63.暗黒オーラの副作用
100/7/27(水)11:30 ファーの街 冒険者ギルド
スマホの確認は終了した。
分かったことは、ナンバー1の俺が、転売でウハウハ大儲け。
おまけに相手の位置もバッチリと、そういうことだ。
後は、捕えたプレイヤーの様子でも見に行くとするか。
「ああ。ユウシャさん。先ほどは、ありがとうございました」
すっかり服の乱れを整えたギルドマスターのお姉さん。
こうして見ると、先ほどまで連中に乱暴されていた姿が嘘のように思える。
「勇者として当然のことをしたまでだ。それより、大丈夫か?」
本来は触れない方が良い話題だろう。
だが、事件の関係者として俺には知る権利がある。
どこまで揉まれたのか。どこまで舐められたのか。
必要とあらば、俺が上書きしてやらねばならない。
「ええ。まあ。ですが、私より他の者が」
他の者か……この室内。少し、いや、かなり臭う。
「ユウシャさん。といいますか、サマヨちゃんが何故、暗黒オーラを使えるのかは知りませんが、少しやりすぎではないですか?」
魔王が放出する闇の気。
暗黒オーラに触れた者は、戦闘力が低下する。
今回、その暗黒オーラをギルド内で解放。室内を暗黒に閉ざしたのだ。
悪党どもを逃がさないためには、止むを得ない処置であった。
が、結果的に室内にいた全員が暗黒オーラに巻き込まれていた。
筋力や抵抗力の高い者なら動きが鈍る程度で済むのだが、事務職である職員の中にはそうではない者も含まれる。
筋力の極端な低下。
本来は閉じていなければならない穴までもが緩むことで、様々な物が排出されてしまったわけだ。
見渡す室内のそこかしこに、黄色い水たまり、茶色い小山が形成されている。
現在、室内の窓は全て開放されており、職員総出で清掃を行っていた。
「職員に外傷的な被害は無いのだろう? なら、何も問題は無い」
「確かに外傷はありませんが……心情面に問題が残りそうです」
もっともだ。
が、こうなることは予想済みである。
以前に暗黒の煙を浴びた者。
ノラ犬獣なども、全身の穴から液体を漏らす同様の症状を見せていた。
それを、あえて実行したのだから。
別に俺がそういう方面に興味があるからではない。
ギルド内で、職員や冒険者の見守る前で、悪党になぶられるギルドマスター。
ギルドマスターとしてのプライドは粉々である。
その上、ギルド内での威厳もガタ落ち。
醜態を晒した者の言うことなど、誰も聞かなくなるだろう。
だが……ギルド内にいる職員も冒険者も。
全員が醜態を晒したならどうだ?
木を隠すなら森の中。
全員が恥ずかしい思いをしたなら、ギルドマスターの恥も埋もれるというものだ。
なにより恥ずかしい思いをしたのは、自分だけではない。
お姉さんも少しは気が楽になるだろう。
おまけに、一蓮托生。
今、ギルドに残る者は、何かしらの恥を抱える者ばかり。
悪党相手に何もできなかった者。漏らしてしまった者。
ギルドマスターの恥を追及することは、自分の恥をも晒す行為になる。
それより、同じ被害者として仲間意識が向上する方が先だ。
同じ釜の飯を食べた仲という。
同じ室内で漏らした仲なら、きっと大丈夫なはず。
そう考えれば、居合わせた職員や冒険者たちは巻き込まれただけである。
が、それで問題ない。
俺が助けるべきは、ギルドマスターのお姉さん。
電車に優先座席があるように、勇者にも助けるべき優先順位があるのだ。
「そもそも悪いのはギルドで暴れた連中だしな」
「それはそのとおりなんですけどね……ですが、これ程の腕の者が6人も。誰にも知られずに山賊をしているなんてね」
そう言ったお姉さんが、連中へと目を向ける。
「はあー捕まるとはなあ。俺ら無敵だと思ったんだがなあ」
「だよな。全然チートじゃねーじゃん?」
