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49.ゴブリン獣とハチ獣


 100/7/15(金)14:00 クランハウス



 生徒たちの歓迎会を兼ねたバーベキューは終了した。

 後片付けを終えたところで、今日の授業は終了。

 生徒たちは自由行動とする。


 そして、俺は──


「カモナー。森へ行こう。覚えた魔法を見せてくれないか?」


「あーい」


 カモナーがスマホから習得したのは、水魔法1。召喚魔法2。


 これまで使い方が分からなかったらしいが、ギルドのお姉さんに教わり、使えるようになったはずだ。

 その成果を森で見せてもらうとしよう。


 カモナーに付いてこようとするグリさんだったが、巨体が災いして森に入ることはできない。

 なんとか説得したグリさんに留守を任せて、俺、サマヨちゃん、カモナー、アルちゃん、ウーちゃんで森へと向かう。


「ふわー薬草たくさん生えてるねー」


 森に入ったとたんカモナーは薬草を集め始めていた。

 薬草の多い森だとは思っていたが、想像以上に多く生えていたようだ。


「ほら! ウーちゃんここ。ここにも薬草だよぉ」


 俺が見つけられなかった薬草までをも、どんどん見つけるカモナー。

 ウーちゃんを連れまわしては、その薬草を食べさせていた。


 ……マズイな。

 これでは、ウーちゃんの中で俺の株がだだ下がりしてしまう。


 いや。俺とウーちゃんは共に死線をくぐりぬけた仲。

 俺はウーちゃんの背中にも、乗せてもらった仲だ。


 ぽっと出のカモナーが俺とウーちゃんの友情に分け入るなど、100年は早い。


「ウーちゃん。次はあっちだよぉ」


「ウモー!」


 薬草目指して、俺の前を走り抜けるウーちゃん。

 その背中には、カモナーを乗せていた。


 ……俺のウーちゃんが、カモナーに寝取られてしまった。


 勇者の俺ですら、背中に乗るには苦労したというのに。

 どういうことだ?


 牛上からのカモナーの指示に従い、薬草へ突進するウーちゃん。

 なるほど。

 いち早く薬草へ向かうには、カモナーを背中に乗せて移動するのが一番効率的だと。そういう判断か。


 ウーちゃん。食べ物に釣られるとは情けない。

 それでも誇りある乳牛獣なのか?

 勇者パワーで快楽を思い出させてやるか?


 だが……

 ウーちゃんの背中にまたがるカモナー。健康的な太ももがよく見える。

 そして、ウーちゃんの走りにあわせて上下に揺れるカモナー。

 そのスカートの裾までもが、ヒラヒラ上下に揺れていた。


 ……ふむむ。


 動物を相手にした女性は、警戒心が弱くなると聞く。

 太ももものガードが緩くなり、普段は見えない物まで見えやすくなる。と。


 なるほど。そういうことなら仕方がない。

 勇者は寛大だ。

 この場は、カモナーにウーちゃんの背中を譲るとしよう。

 くだらん嫉妬でカモナーやウーちゃんに当たるなど、雑魚のやることだ。

 俺は穏やかな気持ちで、走り回るカモナーを見守り続けた。


 しかし、ウーちゃん。少し食べすぎじゃないか?

 さっきから薬草をパクパクと。

 いや、牛の食事量から考えれば、薬草のような小さな葉っぱ。

 いくらでも食べられるか。

 カモナー。俺たちの治療に使う分は残しておいてくれよ。


 カタカタ


 ウーちゃんを先頭に進む俺たちのもとへ、サマヨちゃんが戻ってきていた。

 先行して付近を索敵していたサマヨちゃん。


 前方を指さした後、指を折り曲げ折り曲げ、見つけた敵の数を伝えようとしているようだが……折り曲げる指の数は10本を超えてまだ続いていた。


「分かった。とにかく敵がたくさんいる。そういうことだな?」


 カタカタ


 十中八九の確率でゴブリン獣だろう。


「カモナー。この先にゴブリン獣の集団がいる。戦闘に入る前に召喚魔法で仲間を呼んでくれないか?」


「あいおー」


 両手を前に構えたカモナーが怪しげな呪文を唱える。


「顕現せよぉ! アクアスライム!」


 地面に映し出された魔法陣。その光の中から1匹のモンスターが現れた。


 全長は50センチほど。

 青い身体はゼリーのようにブルブルとふるえている。

 アクアスライム。確かにこれはスライムだ。


「おお。凄いな……で、これは強いのか?」


 スライムというだけあって、弱そうに見える。

 が、ここは異世界。俺の常識は通用しない。

 こう見えて、実は強いのかもしれない。


「お姉さんは初心者用の召喚魔法だって言ってたよぉ」


 てことは、見た目通り弱いのか。

 顕現せよ。など大仰な言い回しで現れたのがスライム1匹とは。

 まあ、弾除けにはなる。


「よし。それじゃ戦闘前に作戦を説明する。まずカモナー。水魔法で先制攻撃を頼む。遠距離から敵の数を減らしてくれ」


「あいおー」


 答えるカモナーの威勢は良いが、召喚魔法の件もある。

 大丈夫なのだろうか? まあ駄目でも構わない。


「続いてアルちゃん。勇者スローでアルちゃんを敵の群れへと投げつける。絶叫で敵の動きを止めてくれ」


「アルッ」


 遠距離攻撃。本命はアルちゃんの絶叫だ。

 すでに幾度の実績がある。ゴブリン獣相手に効果があるのは確実。


「その後、俺とサマヨちゃんで突撃する。ウーちゃんはカモナーの護衛。カモナーはスライムで身を守りながら、機会を見て魔法で援護を頼む」


 できればウーちゃんに乗って突撃したいが、場所は森の中。

 開けた場所なら良いのだが、敵は茂みの先だという。諦めよう。



 準備を終えた俺たちは、樹々の間をひっそりと移動、前方の敵へと近づいた。


 樹々の先に見えるのは、おびただしい数のゴブリン獣。

 そして、ハチ獣の姿だった。


 ハチ獣の巣。設置した先は、この辺りだったか。

 あわよくばゴブリン獣の数を減らせないかと打った手が、上手くいったようだ。


 森を進軍するゴブリン獣が、ハチ獣の縄張りに侵入。

 両者の間で戦闘が始まっていた。


 お互いの数は、どちらも50匹くらいか?

