74.俺の意地
100/11/1(火)12:00 王宮 地下
王宮の地下牢を脱した俺は、同じく地下で生き埋めにされていたサマヨちゃんを発見した。
残る力でサマヨちゃんが埋まる瓦礫を吹き飛ばしたまでは、覚えているのだが……
その後の俺は、ふわふわ揺れていた。
俺の身体は、カタカタ揺れていた。
上下に。前後に揺られる振動で目覚めた目に映るのは、黒い頭蓋骨。
サマヨちゃんの頭。
そして、俺がいるのはサマヨちゃんの背中。
どうやら俺はサマヨちゃんに背負われ、地下を移動しているようだ。
「……サマヨちゃん。ひさしぶり。元気だった?」
ひさしぶりの再会。
挨拶する俺の声にも構わず、サマヨちゃんはカタカタ無言で歩み続ける。
元々アンデッドのためか、感情を表に出さないクールなサマヨちゃん。
その身体から、暗黒オーラの放出が止まっていた。
勇者でない俺が、暗黒オーラに直接触れるのは危険。
そう配慮してのことだろうか?
外面からは分かりづらいが、俺への親愛度は使い魔だったころと変わらないように思える。
野生に戻ってどうなるかと思ったが、一安心といったところか。
ブーン ピト
前方を飛んでいたファンちゃんが俺の頭に戻ってくる。
ブブ
羽を鳴らして何やら伝える合図を受けて、サマヨちゃんは方角を変える。
いったい何を言っているのだろう?
この男クサイよーなんで背負わないとダメなのー?
もう捨てたら? うんこの臭いがするしー。
俺に魔物の言葉は分からないが、きっとこんな感じだろう。
すまない……うんこ塗れですまない……
やはりスケルトンといえど、うんこを背負うのは嫌なのだろう。
臭いを我慢してか、息一つせず無言で歩むサマヨちゃん。
その先に明かりが。上へと登る階段が見えてきた。
この先から地上階。王宮へ通じているのか?
地下にまん延する暗黒オーラ。
ここまでの道中、衛兵の姿はない。
サマヨちゃんが地下に埋まるその間。1ヵ月近くもの間。
延々と放出する暗黒オーラが、すっかり地下全体を覆っているのだ。
衛兵の被害を避けるため、地下を放棄したのだろう。
だが、この先は違う。
王宮への入口に衛兵がいないはずがない。
事実。階段前には複数の衛兵が槍を持ち、立っていた。
「ん? なにか音がするな……?」
「あれだっ! 前方に影が3つ!」
「アンデッドだ! スケルトンがいるぞ! 地下から湧いたか?」
「ただちに援軍を呼べ!」
「総員! 戦闘用意! 抜かるなよ!」
即座に槍を構えて、灯りを向ける衛兵たち。
暗闇から不意に現れた俺たちの姿に、1ミリたりとも動じるそぶりがない。
王宮に詰めているだけあって練度が高い。
しかも、階段の手前に位置する部屋からは、援軍だろう。
続々と新たな衛兵が、魔法使いや神官までもが姿を現していた。
俺たちがいるのは、地下の牢獄。
簡単に地上へ出れるとは思っていないが……ここまでの警備が敷かれているのか?
「不浄なる空間を祓い清めたまえ。ホーリーサンライト!」
加えて、暗黒オーラへの備えも万全。
回廊に響くは神官の唱える神聖魔法。
辺り一面が日の光に照らされたように真白に染まる。
それも当然。
地下にまん延する暗黒オーラ。
その対策のために配備された部隊なのだ。
突破しようにも、これは……
だが、臆する俺とは異なる反応を示す者がいた。
衛兵の姿を見た途端、俺を背負うサマヨちゃんが手を放す。
ドサッ
「うげっ」
支えを失った俺は、お尻から地面にすべり落ちる。
いつつ……
野生に戻っても俺への。
主人への親愛度は変わらないと思っていたが、そうではないのか?
