71.放棄。喪失
100/10/10(月)15:20 王都 パーティ会場
倒れ込むタローシュの頭へ、胸へ、腹へ繰り返し骨を打ち付ける。
野郎の身体は千々に砕け散り、もはや人としての原型を留めない。
ここまでしても、野郎のスマホを奪えない。
死んでいないのだから。所有権を放棄していないのだから。
ドスッ
「ぐっ!」
不意に俺の脇腹に痛みが走る。
骨を振るう俺を止めようと突き出された槍が、俺の脇腹に刺さっていた。
「タローシュ様をお守りしろーっ」
続けて突き出される槍を叩き落として、鋼鉄の兜を骨で弾き飛ばす。
突き刺さる槍を引き抜き、衛兵ごと放り投げる。
だが、扉を開けて続々と押し寄せる衛兵の山。
取り囲む衛兵の輪から隙間なく突き出される槍の束。
この場にこれ以上、留まることは不可能。
どうする? 逃げるしかない。
しかし、この場を離れては勇者スキルを取り返すことも、また不可能。
勇者でなくなった俺に何が残るという?
ドシャーン バリバリバリ
逡巡する俺の頭上で、雷が弾けていた。
「うぐっ!」
室内での突然の落雷。
魔法か? 周囲の衛兵は鋼鉄の鎧をまとっているのだぞ。
俺を止めるにも、味方の被害が……大きすぎる。
室内に落ちた雷は、周囲を取り囲む衛兵をなぎ倒し、タローシュの肉体をも消し炭と化すほどの威力。
それでも……レベル35は伊達じゃない。
俺の身体は、まだ動く!
退くわけにはいかない!
勇者を盗られたまま、すごすごと退き下がれるわけがない!
「くっそ! ファンちゃんっ! まだだっ! まだ……?」
呼びかける俺が見たのは、地面に落ちる黒い塊。
まさか? これが……ファンちゃん……?
「ファンちゃん! ファンちゃん! しっかりしろ!」
黒く焦げた匂いを放つファンちゃんを抱き上げる。
魔法防御力の高い俺は耐えることが出来ても、ハチ獣のファンちゃんは別だ。
いつも一緒に行動していたサマヨちゃんと違って、不死身でも何でもない。
攻撃を受ければ、あっけなく死ぬ。
でも……まだ生きている!
まだその身体が微かに動いている!
薬だ! 早く! まだ助かるんだ!
ドカッ
ファンちゃんを抱えて動きを止める俺の肩へ、剣が振り下ろされた。
「そこまでだな。まったくタローシュ殿は油断しすぎなのだ」
ぐ……コイツは衛兵たちの隊長。いや、親衛隊長といっていたな?
ドスッドスッドスッ
間をおかず、倒れる俺の両手両足に槍が突き刺さる。
身体を貫く槍は、俺を地面へと貼り付けにしていた。
「ファ、ファンちゃんに薬を……頼む。このままでは死んでしまう」
「ほーう。こんな羽虫が、そんなに大事かな?」
地面に落ちたファンちゃんを、ゴミを見るかのように言い捨てる親衛隊長。
「頼む……お願いします……どうか薬を……お願いします」
薬! 薬だ! 薬なんだよ!
「スマホを渡すのが先だ。奪ったタローシュ殿のスマホもだぞ? 話はそれからだ」
「スマホを出そうにも腕が動かないのです……お願いします」
槍で床に貼り付けられ、俺は腕を動かすことができない。
「ふむ。近寄って、タローシュ殿の二の舞は御免こうむる。右腕を解放してやるのだ」
親衛隊長の合図で、俺の右腕から槍が引き抜かれる。
俺は自由になった右腕で、懐から2台のスマホを取り出した。
素早く【アイテム】から最高級傷薬を取り出して、ファンちゃんの身体へと振りかけた。
「おい! 何をしている! もう1度だ。突き刺せ!」
ドスッ
「くっ」
刺された衝撃で薬を取り落すが、すでに十分な量を振りかけた。
昆虫の表情は分からないが、心なしかファンちゃんの表情が和らいだような気がする。
「勝手な真似をするでない。で、これが貴様のスマホだな?」
地面に落ちた俺のスマホを拾い上げ、親衛隊長は画面をタッチした。
「レベル35か。なるほどな。私の魔法を受けてここまで動けたはずだ」
本来は室内で使う魔法ではないのだろう。
巻き添えを食らった衛兵は、今も床に横たわり身動き一つしないでいた。
「ゲイムか。貴様のスマホとスキルは、全て私が貰う。スマホの所有権を放棄しろ。いいな?」
スマホの所有権を放棄する。
スマホを失えば、俺は普通の凡人に逆戻りだ。
そう。元の、地球で暮らしていた頃のように。
将来の夢も希望もない。
なんとなく大学に通い、なんとなくアルバイトをして暮らす毎日。
イケメンなだけが取り柄で彼女もいない俺に……それならいっそ死ぬか?
死ねば地球に戻れるという。
電気も水道もガスもない異世界。
テレビもBDもゲームも小説もない異世界。
チート能力を失ったまま暮らすのであれば、快適な分、地球の方がマシである。
だが、俺が死んだ後、この異世界はどうなる?
