81.集結
100/11/3(木)06:00 ファーの街
早朝。
日の出を迎えるファーの街は、オーガ獣の襲撃により混乱のただ中にあった。
常人の3倍はあろうかという体躯。
その膂力を以って振り回される棍棒は、街を守る衛兵たちを枯れ木のように打ち倒していく。
「ばっ! ばけもの……」
ドカッ
衛兵、冒険者たちですら、暴れ回るオーガ獣を止めることができない現状。
武器を持たない人々は、逃げ惑う他に選択肢はない。
必死の形相で駆ける集団の中、足がもつれたのか一人の少女が倒れ込んでいた。
幾人かの者が少女へと視線を向けるが、助け起こす余裕はない。
ドシン ドシン ドシン
すぐ背後にまでオーガ獣の足音が迫っているのだ。
せめて心安らかに逝けるよう、神に祈るのが精一杯である。
「ひ……」
倒れる少女の前で、1匹のオーガ獣が棍棒を振り上げる。
少女の足は震え、腰はすっぽり抜け落ちたかのように動かない。
喉までもが委縮したのか、助けを求める声を上げることもできなかった。
そんな少女を憐れむでもなくオーガ獣は、ただ棍棒を振り下ろした。
ドッ!
少女の眼前まで迫る棍棒。
カキーン
だが、その棍棒は、他の棍棒によって弾かれていた。
圧倒的な剛力で振り下ろされるオーガ獣の棍棒を弾き返すなど。
いったい誰が可能であるというのか?
少女を背に。
守るかのように立ちはだかる黒い影は、昇り来る朝日を受けて黒く輝いていた。
それは漆黒の骨。スケルトン。
この世界において、下級に位置するモンスター。
肉を失い骨だけとなった身体は、脆く膂力に乏しい。
そうオーガ獣は記憶しているが、目の前のスケルトンは違った。
素早い動きでオーガ獣の顎へと、すくい上げるように棍棒が振るわれる。
ドッ!
自身の棍棒で受け止めるオーガ獣。が、
ドカーン
あろうことか、怪力を誇るオーガ獣が力負けしていた。
受け止める棍棒は弾け飛び、がら空きとなった顎にスケルトンの棍棒が叩き込まれる。
並外れた再生力を誇るオーガ獣であっても、頭を砕かれては即死である。
「あ……ありっ、ありがとう」
必死に頭を下げる少女を後に、スケルトンは次のオーガ獣のもとへと走り寄る。
仲間の敵を討とうと棍棒を構えるオーガ獣。
ズバーッ
その胴は、スケルトンの持つ刀により真っ二つに斬り裂かれる。
右手に棍棒。左手に刀を構える二刀流。
ただでさえ高い技量を要する二刀流に加えて、両手で異なる得物を扱うスケルトン。
その眼窩は赤く燃え、全身から黒いオーラが噴き出していた。
少女はそのスケルトンに見覚えがあった。
かつて神の御使い、ユウシャ様と呼ばれる男の講演に行った時。
その護衛をしていたのが、目の前の黒いスケルトン。
「み、御使い様が助けに来てくれたの?」
しかし、後から聞いた話ではユウシャという者は神の御使いを騙る偽ものだったと聞く。
それでも今、自分を助けてくれたのは、その時のスケルトン。
それなら、やはりユウシャ様は御使い様なのだ。
「あ、ありがとうございます。御使い様。スケルトン様」
その言葉に反応はなく、スケルトンは別の悲鳴が聞こえる場所へカタカタ音を残して駆けていく。
「どうか……どうか私たちを。ファーの街をお守りください。御使い様。そしてスケルトン様」
消え去る後ろ姿へと、少女は膝をおり祈り続ける。
誰もが諦める状況で、ただ1人自分を助けてくれたのだ。
誰が何と言おうが、少女にとっての御使い様で間違いない。
だから少女は御使い様へ。いや、ユウシャ様へ祈りを捧げる。
───────────────────────────
未だ夜が明けきらぬ未明。
にもかかわらず、ファーの街中は昼のような明かりを放っていた。
