53.クランハウス防衛線・中
100/7/23(土)10:00 クランハウス
クランハウスに押し寄せるゴブリン獣。
1000を超えるその群れが、次々に倒されていく。
前線で無双するのは、サマヨちゃんとグリさん。
目の前の泥土で奮闘するのは、アルちゃんとハチ獣。
そして、カモナーと生徒たちがクランハウスから迎撃。
俺はその生徒たちの背後から、勇者パワーを全開して援護する。
傍目には突っ立って光っているだけにしか見えない俺だが、実は活躍しているのだ。
まず、なんといっても仲間の強化。
サマヨちゃん、グリさんの無双はもちろん、そうでもなければ、素人同然の生徒たちの弓でゴブリン獣を倒せるはずがない。
そして、暗黒抵抗力の付与。
おかげで、アルちゃんもハチ獣も、暗黒の煙の中を普通に動くことができる。
おまけに、もう1つ。
降り注ぐ矢を止めようと、一斉に火球魔法を唱える魔法ゴブ獣。
矢を射る生徒たち目がけて、50もの火球が唸りを上げて迫るが──
ドガァン
無駄なことをする。
クランハウスから立ち昇る金の光。
勇者のオーラに阻まれ、全ての火球は無意味に破裂する。
それは味方を護るバリアーとしての役割だ。
魔力と魔力がぶつかった場合、力の劣る魔力がかき消される。
高貴な勇者である俺の勇者オーラと、下賤な魔法ゴブ獣の火球。
どちらがかき消されるのか、考えるまでもないことだ。
ただし、最強である勇者パワーにも弱点は存在する。
全開するには、MPの消費が激しいという点。
ハチ獣に吊られて戻るアルちゃん。
俺はその股間に口を付けると──
「アルちゃん。黄金水を頼む」
シャー ゴクゴク
放水される黄金水を直飲みする。
これで減ったMPは回復した。
「ふう。ありがとう。おいしかったよ。それじゃ、いってらっしゃい!」
最後にアルちゃんを前線へ蹴り飛ばして、再び勇者パワーを全開。
これはパターンに入ったな。負ける気がしない。
せっかくだ。
実戦をかねて生徒たちに弓の指導をするとしよう。
「ここ。腰が入ってないぞ。もっと、こう、こうだ」
弓を引く生徒の腰を取り、姿勢を整える。
まだまだ素人同然の生徒たちですら、熟練の弓士に変える。
勇者の力は無敵といっても良い。
放たれる矢によって、次々と倒れるゴブリン獣。
このまま退いてくれれば良いのだが……
「パパ。森の奥で何か光るのが見えるの」
ナノちゃんが指さす先。
森から姿を見せたのは、きらびやかな装飾を身にまとった集団。
ふむ。なかなか目が良い。
目が良いというのは、射手にとって大事な要素。
ナノちゃんには素質がある。
「あれは……どうやらゴブリン獣の本隊だな」
あの中にゴブリンキングがいる。
これだけ雑魚が倒されたのだ。
痺れを切らして前線にまで出てきたようだ。
ゴブリンキングの登場で士気が上がったのか。
それとも、後の懲罰が怖いのか。
クランハウス目指して決死の突撃を敢行するゴブリン獣。
その数と勢いが、これまでにない過激さを増していた。
これだけ被害が出ても、やはり退かないか……
弓で迎撃するといっても、生徒は10人。
1射ごとに集中が必要なため、連続して矢を射ることはできない。
カモナーもMPが切れそうなのか、放水の勢いが弱まっていた。
ガーンガーン
矢の切れ間を狙って突撃したゴブリン獣が、泥土をかき分けクランハウス1階に到達。
棍棒を打ち付け、建物内へ侵入しようとしていた。
「ひっ」
その音に驚いたのか、声を上げる生徒。
「大丈夫。君たちは弓を引くのに集中すること」
そのために俺がいる。
頭上にハチ獣を止めたまま、俺は階下への階段を降りる。
降りた先は食堂。
ドアを打ち破ったゴブリン獣は、すでに食堂へと雪崩れ込んでいた。
「ンモオー!」
食堂に追い込んでおいたウーちゃん。
残っていた食材、香草などを食べていたところを邪魔されたのだろう。
侵入したゴブリン獣をウーちゃんが角で吹き飛ばす。
だが、打ち破ったドアから次々と姿を現すゴブリン獣。
角を打ち付けるウーちゃんの背後にも、強ゴブ獣が迫っていた。
「ウーちゃん! 後ろだっ!」
俺の頭上を飛び立つハチ獣。
棍棒を振り下ろそうとする強ゴブ獣の眉間へと針を突き刺した。
ブーン ブスッ
「ゴブギャァァァッ!」
顔を押さえて悲鳴を上げる強ゴブ獣。
そこへウーちゃんが後ろ足を突き出して吹き飛ばす。
絶妙のタイミングでウーちゃんをアシストしたハチ獣は、再び俺の頭に止まる。
なかなかやるではないか。
俺の命令に従って自由に飛び回る小型兵器。
「ナイスアシスト! 君は……そう。ファンちゃんだ」
奮戦するウーちゃんのもとへと駆け寄り、剣を振るう。
いくらパワーがあっても、しょせんは乳牛で戦闘は専門外。
取り囲むゴブリン獣の棍棒を受け、血を流していた。
治療するにも、まずはゴブリン獣を片付けなければ。
「いけえっ! アクアスライム!」
いつの間にか食堂に降りてきていたカモナー。
召喚魔法で呼んだのだろう、アクアスライムをゴブリン獣にけしかけていた。
アクアスライムのゼリーのような身体で、顔を包み込まれたゴブリン獣。
息ができないのか苦し気に手を振り回した後、動かなくなっていた。
窒息死。苦しい、嫌な死に方だ。
見かけによらす恐ろしい召喚モンスター。
これなら、この場を任せてもよさそうだ。
その間にウーちゃんの治療をしようとすると、すでに身体から流れる血は止まっていた。
傷が再生している?
