67.パーティ会場
100/10/10(月)14:00 王都
「というわけで王都に到着だ」
国が用意しただけあって、乗り心地の良い馬車であった。
俺に続いて馬車を降りるのは、制服を着たサマヨちゃん。
異世界に来たばかりの頃を思い出す。
今回、王都へのメンバーは、俺とサマヨちゃんの2人だけ。
どんな危険が待ち受けるか分からない。
ならば、少数精鋭。
俺とサマヨちゃん2人の方が動きやすい。
ブーンブーン
ああ。頭の上で羽音を鳴らして抗議する。
ハチ獣のファンちゃんも居たんだった。
帽子みたいなもので、存在を忘れることがある。
しかし、王都というだけあって大きな街だ。
門から王宮まで。
馬車の窓から見る限りファーの街の10倍はある。
「ユウシャ様。どうぞこちらへ」
馬車を降りた俺は王宮へと案内される。
「御供の方々は、どうかこちらの部屋でお待ちください」
会場に招かれるのは、プレイヤーのみ。
課金モンスターは同伴禁止か。
当然、武器の持ち込みも禁止。
丸腰でなければ入ることはできない。
そういうことなら──
俺はスマホの【ショップ】を開き、背の高い帽子。シルクハットを購入する。
あとはファンちゃんの上から帽子を被れば
「待たせた。それでは案内を頼む」
ファンちゃんと一緒に王宮へ入れるわけだ。
俺一人でも恐れるものはないが、勇者が従者も付けずに行動するわけにはいかない。
案内された部屋。
テーブルには料理が盛りつけられ、まるで立食パーティの会場である。
「洗礼の時間まで、こちらでしばし歓談してお待ちください」
時間まで軽くつまみながら、くつろげということだろう。
侍女の差し出すグラスを手に取り、俺は室内を見渡した。
30人ほどの男女が、グラスを片手に歓談する。
これが全部プレイヤーなのか?
いや、異世界の、現地の人たちも混じっている。
王宮に招かれるほどだ。みな貴族か何かだろう。
お互いの伝手を作る顔合わせみたいなものか。
勇者となれば、貴族など上流階級との付き合いも必要になる。
俺も金づるの貴族を探すと同時に、情報集めに行くとするか。
しかし、会場に集まる男女はすでにグループに分かれ、話し込んでいた。
途中参加の俺が、いきなりグループに割り込むのは難易度が高い。
誰か1人の奴がいると良いのだが……
居た。
テーブルから料理を取る1人の女性。
丸々と太った、失礼、少々ぽっちゃりした女性である。
取り皿一杯になるまで料理を盛っているが、盛りすぎだろう。
ここは本番前に軽くつまんでリラックスするべき場所。
明らかに食べすぎである。
だが、まあ、他に俺が話しかけるべき相手もいない。
あまり魅力的とはいえない容姿であるが、この場にいるからには、貴族か何かだろう。
権力とお金があるなら十分だ。容姿の見栄えなど些細な問題である。
「失礼。マドモアゼル。私はユウシャと申しますが、お隣よろしいですか?」
「あ、は、はい!」
いきなり話しかけられたからだろう。驚いたように返事をする女性。
皿一杯に持った料理が恥ずかしいのか、後ろに隠そうとしていた。
「何かお勧めの料理はありますか。私はこちらの料理に不慣れなもので」
「あ、は、はい。でしたらこのローストビーフなんかが」
いきなり肉汁たっぷりのローストビーフを勧めるあたり、さすがである。
パクリ。
「おほう。旨い! 失礼。おいしいですな」
さすがは王宮御用達の料理。
彼女が取り皿一杯に盛るのも納得の味である。
あまりガッツクのも品がないように思えて控えていたが、彼女も、貴族様もやっているのだ。
きっと異世界ではこれが普通。
俺も彼女を真似て、取り皿一杯に料理をかき集めるとしよう。
「あの、これもおいしいですよ」
そういって俺の皿に料理を盛りつける女性。
見かけによらず、なかなか親切な娘じゃないか。
お互いにあれが旨いこれが旨いと、しばらく料理を楽しむが、食べてばかりもいられない。
他の御使い。プレイヤーの情報を聞き出すために話しかけたのだ。
彼女をソファーへと案内し、一緒に腰かける。
「マドモアゼル。よろしければ、貴方のお名前を聞かせてもらえないだろうか?」
「は、はい。私はノーブルといいます。ユウシャさん? 貴方も御使いなのですか?」
「はい。勇者です。今日どのくらいの御使いが集まるか、ご存じですかな?」
「10名ですよ。その中でも一番の注目は、なんといっても、光の巫女様です。ホーリーエンジェル教公認の巫女様ですもの。私も巫女様の祝福で肥満が治らないかしら……」
ふむ。国教公認というのは大きなアドバンテージ。
だが、俺もファーの街公認。負けてはないはずだ。
「その他には誰が来るのだろうか?」
「王家公認のタローシュ様。なんでも最近、王女様と親密だという噂ですよ」
なんだと?
王家公認の上に王女と親密だと?
王家公認は勇者の特権。
そして王女と恋仲になるのは、勇者と相場が決まっている。
それを、俺に断りもなく寝取るなど、許されざる暴挙。
スキルだけでなく女まで盗むとは、やはり強奪野郎は、泥棒野郎。
殺すしか他に道はない。
ま、それはそれとして、なかなか俺の名前が出ないな。
「おほん。私も神の御使いなのですが、噂になってないのですかな?」
「まあ。いわれてみれば……ユウシャ様のような素敵な殿方が噂にならないなんて……不思議ですね。ユウシャ様はどちらの公認なのです?」
「ファーの街公認になりますな」
「ファー? ああ、あの田舎……え、えっと。地方都市ですね。それなら噂にならないのも、その、仕方ありませんよ」
マジかよ。勇者の俺は田舎者だったのか?
