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76.ファーの街を目指して

 100/11/1(火)13:30 王都郊外



 地下牢に捕らわれた俺は、脱出の途上で光の巫女。

 ヒカリ様に遭遇する。


 怪我を治療してもらう代償に彼女の信徒となった俺は、信徒の群れに紛れ込むことで王宮の警備をすり抜けた。


「はい到着ー。ここまで来れば大丈夫でしょ?」


 王宮を抜け、王都の外壁を抜けて到着したのは郊外の草原。


 ずいぶん久しぶりに、自由を手に入れた気がする。

 警備の目をごまかすため身にまとう教団ローブ。

 そのフードを下ろして、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


「ゲイムさん。ずっと地下だったもんね。わたしに感謝してよ? でも……そのせいか凄く臭いっ! わたしの方は鼻が曲がりそう」


 露骨に鼻をつまんで見せるヒカリ様。

 随分な言われようだが、ヒカリ様の助けがなければ脱出できなかったのは事実。


「ほんと。ほらっ。ノーブル。後はお願い」


 信徒の一人がフードを降ろす。

 そこには、つい最近見知った顔があった。


「ユウシャ様……なんておいたわしい。すぐに綺麗にして差し上げます」


 ローブの下にあっても分かるほど、ぽっちゃりしたその体系。

 パーティ会場で一緒に料理を楽しんだ貴族。


「ノーブルさん。なぜここに?」


「ヒカリ様にお願いしたのです」


 自分が汚れるのも気にせず、水とタオルで俺の汚れを拭い取るノーブルさん。


「ゲイムさん勝手に私の信徒をナンパしないでよ? ユウシャ様を助けて欲しいって、大変だったんだから」


 ヒカリ様はといえば、信徒が用意した椅子に座り、差し出すジュースを飲んでいた。

 信徒の誰も彼もがヒカリ様に夢中で、せっせとタオルを動かすノーブルさんに見向きもしない。


 ……世の男どもの目は節穴だ。


 確かにヒカリ様は美しい。

 アイドルと呼ぶにふさわしい美少女。

 加えてどんな怪我をも治療する光魔法。

 多数の信徒を抱えるのも当然といえよう。


 だが、外面の美しさだけが全てではない。

 知り合って間もない俺を助けるなど、俺には真似できない優しく美しい心。

 ノーブルさんのような素敵な女性を放っておくなど、あってはならない愚行。


「いえ。優しく美しいだなんて、それはユウシャ様のことです。だって、パーティ会場で出会ったばかりの私を庇ってくださいましたもの。それも王国きっての貴族を相手にですよ」


