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87.神の御使いVS神の御使い

 

 100/11/9(水)14:00 ニーアの街 冒険者ギルド


 冒険者ギルドで提示された採取依頼。

 エルフ1匹500万ゴールド。


 聞けばエルフは人間ではないため、人身売買に該当しなくなったという。

 美と正義を愛する最強勇者。

 エルフ差別を許さない最強勇者は、当然、エルフを救うために立ち上がる。


「みね打ち・勇者アタック!」


 ドカーン


 取り囲む冒険者を一掃。


「ちょおおおお! あ、あんた、何やってんのよおお」


 エルフ女が何を騒ぐか知らんが、心配は必要ない。

 命を大切にする勇者は、みね打ちでの手加減を忘れてはいない。


「お前は冒険者ギルドに、国に歯向かおうというのか……死ぬぞ?」


 そんな騒ぎを横目に、渋い男はカウンターに座ったまま問いかける。

 渋いだけあって落ち着いているな。

 それに比べて、このエルフ女は……


「いやあああ。冒険者ギルドって英雄クラスの冒険者がたくさんいるのおおお。無理。いくらあたしが森の英雄でも無理。どーすんのよおおお」


 エルフ女で無理なのは当たり前だろう。

 勇者が真面目な話をしている時に茶化すんじゃない。


 ズブリ


「ひぎぃいいい! あ、あんた……どこの悪ガキよ……今時こんな」


 目の前で尻をふりふり、ふざけているからだ。

 これに懲りたら、茶々を入れるのは止めてもらいたい。


「勇者が国に従うのではない。国が勇者に従うのだ。分かるか?」


「……分からんな」

「分かるわけないでしょおおお」


 渋いのは良いが、脳ミソの回転まで渋いのは、いただけない。

 そして、エルフ女は脳ミソに回すべき栄養を他に取られたか?


「エルフの人身売買に許可が出たという。それは国のトップがルールを変えたからだ。なら、国のトップは誰だ? 国王か? 違うだろう? 俺だ。最強勇者が国の、世界のトップ。今後は、国も冒険者ギルドも俺に従ってもらう」


 力ある者は何をやっても許される。

 それも当然の話。力のない者では止めることができないからだ。


 ならば国王の。国の暴走をいったい誰が止めるという?

 無力な民衆に止める術はない。

 もちろん国の手先である冒険者ギルドにも無理だ。


 それでは、エルフは刈られるだけの存在なのか?

 異世界に、希望は存在しないのか?


 いいや。希望は存在する。

 最強勇者という希望が。


 力で他者を屈服させるなど俺の趣味ではない。

 それでも、最強勇者が止めるしか他に道がないというのなら。

 エルフに安寧が訪れないというのなら──俺の力で止めてみせる。


「サイキョウユウシャ……お前は国王。いや、次期国王のタローシュ様より、自分の方が上だと言いたいのか?」


「俺は最強勇者。最強にして無敵である最強勇者の上に、人はいない」


「冒険者ギルドとて国の言いなりではない……だが、タローシュ様には勝てない……強奪……俺は全ての力を奪われた上、忠誠を誓わされた……勝てっこないのだ」


 渋い男はタローシュと戦ったことがあるというのか。

 そして負けた。だから従っているという。

 情けない……

 あんなコソ泥野郎に負けるとは、渋いだけの見掛け倒し。


「タローシュなどというクソ雑魚野郎。俺なら小指の先で100回はボコれるぞ?」


「へー。タローシュ様をボコるだなんてー。聞き捨てならないなー」


 そんな俺たちの会話に割り込む者がいた。

 冒険者ギルドの奥。開いたドアから姿をあらわすのは1人の少女。


「ねーねー。シブイさん。これ、何の騒ぎなのー?」


 見た目はまだ幼い少女。

 なかなか可憐である。生意気そうな態度を除けば、だが。


「……これは、ハレム様……」


「シブイさーん。エルフまだー? 採取依頼ちゃんと出したんでしょ?」


「……」


「タローシュ様。最初は人身売買なんて駄目だよーとか嫌がってたけどー。わたしがエルフの子も抱いてあげてって差し上げたらー。すっかりエルフを気に入っちゃったんだもん。たくさん捕まえて送ってあげないとねー」