「ええい。何をやっておるのじゃ。もっと考えて魔法を使わんか!」
超再生力を有するオーガ獣。
その再生を防ぐには、炎魔法が有効である。
しかし、それが災いした。
燃え落ちる寸前、火のついたオーガ獣が家屋に突進。
引火。街のいたるところで火の手が上がる火災であった。
その様子を見た2人の男が、領主の館から慌ただしく指示を飛ばす。
「消火じゃ。消火!」
1人はファーの街の領主。
荒野の寒村が城塞都市となる過程で、幾度もモンスターの脅威に晒された。
そのいずれも跳ね返したからこそ、今の繁栄がある。
衛兵には、街の防衛には多くの予算を投入している。
「いや、迎撃が先か? オーガ獣を追い払うのが先じゃ!」
しかし、今回ばかりは分が悪い。
迎撃する暇もない夜襲。
加えて、1匹が並の兵士10人に匹敵するというオーガ獣が、無数に街中へ入り込んでいるのだ。
もはや衛兵の手に負える事態ではない。
ドカーン
館を囲む壁が砕け飛び、姿を見せたのはオーガ獣。
「この館にまでモンスターじゃと? 御使い様! どうか力をお貸しくだされ!」
今この危機に。
オーガ獣の襲撃に対して、神の御使いに助力を願うのは当然である。
その呼びかけに応えるのは、もう1人の男。
「言われずともだ! たかがモンスターごとき。御使いの力。侮るなよ」
神の御使い。
神の残したアーティファクトを有し、強大な使い魔を操る人類の希望。
魔を打ち払い人々を導く神の使徒。
板金鎧に身を包み、長大な刀を腰に差した偉丈夫。
その手に持つのは、以前ユウシャが手にしていたスマホ。
かつての親衛隊長にして、ユウシャのスマホを奪った男であった。
ズバッズバッズバッ
御使いの振るう刀が、オーガ獣を切り裂いていく。
1回2回3回。
刀スキルLV5。
刀の扱いを極めたというその剣筋が、瞬く間にオーガ獣の身体を鮮血に染める。
「オガー!」
それでも動きを止めないのがオーガ獣。
切り傷からの出血は早くも止まり、怪我などものともせずに暴れ回る。
「超再生力か。やはり、やっかいな相手だ」
ズバー
頭を切り落とされ、ようやく動きを止めるオーガ獣。
ドカーン
再び音を立てて壁が砕け落ちる。
またオーガ獣かと領主が身構えるも、瓦礫の間から姿を見せたのはシルバーゴーレム。
御使いの使い魔だ。
「おお。これなら一安心じゃ」
「街を出るぞ」
「……は?」
「これだけのオーガ獣が侵入したのだ。守り切れるものではない」
「い、いや。それはそうじゃが」
「それとも、街と共に住民をも犠牲にするか? 領主殿」
世襲制である領主の一族は、代々、ファーの街と共にあった。
その街を捨てる……
心苦しい決断になるが、すでに街には多数のオーガ獣が入り込み、家屋には火の手まで上がっている。
もはや手の打ちようが無いのは、誰の目にも明白である。
「私のシルバーゴーレムが殿を務める。領主殿。決断されよ」
「うむ……」
もはやこれまで。
これ以上の被害が出る前に、街を放棄。
住民を避難させる他ないと領主が決断した時だった。
「あのっ! 領主様! お願いがありますっ」
屋敷に不釣り合いな甲高い少女の声が響く。
「な、なんじゃお主は?」
どこかで見覚えのある少女。
「ユウシャさんの。ユウシャさんの手助けをお願いしますっ」
ユウシャ。
その名を聞いた2人の男が、身体をピクリと震わせる。
代々、ファーの街は数々のモンスターの脅威に晒されてきた。
中でも近くの森に住居を構えるゴブリン獣は、長年に渡りファーの街をつけ狙う積年の宿敵にして憎悪すべき邪悪。
そのゴブリン獣を打ち倒した者の名が、ユウシャ。
素性不明。
