48.神聖ブレイブ・ハーツ
100/7/15(金)12:00 クランハウス
孤児たちが制服に着替える間、俺は庭で昼食の用意をする。
シカ獣、イノシシ獣、オオカミ獣。
スマホから取り出した各種の獣によるバーベキュー。
孤児たちの歓迎会もかねて豪華にいくとしよう。
しかしこの庭……臭いな。
無理もない。
クランハウスを取り囲む柵には、オオカミ獣の死体を吊るしている。
夏という季節もあって、腐り始めているのだ。
訓練中はそこまで気にならなかったが、この臭いの中でバーベキューをしたのでは、せっかくの美味しい料理も台無しだ。
だが、死体を処理するわけにもいかない。
死体を吊るすことによるオオカミ避けの効果は、昨晩実証済みだ。
イモ虫獣のイモちゃんは腐った死体を勝手に食べているが、ま、それは良い。
この匂いを中和する、消臭スプレーでもあれば良いのだが。
「アルッ」
庭を見回す俺の足元で声がする。
見れば、雑草に混じってアルちゃんの葉っぱが生えていた。
そういえば、昨日、地面に埋めてそのままだったな。
アルちゃんの葉っぱをつかんで、地面から引っこ抜く。
「アルルー」
ぴょこぴょこ俺の足元にまとわりつくアルちゃん。
抱き上げて身体についた土を払い落してやる。
「アルちゃん。おはよう。元気になったなあ」
「アルッ」
昨日はグッタリしていたアルちゃん。
地面の中でたくさん栄養をとったのだろう。
元気はつらつといった様相だ。
「アルちゃんが寝ている間に、たくさん仲間が増えたんだよ。この後で紹介してあげるからね」
そのための歓迎会なのだが。
「うむう。この臭い。何とかならないものか……」
バーベキューといえば屋外なのだが、こう臭うのでは食堂にするべきか?
思案する俺の腕でアルちゃんが頭上の葉っぱを揺らすと、辺りに風が舞い始めた。
ん? この風……魔法か?
庭を吹き抜ける風は、フローラルな良い香りがする。
アルちゃん。マンドラゴラは魔法の扱いに長けるという。
レベルアップで風魔法を覚えたのか?
「これは消臭効果がある魔法か? アルちゃん凄いぞ!」
吹き抜ける風が治まるころ、辺りから嫌な臭いはすっかり消え去っていた。
さすがは異世界。便利な魔法があるものだ。
誇らしげに葉っぱを揺らすアルちゃんの大根ボディを、ぺしぺし叩いて褒め称える。
可愛い奴め。後で栄養をあげるとしよう。
アルちゃんのおかげで、バーベキューの準備は完了した。
ちょうど良いタイミングで、クランハウスから孤児たちが姿を現した。
おほう……可愛い。
ベージュの上衣に黒のプリーツスカート。
セーラー服に身を包んだ11人の少女たち。
馬子にも衣装というが、制服を着るだけでいつもより可愛く見える。
中でも一番の美少女は、カモナー。
ズボン姿しか見たことがないため、そのスカート姿は新鮮だ。
「うぅ……なんだか足元がスースーするよぉ。これで戦うの無理だよぉ」
全く無理じゃない。
戦う。激しく動く。ひるがえる。見える。俺が喜ぶ。何も問題ない。
「カモナー。良く似合っているよ。もちろん、みんなも良く似合っている」
セーラー服姿の少女がこれだけ集まれば、一気に場が華やぐというものだ。
当初は孤児たちを引き取るのに難色を示したが、それも過去のこと。
孤児たちは、もう孤児じゃない。
今の少女たちはクランのメンバーで、俺の教え子。
生徒になったのだ。
そしてブレイブ・ハーツは、いわば孤児たちを教え鍛える学園のようなもの。
神聖ブレイブ・ハーツ学園。そう呼んでも差し支えないだろう。
「みんなのクラン加入を祝して、バーベキューを用意した。お腹いっぱい食べてくれ!」
「うわー」「おいしそー」「これ食べていいの?」
各自が自分の好みに焼いて食べるバーベキュー。
作る俺は楽だし生徒は喜ぶ。一石二鳥だ。
「好きに焼いて好きなソースで食べるんだ。残すんじゃないぞー」
用意したソースは、にんにくソースに和風おろしソース。
そしてシンプルに塩胡椒だ。
ワイワイと食事を楽しむ生徒たち。
場がこなれてきたところで俺は口火を切った。
「それじゃ、クランメンバーを紹介するよー。食事を続けたまま聞いてくれ」
立ちあがった俺は、親指を立てて自分を指さした。
「まずは俺。クラン、ブレイブ・ハーツのリーダー。ユウシャで職業は勇者。得意技は最強勇者アタック。気軽に勇者様と呼んでくれて構わない」
「はーい」「勇者さまー」「新しいパパなの」
素直で非常に良い。
この時ばかりは孤児院の院長に感謝だ。
院長が非道な男であったからこそ、相対的に俺の評価が上がるというもの。
「そして、クランのナンバー2。スケルトンのサマヨちゃん。職業は魔王で近接戦闘のエキスパートだ。得意技は魔王回転滅多打ち。さわると危ないので注意してくれー」
カタリと生徒たちに頭を垂れるサマヨちゃん。
村娘であったサマヨちゃんも、今はクランの制服に着替えている。
ただし、他の生徒と見分けがつくよう上衣の色は灰色で、同色のフードを被っている。
「……スケルトン」「うう、ちょっと怖いよー」「新しいママなの」
見た目は女生徒だが、全身に黒いオーラをまとうサマヨちゃん。