勇者という正義が失われては異世界の未来は……
「どうした? 嫌なら、そこの羽虫を痛めつけるかな?」
そう言って、親衛隊長は靴先でファンちゃんを蹴とばした。
くそっ! ファンちゃんはまだ怪我が治っていないんだぞ。
だが、それも俺が。
勇者を盗り返すことに拘るあまり、退き時を逃した俺が原因だ。
俺が連れてきたばかりに……
本来、ハチ獣のファンちゃんは森で暮らす生き物。
花から蜜を集めたり、大自然の中でのんびり暮らす生き物なんだ。
俺になついたのをいいことに、こんな場所まで連れ出したから……
「……やめてください……」
「そうじゃないだろう? 他に言うべき言葉があるだろう?」
……今、分かったことがある。
俺は、勇者ではなかったのだ。
俺が本当の勇者であれば、このようなみじめな結末にはならない。
たまたまスマホから、勇者というスキルを得ただけの平凡な学生。
それが……俺なんだ。
勇者でも何でもない。ただ少し幸運だっただけの男。
それが……俺なんだ。
今の状況はなるべくしてなった。必然。
凡人が、勇者という、身の丈に合わない力を手に入れた。
勇者を名乗り、勇者を真似したその報い。
たまたま手に入れた幸運を逃すまいと、むきになった結果がこれだ。
なら、その報いを受けるのは俺であって、ファンちゃんでもなければ、他の誰でもない。
だから……まだ死ぬわけには、まだ地球に戻るわけにはいかない。
異世界の未来や平和など。大それたことは言わない。
俺に付き従ってくれたファンちゃんを守る。
それが、勇者でもない、ただの凡人にできる最後の意地。
それだけは果たしてみせねば、俺は凡人ですらなくなってしまう。
「……スマホの所有権を放棄します」
「ふむ。これで、このスマホは私の名前で登録できるな」
俺の身体から力が失われるのを感じる。
スマホを失うと同時に、スマホから得たスキルは全て失われた。
スマホを失った俺は、何の役にもたたないクソのような存在。
そう……今の俺は、うんこなんだ。
「……うんこ」
「うん?」
「うんこおおおお! うんこおおおお!」
「……気が触れたか? いっそ殺すか?」
大声で泣き叫ぶ姿を不憫に思ったのか、親衛隊長は剣に手をかけた。
「待ってください。勝手に殺されては困りますよ」
制止の声をかけたのはタローシュ。
粉々に砕けた身体は繋がり、人としての原型を取り戻していた。
もっとも、見るに堪えない惨状。ゾンビのような姿ではあるが。
「タローシュ殿。不老不死。いつ見ても凄まじいものですな」
「みっともないところを見せました。それも……コイツのおかげですよ!」
ドカッ
「うっ……んこおおおおっ!」
奴の靴先が、俺の腹へとめり込む。
「コイツは殺しては駄目だよ。前も言ったように、僕たちプレイヤーが死んだ場合、元の世界に戻るんだ。そんな楽をさせては駄目だからね。コイツにはここで僕の受けた痛みを、たっぷり味わってもらわないと」
ドカッ
「ぐうっ……う、うんこ……」
うんこを蹴り飛ばすとは……靴が汚れても知らないぞ……
「承知しました。おい。この男を牢に連れていけ。そこの汚い羽虫も一緒にだ」
衛兵に引きずられ部屋を連れ出される俺の耳は、2人の話し声を聞いていた。
「それでプレイヤーの連れてきた使い魔はどうなったのかな?」
「当初の予定通り、全員を地下室に誘導。すでに天井を崩して生き埋めにしています。スマホの所有者が変更になると、使い魔は全員、野生に戻り暴れますからな。安全に殺すには、これが1番ですぞ」
サマヨちゃん。
そうか……もう俺の使い魔じゃなくなったんだな……
「そう……そういえば、そのゲイムが連れていた使い魔はなんだったの?」
「……は? あ! 確認する前にスマホの所有権を私に移したもので……」
「そう……ま、もう死んだんだし良いか」
地下室で生き埋め。
アンデッドだし死ぬ事はないから、そこだけは安心だ。
心残りといえば、これまでお世話になったサマヨちゃんに挨拶できないこと。
そして、サマヨちゃんを幸せにできなかったことだろうか。
そういえば、サマヨちゃんの幸せってなんだろう?
スケルトンにも夢とか希望とか、あったのだろうか。
やっぱり生き返りたいとか?
だがそれも今や叶わない夢。
俺の使い魔なんかになったばかりに……すまない。
やはり俺はうんこだ。
自分の使い魔すら幸せにできない、うんこなんだ。
「……う……ん……こ……俺は……うんこ」
「なんだコイツ? 頭いかれてるのか?」
俺を引きずる衛兵が、不憫な物を見るように目を背けた。
そう。今の俺は誰もが目を背ける、うんこでしかない。
それでも……うんこには、うんこの意地が……ある。
あれな展開のため、続けてもう1話投稿します。