 あれは俺に力が、勇者という誰も逆らうことのできない力があったからだ。

 俺にとっては、興味本位で子犬を助けるようなもの。

 飼うような責任を負うつもりもない、飽きたらその場で捨てるだけ。

 ただ自分の自尊心を満たすための暇つぶしなんだ。


 それに対して、国に仕える貴族であるノーブルさん。

 国が捕えた犯罪者である俺を助けようなど、命が、家に危険が及ぶかもしれないというのに。


「そして聖女というなら、ヒカリ様ですよ。傷ついた人たちを幾人も治療されていますもの」


 確かに。それ自体はとても素晴らしい行為。

 だが、ヒカリ様の光魔法も、元はスマホから得た紛い物の力。

 紛い物の力から生み出されるその行為もまた、紛い物でしかない。


 高みからエサを投げ与えるだけの。

 自分の力を誇示し、賞賛する家畜を殖やすための行為。


 もちろん悪事に使うよりよほど素晴らしい、褒められるべき行為。


 それでも、泥に塗れて、汚物に塗れて、自分を犠牲にして他人を助ける。

 そのような行為とは、縁遠い存在。

 かつての俺と同じ。自尊心を満たすための自己満足でしかない。


 俺を拭うノーブルさんを真似して、サマヨちゃんも骨の手で俺の汚れを落とす。

 ファンちゃんまでもが、俺の頭の上で羽を動かして、髪を梳いてくれていた。


「ありがとう。すっかり綺麗になったよ」


 サマヨちゃん。ファンちゃん。そして、ノーブルさん。

 人が本当に困ったその時。

 助けてくれる友人の数で、その人の価値は決まるという。

 だから──


「ヒカリちゃん。お願いがある」


「……ヒカリ様だよ? もう忘れた?」


「命を助けて貰ったことには感謝する。だが、俺は君の信徒にはなれない」


 このまま信徒として豚であった方が楽かもしれない。

 未来を知り、光魔法を極めたヒカリちゃん。

 彼女の元でなら、スマホを失った俺でも生きていける。

 彼女の言葉に従えば、タローシュにも対抗できる。


 だが、考えることを放棄したのでは。

 彼女の豚として生きるのでは、その運命もまた彼女の手のひらの上。

 彼女の機嫌一つで、全てが奪われる。


 だから俺は教団のローブを、豚の鎖を脱ぎ捨てる。


「ふーん……それって犬畜生にも劣る外道だよね? 誰がゲイムさんの命を助けたと思う? 犬だって助けた恩は忘れないっていうよ?」


「もともと君が俺を助けた目的は、タローシュに対抗するため。君への恩は、タローシュを倒すことで返す。だから、俺は行く」


「行くって、どこへ?」


「ファーの街。俺のクランが、仲間が住む街だ」


「バッカじゃない? 他のプレイヤーがどうなったか知ってるでしょ?」


 俺と同じ牢屋に捕らわれたプレイヤー。

 スマホを取り上げられた彼らだが、神の御使いとしての知名度を利用するため、スマホを持つ国の親衛隊と一緒に元の街へと送り返されている。


 神の御使いといっても、何の力も持たない名前だけの操り人形。

 その実権はスマホを持つ国の親衛隊が握っている。


「だからこそ、俺は行く」


 プレイヤーが元いた街にスマホを奪った親衛隊が派遣されているというなら、俺がいた街。ファーの街には誰が派遣されている?


 ファーの街は他の街とは事情が異なる。

 本来の神の御使いである俺がいないのだ。


 派遣される親衛隊は、ユウシャは偽物の御使いだと。

 王国に認められた御使いは、自分だと住民を納得させる必要がある。


 であればこそ、俺のスマホを奪った男。

 親衛隊長と呼ばれていたあの男が、派遣されているはずだ。


 そして、カモナーは。

 クランのみんなは、その説明に反発するだろう。


 カモナーの鑑定があれば、今の状況がいかに異常な事態であるか分かるのだ。


 ランキングから消えた俺の名前。

 ランキングから消えた他のプレイヤー。

 代わりにランキングに現れるのは、全て現地の人間の名前である。


 現地の人たちによって、プレイヤーのスマホが奪われている。

 すでに俺は倒され、次に狙われるのが自分のスマホであれば、従うはずがない。


 だが、それは分の悪い戦い。

 いくらスマホを持つとはいえ、カモナーの習得するスキルは戦闘向きではない。

 いくらグリさんがいるとはいえ、相手もスマホを持つのだ。


 国の財力があれば課金ガチャでSSRモンスターを、グリさんと同格のモンスターを引くことが可能。それも何十体と。


 だからこそ、俺が行かなくてはならない。


 俺が行ったところでどうなる?

 凡人である俺が行ったところで何も変わらないかもしれない。


 それでも、元はと言えば俺の失態。

 勇者スキルを過信した俺の傲慢が招いた事態。


 自分の不始末は、自分で片を付ける。

 勇者でないとしても。

 みんなを逃がすくらいは。囮になるくらいはできるはずだ。


「もういいわよっ。死にたいなら好きにすれば?」


「ありがとう。ノーブルさんも、ありがとう」


 ふてくされたのか、そっぽを向くヒカリちゃんに頭を下げ、俺は踵を返す。


「ゲイムさん。ご武運を!」


 後方から聞こえるノーブルさんの声援に後押しされるよう、ファーの街へと全力で駆けだした。



「今のところは予知のとおり。未来に変更はなく、みんな手の平の上ってね。ま、未来を変えるなんて、未来を視れるわたし以外にできるはずないんだよね」


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