 俺は作戦を変更。両者の戦いを見守ることにする。


 狭い森の中で圧倒的なスピードを誇るハチ獣。

 小柄な体躯で縦横無尽に樹々の間を飛び回り、ゴブリン獣へと襲い掛かっていた。


 勇者である俺でさえ苦戦した相手だ。

 毒針を突き刺され次々と倒れていくゴブリン獣。

 ハチ獣の圧勝である。と思われたが──


 モクモク


 突如、森の中に立ち込める黒い煙。これは……暗黒の煙か?


 群れの中から現れたゴブリン獣。

 その表皮は真っ黒に染まり、他より一回り大きな体格をしていた。

 その身体から漏れ出す暗黒の煙。


 あれは、暗黒ゴブリン獣だ。


 触れた相手の力を吸い取る暗黒の煙。

 スピードが最大の売りであるハチ獣にとって、そのスピードを殺されたのでは死活問題である。


 しかし、森の中とはいえここは屋外。

 多少の煙などすぐに吹き飛ぶはずだが……

 吹き飛ぶどころか、暗黒の煙はますますその濃度を増していた。


 この煙の量と濃度。少なくとも10体は暗黒ゴブリン獣が混じっているのか?


 すっかり暗黒の煙に覆われた森で、ハチ獣のスピードは見る影もなくなっていた。


 だが、暗黒の煙で力を吸い取られる。

 それは同族のゴブリン獣であっても変わらないはず。

 暗黒の煙の中を自由に動けるのは、同じ暗黒モンスターである暗黒ゴブリン獣だけ。


 しかし、ゴブリン獣は力を吸い取られ動きを鈍らせてはいるが、思ったより影響を受けていない。


 邪悪な存在であるゴブリン獣。その属性は闇。

 種族特性として、暗黒の煙に耐性があるというのか。


 こうなると暗黒の煙の中で戦うのは、ハチ獣にとって一方的な不利でしかない。


 モクモク


 暗黒の煙に混じって、魔法ゴブ獣の杖から毒の煙が噴き出していた。

 蚊を相手に、蚊取り線香を焚くようなもの。

 毒の煙にまかれ、ハチ獣は次々に地上へと落ちていく。


 ドカッ


 落ちたハチ獣をたやすく仕留める雑魚ゴブ獣。

 さらに魔法ゴブ獣の杖から放たれる雷が、ハチ獣の数を減らしていく。


 当初はハチ獣有利で始まったにもかかわらず、今や戦いは一方的な虐殺に変わろうとしていた。

 巣を護ろうと新たに飛び立つ個体も、暗黒の煙に捕らわれ、魔法で叩き落とされていく。


 ついにはハチ獣の巣にまで、ゴブリン獣の攻撃が始まっていた。


 ガーン ガーン


 巣に立てこもる女王ハチ獣をあぶりだそうというのか。

 手に持つ棍棒で、暗黒ゴブリン獣は執拗に巣を叩いていた。


 目の前で起こるモンスター同士の戦い。

 争いの元となるハチ獣の巣を、この場所へ移動させたのは俺だ。

 ゴブリン獣とハチ獣を争わせ、お互いを消耗させる。


 最後に俺たちが殴り込み、おいしい所をいただく漁夫の利作戦。

 そのもくろみどおりの結果に、喜びこそすれ心を痛めるはずがない。


 はずがないのだが──


 ガーン ガーン


 巣を叩く甲高い音が、妙に俺の癇に障る。


 地面に落ちたハチ獣を叩き潰す者。巣を叩く者。

 いずれのゴブリン獣の顔にも笑みがあった。余裕があった。


 暗黒の煙の中、自由に動ける自分たちに敵う者はいない。

 その余裕がなせる姿、その驕り高ぶった姿が俺の癇に障るのだ。


 ハチ獣の強さは、実際に戦った俺がよく知っている。

 勇者である俺ですら、危ういところまで追い詰められた相手。

 あのような雑魚ゴブ獣が、にやつきながら叩き潰して良い相手ではない。


 ガーン ガーン


 巣の一角が崩れ、中から頭を出したのは一際触覚の大きなハチ獣。

 あれが女王ハチ獣。

 俺が巣を移動させる時に顔を覗かせていたハチ獣で、アルちゃんと何やら喋っていたハチ獣だ。


 女王ハチ獣を引きずり出そうと、暗黒ゴブリン獣はその触覚へと手を伸ばしていた。


「アルルーッッッ!」


 背中のリュックからアルちゃんが叫ぶ。

 何を言いたいのか分からない。だが……分かった!


「勇者パワー全開!!!」


 俺も同じ気持ちだからだ。


 暗黒の煙の中を自由に動けるのは、同じ暗黒モンスターだけ。

 暗黒の煙の中、自由に動ける自分たちに敵う者はいない。


 それが間違いだと俺が教えてやる。


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