「まあ、楽しかったから良いんじゃね?」
縄で縛られながらも、いまだに軽口を叩き続ける連中。
悪党プレイは終了したのか、素のプレイヤーに戻った連中は、そこまで悪い奴でもなさそうだ。
ゲームで悪党プレイをしているからといって、現実の人間まで悪党というわけではない。
「ん? あれ? あんた、もしかして俺らと同じプレイヤーか?」
近寄る俺を見た連中の一人が言う。
「いや、全然違う。俺は勇者だ」
悪党と一緒にされるなど心外極まりない。
「嘘やん。自分で勇者って言ってるやん。それにその服。そっちの女の子も制服みたいやん?」
なるほど。
確かに俺は、制服に似せた服装をスマホから購入した。
異世界では、少々、浮いて見えるかもしれない。
「ユウシャさん……この者たちとお知り合いなのですか?」
縛られた連中を睨み付けるお姉さん。
その厳しい視線が俺にも向けられていた。
「全く知り合いでも何でもない。正義の塊である勇者と外道な悪漢。一緒にされるのは心外である」
「うひゃあ。今時、勇者プレイとか」
「そもそもさあ。俺もあんたも一緒やん。スマホ使ってんでしょ?」
「俺ら仲間って奴よ。いうならマブダチ?」
親近感を覚えたのか、俺に馴れ馴れしく話しかける連中。
よさないか。
勇者と悪党。なぜ親近感を覚えるのか?
「そういえば、この者たち。ユウシャさんやカモナーちゃんと同じような、板状の魔法バッグを使っていましたね」
どこまでも足を引っ張る連中だ。
ゲームオーバーになったのなら、いさぎよく退場するべきだというのに。
「同郷の出身というだけだ。どこにだって悪い奴はいる。ファーの街に悪い奴がいれば、お姉さんも悪い奴だと。そうでもないだろう?」
「そのとおりですね。ですが……いえ。分かりました。後は彼らに聞くとしましょう。彼らの素性。どこから来たのか。捕まった冒険者は? 領主と会って何をするつもりだったのか? 他に仲間はいるのか? 聞くべきことはたくさんあります」
職員に指示を出すお姉さん。
拘束した連中を別の場所に移動させるようだ。
「へ? いや、俺らもう日本に帰るし」
「そうそう……でも、どうやって帰るの?」
「確か死んだら帰れるって話だけど……死にたくないんすけど」
戦闘中の興奮が治まれば、誰もが冷静になる。
冷静になれば、死にたい奴などそうはいない。
ゲームのようだといっても、殴られれば痛みもあるし、死ぬのはきっと痛いだろうから。
「帰る? 何を言っているか分かりませんが、貴方がたを死なせはしません。死なせては何も聞くことはできませんからね。痛みは我慢してください」
指示を受けた職員が、4人の口に猿ぐつわを噛ませる。
「もがっ。もがー!」
職員を振りほどこうと抵抗する4人。
残念ながら彼らのスマホはすでに存在しない。
スマホを、チートを失ったプレイヤー。
今や普通の村人でしかない4人に、職員を振りほどく術はない。
「もがぁぁ……」
チートを所持していた頃の悪態はどこへやら。
抵抗むなしく両腕を抱えて連行される4人。
最後に助けを求めるような目で俺を見たまま、部屋を出て行った。
……不憫な。
冒険者ギルドという大きな組織を敵にまわしたのだ。
尋問。いや、拷問になるのだろうか。
他の2人のように、戦闘中に楽に逝ければ良かったものを。
まあ、そうさせなかった俺が哀れに思う義理もないが、同じプレイヤーとして同情を禁じえない。
これを機会に彼らが更生することを祈る。
無事に地球に戻ったなら、俺を見習ってまともに生きることだ。
「で、ユウシャさん? ユウシャさんと彼らの使う魔法バッグが同じな理由。そして、ユウシャさんとカモナーちゃんほどの人材が、その年になるまで名前も知られていない訳。聞かせてもらえるのでしょうね?」




