75.光の巫女
100/11/1(火)12:30 王宮 廊下
王宮の地下を抜け、出口を目指す。
俺たちの行く手に現れたのは、純白のローブに身を包んだ男たち。
そして、1人の少女であった。
「ゲイムさん。待ってました」
口を開くのは、まだ幼さの残る少女。
「わたしはヒカリ。光の巫女と呼ばれてるけど、プレイヤーには、未来巫女といった方が分かるのかな?」
光の巫女。
国教であるホーリーエンジェル教に認められた神の御使い。
ということは、純白ローブの集団は教団の信徒か?
ドサッ
行く手を阻む信徒の姿に、背負う俺を投げ捨てサマヨちゃんが身構える。
だから痛いって。
毎回、なぜご主人様を放り捨てるのか?
サマヨちゃん。本当に俺のことを気づかってくれているのかな……
いや。
今はそれよりも──
「待った! サマヨちゃん。まずは話を聞こう」
相手を殴り殺さんと暗黒オーラを撒き散らすサマヨちゃんを制止する。
吹き荒れる暗黒オーラの中にあっても、ヒカリちゃんはその影響を微塵も受けず、顔色1つ変えずに佇んでいた。
地下で会った神官たち。
彼らの神聖魔法は、サマヨちゃんの闇黒オーラの前に全く用を成さなかったというのに。
光魔法を極めたヒカリちゃん。魔王の闇黒オーラすら無効化するのか?
それでも、殴られれば死ぬ。
俺より二回り小さな身体。
まだ学生にしか見えないその身体では、サマヨちゃんに殴られれば即死するというのに。
「落ち着いているな。たいした度胸だが、俺がサマヨちゃんを止めなければ死んでいるぞ?」
「だって、ゲイムさんが止めるの分かってたもん。慌てる必要ないでしょ?」
予知。未来を視るスキル。
確か──
【予知】……未来を視る者。職業が未来巫女になる。
1ヵ月以内に起こる事象を、夢に視る。
1週間以内に起こる事象を、ぼんやりと視る。
1日以内に起こる事象を、うっすらと視る。
1秒以内に起こる事象を、はっきりと視る。
こんな内容だったはず。
夢に視るとか、1秒後を視るとか役立つのか? と思った記憶がある。
「それで何が目的だ? 美少女は殴らない主義だが、敵なら話は別だぞ?」
「助けに来たのにヒドくない?」
確かに俺を殺すつもりなら、とっくに攻撃している。
だが──
「なぜだ? 俺は次期国王に、国に逆らう反逆者。国教の御使いにとっても敵のはずだ」
「夢で視たから。タローシュ。彼に力を奪われ殺される未来のわたしを」
……なるほど。予知か。
このままタローシュに仕えていても、いずれ自分も被害にあう。
その未来を変えるため、俺を利用しようということか。
だが──
「なぜ今だ? 協力するなら、俺がスキルを失う前にするはずだ」
俺が勇者であれば協力を申し出るのは当然のこと。何も不思議はない。
しかし、今の俺はスマホを持たないただの凡人。
その上、怪我でまともに動くことも難しい。
協力するメリットはゼロである。
「それは予定か変わったから。未来が変わったの。前に視た時はそうじゃなかったんだけどね」
未来が変わる。
そもそも未来の視えない俺には分からない話。
そんな簡単に変わるものなのだろうか?
「未来なんて簡単に変わるよ? 例えば今、信徒たちにゲイムさんを攻撃するよう命令したらどうなると思う?」
そう言って、無邪気な笑みを見せるヒカリちゃん。
「ヒカリちゃん。君が死ぬ。もしもサマヨちゃんが本気で暴れるなら、この人数で止めることはできない」
「そう。だから、命令しない」
俺がサマヨちゃんに声をかけるだけで死ぬというのに、その笑顔は変わらない。
俺を信頼しているのか?
それとも、口では死ぬと言いながら、死なない自信があるのか?