 何が駄目だよー。だ。口では何とでも言える。

 自身の欲を節制してこそ、動物ではない、人間たりえるのだ。

 欲望のままに無理矢理淫行を繰り返すなど、クソ野郎に人間の資格はない。


 そもそもエルフの身体は俺のもの。

 断じてクソ野郎に渡すわけにはいかない。


「って、あれー? エルフ採取依頼が張り出されてないよ? どういうことー?」


 ハレムと呼ばれた少女の疑問に渋い男が答える。


「腕の立つ、信頼できる連中だけを森に向かわせている……連中なら無用な殺戮まではしない。綺麗なエルフだけを数名……」


「えー。それじゃ駄目だよー。意味ないじゃん。おバカな冒険者がたくさん押し寄せて、エルフの村を無茶苦茶にしてくれないとー」


「エルフとは仲良くやってきた……なるべく少数の被害に留めるべきかと……」


 渋い男がエルフ採取依頼を大っぴらにしない理由はそれか。

 500万ゴールドに目がくらんだ粗野な連中が押し寄せれば、エルフは絶滅しかねない。


 ドカッ


「……っ」


 可憐な少女、ハレムは話も途中に渋い男の腹を蹴とばした。


「はあー? 何あんた? わたしに、タローシュ様に歯向かうのー?」


 問答無用。

 相手の抗弁も聞かず暴行を加えるとはな。


 不愉快な光景ではあるが、俺は黙って眺め続ける。

 渋い男が何を弁解しようが。

 事情があろうがなかろうが、奴は悪の力に屈し、その手先と成り果てたのだ。


 正義の代弁者である俺が手助けする理由はない。

 ま、男を助けてもハーレムに加えることはできないしな。


 しかし、ハレムのやり口はまさに獣の所業。

 なんのために口が、言葉があると思っている?

 話し合い、お互いの接点を見つけて分かりあうため。

 話も聞かず暴力に走るなど……

 いくら見た目が可憐であっても、品性が獣なのでは意味がない。


「はあー。黙ってちゃ分からないよねー。これだから馬鹿な男は嫌いなのよー」


 殴り疲れたのか、ハレムはため息をつくと周囲の冒険者に呼びかける。


「ねえー。見てないでさー。あんた達も一緒に殴ろ?」


 みね打ち・勇者アタックから目覚めた冒険者たち。

 渋い男とは、元は同じ冒険者ギルドの顔見知りなのだろう。

 ハレムの呼びかけに困惑したように顔を見合わせていた。


「じゃないとー。あんた達を殴るよー?」


「は、はいーっ」

「た、ただちにーっ」

「な、殴りますーっ」


 ハレムのひと睨みですっかり委縮したのか、暴行に加わろうとする冒険者たちを──


「みね打ち・勇者アタック!」


 ドカーン


 俺は再び鞘のまま成金ソードを一振り。


 動き出そうとする冒険者を問答無用で吹き飛ばす。

 渋い男を暴行するハレムもまた、その余波で吹き飛んでいた。


「そこまでにしておけ。最強勇者の前での狼藉。これ以上は看過できんぞ?」


 渋い男を助ける理由はないが、勇者が悪を討つにも理由はいらない。

 むかつく連中を自由に殴り倒しても許されるのが勇者の特権。

 なにより、生意気な女を倒してハーレムに加えるのも面白い。


「ヒドくないー? あんたさーギルドで暴れるとかさー。常識ないの?」


 自身の蛮行を棚に上げて何を言う?

 しかし、この女。余波とはいえもう立ち直ったのか。


「貴様こそ常識がないのか? エルフを採取するなど。命は、エルフは貴様が自由にして良い物ではない」


 美の化身であるエルフは全て最強勇者の物。

 勝手に手出しするなど、あってはならない暴挙。


「えっらそうー。あんたさー。なんでそんな上から目線で偉そうなのー? むかつくんですけどー?」


 何を疑問に思う?


