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89.エルフの街


 100/11/9(水)15:00 ニーアの街 冒険者ギルド


 タローシュハーレム。

 俺は、その一員であるハレムを撃破。

 逆に勇者ハーレムの一員へ加えることに成功した。


「サイキョウユウシャ……まさかハレム様に勝利するとは……」


 その一部始終を見届けた渋い男。

 他人の情事を覗き見るとは、案外趣味の悪い男だ。

 が、ちょうど良い。

 どうやらこの渋い男はギルドでも権限がある模様。


「エルフ採取の依頼主であるハレムはこの状況だ。依頼は取り消してもらいたい」


「分かった……だが、エルフの森には腕利きの冒険者が、Aランク冒険者も含めて50名。すでに先行している……中止を連絡するにも難しい」


 Aランク冒険者。

 なかなか手ごわそうな響きではあるが、俺の冒険者ランクはSランク。

 しかも冒険者ギルドの役員でもある。

 たかが平社員である冒険者に、役員である俺が負ける要素は何もない。


「心配は無用だ。俺が止めてくる」


「ああ……あんたなら……ハレム様すら説得してしまうお前なら、任せられる……頼む」


 俺は渋い男とがっちり握手する。

 志を共にして生まれる友情。


 などはどうでも良いが、女は男同士の友情に弱いと聞く。

 友情をはぐくむ俺の姿を見て、エルフ女はこう思うだろう。


 最強勇者様。素敵。抱いてと。

 これでベッドインまで後2秒といったところか?

