50.勇者パワー
100/7/15(金)15:00 ゴブリン獣の森
ゴブリン獣の森で相対するゴブリン獣とハチ獣。
モンスター同士による争い。
どちらが滅びようと、俺にとっては関係ない。
両者が傷つき、疲弊したところを仕留める。
それが勇者の戦術というものだ。
だが、辺りに漂う暗黒の煙。
その煙の中、にやけた顔で虐殺を繰り広げる暗黒ゴブリン獣。
ついには、ハチ獣の巣の中から女王ハチ獣を引きずり出していた。
「アルルーッッッ!」
「勇者パワー全開!!!」
アルちゃんが叫ぶと同時に、俺は勇者パワーを解放する。
俺の身体から放たれる金色の光。
勇者のオーラが、森に立ち込める暗黒の煙を吹き飛ばす。
「行くぞ!」
事前の作戦など関係ない。
俺は真っ先にゴブリン獣の群れへと突撃する。
間髪遅れず俺に続くのは、やはりサマヨちゃん。
「ええっ! な、なんでぇ? ユウシャさぁん!」
モンスター同士の乱戦へ突入する俺たちの姿に、カモナーは慌てたような声を上げていた。
無理もない。
薬草を求めて森を開拓する俺たちと、森の縄張りを護ろうとするハチ獣。
昨日、戦ったばかりの相手を助けようというのだ。
地面に落ちたハチ獣を踏みつけるゴブリン獣。
もがくハチ獣の羽に手をかけ、その羽を引きちぎった。
素早さが自慢のハチ獣が、動きを封じられては戦いようがない。
地面を這って逃げる姿を、楽し気に追い回しては蹴り飛ばすゴブリン獣。
逃げる力もを失ったのか、身体を震わせて動きを止めるハチ獣。
つまらなそうに眺めたゴブリン獣は、頭を狙って手に持つ棍棒を振り上げ──
ズバッ
そのままの姿で、ゴブリン獣は頭を吹き飛ばされ絶命する。
俺は、振り抜いた剣先をハチ獣を護るかのように掲げ直した。
カモナーには分からなくとも、ハチ獣と死闘を繰り広げた俺たち3人。
昨日戦ったばかりの相手だからこそ、分かることがある。
ハチ獣は殺しを楽しむような、遊びで生き物を殺すようなヤツラとは違うということが。
俺が倒すべきは、勇者が倒すべきは、命を冒涜するゴブリン獣。貴様らだ。
「義によって助太刀する。勇者を恐れぬなら、かかって来い」
昨日の敵は今日の友ともいう。
強敵と書いて、友と読ませるともいう。
なら、強敵の危機に立ち上がるのが勇者というもの。
なにより、オスばかりのゴブリン獣。
昆虫モンスターとはいえ、メスである女王ハチ獣に味方するのが勇者というものだ。
突然の出来事に目を見開くゴブリン獣たち。
剣先を翻して、その首を続けて斬り落とす。
ゴブリン獣を切り飛ばし、暗黒の煙を吹き飛ばして、光のオーラが森を駆ける。
「ゴブブッ」
騒めくゴブリン獣を押しのけて、俺の前に立ちはだかる黒い巨体。
暗黒ゴブリン獣。
面白い相手が現れた。そう言いたいのか、その目は愉悦に細められていた。
「退け。寄らば斬る」
もっとも寄らずとも斬る。
斬りかかろうとする俺の顔を目がけて、暗黒の煙が吐き出される。
俺の身体を包み込む暗黒の煙。
触れた相手の力を吸い取り、生命力をも蝕む暗黒の煙。
生ける全ての生命にとって、天敵ともいえる暗黒の煙。
その煙に包まれては、戦いようがない。
あとは力を失った相手を、いつものようになぶるだけだ。
口元を緩めて、嬉々とした調子で煙に近寄る暗黒ゴブリン獣。
その顔へと、暗黒の煙を切り裂いて剣先が突き刺さる。
「ゴブギャー!!!」
突き刺した剣先を引き抜き、振り払う。
同時に俺の身体から溢れ出る光のオーラ。
「ゴブブッ! ゴブブッ!」
なんだそれは? とでも言いたいのか?
一斉に騒ぎ出すゴブリン獣。
ならば教えてやろう。
「最強勇者パワー。俺に暗黒の煙は効かない」
そんなん詐欺や。チートや。とでも言いたいのか?
