5.自動再生スキル
サマヨちゃんとの連携によりサル獣退治に成功した。
だが、代償としてサマヨちゃんは大きなダメージを受けてしまっている。
特に右手なんて複雑骨折ってレベルじゃないほど粉々だ。
まだまだ俺たちのレベルは2でしかない。
無傷で勝利というわけにはいかないようだ。
それでも、俺とサマヨちゃんの相性は悪くない。
いや、悪くないどころか相性は抜群だ。
危険の多い異世界だが、俺たち二人ならきっと生き抜けるはず。
そのためにも、まずはバラバラになったサマヨちゃんの骨を集めよう。
盾になる仲間が居ないのは不安なものだ。
付近に散らばったサマヨちゃんの骨は、自動再生スキルによって徐々に再生しようとしていた。
粉々になった骨が結合、それぞれ本体である頭蓋骨を目指して移動する。
じわじわ骨同士がくっ付いていく……サマヨちゃんが再生する過程を見ていると、自動再生スキルといっても無敵ではないことが分かる。
本体である頭蓋骨の損傷は即座に再生しても、その他の部位は脆い。
本体である頭蓋骨から距離が開けば開くほど、その再生力は弱くなっていく。
そして、バラけた骨が本体に合流しようと地面をズルズル移動する、その移動速度は毛虫のように遅い。指で押さえるだけで移動を、再生を中断させることができる。
サマヨちゃんのスキルは【自動再生1】とあるからレベルを上げれば改善されるだろうが、それでも根本は変わらないだろう。
10ポイントスキル【不老不死】といっても似たようなものなら、仮に戦うことになっても何とでもなりそうだ。
ま、勇者以外が雑魚なのは今さら分かり切ったことではある。
とりあえず、このままバラバラになったサマヨちゃんの再生を待っていたのでは時間がかかる。
俺が召喚したモンスターだからだろう、周囲に散らばったサマヨちゃんの骨がどこに有るのか、俺にはおぼろげに分かる。
それを頼りに拾い集めた骨を積み上げ小山にする。
頭蓋骨に近いほど再生力は強くなる。
これで少しでも早く再生するだろう。
その間にサル獣でも調べるか。
全身を殴打され頭蓋骨が陥没したサル獣。
潰れた頭からわずかに液体が漏れている。これは脳ミソか?
そういえばサルの脳ミソは通なグルメにバカ受けだと聞いた覚えがある。
どうする? 舐めてみるか?
不衛生な気もするが、漏れ出た液体は食欲を刺激する匂いを放っている。
……ペロリ
お! うまい。
トロリ濃厚なホワイトソースのような味わいが舌にまったりと絡みつく。
含んだとたん鼻いっぱいに広がるかぐわしい芳香がウンタラカンタラ……
「グルルル……」
ん? グルルルって何だ?
サル獣の頭から顔を上げると、木々の隙間から一頭の獣が顔を覗かせていた。
その見た目は狼に似ている。
だが、普通の狼じゃない。真っ黒な毛皮に身を包み、息をするたびに口から黒い煙を吐き出している。
マズイな。かぐわしい芳香に引き寄せられたか?
頼りのサマヨちゃんはいまだ骨の山と化しており当てにならない。
これはどう考えても強敵だ。
勇者の直感に間違いはない。
となれば──逃げるしかない。
勇者は逃げ足が速くなければ務まらない。
エンカウントするたびに戦うのは、ただの狂戦士でしかない。
「ガオーン!」
一声吠えたオオカミ獣が草むらを突き抜け襲い来る。
それより早くサル獣を離れた俺は近くの樹木に飛びつきよじ登っていた。
しょせんはオオカミ。この上までは追ってこれまい。
「ガウッ! ガウッ!」
枝に腰かける俺に向け、樹木の足元からオオカミ獣が吠えかかる。
負け犬の遠吠えほど気持ちの良いものはない。
しばらく足元をウロウロするオオカミ獣。
反応を見せない俺を諦めたのか、足元のサル獣に食らいつき始めていた。
あとはオオカミ獣が満腹して立ち去るのを待つだけだ。
そのころにはサマヨちゃんも再生しているだろう。
そうしてオオカミ獣の食事を樹上から眺めていたのだが……食事を終えた今もオオカミ獣はその場に留まり俺をにらんでいた。
このクソオオカミなんで帰らない?
