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51.ホーミングアロー


 100/7/15(金)17:00 クランハウス


「ただいまー」


 森の探索を終えた俺たちは、クランハウスへと帰り着いた。


「パパおかえりなの……大きな荷物。何を持って帰ったの?」


 ウーちゃんの背中に積んでいるのは、ハチ獣の巣。

 俺たちに敵対する様子は見られないため、持ち帰ってきた物だ。


「ハチ獣の巣だよ。こう……ここに置いてと。完成だ」


 グリさんの小屋の軒下へとハチ獣の巣を設置する。


 今は大人しくしているといっても、所詮は昆虫。

 万一ハチ獣が暴れても、グリさんが頑張ってくれるだろう。

 距離の離れた母屋の俺たちは安全だ。


 巣の中から出てきたハチ獣は、アルちゃんの前にハチミツを置いていた。

 ハチ獣たちは、女王ハチ獣の怪我を治療したアルちゃんを信奉している。

 その、お供えだろう。


「感心感心。せっかくだしハチミツを貰うとするか」


 ハチミツに手を伸ばした俺を威嚇するかのように、羽音を鳴らすハチ獣。


 ……いやいや。

 俺はアルちゃんの上司で、アルちゃんの物は俺の物なんだが?

 ハチ獣の昆虫頭では、そこまで分からないのだろう。


 だが、まあ、部下へのプレゼント。

 上司が勝手に手を出しては駄目だよな。仕方がない。


「アルちゃんへのプレゼントだって。貰っておいたらどう?」


「アルッ」


 ハチミツを頭から被るアルちゃん。

 頭の葉っぱから栄養を吸収するのだろう。


 30センチもあるハチ獣のハチミツ。

 さぞや美味しいに違いない。俺も舐めてみたかった。


 ここは気を効かせて俺にも回すべき。

 アルちゃん。じっと見つめる俺の視線に気づいてくれ。


 しかし、アルちゃんは植物。

 そのような機微は持ち合わせていなかった。


 そんなアルちゃんを眺める俺の前へ、1匹のハチ獣が歩いてきた。

 そして、少ないながらも俺の前へとハチミツを差し出す。


 なんてかしこいハチ獣。

 得意先の上司にも贈り物を欠かさない。サラリーマンの鑑。


 なかなか立派な奴だが、こいつ羽がないな。どうしたんだ?

 ハチ獣の顔をじっと見る。

 俺にハチ獣の個体を見分けるなどできない。


 が、多分コイツは俺が直接助けたハチ獣。

 羽を千切られてゴブリン獣に追い回されていた奴だ。

 そのお礼だろうか。


 その殊勝な態度には、昆虫とはいえ好感を覚える。

 いつまでも羽がないままでは可愛そうだ。

 ハチミツのお礼に、何とか治療してあげるとしよう。


「アルちゃん。ハチミツのお礼をしてあげよう。黄金水を頼む」


 アルちゃんを持ち上げて、取り出したバケツを設置する。


「ほら。アルちゃん。しーってお願い」


 シャー


 俺の求めに応じて、股間から黄金水をほとばしらせるアルちゃん。

 黄金水を貯めたバケツへと、怪我したハチ獣を放り込んだ。


 ポイ チャプン


 これで良し。

 なんかプカプカ浮いているが、溺れないよな?

 治療能力を含んだ黄金水。

 多少飲んでも大丈夫だろう。

 それどころか、飲んだ方が怪我も早く治るんじゃないか?

 よし。問題なし。


 ふと見れば、他にも怪我をしたハチ獣がたくさんいる。

 バケツの大きさには余裕がある。

 せっかくだ。まとめて放り込むか。


 ポイポイポイ チャプチャプチャプン


 あっという間にバケツの中は、傷ついたハチ獣でいっぱいになった。

 良い事をした。


「そんなわけで、ハチ獣さんも一緒に住むことになりました。仲良くするように」


「パパがそういうなら。でも、襲われないの?」


 ぶっちゃけ不安はある。

 多少は知能はあるのだろうが、なんといっても昆虫だからな。


「刺激しなければ大丈夫。君たちも攻撃されなければ、誰かを攻撃することもないだろう? 決して危害を加えないようにね」


「分かったの。なんとか仲良くなるの」


 すっかり大人しくしているみたいだし、巣は母屋から距離もある。

 それに俺にハチミツをプレゼントしてくれた。

 少し舐めてみると、やはり甘い。うまい。

 こんなに美味しいハチミツをくれたのだ。悪い奴なはずがない。

 大丈夫だろう。



 100/7/23(土)9:00 クランハウス



 訓練開始から1週間。

 朝食の後、今日も生徒たちと弓矢の訓練をする。


 制服姿で一心不乱に弓を射る少女たち。

 その一挙手一投足を見逃すまいと、俺は目を凝らして見守り続ける。

 物覚えが良いのか、なかなかの上達ぶりだ。


 カタカタ


 俺の袖を引くのは、サマヨちゃんか?