どこの馬の骨とも分からぬ男ではあるが、ゴブリンキングを打ち倒し、ゴブリン獣の脅威を退ける偉業を成し遂げた男。
そして、神の残したアーティファクト。
光の板を所持する、神に選ばれし者。
領主が神の御使いと認定するのは当然の帰結である。
だが、王都に召集されたユウシャが街に戻ることはなかった。
王都から戻ってきたのは全く別の男。
「お嬢さん。ユウシャなど御使いの名を騙る背教者。もう存在しないのだ」
今、領主の隣に立つ男。
かつて王家の親衛隊長だった男にして、ユウシャが所持していたはずのアーティファクト。
光の板を持つ新たな神の御使い。
話によれば、教会の査問の結果、ユウシャは神の御使いの名を騙る偽物で、自分こそが本物の神の御使いだという。
はたして王都に召集されたユウシャの身に何があったのか?
それは、たかが一領主が関与するべき事ではない。
思えば少女ばかりを集めたクランを立ち上げるなど、少々、言動に怪しいところがあった。
偽の御使いというのも、もっともだと領主は自分を納得させる。
そう。目の前の少女に見覚えがあるはずである。
ユウシャの作ったクラン。
その副リーダーで、確か名をカモナーといった。
その目は、隣に立つ親衛隊長を憎々し気に睨んでいる。
「この街はもう持たん。お主も早う逃げい」
「大丈夫っ。ユウシャさんが戦ってくれるっ。守ってくれるから。だから逃げなくていいんだ。いや……逃がさないよ」
少女。カモナーの言葉が領主には理解できない。
ユウシャは王都で捕縛、幽閉されていると聞く。
そのユウシャが街を襲うオーガ獣と戦うという。
領主は御使いをちらりと振り返る。
「ありえない話だ。王都の地下。永久地下牢に閉じ込めてある。幻でも見たのだろう」
御使いは頭を横に振る。
話によるとユウシャのクランメンバーは主に孤児でなりたっていると聞く。
きっと彼女もそうなのだ。
まともな教育も受けていない孤児なら、オーガ獣の襲撃でパニックになり、脳に支障が出たとしても責めることはできない。
「もう良い。もう戦わなくても良いのじゃ。街はまた作れば良い。今は一刻も早く逃げるのじゃ」
この少女もまた被害者。
御使いを名乗るユウシャに騙され、よいように使われていたのだろう。
そう結論付ける領主のもとへ、新たな報告が寄せられた。
「領主様。オーガ獣が。オーガ獣が街から逃げ出していきます」
「なんじゃと!? ど、どういうことじゃ?」
慌てたように館を飛び出した領主の目に映るのは、1匹のモンスターに追い立てられるよう、街の外へ逃げ出していくオーガ獣の姿だった。
「いったいこれは? それにあのモンスター……どこかで見覚えが……」
オーガ獣を散々に叩きのめし、吹き飛ばすのは、1匹のスケルトン。
炎に揺られる表皮は、黒く輝き、まるで漆黒の宝石のように輝いて見える。
「あれは! そうじゃ。ユウシャ殿の使い魔じゃ。まさか本当にユウシャ殿が?」
「なんだと? そんな馬鹿な」
だが、あのような漆黒のスケルトンを領主は他に知らない。
とにかく偽だろうと何だろうと、ゴブリン獣を追い返した実力は事実。
街の危機にユウシャが戻って来たのなら、心強い話だ。
「じゃが、いくらあのスケルトンが強いといっても、オーガ獣が逃げ惑うなど」
オーガ獣は戦闘種族。死ぬまで戦い続ける魔物である。
それが戦いに恐怖し逃げ出すなど、領主は聞いたことがない。
「あれは逃げているのではなくてよ? 街の外へ向かっているのよ」
驚く領主の耳に別の女性の声が聞こえてきた。
背後に複数の冒険者を従えた驚くべき美人。
「リオンさん? 何しに来たのっ」
「カモちゃん久しぶりね。……って、ちょっと! 止めてよ。私は敵じゃないわよ?」
なぜこのような戦場に次々と女性が?