だが、王都の街並みと比較すれば、確かに田舎であると認めざるをえない。
「すまない。どうやら私は田舎者だったようだ」
「い、いえ! そんな気にする必要ありませんよ。だってユウシャ様こんなに素敵なんですもの。さ、新しいお料理を取りにいきましょう」
ぽっちゃりしているだけあって、心もぽっちゃり柔らかいようだ。
何を言ってるか分からないが、とにかく、優しい女性のようである。
俺はノーブルさんに手を引かれ、テーブルへと向かう。
途中で、4人組みの男女に道を阻まれていた。
「まあまあ。ノーブルさん。ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
華美なドレスに身を包んだ2人の女性。
ノーブルさんの知り合いということは、貴族なのだろう。
同伴する男性2人の見た目は普通。
貴族ではなく、俺と同じプレイヤーだな。
「ふふ。成り上がり貴族がこのような場にいるなんてね。しかも、そのお身体。私なら恥ずかしくて表に出れませんわ」
ふむ。どうやらノーブルさんへの嫌味のようである。
同じ貴族といっても、色々な対立があるのだろう。
たしかに、ノーブルさんはぽっちゃりしている。
あまり言いたくはないが、魅力的とはいいづらい容姿である。
だが、その心魂は魅力的である。
なんといっても、俺に料理を取ってくれたのだ。
勇者は1飯の恩義をも、おろそかにしない。
貴族同士のいさかいなど興味はないが、同じ貴族であるなら、俺はノーブルさんに味方する。
そもそも20を超えた女性の外見に期待する馬鹿はいない。
この場にいる女性はみな成人。
その外見など、俺にとってはどうでも良いことだ。
「私の同伴者に対する失礼な物言い。取り消していただきたい」
「……貴方は? 御使いなのでしょうけど、どちらの?」
初めて俺に気づいたといわんばかりに、向き直る女性。
超絶イケメン勇者に気づかないとは、目が悪いのじゃないか?
「俺はユウシャ。ファーの街公認のユウシャだ」
「……聞いたことあります?」
「知らなーい。でも、ファーの街って田舎街だよね? いもーい」
ぬぐぐ。勇者の弱点を突くとは、やるではないか。
「いや、ユウシャってそんな奴いたか? ランキングに名前なくね?」
「下のほうじゃねーの? ランキング下位の奴まで覚えてねーって」
確かにランキングに、ユウシャという名前はない。
彼らが誤解するのも分からなくはないが、俺のオーラに気づかないのか?
誰かは知らないが、その程度の実力ということか。
「まあ田舎者でもランキング下位でも御使いですもの。ついていらっしゃい。そんな醜い女と一緒にいては、あなたもバカにされますわよ」
そういって華美な女は俺に手を差し出した。
手を取れと、そういうことか?
なら。見せてやるとしよう。
勇者は社交界の礼儀をも、熟知しているということを。
俺は片膝をつくと、差し出す華美な女の手を横目に、ノーブルさんの手の甲に口づけした。
「な、な! ユウシャさん。なにをっ」
頬を赤らめるノーブルさん。
映画とかで見る限り、貴族の女性に対する挨拶は、これで間違いないはずだ。
「そうですか……それが貴方の答えというわけですね」
差し出す手を無視されるという間抜けな体勢で、顔を赤らめる華美な女性。
「王国1の貴族の誘いを断るとかさ。こいつ死んだんじゃね?」
……マジかよ。
王国1とか、そういう大事なことは先に言ってもらわないと困るだろう。
成り上がりのノーブルさんと、王国1の貴族。
同じ貴族といっても、天と地の差があるじゃねーか。
だが、時すでに手遅れ。
一応、華美な女性の手にも口づけしておこうと目を向けるが、すでに手は引かれた後であった。
「ノーブルさん。成り上がりだと思って優しくしたのが間違いのようですわね。貴方の実家ともども、覚えておきなさい」
ほっ。どうやら俺に対する報復は無いようだ。
異世界で生きていくのに、現地の人々と敵対するのは得策ではない。
それが王国1の貴族とあれば、なおさらである。
だが、待てよ?
ということは、俺が何をやったところで俺は傷つかない。
そういうことか?
そういうことなら。
勇者への暴言。ついでに取り消しさせておくとしよう。
「ところで、先ほどシティボーイの勇者に対して、田舎者だという暴言があったようだが? それに対する謝罪はないのか?」
「……貴方。聞いてました? 私は王国1の貴族ですの。御使いだからと調子に乗らないことね。私が支援する御使いはたくさんいますのよ。集まりなさい」
「へい」「ここに」「あねご呼びましたか?」「おねえさまー」「何用で?」
王国1の貴族の呼びかけで、5名の御使い。プレイヤーが集まっていた。
こいつらは、王国1の貴族が公認する御使い。
貴族に飼われるヒモというわけだ。
まったく。どうせ飼うなら俺のような最強勇者にしておけば良いものを。
最強である俺のスポンサーが、なぜ田舎領主なのか。
王家の目は、王国1の貴族の目は節穴なのか?
納得いかないものはあるが、今はこの場を切り抜けるのが先。
というか、神の御使いである俺にも攻撃するのか?
「よせ。俺は御使いだぞ? 神の使徒だぞ? 神を敵に回すつもりか?」
「何か誤解してらっしゃるようですね。神の御使いなんて、そう何人もいたのでは、ありがたみがなくなるというもの。そもそも今日の集まりも……いえ。それより、この男を痛めつけてやりなさい」
確かにな。目立つのは俺一人で充分。
華美な女性と意見が一致した。
相手が同じプレイヤーなら遠慮はいらない。少々痛めつけても問題ないということだ。