いくら夏の気候とはいえ、辺りは薄暗くなりはじめている。
これ以上遅くなっては、小屋へ戻るのに夜の森を抜けなければならなくなる。
オートマップがあるとはいえ、夜の森は何があるか分からない。
もうお腹いっぱいだろう。早く帰れば良いのに。
だが、俺の願いもむなしくオオカミ獣は動かない。
まあ良い。こうなれば持久戦だ。
勇者の忍耐力に勝てると思うなよ。
最悪このまま樹の上で夜を明かすしかない。
その時、何かに気づいたようにオオカミ獣が辺りを見回し始める。
ん? ようやく帰る気になったのか?
そのオオカミ獣の視線の先に、サマヨちゃんが居た。
骨の山でしかなかったサマヨちゃんだが、いつの間にか従来の人型に戻りつつある。
といっても完全に再生したわけではない。
下半身はボロボロで動ける状態ではない。
「ガオーン!」
そんなサマヨちゃんにオオカミ獣が飛びかかる。
ガシャーン
ああ……せっかく再生が終わりそうだったのに。
バラバラになったサマヨちゃんの腕をくわえるオオカミ獣。
そのまま牙でガリガリ噛み砕き始めていた。
犬なんかは骨が好きだとはいえ、サマヨちゃんが骨を食べられた場合ってどうなるのだろう。
粉々の粉末になった場合でも、再生スキルで元通りになるのは分かっている。
だが、胃にとりこまれて消化、吸収されてしまった場合はどうなるのだろう。
なんとなく再生するのは無理っぽい気がする。
このままでは再生が完了してもサマヨちゃんは一生片腕のままだ。
くそっ! サマヨちゃんっ!
と思ったけど、お墓あたりを漁って別のガイコツの腕を移植すれば良いか。
たぶん大丈夫だろう。
右腕を食べ終えたオオカミ獣は、サマヨちゃんの右足へと噛みつき食いちぎる。
……
そのまま食べるかと思った右足だが、オオカミ獣は右足を地面へと食い捨てる。
捨てられた右足は自動再生スキルでサマヨちゃんの身体に合流しようとゴソゴソ移動するが、合流する直前で再び噛みつくオオカミ獣。
そして、また別の場所へと食い捨てる。
ヤロウ……サマヨちゃんの身体で遊んでいやがるのか?!
だが、落ち着け……これは俺を挑発しているだけだ。
勇者は挑発に乗らない。
なんといってもサマヨちゃんは不死身。
骨を全部食べられてしまったら駄目な気はするが、オオカミ獣の身体はサマヨちゃんより二回り大きい程度。
しかも直前にサル獣を食べている。
とてもサマヨちゃんを丸ごと食べられるわけがない。
オオカミ獣はサマヨちゃんの足で遊ぶのに飽きたのか、最後に両足を食いちぎり遠くへと食い捨てる。
勇者の分析に間違いはない。
そろそろオオカミ獣も遊ぶのに飽きて帰るだろう。
だが、あろうことかオオカミ獣はサマヨちゃんを押し倒すと、その上に覆いかぶさっていた。
そして、サマヨちゃんの骨盤へと自身の腰を押し付けると、前後に腰を動かし始める。
俺は一気に樹の幹を滑り降りる。
ぶっ殺す!!!
オオカミ獣目指して全力で走り寄る。
勇者は破廉恥を許さない。
だが、俺が駆け寄るより早く、すでにオオカミ獣は俺に向き直っている。
しかも、その顔には笑みとも呼ぶべき表情を浮かべていた。
野郎! 俺を誘い出したつもりか?
だが、違うぞ!
俺がここに居るのは、オオカミ如きの挑発に乗せられたんじゃあない。
勇者は決して仲間を見捨てないからだ!