いや、今はそれより他に聞くべきことがある。
「街の外じゃと? 街を襲いに来たのに外へ向かうなど」
今や街の守備は総崩れ。
労せずして勝利を得られるというのに、なぜ街を出る必要があるのか。
オーガ獣の行動は意味不明にしか思えない。
「これだけの数のオーガ獣が群れで行動する。何か意味があると思わないかしら?」
「む……それは……もしやオーガ獣を指揮する者がいるということか?」
通常、モンスターは正面からの力押しを好む。
隊列を組み、戦術を練るなどありえない話。
膂力に優れるオーガ獣であれば、なおさらだ。
正面から踏みつけ捻じ伏せる。それだけの力を持つのがオーガ獣。
そのため、領主は街正面の城壁にほぼ全ての兵を送り込んだ。
それがどうだ。
正面のオーガ獣は散発的に攻め寄せるだけ。
本命は暗闇に乗じて、西門から押し寄せたのだ。
兵力の乏しい西門があっさり破られるのも、無理はない。
「そう。指揮官スキルによる統率。街から引き上げたのも、街を襲うより優先する事。オーガ獣の指揮官の身に何かあった。そういうことじゃないかしら?」
だが、ただでさえ大軍のオーガ獣。
その中心に居るであろう指揮官に迫るなど無理難題である。
「神の御使いなんだよねっ? それなら、あんたがやれば良いよねっ?」
「馬鹿者! 俺を殺すつもりか? 勇気と無謀は違うのだ」
いくらアーティファクトを持つとはいえ、あくまで1人の人間。
強力なスキルを使えるが、オーガ獣の軍勢に突っ込むなど自殺行為でしかない。
しかし、このカモナーという少女。
なぜ御使いに対して、こうも喧嘩腰なのか。
「ま、貴方のLVでは無理よね。だけど、今のオーガ獣の動き。それを実行する者がいる。そういうことじゃない?」
「まさか……ユウシャ殿がそれを?」
「馬鹿な! 奴のアーティファクトは俺が取り上げた。何の力も持たないはずだぞ……」
領主は思う。やはりか……と。
神のアーティファクト。
そのような強大な力を得体のしれない一個人が持つことを、教会が良しとするはずもない。
おそらくそうであろうと思いながらも、領主には何も出来ない。
当然の話である。
国に仕える身で、国に歯向かうなど出来るはずもない。
思えば、ユウシャ殿には街を救って貰ってばかり。
ゴブリン獣に続いて、オーガ獣までも。
それなのに領主に出来ることは、せめて盛大な墓を建てるくらいだ。
「ユウシャさんは死んでないよっ! 勝手に殺すなっ!」
「じゃが、わしにどうしろと? 兵を率いてユウシャ殿を救いに行けと? 言うてはなんじゃが、それは賛成できかねるぞい」
人徳者として知られる領主。
オーガ獣の集団に兵を向かわせるなど、自殺行為を強要することはできない。
「あ、衛兵はいらないから。消火に当たらせてちょうだい。集めるのは女性。若ければ若い程、少女であれば一番ベストね」
一体全体この女は何を言っているのだろう。
そもそもこの女はいったい……
いぶかしむ領主であったが、消火を優先するべきなのもまた事実。
しかも、女が言うには、集まる女性に危険はないと言う。
それなら任せる他に選択肢はない。
「分かった。だが、いったいどうすると言うのだ?」
「それはね──」
───────────────────────────
ファーの街。
その城壁では、衛兵と冒険者がオーガ獣の侵攻を防ぐべく奮闘を続けていた。
冒険者たちの指揮を執るのはギルドマスター。
若くして、女性としてギルドマスターまで上り詰めただけあって、その実力、信望ともに高い。