乳牛って凄いな……これなら普通に戦闘で使える。
なんで誰も使わないのだろう?
まあ良い。
ウーちゃんの傷が再生するというなら、多少、乱暴にあつかっても大丈夫ということ。
この戦いに決着をつけるとしよう。
「出るぞ! 勇者の出陣だ」
「ふわっ? べ、別に無理しなくても良くない?」
アクアスライムを召喚するだけで、残るMPは精一杯なのだろう。
階段に座り込むカモナー。
確かに今は互角の戦い。
だが、時間の経過と共にどうなるか。
長時間戦えば、当然疲労する。
素人同然の生徒たちは、特に消耗が激しいだろう。
アルちゃんの黄金水にも限りはあるし、俺のMPも切れる。
それに比べて、敵の数は途切れることがない。
疲れて倒れたところで、新たな増援が次々と戦場に投入されるだけ。
時間と共に俺たちが不利になる。
これこそが物量作戦の脅威だ。
アンデッドのサマヨちゃんだけは疲れることなく戦えるだろうが、サマヨちゃん1人で抑えられる数ではない。
勝機はただ1点。
敵の頭を討ち取る。
そして、ゴブリン獣の本隊。
ゴブリンキングが前線に姿を現した今が、その勝機。
それはサマヨちゃんもグリさんも分かっているはず。
そのためにクランハウスの守りを捨ててまで、前線で暴れさせているのだ。
俺が出ずとも、サマヨちゃんかグリさんがゴブリンキングを討ち取るかもしれない。
その場合、この戦闘で最も活躍したメンバーは誰になるのか?
戦闘が終われば論功行賞が待っている。
働きに対する正当な報酬を与えねば、組織は、クランは崩壊する。
ここまでの戦いでは、もちろん勇者である俺がMVP。
確かにサマヨちゃん、グリさんの活躍は目覚ましいものがある。
だが、その活躍も俺の勇者パワーあってのもの。
勇者パワーで強化されたサマヨちゃん、グリさんが倒したモンスターは、半分俺が倒したようなものだ。
加えて生徒たちが倒したモンスターは、9割俺が倒したようなもの。
どう考えても、俺が圧倒的にMVP。
しかし、傍から見て俺の活躍はどう映るのだろう?
サマヨちゃん、グリさんが前線で戦っているのに、俺は安全な後方で少女相手にセクハラしているだけ。
馬鹿な素人共はそう考えるかもしれない。
まさか、うちのクランにそんな奴はいないとは思うが……
「カモナー。これまでの戦闘で一番活躍しているのは誰だか分かるか?」
「うーん……グリさんか、サマヨちゃんかなぁ? ずっとモンスターの中で戦っているんだもん。2人がいなかったら、僕たちも襲われているよぉ」
……残念ながら、いるようだ。
それも仕方のないこと。
誰もが俺のような慧眼を持ち合わせているわけではない。
なら、敵の大将首を獲る。
誰が見ても文句のつけようのない戦果を上げる。
「みんなが戦っている中、俺だけ安全な場所に留まるわけにはいかない。だから俺は行く。それが勇者の務めだ」
なにより、クランメンバーに報酬を与えるとなれば、クランマスターの、俺の自腹になる。
俺がMVPなら、俺の懐は痛まない。
「ユウシャさん……やっぱり凄いよ。ユウシャさんになら僕の初めてを……ううん。きっと無事に帰ってきてよぉ」
「カモナー。この場は任せた」
「うん! いってらっしゃぁい!」
クランハウスの1階からゴブリン獣をたたき出した俺は、ウーちゃんの背中へと飛び乗った。
「ウーちゃん。出陣だ。行くぞ!」
ゴブリン獣に叩かれ、腹を立てているのだろう。
抵抗することなく俺を背中に乗せるウーちゃん。
その背でスマホから取り出したハルバードを構えた俺は、ウーちゃんを駆りクランハウスの外へと飛び出した。




