60.勇者VS悪党プレイヤー
100/7/27(水)10:30 ファーの街 冒険者ギルド
「勇者アタアッッックウウウ!!!」
ドカーン
こともあろうに、冒険者ギルドで悪事を働く6人のプレイヤー。
連中の不意を突いた俺の1撃。
いや、2撃は6人のうち、2人を肉の欠片へと変えていた。
「んなっ!? なんだあ?」
背後からのバックアタックはダメージ2倍。
かどうかは知らないが、威力の程は見てのとおり。
これで残る相手は4人。
お互いの戦力比は、俺たちが115で相手は120。
いまだ不利に違いはないが、圧倒的不利は脱したわけだ。
ならば、ここから先は勇者の戦い。
カウンターの下に隠れてコソコソ様子を窺う。
そんなコソ泥のような時間は、もう終わりだ。
「そこまでだ。悪党ども。ここから先は、この最強勇者がお相手いたす」
勇者たるもの常に正々堂々。
悪を退治するにも、名乗りから入るのがお約束というもの。
「すでに勝負は決している。降参するなら命まではとらないが、どうする?」
加えて、勇者は慈悲深い。
いかに連中が悪党とはいえ、無駄な殺戮は勇者の好むところではない。
「ざ、ざっけんなあ!」
「てめー。俺らの仲間を。ぶっ殺してやる!」
そして、そんな勇者の慈悲を介さないのが悪党というもの。
骨を構える俺に向けて、連中が武器を構えて立ち上がる
いや、そもそも連中には降参する理由がない。
プレイヤーにとって異世界は、ただのゲームでしかないのだ。
死んだとしても、それはただのゲームオーバーで地球に帰るだけ。
悪党プレイを、暴れるのが目的の連中が、死を恐れるはずもない。
最後まで楽しく暴れて、楽しく地球に帰るだけだ。
ま、本当に地球に帰れるかどうかは知らないが、連中がそれを信じるなら好きにさせるだけ。
だが、本当に地球に帰れるなら。
一足先に肉片と消えた2人。
地球に帰った後は、異世界にいた頃は俺もヤンチャでなー、など武勇伝として語っているかもしれない。
連中にとっては武勇伝でも。良い思い出でも。
異世界に暮らす住人にとっては。
被害者にとっては、一生消えない悲しい記憶。
だから──楽しい思い出では終わらせない。
「サマヨちゃん!」
俺の呼びかけに応じて、サマヨちゃんが暗黒パワーを解放する。
魔王であるサマヨちゃんから放たれる暗黒の光。暗黒オーラ。
触れた者は生気を失い、抵抗力の弱い者は動く事すら困難となる暗黒の光。
「おおお? な、なんだこりゃあ?」
「これもスキルなの? 注意して!」
ギルド全てを覆い尽くす暗黒の光。
闇に閉ざされた室内で、連中の逃げ場は存在しない。
暗黒オーラの中を自由に動けるのは、勇者パワーを持つ俺だけだ。
いや、正確には俺の勇者パワーの影響を受ける、俺の仲間もだが。
「きゃっ。な、なにこれえ」
「うわっ。か、身体の力が抜けて」
「くらいよーこわいよー」
「た、たすけてー」
いくら人気が少ないとはいえ、ギルドに居合わせた冒険者や職員たち。
まとめて全員が暗黒オーラに飲み込まれ、悲鳴を上げていた。
大事の前の小事。
勇者が見据えるのは大局のみ。
勇者が成すべきは、何を犠牲にしても悪を倒すことだ。
些細な被害を気にするあまり、逆に被害を拡大させる。
そのような愚は犯さない。
暗黒オーラに包まれ、連中の動きが止まる。
その隙を見逃す勇者ではない。
「サマヨちゃん。殺さないようやってくれ」
ドカッズバッ
「ぐあーっっっ!」
瞬時に距離を詰めたサマヨちゃんが1人を、山賊大将の頭を叩き昏倒させる。
「ちっ。なんだよ。これ!」
悲鳴を聞いた怪盗子供は、素早くサマヨちゃんから距離を離していた。
レベルの上昇とともに、魔法抵抗力も上昇する。
レベルが高いだけあって、暗黒オーラに包まれても動けるようだ。
それでも──遅い!
「いけっ! ファンちゃん」
ブーン
俺の頭上を離れたハチ獣のファンちゃん。
羽音も高く怪盗子供を追跡する。
「ひっ。な、何か来るのっ?!」
怪盗だけに夜目が利くのか、闇の中を逃げようとする怪盗子供。
だが、狭い室内。多少の夜目で急に動いては──
ガツン
「うわっ?」
椅子につまづきもすれば、机にぶつかりもする。
対する俺は、勇者パワーのおかげで暗闇でも昼のように見える。
それは、俺の勇者パワーの影響を受けるファンちゃんも変わらない。
倒れる怪盗子供の首筋へと、ファンちゃんは正確に針を突き刺した。
ブーン プスッ
口から泡を吹き、白目をむいて倒れる怪盗子供。
直接、急所である首筋に針を刺されたのだ。
毒を注入せずとも、ただではすむまい。
これで残るは2人。
お互いの戦力比は、115対60と圧倒的な差に広がった。
ならば! いよいよ勇者、出陣の時。
今だにお姉さんの上にまたがったままの、ごろつき将軍。
その前まで俺は悠然と歩を進めていく。
連中に、もはやこの劣勢を覆す力は無い。
労せず悪党に止めをさせるというわけだ。
勇者が負けるということは、正義が終わるということ。
正義のシンボルである勇者は、何があろうと負けるわけにはいかない。
念には念を。石橋を叩いて渡るのが、勇者の義務なのだ。
「どうした? 残るは2人だぞ?」
ん? 残り2人?