だが、相手が悪かった。
守るべき城壁は突破され、眼下に見えるのはオーガ獣による暴虐のみ。
モンスターの襲撃を防げなくて、何が冒険者ギルドか。
せめて最後まで戦い、1匹でも多くのモンスターを。
1人でも多くの住民を避難させるのがギルドマスターとして最後の使命だと。
そう決意する彼女の前で、侵入したはずのオーガ獣たちは街を出ると、次々に郊外へ舞い戻っていく。
「……いったいぜんたい何がどうなったの?」
冒険者たちも、そして衛兵たちも、その光景を城壁の上から呆然と眺めるしかなかった。
「とにかく街の危機は脱したのだろうか?」
「いや……街の外を見てみろ」
朝の訪れとともに日の満ちた草原。
今、そこは無数のモンスター。
オーガ獣の巨体で埋め尽くされていた。
「なんて……なんて数だ。5000はいやがる」
「無理だ……もう終わりだよ」
城壁から郊外を見渡す衛兵たち。
その顔には絶望が浮かんでいた。
カラン
思わず手に持つ武器を取り落す男。
誰も、それを責められるはずがない。
だが、その武器を手に取り、手渡す女性がいた。
「終わらない。まだ勇者様が戦っている」
女性の見据えるその先。
見渡す郊外に一陣の砂塵が舞っていた。
「え……勇者様って?」
「あんたは確かギルド1の使い手。チェーンさんか?」
砂塵の中で、オーガ獣の中心で何者かが戦っている。
しかし、その数は周囲を取り囲むオーガ獣の数に対して、あまりに少数。
1人の男性。
そして、まだ年端もいかぬ少女たち数十名と1匹の大きなモンスター。
「あれはグリフォン?!」
「グリフォンってことは、たしか神の御使い。ユウシャのクランか?」
「いくらグリフォンでも、あの数を相手にするのは無理だよ」
「数が違いすぎる。包囲、殲滅されるだけだ」
「それにユウシャは御使いの名を騙る偽物だって聞いたぞ」
「偽物じゃダメだな」
オーガ獣の大軍を相手にむざむざ死ぬだけである。
自身も所属するクランの危機だというのに、チェーンは静かに見つめていた。
「本物か偽物か。それを決めるのは王都の神官じゃない」
「どういうことかしら?」
その疑問に対して、城壁の下から。
街につながる階段から現れた女性が答える。
「つまりね。偽物だろうが本物だろうが、そんなのどうでも良いってことよ」
「貴方はリオンさん。それに……その後ろの子供たちは?」
階段から現れたのはリオンだけではない。
その背後には、何十人もの少女が付き従っていた。
「ふふん。この子たちは応援団」
「ユウシャさんは──勇者スキルは応援でパワーアップするんだ。だから」
リオンさんの隣にはカモナー。
少女たちを振り返り合図する。
「みんなっ! ここからユウシャさんを応援するよっ!」
「はーい」
「おうえんしまーす」
「勇者様ふれーふれー」
城壁外へ。
郊外で戦うユウシャへの声援。
「そんな……そんな事より早くその子たちを避難させなさい。ユウシャさんは神の御使いではありません。王都から来た親衛隊長がそうおっしゃってました。偽物を応援する意味はありません」
今はそのような無駄なことをしている場合ではない。
オーガ獣が街を退去したとはいえ、一時的なもの。
次に襲い寄られても守るだけの余力はない。
なら、少女たちは一刻も早く非難させるべきである。
リオンはその疑問に答えず、逆にギルドマスターへと問いかける。
「ねえ。ギルドマスター。神の御使いって何なの?」
「……神の恩寵を得た者。人々を守り導く救世主となる存在です」
日常的にモンスターの脅威に晒される異世界。