「それが予知の力なのか?」
「そんなたいしたものじゃないよ。はっきり視えるのは1秒後だけ。でも、ゲイムさんに攻撃したら死ぬ。それはなんとなく分かるの」
攻撃したらどうなるかを視た。か。
ということは、逃げた場合どうなるのか。
説得した場合どうなるのかなど、他の行動に対する未来も視れるわけだ。
こう動けばこうなるという、仮定に対する結果が事前に得られる。
はっきり視えるのは1秒後の未来だけ。後はなんとなく自分の生死が分かるだけというが、勝負においてとてつもなく大きなアドバンテージ。
意味不明など決して侮ることはできない危険なスキル。
無邪気な外見に反して、その奥底が見えない不気味な少女。
協力するというが、安易に信頼するわけにもいかない相手。
「でも、わたしが死ねばゲイムさんも死ぬのは分かるよね? その傷。一刻も早く治療しないと駄目なのは、未来の視えない一般人でも分かるよね?」
確かにそうだ。
いくら強くとも、サマヨちゃんは俺を治療することはできない。
だが、ヒカリちゃんなら。
光魔法。治療魔法を極めたヒカリちゃんなら、俺の怪我を治療できる。
つまり、初めから俺にヒカリちゃんを攻撃する未来はないわけだ。
彼女のたたえる笑みが、それを知る証拠。
未来は簡単に変わるというが、そんな簡単なものではなさそうだ。
「俺はまだ死にたくない。助けてほしい」
「うん。そのつもりで来たんだけどね。でも、信用できるのかな? 怪我を治した途端、わたしに襲い掛かったりしない?」
何を白々しい。今さら聞くことか?
「その答えは、誰より君が。未来を視る君が一番よく分かっているはずだ」
「そう? でも会ったばかりの人をいきなり信用できないよね? わたしの信徒になってくれるなら治療するよ?」
信徒。
ヒカリちゃんが連れる純白ローブの連中が信徒なのだろう。
俺に、その仲間入りをしろというわけか。
「信徒とは何だ? 俺に何をさせるつもりだ?」
「別に? だってアイドルならファンは多い方が良いよね?」
異世界でチート能力を手に入れた俺たちプレイヤー。
俺がその力で勇者を目指したように、彼女はアイドルを目指している。
そういうわけか?
なるほど。聖女で巫女で美少女のヒカリちゃん。
異世界の人にとっては、確かにアイドルだろう。
教義も何も知らないままホーリーエンジェル教の信者になれというなら考え物だ。
が、アイドルの信者。ファンになるだけと考えれば悩むようなことでもない。
どちらにせよ、今は怪我を治すのが先決。
信徒になってやろうじゃないか。
「信徒になります」
「はーい。ありがとね。でも、ヒカリ様の信徒になるぶひー。だよ?」
ぶひー。とはいったい何だ?
人である俺に、豚の物まねをさせようというのか?
ふざけるにも程がある。
しかし、今は耐える時。
苦難を耐えてこそ、得られる勝利がある。
「ヒカリ様の信徒になるぶひー」
「はーい。それじゃ、ぶーぶー言ってみて?」
……屈辱である。
勇者であれば、例え死んだとしても決して上げない醜い鳴き声。
俺を精神的に追い込み、家畜に仕向けるつもりか?
だが、今さら豚の物まね如きで、ひるむ俺ではない。
命に代えても倒すといったのだ。
タローシュを倒すためには。
勝利のため豚になれというなら、全力で豚になるだけだ。
「ぶーぶーぶひぶひ♪」
「あはっ。ゲイムさんうまーい。才能あるねっ。じゃ、ご褒美に治療いっきまーす」
彼女が俺に触れる。
それだけで、俺の怪我は一瞬で完治していた。
まさに奇跡。これはアイドルなんてレベルじゃない。
俺がタローシュであっても、必ず強奪したい能力。
今まで強奪されずに無事ですんだのが不思議なくらいの能力だ。
そうか。奴は不老不死。
自分に治療は必要ないから今は見逃されているだけなのだ。
それでも奴は根っからの盗人。
予知で視ずとも、いずれ奪われるのは火を見るよりも明らか。
「助かる」
「助かる(キリッ)じゃないよね?」
「……ヒカリ様。ありがとうぶひー」
「うんうん。それじゃ外まで送るね」
差し出されたのは純白のローブ。
ヒカリ様の信者の証。親衛隊のハッピみたいなものだろう。
俺とサマヨちゃんはローブを身にまとい、ヒカリ様、信者と一緒に移動する。
「これは光の巫女様。ご苦労様です」
「ごくろうさまでーす」
ほどなくして衛兵のたむろする部屋に行き当たる。
慣れた調子で軽く手を振るヒカリ様。
「地下の様子はどうでしたか? どこから湧いたのか得体のしれない闇の瘴気でして、我々では手出しできなかったのです」
「だいじょぶ。もう瘴気はなくなったよ」
Vサインで答えるヒカリ様。
「おお。さすがは光の巫女様。ありがとうございます。おい。お前たち、様子を見に行くぞ」
深々とお辞儀を返した衛兵は、部下を連れ地下へと向かっていった。
その後も幾度も出会う衛兵たちを、全てVサインで退けるヒカリ様。
これほどの数の衛兵。
サマヨちゃんは無事でも、突破するには俺の体力が持たなかっただろう。
頭を下げて見送る衛兵たちを抜け、俺はついに王宮の外へと辿り着いた。