再び騒ぎ出すゴブリン獣。
ならば答えてやろう。
「そうだ。チートだ。よって貴様らに勝ち目はない」
俺の身体を中心に、周囲に放たれる金色の光。
続けて暗黒の光が放たれた。
俺の後に続くサマヨちゃんが、魔王パワーを解き放ったのだ。
闇属性モンスターであるゴブリン獣は、暗黒の煙に抵抗力がある。
そのため、暗黒の煙の中で動けない相手を、自由に仕留めてきた。
だが、魔王の闇気。魔王パワーは、暗黒の煙の上位能力。
暗黒の煙の中で動けるからといって、魔王のオーラの中で動けるとは限らない。
「ゴブゥ?! ゴブブッ!」
自身の力を、生命力を徐々に奪われる魔王パワーに包まれ、恐怖の声を上げるゴブリン獣。
抵抗する力を失ったところを、俺は逃さず叩き斬る。
これまで一方的に抵抗できない相手をなぶってきた貴様らに、狩られる恐怖というものを教えてやる。
ゴブリン獣を蹴散らして進む俺の目に、女王ハチ獣を宙吊りにつかむ暗黒ゴブリン獣が見えてきた。
「ゴブ?」
何事だとでもいうように俺たちを振り返るその手元では、羽をもがれた女王ハチ獣が力なく息をしていた。
一刻の猶予もない……が、まだ距離がある。
「アルッ!」
リュックの中から、俺の前へと飛び出したアルちゃん。
その腕は、俺を手招きするよう動かされていた。
アルちゃん行けるのか? だが、行けるというなら!
「勇者……シュートオオオオ!!!」
宙を舞うその身体を、俺は渾身の力を込めて蹴り飛ばす。
「ギ、ギウゥゥ……アゥッ!」
ボールと化したアルちゃんの身体を蹴り飛ばして、敵にぶつける荒業。
しかも、いつもより速度がある。
これは、アルちゃんの魔法。風魔法か?
ボールとなった自分の身体に風をまとわせ、速度と威力を上げているのか?
速度が上がれば上がるほど勇者シュートの威力は増す。
反面、ボールとなるアルちゃん自身のダメージも跳ね上がるのだが……
ドカーン
緑の弾丸と化したアルちゃんの身体が、暗黒ゴブリン獣を直撃する。
だが、絶叫はない。
魔法に、絶叫に弱いハチ獣。
今、絶叫したのでは、近くにいるハチ獣を殺しかねない。
凄まじい速度でぶつかったにもかかわらず、アルちゃんは悲鳴一つ上げることなく着地していた。
吹き飛び倒れる暗黒ゴブリン獣の手元から、女王ハチ獣が地面に解放される。
触覚を、羽をちぎられ、身体に大きな怪我をする女王ハチ獣。
アルちゃんは身体から黄金水を排出、その口へと飲ませていた。
黄金水に含まれる滋養強壮の効果。
あれほどの怪我にも関わらず、女王ハチ獣の身体はみるみる治っていく。
さすがはマンドラゴラ。薬草など比較にならない回復効果。
女王ハチ獣は、これで一安心だ。
後は残るゴブリン獣だが──
勇者パワーによってハチ獣を苦しめる暗黒の煙が祓われた今、劣勢だったハチ獣は息を吹き返し、今や逆にゴブリン獣へと襲い掛かっていた。
宙を飛び交うハチ獣を撃退しようと、魔法を詠唱するゴブリン獣。
その詠唱が完了するより早く、ハチ獣は毒針を突き刺した。
「ゴブゥァッッッ」
ハチ獣の動きは、以前に増して鋭さを増していた。
今の俺はハチ獣に味方している。その影響だろう。
俺の勇者パワーが、ハチ獣をパワーアップさせている。
スピードを増したハチ獣に対抗しようと、必死に暗黒の煙を放出する暗黒ゴブリン獣だが、口から吐き出した煙は、即座に俺の勇者パワーによって打ち消される。
しかも、魔法ゴブが詠唱する魔法。
毒雲をも俺の勇者パワーは吹き飛ばしていた。
勇者パワーは、いわば俺の魔力の塊。
相手の魔法を妨害する、魔法障壁としての力もあるようだ。
今、森を覆うのは金色の光。
暗黒の煙を、敵の魔法全てを吹き飛ばす金色のオーラ。勇者パワー。
完全に形成は逆転していた。
次々とハチ獣に刺され、地面に倒れるゴブリン獣。
ゴブリン獣優位に進められていた戦闘は、俺の介入により形勢は逆転。
ハチ獣の勝利に終わる。
「ふええ……どうなってるのぉ?」
戦闘の決した森で、ウーちゃんの背中に乗ったカモナーがやってきた。
ウーちゃん。俺が乗る時は嫌がったくせに……
ウーちゃんにとって、カモナーは薬草をたくさんくれる恩人。
あれだけカモナーに薬草を貰ったのだ。
ウーちゃんがカモナーを護ろうとするのは当然か。
「俺たちが倒すべき敵はあくまでゴブリン獣。ハチ獣は敵ではない。そういうことだ」
巣の前で、女王ハチ獣は地面に頭を下げていた。
その周囲に降り立った全てのハチ獣までもが同様に。
「アルル?」
その前で、自分に頭を下げるハチ獣の姿に困惑するアルちゃん。
女王ハチ獣の大怪我をあっという間に治療したのだ。
そして、形勢不利な戦闘を、金色のオーラ一つで逆転させた。
ハチ獣たちに崇められても不思議ではない。
しかし、金色のオーラは俺の勇者パワーなのだが……
まあ、どっちの功績でも良い。
勇者は嫉妬しない。
結果的にハチ獣が俺たちの味方になった。
それだけで俺は満足だ。
美少女ならともかく、昆虫に崇められても仕方がない。