 後はエルフの森から冒険者を追い出せば、ゴールインは間違いない。


「んなわけないでしょっ!」



 100/11/9(水)16:00 エルフの森


「というわけで、エルフの森に到着だ」


 うっそうと広がる森のそこかしこで喧噪が聞こえる。


「ギャー」

「キャー」


 エルフ採取に来た冒険者とエルフが戦っているのだろう。


 一刻も早くエルフを助けに向かうべきだが、この広い森を探索、冒険者を1人1人捕まえるというのも手間のかかる話。


「というわけで、みんな頑張ってほしい」


「カタカタ」

「女だぁ……ユウシャ様の周りにまた女が増えているよぉ……」

「はいなの」


 サマヨちゃん。カモナー。ナノちゃんたちが一斉に森の中へと向かう。


 決して面倒な仕事を押し付けた訳ではない。

 人にはそれぞれ役割があり、勇者には勇者だけの仕事がある。

 俺はどうするかといえば──


「エルフ女。エルフの街へ案内してくれないか?」


「んあ? あたしも冒険者を倒しに行きたいんだけど?」


 ……それぞれ役割があると言ったそばからこれだ。


 人里離れた森で暮らすエルフは、排他的で余所者に厳しいと聞く。

 一見の客が訪れたところで、ぶぶ漬けを出されるどころか、その前に追い出されてしまうだろう。


 俺にはエルフと友好を築くという、スキンシップを図るという大切な役割がある。


 エルフ女には、俺とエルフを繋ぐ仲立ちをしてもらわねばならない。

 余所者に厳しい反面、身内には、一度仲間と認めた者には優しいはず。


「そこは俺のクランに任せてほしい。それより、街の方が心配だ。戦える者全員が森に出たのでは街の守りが手薄になる」


 どうせ森で冒険者と戦うのは、イカツイ野郎エルフに決まっている。

 華奢な美少女エルフたちは、街の中で襲撃に怯えていることだろう。

 つまり、俺の行くべき場所は、街以外ありえないというわけだ。


「うーん……そうね。分かったわ」


 俺は高級馬車を操りエルフの街へと移動する。


「止まれ。エルフの街に何用だ?」


 街の入口にそびえ立つ大きな樹。

 門のような役割をはたしているのだろう。

 近づく馬車を訝しんだが、樹上から声が掛けられた。


「わたしよ。ウッディよ。みんな無事なの?」


「これはウッディ様。その馬車の人間は?」


 樹上から垣間見えるのは、美少女エルフ。

 やはり街中を目指して正解だったようだ。


「あー。うん……その、力を貸してくれるそうよ」


「おお。さすがウッディ様。人間を倒すのに人間を使うわけか。そら。人間よ。しっかり働くのだな」


 バシッ


 痛い。樹を降りたエルフに何故か背中を叩かれる俺。


「エルフと共に戦えることを光栄に思うのだな」


 どうやらエルフは全体的にプライドが高いのか高慢なように思える。

 すっかり俺をエルフ女。ウッディの下僕か奴隷だと思っているようだ。

 そして、ウッディもまた誤解を解くでもなく黙ったまま。


「どういうことだ?」


「え? いや、なんていうか……わたし英雄だしい? 仕方ない的な……?」


 エルフ女。ウッディもまたエルフである。

 プライドが高いのは同じで、森の英雄を自称する者がまさか俺に。

 人間に負けたとは言えないのだろう。


「……分かった。確かに英雄なら仕方ない」


「まじで?」


「はい。ウッディ様。よろしくお願いします」


 ウッディにも面子があり、ハーレムメンバーを労わるのも勇者の役目。


 そして、そんな俺の寛大な姿勢に触れたウッディはこう思うだろう。

 最強勇者様。素敵。抱いてと。

 一時下僕を演じるだけでベッドインまで後1秒に到達できるのであれば、ここは演技に付き合う他あるまい。


「うう……そんなわけないけど……変なところで弱みを……」


 主であるウッディの指示に従い、俺は馬車を街の広場へと進ませる。


 道中、通りに並ぶ家々は門戸を固く閉ざしたまま。

 無理もない。周辺で誘拐が多発しているのだ。

 戸締りが厳守された家の中では、美少女エルフが怯えて小さくなっているのだろう。

 大丈夫。最強勇者が訪れたからには何も心配はない。


「おい。ウッディ様が戻られたぞー」

「マジかよ」

「ウッディさまー」


 次々に戸が開け放たれ、飛び出してきたのは多くの美少年エルフ。


「……どういうことでしょうか? ウッディ様。美少女エルフは?」


「え? いや、なんていうか、エルフでは男は守られる存在だしい?」


 マジかよ。戦うのが女の仕事だとは。

 街中に来たのは失敗じゃねーか。

 であれば、即座に森へ戻るべき。


「ウッディ様。街中の安全は確認できました。森で戦う仲間を援護に行きませんか?」


 森で戦う美少女たちを助けに向かわねばならない。


「んあー。そうねえ……」


 だというのに、ウッディは美少年にちやほやされ、満更でもない様子。

 このエルフ女。やはりスーパービッチじゃねーか。

 渋るウッディを急かせようとする俺を、美少年たちが取り囲んでいた。


「あれー? ウッディ様。この人間なにー」

「きっとウッディ様の下僕だー」

「一緒にお馬さんごっこしようぜー」


 ……なんたる屈辱。

 俺は四つん這いにさせられ、お馬さんにされていた。


「はしれーはしれー」


 パシーンパシーン


 俺の背に座る美少年が、無邪気に俺の尻を叩く。

 美少女に叩かれるならともかく、まさか男に……


 だが、少年とはいえ美少年。

 しかも、年代的に男女の区別がつきづらい年頃。

 案外、これも悪くないのかも……


 いやいや! 駄目駄目!

 勇者は断じてホモではない。


 ではなく、森でエルフと冒険者が戦っているという時に、街中で遊びほうけている場合ではない。

 ひとしきりお馬さんの役目を終えた俺は、美少年たちに別れを告げる。

 その時──


「ぎゃー。誰か助けてー」


 広場に悲鳴が響き渡る。


 何事か?

 今、街中にいるのは戦えない少年たちばかり。

 男とはいえ美少年の危機であれば、いちおう助ける必要がある。

 俺はホモではないが、一緒に遊んだ仲だしな。仕方がない。


「あれは長老様の自宅だ」

「見て。長老様が!」


 広場に隣接する長老の自宅。

 戸口から覗く女性が長老なのだろう。

 その首筋には、ナイフが押し当てられていた。


「長老様を放せ」


「へっ。お断りだね。おら。長老さんの命が惜しければ、武器を捨てな」


 長老を人質に立てこもるのは冒険者たち。


 いつの間にエルフの街中に、しかも長老宅に入り込んだのか?