「偉そうなのではない。偉いのだ。上から目線で当然。最強勇者だぞ? 貴様のような下衆が話しかけてもらえるだけ、ありがたいと思え」


「ほんっと……えらそう。これを見てもさー。同じこと言える?」


 ハレムが懐から取り出したのはスマホ。

 この女こそが神の御使いにして、エルフ誘拐の犯人。

 みね打ちとはいえ、勇者アタックを受けて無事なのにも納得がいく。


「あのハレムとかいう女は何者だ? 生意気で不愉快なのだが?」


 俺は倒れたままの渋い男に問いかける。


「すまない……彼女はエルフ誘拐の全権を任されたタローシュハーレムの一員。タローシュ様は気に入った女性に神のアーティファクトを授け、手駒としている」


 タローシュハーレム。

 元は同じ日本人のくせに、一夫一妻すら忘れたのか……


 確かにここは異世界ではあるが、俺たちの根っこは日本にある。

 そして、根っこがあるからこそ枝葉ができるのだ。


 その大元を忘れ、ハーレムなどという異世界のまやかしにうつつを抜かすとはな……

 堕ちるところまで堕ちたか。タローシュ。


「……犯人、領主じゃないじゃん」


 ズブリ


「んほおおおお」


 今は他人の揚げ足を取っている場合ではない。

 大事なのは犯人を見つけた今、どうするかである。


「わたしはねー特別な存在なの。タローシュ様に見初められて力を貰ったんだからー。当然よね?」


 周囲では再びみね打ち勇者アタックから目覚めた冒険者たちが、俺たちのやり取りを固唾を飲んで見守っていた。


「あの男。ハレム様に歯向かうなど」

「なんと無謀で命知らずな」

「ああ。ハレム様は神の御使いだ」

「死んだな。アーメン」


 ほーう。

 周囲の冒険者どもはハレムが勝つと見ているわけか。

 情けない。その程度の眼力だから、いつまでたっても三流冒険者。


 とはいえ、それも仕方のないこと。

 神の御使い。その肩書にはそれだけの力があるというわけだ。

 だとしたら──


「特別な存在。神の御使い。それなら、これが目に見えるか?」


 俺もまた懐からスマホを取りだし頭上に掲げる。


「なあっ!? それは神のアーティファクト」

「おいおい。どういうこった?」

「この男も神の御使いってことか?」


 俺もまたスマホを持つ特別な存在。

 同じ神の御使い同士であれば、勝負の行方はどうなると見る?


「へ? なにそれ? おいしいの?」


 ズブリ


「ぎにええええ」


 これだからエルフは、森に住む田舎者は困る。

 今、王都で一番ホットな話題。神の御使いを知らないとは。


「おい。これひょっとして」

「ああ。もしかしたら」

「あの女に勝てるかも?」

「シブイさんの仇を。ギルドマスターの仇を」

「頼むぜーサイキョウユウシャさん」


 命を、エルフを物として扱い、暴力と恐怖でギルドを支配するハレム。


 例え敵対する者であっても、みね打ちで命を尊重。

 愛と勇気で平和を目指す最強勇者。


 はたしてどちらに味方するべきか?

 貧相な頭でも分かる単純なことだ。


 男に応援されても嬉しくはないが、それでも──俺の勇者パワー。

 わずかに上昇したことを感じる。


「打って来ていーよ?」


 ほう?