「どうした?」


 遠く森を指さすサマヨちゃん。

 その先で、森の茂みからゴブリン獣が顔を覗かせていた。

 森の障害。ハチ獣の巣がなくなったため、とうとうクランハウス近辺まで来たか。


 今は森から顔を覗かせているだけだが、いずれ本隊と共に、大量のゴブリン獣が来るだろう。


 いよいよ決戦の日。


 開幕の合図は、こちらで撃たせてもらうとしよう。


「ナノちゃん。こっちへ」


「ナノ、何かおかしかったの?」


 長弓を射るナノちゃんを呼び寄せる。


「あそこ。森の茂みにゴブリン獣が見えるかい?」


 うなずくナノちゃん。


「よし。あのゴブリン獣を的に射ってくれ」


「……遠いの」


 ここから森までは、300メートルほど距離がある。

 確かに弓で狙うには、しかも初めて1週間では無理がある距離。


 まあ外れても構わない。

 いつまでも覗かれていたのでは気分が悪い。追い払うだけでも良い。

 なにより──


「大丈夫。俺も力を貸す。当たらなくても良い。やるだけやってみよう」


 俺の勇者パワーがある。

 勇者パワーで能力アップ。

 そして、魔法のある異世界。

 じっくり魔力を込めた弓矢なら届くはず。


「ん。やってみるの」


 弓をつがえる。

 その身体を俺は背後から抱きしめた。


 直接相手の身体に触れるのが、勇者パワーを最も効率的に伝える方法。

 おそらく間違いない。熱伝導などと同じ要領だ。


「パパの手……熱いの」


「俺のことは忘れて、集中するんだ」


 むずったように身体を動かすナノちゃんをなだめて、狙いを続行させる。

 昨日お風呂に入ったこともあって、良い匂いがする。


「アルッ」


 隣で見ていたアルちゃんが鳴き声を上げると、つがえる矢に風がまとわりついていた。

 風魔法。ナノちゃんが射るのを援護してくれるのか?


「ナノちゃん。がんばえー」


 カモナー。応援してくれるのは嬉しいが、声援はNGだ。

 集中が乱れる。

 他の生徒は、ナノちゃんと同じく集中して見守っているというのに。


 だが、まあ、この程度の騒音で集中が途切れるようでは三流。

 ナノちゃんには一流の射手になって欲しい。

 そのためにも、あえて身体を刺激してみる。


 なでなで。


 息を止め微動だにしない。良い集中だ。

 なら、行くぞ!


「勇者パワー全開!」


 俺の魔力を、勇者パワーを全てナノちゃんの中へと注ぎ込む。


 シュッ


 そして放たれた矢。

 一直線にゴブリン獣目がけて飛ぶのが見える。


 だが、矢は重力に引かれる物。

 この距離であれば、目標のはるか上を狙わなければならない。

 しまった……そこまでは教えていなかった。


 しかし、風をまとう矢は、重力に引かれることなく一直線に飛ぶ。

 それどころか、わずかに外れていた角度まで修正。

 若干カーブを描くように、目標を追尾するかのように、突き進んだ。


 ドスッ


「ゴブギャー!」


 ドカーン


 見事、的中。

 ゴブリン獣は肉塊となりはてた。


 やはり異世界の弓は一味違う。

 まるでホーミングミサイルのような精度と威力。


「やったぁ。ナノちゃん凄いよぉ」


 パチパチパチ


 まるで我がことのように喜ぶカモナーと、一斉に拍手で称える生徒たち。

 どちらが子供か分かったものじゃない。


 そんな喧噪の中、離したままだった手を腰に一礼するナノちゃん。

 その仕草はすっかり一流の射手だった。


 そして、少女だった体つきまでも着々と一流の淑女に近づいていることを、俺はその手に感じ取っていた。


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