サマヨちゃん。いきなりどういう……
突然。辺り一面に吹き出す黒い霧。
魔王の闇気。暗黒オーラ。
「うっ? げほっげほっ」
しかも尋常な濃度じゃない。
俺の足はガクガクと震え、歯はカチカチと音を鳴り立てる。
これまで浴びたことのない恐怖のオーラ。
「ひっ! ひいいぃぃっ!」
相対する衛兵が。
鍛え上げられ練度が高いはずの衛兵が、みな座り込み下半身を濡らすほどの濃度。
俺を捨て身軽になったサマヨちゃんが走り寄る。
「き、来たぞっ!」
「あ、足が……震えて」
「こ、このっ。動けっ動けっての!」
ドガッ
手刀を振り下ろす。
ドガッ
使い魔たちも、王宮へ入る際に全ての武器を外している。
そのため、素手で。
骨の腕で直接、衛兵の鎧を叩き潰すサマヨちゃん。
ドガッ
振るう手刀は鋼鉄の鎧を貫通。
その背中まで突き出していた。
「は、早くっ! 早く魔法の灯りをっ!」
「し、神聖魔法が!?」
「塗りつぶされて……」
真白に輝く回廊が。
神聖魔法の光は全て消え去り、辺りは完全なる闇の領域。
ドガッ
構える盾が叩き割れ、聖なる守護を得たはずの法衣も、今は紙切れでしかない。
ドガッ
「うっげほっげほっ」
「い、息が……え、詠唱が……」
「ぐ……ごほっ。ぐぞおおおっ!」
暗闇の中。
死に物狂いで詠唱する魔法が、火球がサマヨちゃんを捉えていた。
ボカーン
しかし、骨を覆う黒い輝きを薄く焦がすに留まる。
しかも、そのわずかな焦げですら、瞬く間に修復。
ドガッ
唱える杖が叩き折れ、純白のローブが鮮血に染まる。
ドガッ
精鋭揃いの衛兵が、神官が、魔法使いが瞬く間に肉塊と化していく。
ドガッ
それでも。
小高くうず盛る肉の塊を、なおも執拗にサマヨちゃんは叩き続ける。
ドガッ ドガッ ドガッ
野生に戻ってもサマヨちゃんは以前と変わらない。
そう考えていたが……それは間違いだった。
今のサマヨちゃんを表す言葉は、魔王。
クールで無表情。何を考えているか分からない。
そう思っていたが、それも間違いだった。
今のサマヨちゃんは、全身から怒気を溢れさせていた。
目の前で虐殺を繰り返す漆黒のスケルトン。
本当にサマヨちゃんなのか?
バレエを愛する。心優しかった、あのサマヨちゃんなのか?
衛兵を叩き潰す腕は、その勢いのままに地面を叩いていた。
すでに辺りに衛兵は存在しない。
粉々のミンチとなり、もはや元が何であったのかすら判別できない。
にも関わらず、壁を叩き壊し、サマヨちゃんは床を打ち砕き続けていた。
いくら不死身でも、いくら頑丈な骨でも、壊れかねないその勢い。
サマヨちゃん。これは……自分に怒っているのか?
傷ついた俺の姿を見て、俺を守れなかったことを嘆いているのか?
思えば、グリさんの時もそうだった。
野生に戻ったグリさんもまた、主人を傷つけた人間に。
そして主人を守れなかった自分に、その怒りを周囲にぶつけていた。
「すまない! サマヨちゃん!」
だから、俺は震える足でサマヨちゃんにしがみつく。
「悪いのは俺だ。全て勇者だと勘違いした俺が招いたことなんだ」
壁を叩き壊し続けるサマヨちゃんの腕にしがみつく。
「サマヨちゃんは何も悪くない。怒る必要もない。だから止めてくれ!」
ドカーン
一際大きな音で壁を叩いた後、サマヨちゃんは動きを止める。
同時に闇黒オーラもまた噴き出すのを止めていた。
腕にしがみつく俺を、再び背中に背負いなおすサマヨちゃん。
カタカタ
顎を一声鳴らして頭を下げると、階段を登り始めていた。
俺に魔物の言葉は分からない。
それなのに、俺にはサマヨちゃんの言葉が分かったのだ。
ごめんなさい。と。
……そんな必要。
サマヨちゃんが謝る必要など何もないのに。
俺の身に起こったことは、全て俺自身が招いたことなんだ。
他の誰でもない。俺自身が原因。
それでもなお、サマヨちゃんは顎を打ち鳴らす。
今度は絶対に守る。と。
だから、今の俺が返すべき言葉は──
「ありがとう」
それだけだ。
異世界に来て良かった。
命をかけて俺のために、怒ってくれる仲間がいる。
命をかけて俺のことを、思ってくれる仲間がいる。
そうだ。
うんこが臭いなら俺を背負う真似はしない。
うんこが臭いなら俺の頭に留まりはしない。
うんこに塗れた俺を、嫌な顔一つせず助けてくれる2人。
俺を思って、俺を気づかってくれる人がいるなら。
もはや俺は、うんこではいられない。
自分をうんこと卑下する行為は、2人をも侮辱する行為。
俺は2人のためにも、決してうんこであってはならない。
だから、ここから先は、うんこではない俺の意地。
勇者は……いや。俺は決して仲間を見捨てない。
俺をうんこから助けてくれたサマヨちゃん。ファンちゃん。
そして、カモナー、グリさん、アルちゃんやクランの仲間たち。
タローシュを放置しては仲間の身に危険があるというなら──俺が倒す。
命をかけて俺を助けてくれたのだ。
だから俺の命に代えても──俺が倒す。
階段を登り終えた先。
王宮の1階。無機質な廊下にふさわしくない少女が立っていた。
「ゲイムさん。待ってました」
少女を取り巻く男たち。
これまで見た衛兵ではない。
全員が白いローブを身にまとった姿。
まるで怪しい宗教団体のような姿をしていた。
「わたしはヒカリ。光の巫女と呼ばれてますけど、プレイヤーには、未来巫女といった方が分かるのかな?」
光の巫女。
確か国教であるホーリーエンジェル教が認めた神の御使い。
どんな怪我でも治すという光魔法の使い手。
そして、未来巫女という職業。
10Pスキル【予知】を習得したプレイヤー。
この少女がそうなのか?