あれ? 忍者マスターはどこに?
「暗殺!」
直後、忍者マスターが投げつける手裏剣が飛来する。
「んなっ?!」
速い! しかも鋭い!
おまけに暗闇だというのに、正確に俺の顔を狙った手裏剣。
とっさに掲げる骨をも打ち砕き、俺の眼前に迫っていた。
ガシャーン
と、俺を突き飛ばす1人の影。
サマヨちゃんか?
割って入ったサマヨちゃんの顔面に、眼窩の穴に手裏剣が突き刺さる。
その衝撃で頭蓋骨は粉々に砕け散っていた。
「くっ。サマヨちゃん!」
マジかよ。
俺を庇うとか、高貴な騎士のスキルをいつの間に覚えた?
いや、それよりレベル40のサマヨちゃんの頭を一撃で砕くとは。
暗殺といったな? これもスキルの1つか?
暗黒オーラで弱っているにもかかわらず、この威力。
ギルドマスターだろうが領主だろうが、1人の時に狙われたのでは、ひとたまりもない。
相手がサマヨちゃんでなければ。
スケルトンに物理攻撃は通用しない。
いや、通用するが止めはさせない。
不死身な上に、しばらくすれば自動再生するからだ。
「しねー! サマヨスローッッ!」
無傷だった俺は、半分に折れた骨を忍者マスターに投げつける。
ドカン
頭部に命中した骨が甲高い音をたてる。
俺の投擲スキルも捨てたものじゃない。
これで忍者マスターはノックアウトだ。
いや、相手は卑怯で汚いことに定評のある忍者。
気絶した振りをしている可能性がある。
勇者は騙されない。
倒れる忍者マスターのお腹へと、俺は拳を突き立てた。
ボスッ
野郎。まだ正体をあらわさないのか?
ドカッ ドカッ ドカッ
続く俺の踏みつけにも、ピクリとも動かない。
ここまでされても忍び続けるとは、汚い忍者とはいえ大した根性だ。
「お、おいっ。お前っ! なにしてやがるっ! やめろっ! こっ。これ以上やるなら、これっ。この女を殺すぞっ!」
執拗に忍者マスターを狙う俺を前に、ごろつき将軍が声を上げた。
1人残されたごろつき将軍。
ごろつきとはいえ、暗闇に目が慣れてきたのだろう。
お姉さんの身体を盾に、背後からその首へと手を回していた。
はだけられた胸元から、溢れんばかりにお姉さんの胸がこぼれだしている。
ほう? 女性の裸体でもって俺を幻惑しようというのか?
だが──時すでに手遅れ。
相手は悪党。不利となれば人質をとるのは当然のたしなみだ。
お姉さんが連中に押し倒されたその時から、俺はこの展開を予想して動いていた。
俺は、すでにカウンターの下で女性の太ももにしがみつき発散済み。
今の俺に性的幻惑は通用しない。
「あ、アホかっ。この女を殺すつってんだよ!」
ほう?
まさか裸体での幻惑ではなく、殺すとな?
であれば──
「アホはお前だー! このアホー!」
ドカーン
ごろつき将軍がお姉さんの首を絞める。
それより早く俺の賢者パンチが、無我の境地にいたる拳が、ごろつき将軍を打ちのめしていた。
まさか勇者が悪党と取り引きするとでも思ったのだろうか?
勇者が悪に屈するなど有りえないこと。
いかな犠牲を払おうとも、悪は完全排除あるのみ。
悪党から解放されたお姉さん。
その身体に俺はそっと上衣をかけて、いたわる。
そもそもレベル40なんだし、多少首が絞まろうが死なないだろう。たぶん。
「誰か縛るものを持ってきてくれ。3人を縛り上げる」
悪党全員が倒れ、動く者のいないギルド内で俺は職員に呼びかける。
ようやく我に返った職員からロープを受け取り、俺は悪党どもを縛り上げていった。
その際、俺は懐から3人のスマホを回収する。
すでに2人が肉の欠片と消えた場所からも、2台のスマホを回収している。
事態が落ち着いたのち、スマホについて詮索されるのは間違いない。
連中がスマホから武器を取り出すのを、大勢の人が目撃しているからだ。
その前に。
ギルド内がざわつく間に、俺は全てのスマホを回収、統合する。
俺たちプレイヤーは、異世界の人間にとっては異邦人。
理不尽であろうと、異邦人は迫害されるのが世の常だ。
そんな時、頼れるのは己の力のみ。
勇者は、常に最強でなければ生きていけない存在。
敗れたその日から、誰も敬う者もない。ただの囚人と化すのだから。