 腕利きの冒険者。冒険者ランクAというだけあって、侮りがたい相手。

 危険な場所で数々の任務をこなしたからこそ、Aランクまで昇り詰めたというわけか。


「くっ……長老様が人質に取られては、手の打ちようがない」


 悲鳴を聞いて駆けつける美少女エルフたち。

 街中を警護する役割で残っていたのだろうが、その対応に苦慮していた。


「おら。武器を捨てて道を開けろ。さもないと長老さんが死ぬぜー」


 いったい何を悩むのか?


 テロには断固たる態度で毅然と対応するのが世界の常識。

 俺はウッディに対応を上申する。


「ウッディ様。強行突入してはいかがでしょうか?」


「はあ? あんた、駄目に決まっているでしょ。長老様よ。1000年を生きるエルフの生きるレジェンドにして生き字引よ。出来るわけないでしょ」


 しかし、世界が変われば。

 時代が変われば常識もまた変わるもの。

 地球でも、過去にはテロの要求に屈した時代もある。


 エルフにとって、長老は余程大きな存在なのだろう。

 エルフ数十人を犠牲にしてでも、テロに屈してでも救うべき命。


「分かったわ。武器を捨てる。その代わり長老様には手出ししないで」


 取り囲むエルフ美少女は、武器を捨て、冒険者の指示に従う。

 長老の背後から首筋にぴったりナイフを押し付けられていたのでは、隙をつくこともできない。


 何かの拍子にナイフが少し動くだけでも、長老の命は終わる。

 仮に神速・勇者アタックであっても、冒険者だけを倒すのは難しいだろう。


「へっ。分かってるじゃねーか。そのまま近寄るんじゃねーぞ」


 戸口からゆっくり外へ出る冒険者たち。

 その総数は6名。

 加えて、捕えられ縛られた美少女エルフと美少年エルフが10名続いていた。


 確かに人の命は平等ではない。

 国王の命と平民の命が平等など、あってはならない話。


 それを考えれば、エルフ美少女が数人程度。

 犠牲になることでエルフ長老が助かるのであれば、儲けものである。


「へっ。俺の言ったとおりだろ?」

「ああ。長老を押さえて正解だな」

「ほれ。エルフどもなんにもできねー」

「納品前にちょっとさわってもいいっすか?」

「うひーやわらけー」


 だが、はたして冒険者が大人しく長老を解放するのだろうか?

 少し考えれば分かるはずである。解放するはずがない。と。


 長老という切り札を失っては、街から逃亡することはできない。

 人質となった時点で、すでに長老の人生は終わっているのだ。


 それは、恐らくエルフたちも分かっているはず。


 それでも、行動を起こした結果、長老が死んだ場合どうする?

 いったい誰が責任を取るのか?

