルフたちは、みな一様に動きを止めていた。


「長老様? そんな……まさか?」

「長老様! 無事だったの?」

「長老様ー!」


 その声は、死んだはずの長老から発せられていた。


「マンドラゴラの治療と勇者様のお力。おかげで目が覚めました」


 長老の側に寄り添うのはアルちゃん。

 最強勇者パワーで強化されたアルちゃんの体液が、長老を癒したというのか?


 確かに長老の外見は全くの無傷に見える。

 だが、一度首を断たれた者が、失われた命が戻るはずがない。

 それは、たとえ最強勇者パワーであっても不可能のはず……


「ええ。わたしはもう死んでいます。ですが、今だけ。わずかの時間だけ、命が長らえたようです」


 長老の身体は、最強勇者パワーの光を受け輝き続ける。

 不可能を可能に。そんな奇跡を起こせるのもまた勇者の特権。


「勇者様。わたしの最後の願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」


 長老が向き直り深々とお辞儀する。


「よしてください……俺の方こそ。長老様を救えず……申し訳ありません」


 礼には礼を。俺もまた深々とお辞儀を返す。


「なんでさっ! なんでっ! こんな奴に!」


「わたしの役割はエルフを守り導くこと。人質としてエルフを危機に陥れることではありません。老いさらばえ力を失ったわたし。勇者様は、わたしの最後の手助けをしてくれただけです」


「そんなっ……」


 長老の断言により、俺を恨むエルフたちの目が伏せられた。

 俺の罪が消えたわけではない。だが、長老の心情を理解したのだろう。


「ちょうろうさまー」


 抱き付き泣きじゃくる少年。

 その顔を拭って長老は優しく言葉をかける。


「ありがとう。貴方の勇気。見せてもらいました。立派な戦士、いえ、勇者になるのですよ」


 光り輝く長老の身体。

 その光が、夕闇の訪れとともに輝きを失いつつあった。


「時間です。エルフの未来は貴方たちにあります。後はみんなの時代。どうするかは自分で判断することです」


 魔法の存在する異世界。

 奇跡があったとしても不思議はないが……その時間も終わる。


 夕闇の帳に包まれ静まり返る広場。

 みなが長老の最後を黙祷で見送った。


「あの。ユウシャさま。ごめんなさい」

「ユウシャさま。すみませんしたー」

「長老様のこと……複雑ですけど、ありがとうございました」

「人間にも良い奴がいるんだな」


 今回ばかりは、俺も長老様に感謝するほかない。

 死してなお、エルフを思い言葉を残した長老様。


 その言葉がなければ、エルフとの決別。

 魅惑的な肢体を諦めるのもやむなしという、絶体絶命の状況を救ってくれたのだ。


 であれば、俺もエルフに感謝と謝罪を述べるのが礼儀というもの。


「私のほうこそ力及ばず申し訳ありません。長老様をお救いできず……だというのに、そのような有難いお言葉……感激の極みです」


「いや。分かっていたのだ」

「勇者様は何も悪くない」

「エルフを救うには……それしかないと」

「だが、私たちには勇気がなかった」

「それをいとも簡単に……勇者という言葉にふさわしい」

「勇者だ! エルフが認める勇者の誕生だ!」


 簡単に決断した。

 その答えは単純。俺が余所者だからだ。


 俺には、長老に対する思い入れは何もない。

 老婆の長老と、ピチピチのエルフ20人。

 どちらを助けるのか。単純に天秤にかけた結果にすぎないのだ。

 グダグダ理由を述べはしたが、それが全て。


 しかし、そんな俺の本心を告げたところで、誰一人として幸せにはならないもの。


「いや。勇者など……もったいない。それでも、私が長老様を殺めたのは事実。かくなるうえは拙者の命でお詫びいたす所存」


 だから、俺はあくまでかしこまって言葉をつむぐ。


 いくら長老様が俺の行動を弁明したとしても。

 エルフのみんなが俺を許したとしても、俺が長老様を殺したことに変わりはない。


「いや。そんな」

「命でお詫びなど、めっそうもない」

「そこまでの覚悟で長老様を……」

「恩返しじゃ。勇者様に恩返しじゃ」

「エルフを代表して、森の英雄ウッディが勇者様のお世話をさせていただく」


「ええっ!? な、なんであたしが?」


「くっ。ウッディ……だが、仕方のないこと」

「ああ。これは森の英雄にしか務まらない任務」

「俺たちの分も……恩返しを頼む」


 エルフが俺に感謝しているなら当然こうなる。


 感謝には更なる感謝。

 謝礼には更なる謝礼。

 これだけでエルフが誠実な種族であることが分かった。

 勇者が味方とするに十分な資格。


「ありがとうございます。せっかくの申し出。お断りするのも失礼な話。ありがたく受け取らせていただきます」


「いやいや。なに受け取ってるのっ。断りなさいよ!」


 誤解しないでいただきたい。

 何も俺は自身の欲情からウッディを受け入れたのではない。

 エルフ全員が俺への罪悪感を抱いたままでは、今後のお互いの関係に障害となるからだ。


 エルフが俺に謝るのは今日が最後。

 どちらに優劣があるでも非があるでもない。

 お互いがイーブンの立場から関係を始めるため。

 明日の朝には、お互い貸し借りなしの仲間となれることを願って。


「ちょ? ええっ? まじでー?」


 俺は渋るウッディを引っ張り、高級馬車の荷台へと移動した。


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