 何を考えているのか、ハレムは手ぶらで棒立ちのまま俺を挑発する。

 最強勇者がさらに最強になったというのに、命知らずにも程がある。


「打ち込んだら死ぬけどねー。わたしのスキルはカウンターLV5なんだもーん」


 しかも自分の手の内を晒すとはな。

 可憐なのは見た目だけ。脳みそにはカビが生えていると見える。


「よし。エルフ女。射かけろ」


「うえ? な、なんであたし?」


 尻を押さえて成り行きを見守るエルフ女に話しかける。


「俺があっさり殺しては、ギャラリーも面白くないだろう?」


「いや。別に構わないんじゃ?」


 どうもエルフ女は勘違いをしている。

 これは元々エルフの問題。

 最強勇者はあくまで善意で手助けしているにすぎない。


 犯人を見つけた今。

 解決すべきは、エルフ自身の手によってである。


 他人が解決したとしても、それは真の解決ではない。

 ただの気まぐれによる憐れみ。施しにも似た行為。

 自由を得るなら、自身の力で成さなければならない。


「そうね。その通りよ。あんたが尻ばかり突つくから忘れていたわ」


 おまけにエルフ女は、俺の力を甘く見ている節がある。

 仮に俺がハレムを瞬殺したとしても、ハレムが弱いだけとしか思わないだろう。


 だが、俺の見立てによれば、ハレムはかなりの使い手。

 最強勇者の前では蟻のような雑魚であっても、常人にとっては手ごわい相手。

 おそらくはエルフ女。ウッディよりも上だ。


 ハレムの力を身をもって知ったその後、相手を瞬殺する男がいたなら?

 5秒後にはベッドイン間違いなしのベタ惚れである。


「というわけだ。いけ」


「あのね……あんた人をどんだけ軽い女だと思ってるのよ……まあ良いわ。あの女がエルフをさらった犯人だっていうなら」


 ハレムに向き直るエルフ女。ウッディ。


「森の英雄。ウッディが許さない」


 シュッ シュッ


 無手から瞬時に放たれる矢。

 短弓による抜き打ちだ。

 しかも、同時に2本。

 森の英雄を自称するのも、あながち間違いではない実力。


 対するハレムは、油断か余裕か。

 武器も何も持たず立ち尽くしたまま。


 見掛け倒しであれば、このまま頭を貫かれて即死だが……


 カン カキーン


「んなあああああっ!?」


 立ち尽くすかに見えたハレムは、いつの間にか剣を抜き放っていた。

 居合いか。

 エルフ女の抜き打ちに対して、居合いによるカウンター。

 どちらも速度に優れた技で両者のレベル、ステータスは互角。

 となれば、スマホからLV5スキルを習得したハレムに分がある。


 エルフ女の放つ2連速射。

 その2本ともが、居合いにより弾き返されていた。


 カウンター攻撃。

 放ったはずの自身の矢が、エルフ女の眉間に突き刺さる。


「ひぎえええええ!」


 バシッ


 はずもなく、俺はエルフ女の目の前で2本の矢を素手で掴み取る。


「はひ……?」


 ぺったりと腰を落とすエルフ女。涙目である。


「なるほど。それがカウンターLV5というわけか」


「そうよー。わたしに攻撃したらー。自分の攻撃で死んじゃうの」


 ものは言いようだな。


 専守防衛のスキル。トロけた脳みそに見合った甘いスキル。

 エルフ女を先に突っこませた甲斐があったというもの。

 最強勇者の洞察力は、すでに看破する術を見つけているぞ?


「では、本番といこう。死ぬ覚悟はできたか?」


 俺は抜き放った成金ソードを両手で握りしめる。


「いいよ? きて?」


 よほどカウンター攻撃に自信があるのだろう。

 これまで勝って来たのだから当然だろうが──


「神速──」


 俺は手に持つ成金ソードに魔力を込める。


「勇者アタック!」


 スパーン!


「ごふっ……なに……なんなの……何も見えないんですけど……」


 刹那の時。ハレムは口から血を吐き出していた。


 カウンター攻撃は後の先の技。

 相手の攻撃を待ってからでなければ発動できないスキル。


 いくら動きの素早い人間。オリンピック選手であったとしても。

 矢を避けられるとしても、銃で撃たれて避けきれるものではない。


 そして、神速勇者アタックの速度は、実に銃弾の1000倍(推定)

 最強勇者に対してカウンターをとれるはずがないのは、自明の理である。


 地面にへたり込んだまま、エルフ女は俺の姿を眩しそうに見ていた。

 きっと華麗に勝利した俺の姿を見て、エルフ女はこう思っているのだろう。


 最強勇者様。素敵。抱いてと。

 これでベッドインまで後3秒といったところか。


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