 行動を起こした者に決まっている。


 排他的な集落で、そのような行動を起こしては、二度と集落で生きていくことなどできない。


「おっ! ちょうど良いところに馬車があるじゃーん」

「俺らが森を出るまで手出しすんじゃねーぞ」

「でないと長老さんが死ぬぜー」


 だが、後の叱責を。

 責任の所在を恐れて行動しないのでは、助かる命も助からない。


 このような時に指示、決断を下すのが組織のナンバー2なのだが……

 自称、森の英雄であるウッディはなす術もなく見守るだけ。


「ひっ。ちょ、ちょうろうさまを、は、はなしてあげて」


 誰もが遠巻きに見守るしかできない中、長老を気づかってか、一人の美少年が近づいていた。

 あれは、先ほどまで俺の背中に乗って、はしゃいでいた美少年。


「ちょ、ちょうろうさまは、僕に、身寄りのない僕にも、やさしくて、いつもお菓子を……だから」


「おーおーいい話やな。じゃ、僕も一緒にこいや。そうすりゃ長老さんからお菓子もらえるやん」


「だ、だめだ。ちょうろうさまを放してからじゃないと、だめだ」


「ああん? 長老さん殺すぞ?」


 そう言った冒険者は、首筋に当てるナイフをわずかに動かす。


 ポタリポタリ


「や、やめて。う、うわー」


 長老の血を見て動転したのか、少年は冒険者に突進していた。


 ボカッ


 その頭を叩かれ、気を失う少年。


「おーおー。元気な坊主だ。でもよー」

「俺らに歯向かうとはさー許されんよー」

「長老さんの腕でも落とすか?」


「そんな。長老には手出ししない約束よ」


「いや。先に手をだしたのはこのガキやん」

「だなー。それか、もう一人エルフを寄こせや」

「おめーだ。おめー。ええ身体しとるやん」

「ぐひひ」


「あの子。なんてことを」

「ますます状況が悪くなっただけじゃない」


 確かに少年の行動は後先も何も考えない無謀な行動。

 決して褒められたものではない。


 だが……その勇気。

 長老を助けようと。誰もが動けない中、ただ一人行動した勇気。

 それだけは評価するべき項目。


 そして、それこそが勇者に最も大事な資質。

 であれば、最強勇者も黙って見ているわけにはいかない。


 俺はホモではないが、俺の背に座るお尻は柔らかかったのだ。


「ウッディ。俺が長老様を助ける。俺が動いたら、すぐに他の冒険者を射て」


「うえ? そ、そんな……できるわけ」


「森の英雄。その称号は飾りか? 最強勇者。俺の称号は伊達じゃないぞ? それに俺の強さは見ただろう?」


「そうね……分かった。あんたを信じるわ」


 俺は馬車へと近づく冒険者たちの行く手を遮るように立ちふさがる。


「待たれよ。これより先。通すわけにはいかん!」


 抜き放つ剣を、俺は自身の眼前に構える。


「ああん。おおい。長老さん死ぬよー」

「分からんアホだな」

「もうさ、腕1本落とそうぜ?」

「だなー見せしめにやるか」


 エルフの長老。

 1000年を生きるエルフのレジェンドだろうが、それはエルフにとっての話。

 人間で、おまけに異世界の住人である俺には、全く関係のない話。赤の他人。


 そして、異世界にあっても、俺の魂は地球にある。

 いわく、テロには決して屈しない。と。


 なにより、エルフ長老の顔が……猿ぐつわを咬まされ、口を聞けない長老の口が、物語っている。

 賊を討てと。自分の命より、エルフの街を、エルフの若者を守れと。


 だから──俺は勇者の力を使う。


「必殺──」


 構えを解かない俺を見て、焦ったように冒険者が長老を見せつける。


「おいおいおい。これ。これが見えねーの?」


 そのナイフは首筋を決して離れず。

 その身体は、長老を盾に陰に隠れていた。


 悪辣なまでに絶妙の位置取り。

 俺の位置からでは、冒険者だけを攻撃することは不可能。


 だが……それで良い。

 長老にぴったり寄り添う。

 まとめて一石二鳥の……今の位置がベスト!


「ギロチン・勇者アタック!」


 スパーン


 俺の放つ剣閃は、エルフの長老を盾に抱きかかえる冒険者。

 その首から上を、瞬時に切り落としていた。


 同時に……エルフの長老の首から上も。


「んなっ?!」


「ウッディ! 今だ!」


「くっ! どういうことよっ!」


 わめきながらも素早く短弓を連射するウッディ。


 シュッ×5


「ギャー」×5


 森の英雄というだけあって、冒険者を一瞬で仕留めていた。


 後に残るのは冒険者の死体が6体。

 そして、長老の死体だけである。


 そもそも悩む必要など何もない。

 1000年を生きたという長老。

 いくらエルフといえど、その外見は老婆に近い。

 俺にとって助けるメリットは何もない。


 片や誘拐されようとしているエルフは、まだ年若い美少女たち。

 助けたお礼も期待できるというもの。


 どちらを優先して助けるかは、誰の目にも明らかである。

 結論が決まっているのであれば。

 苦しむことなく、悩むことなく。

 一瞬で終わらせるのが勇者の人情というものだ。


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