走り寄るその勢いのまま空中に飛び上がる。
「死ねえええ! 勇者キーーーック!」
だが、あろうことかオオカミ獣はひらりと身をかわしていた。
俺が着地すると同時、逆にオオカミ獣が宙を舞い飛びかかる。
「ちいっ! 勇者シールド!」
飛びかかるオオカミ獣に木の盾を突き出すが、体重の乗った体当たりに押し倒される。
馬乗りになり噛みつこうと迫るオオカミ獣の牙。
必死で盾を使って押し返すにも上からの圧力がキツイ。
踏みつけるオオカミ獣の爪がTシャツを破り肩の肉をえぐっていく。
ぐうっ。だが、勇者は痛みに負けない。
「ぬおおお! 勇者パワー全開!」
全ての力を腕にこめる。なんとしてもオオカミ獣を押しのける。
瞬間、俺の身体から光がほとばしっていた。
キタか?! ついに封印されていた【勇者】スキルが目覚めるのか?
だが、俺に圧しかかるオオカミ獣の力は変わらず、全く押し返せない。
くっ! どういうことだ?
【勇者】スキル。今役に立たなくていつ役に立つというんだ。
……いや、そんなスキルは関係ない。
俺は──俺が勇者でサマヨちゃんの初めては俺のものだっ!
腕で押し返せないなら。
圧しかかるオオカミ獣の腹へ膝げりを叩きつける。
ポスッ
この態勢からでは力が乗らない。駄目か? いや、諦めるな!
ポスッポスッ
腹を蹴とばす衝撃に顔を歪めたオオカミ獣は、口から黒い煙を吐きつける。
ゴホッゴホッ……なんだよこの煙。
くっせー。悪臭攻撃か?
煙に眉をしかめる俺の肩にオオカミ獣の爪がさらに深く食い込んだ。
盾を支える腕から力が抜ける。
マズイ!
盾を押しのけたオオカミ獣が牙を突き立てる……だが、オオカミ獣の牙は何かに引かれるように俺の顔から離れていった。
助かった? いったい何が……これが【勇者】スキルの力か?
いや、サマヨちゃんだ!
サマヨちゃんの左手がオオカミ獣の足首を掴んでいた。
ここまで下草が踏みつぶされた痕が、這いずった痕が残されている。
足を失くしても……這いずってでも俺を助けにきてくれたのか?
その姿はアンデッドであるにも関わらず、俺には輝いて見える。
「ガルルッ!」
掴まれていない後ろ足で、うっとうしそうにサマヨちゃんの頭を蹴り飛ばすオオカミ獣。
ガシャーン!
再びサマヨちゃんの頭蓋骨が宙を舞う。
それでもサマヨちゃんの左手はオオカミ獣の足首を掴んでいた。
これに応えなくて何が勇者だ!
「うおおお! 勇者ヘッドバット!」
サマヨちゃんを相手取り隙が生まれたその鼻先へ頭を叩きつける。
「ギャンッ!」
鼻柱を強打され、思わず俺の上から逃れようとするオオカミ獣。
そして俺は勇者だ!
「勇者シールドチョップ!」
木の盾を縦向きに、盾の角を全力でオオカミ獣に叩きつける。
身をかわそうにも、サマヨちゃんに足首を掴まれ自由に動けないオオカミ獣。
「ギャギャーン!」
角がめり込んだオオカミ獣は盛大な悲鳴を上げ吹き飛んでいく。
同時にサマヨちゃんの腕は力尽きるように離れ落ちていた。
「キャインキャイン」
だが、ここまで叩きのめしたにも関わらずオオカミ獣は健在だった。
それでも勝ち目がないと判断したのだろう、尻尾を巻いて逃げ出していく。
サマヨちゃんの腕という重石の取れた今、俺の足、人間の足では走り去るオオカミ獣に追いつけない。
だが、サマヨちゃんがここまでお膳立てしてくれたんだ。
俺の足元には、吹き飛ばされ地面に転がるサマヨちゃんの頭蓋骨。
だから──逃がしはしない。
「いけえええ! 勇者シュートォォォ!」
俺の足元から勢いよく放たれたサマヨちゃんの頭蓋骨は、光の軌跡を残してオオカミ獣の身体を直撃する。
「ギャャイィィーーン!」
勇者は背を向ける相手にも容赦しない。
そして、やはりサマヨちゃんは最高の相棒だ。