生徒たちは少し怖がっているようだ。
だが、それで良い。
ナンバー2であるサマヨちゃんは、学園でいうなら教頭。
教頭は生徒に嫌われるもの。
校長である俺が生徒を甘やかし、教頭であるサマヨちゃんが生徒を叱る。
俺が嫌われることなく生徒を導くためには、大切な存在だ。
「ナンバー3は、グリフォンのグリさん。職業は何だろう? とにかくデカクて強くて柔らかい。必殺技は、滅殺グリフォンクローだぞ」
「グリちゃん!」「グリちゃーんグリちゃーん」「物凄く頼れるの」
生徒から妙に人気のあるグリさん。
グリフォンの見た目は格好良いからなあ。
せっかく紹介したにもかかわらず、グリさんは不満気に頭で俺の背中を小突く。
「グルルッ!」
ノシノシ移動すると、カモナーの襟をくわえて戻ってきていた。
「ふえぇ?」
ふむむ。
どうやらグリさんは、自分よりカモナーが上位だと言いたいらしい。
グリさんは、すでにカモナーの召喚獣ではない。
上下関係は無くなっているはずだが、未だにカモナーを立てるとは、なかなかに義理堅いグリさん。
そういうことなら。
「すまない。ナンバー3は、カモナーで職業はサモナー。みんなとは年も近いので、何かあればカモナーに相談するんだよー」
「はーい」「カモちゃん、よろしくねー」「お姉さんなの」
馴れ馴れしすぎる気がしないでもないが、まあ良い。
生徒と同じ立場で、同じ目線で物事を考える。カモナーには適任だろう。
そもそも男の俺には、少女の気持ちなど分かりようがない。
やっかいな相談などは、カモナーに全振りでいくとしよう。
「で、ナンバー4がグリさん。これで良いでしょうか?」
「グル」
あんたに従ってるんじゃないんだからねっ!
あくまでご主人であるカモナーに従っているだけなんだから!
そう言いたげに頷くグリさん。
つまり、カモナーが俺に従う限り、裏切ることはない。
「はい。お次はマンドラゴラのアルちゃん。職業は……魔法使い? とにかく栄養豊富な身体で、かじれば薬にもなる凄い大根です。あ、寝ている時は、決して起こさないよう注意するように」
「可愛いー」「これ食べていいのー?」「非常食なの」
抱きかかえるアルちゃんへと、食いつかんばかりに生徒たちが押し寄せる。
この大根ボディの、いったい何が女生徒を引き付けるのか?
とにかく、食べられたのではたまらない。
「駄目駄目! アルちゃんは俺の物だから。勝手に食べないようにねー」
こんなに可愛いアルちゃん。誰にも渡さない。
正確にはカモナーの課金モンスターでカモナーの物なのだが、渡さない。
「それで、乳牛獣のウーちゃん。牛乳担当だけど力もあるので怒らせたら駄目だよ。みんなも後で牛乳を搾らせてもらってね」
「モー」
ウーちゃんは、バーベキューを焼く生徒たちの間を歩き回っていた。
挨拶回りか? 牛にしては礼儀正しいな。
「あれーこれ食べたいの?」わたしのあげるー」「牛乳製造機なの」
いや、ウーちゃんの目当ては香草だ。
バーベキューの付け合わせとして、食卓に用意した香草。
生徒たちの間を回っては、手渡しで香草を食べさせてもらっていた。
おのれ……生徒たちの栄養バランスを考えて用意した野菜を。
雑草を食べるのに飽きたのか? どんどん贅沢を覚えているな。
「おまけで、イモ虫獣のイモちゃん。勝手についてきたので、本当に仲間なのかどうか知らないけど、害はないので気にしないでやってくれ」
喧噪を余所に、柵に吊るしたオオカミ獣を黙々と食べ続けるイモちゃん。
みんなが嫌がる汚い死体を処理する。イモ虫のくせに良い奴だ。
「イモ虫……」「うう……キモイ」「生ゴミ処理機なの」
死体を食べるその姿を、生徒たちは引き気味に見つめていた。
それも仕方のないこと。
誰しも見た目で判断する。俺だってお相手するなら美人が良い。
「えー? イモちゃん可愛いよぉ。ほらほら。このお腹とかプニプニだよぉ」
そう言ってイモ虫獣のお腹をさわるカモナー。
釣られて生徒たちもイモちゃんへと近寄っていた。
「ほんとだ」「ふわースベスベしてる」「肉盾にぴったりなの」
カモナーを中心にイモちゃんを撫でさする生徒たち。
いつの間にか、イモちゃんにまたがる子まで現れていた。
人間、イモちゃんは魔物だが、とにかく見た目が全てではない。
生徒には俺のような、見た目だけで判断する人間にはならないでほしい。
俺は手遅れだから、今後もこのまま美人以外には容赦しない。
「じゃあ、次は君たちだ。それぞれ自己紹介してくれ」
「はいなの。わたしは、ナノ。孤児院では最年長で薬草集めが得意なの。パパのために頑張るの」
語尾が特徴的なナノちゃん。
生徒の中では一番の年長で11~2歳くらい?
メンバー紹介では、若干口の悪い感想を言っていた気もするが、気のせいだろう。
こんなに可愛い子が、汚い言葉を口にするはずがない。
こうして、新たに加わった10名の自己紹介が終わる。
今日からが新生、いや、神聖ブレイブ・ハーツの新たな門出だ。
俺自身は最強だが、まだ結成したばかりの弱小クラン。
いずれ、最強クランといえばブレイブ・ハーツ。
そう呼ばれる存在になるためにも。
まずは軽くゴブリン獣を撃退するとしよう。