そこではモンスターから街を守るための衛兵。
そして、モンスターを討伐するための冒険者の存在が常識である。
しかし、人の持つ力には限界がある。
圧倒的な力を持つモンスターに対して、人の力は弱く脆い。
そんな人々の心の支えとなるのが神の存在。
人は神の恩寵を得て、モンスターの脅威に対抗する。
今や常識となった闘技や魔法も元は神から伝授されたものであり、その取り扱いを極めた者。
また、神の英知であるアーティファクトを所持する者は、特別な神の恩寵を得た者。
神の御使いと呼ばれ、人々の希望となり崇め奉られる。
このようなオーガ獣の大軍。
これは一種の災害。天災とも呼ぶべき異常事態。
人の身で防ぐことなど、とうてい叶うものではない。
防ぐことが出来るとするなら、それは神の恩寵を得た存在。
神の御使いと呼ばれる者だけである。
「そうね。それなら今、ここでモンスターを追い払える者こそが。王都が何と言おうが、それが出来る者こそが、神の御使いと呼ばれるべきじゃないかしら?」
「ですが、偽物では無理です」
「無理じゃないっ。ユウシャさんは僕の危ないところをいつも助けてくれた! 本物の勇者様なんだっ!」
以前のカモナーとは別人のような剣幕に、思わずたじろぐギルドマスター。
思えば、ユウシャがいなくなって以降、カモナーと顔を合わせるのは初めて。
英雄と呼ばれる実力を持つギルドマスターが、今のカモナーから底知れぬ凄みを感じていた。
「まあ無理なら無理で良いじゃない。その時は私とカモちゃんと、そしてこの娘とで、みんなが逃げるだけの時間は稼ぐわ」
いつの間にか、2人の隣にスケルトンが屹立していた。
かつてユウシャと共に居た漆黒のスケルトン。
しかし、自身の主人の危機だというのに、スケルトンは微動だにせずその光景を見つめていた。
主人を見捨てたのか。
あるいは、主人を信頼しているのか。
いや。
その両手は胸の前で組み合わされ、ただ一心に主人を応援しているのだ。
「だから、今はゲイムさんを応援しますわよ」
「ですが」
「以前、街を狙うゴブリン獣を追い払ったのは誰なの?」
「それは……ユウシャさんです」
「今、街を守ろうと戦っているのは?」
「それも……ユウシャさんです」
「なら、どうするわけ?」
「……応援します。ユウシャさん頑張ってください。と」
「なら、貴方が冒険者たちの音頭を取りなさい。仮にもギルドマスター。今、働かなくていつ働くの」
その様子を、離れた場所から2人の男が眺めていた。
「馬鹿げている……応援など。いくらしても無駄だ。実力が拮抗しているならともかく、オーガ獣5000匹に敵うはずあるまい」
苦々し気に言い捨てる御使い。
オーガ獣相手に撤退を決めた自分の判断は、間違っていなどいない。
それを証明するためにも、せいぜい惨たらしく死んでほしいものだ。
「じゃが、応援する他あるまい。ユウシャ殿頼みますぞー!」
そんな御使いの意に反して、俄然ユウシャの応援を始める領主。
領主自らの音頭に後押しされたのか、居合わせた衛兵たち全員が応援を始めていた。
「ユウシャー! がんばれー!」
「応援すっぞー!」
「なっ。領主殿! 偽の御使いを応援するなど! 教会の決定に背くのか?」
「わしは街を守りたい。一族が代々守り続けてきたこの街を、わしの代で終わらせるわけにはいかんのじゃ。街が無事であれば、わしが教会に睨まれるなど屁でもないわい」
「……馬鹿げている」
今度こそ御使いは、本当に苦々し気に吐き出した。




