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44.孤児院の結末

 100/7/14(木)19:00 ファーの街



 孤児に虐待を働く院長。

 院長を改心させるべく、縛り上げ街中を連れまわしていた俺は、衛兵に捕えられてしまった。


「で、お前は孤児院の院長を縛り上げて誘拐しようとした。そういうことだな?」


 俺は後ろ手に縛られ、衛兵の詰所だろう床に座らされていた。

 取り囲む衛兵は5名。


「全く違う。こいつは罪人だ。俺は孤児に虐待を振るう院長を正しい道に戻そうと、指導していただけだ」


「嘘つけっ。こいつ頭おかしいわ。孤児院に来たかと思うと、いきなりやっ。衛兵さん。こいつ殺さんとアカンっ」


 俺のとなりで院長がわめいていた。

 なぜかコイツは縛られていない。

 不公平だ。

 衛兵は俺のことを知らないのか?


「俺は勇者。衛兵なら覚えがないか? 先日、街で野盗のアジトを発見したのが俺だ。勇者と院長。どちらの言い分が正しいかは誰の目にも明白だろう。正義の塊である勇者が悪事を働くはずがない」


 街中でのグリフォン騒動を解決したのが俺だというのに。


「ああ! あの時の冒険者か。グリフォンを鎮めて野盗のアジトを見つけたお手柄の……こりゃ俺じゃ判断できんな」


 ようやく分かってくれたようだ。

 ついでに縄を解いてくれると嬉しいのだが。


「何をっ。俺が縛られて連れ去られそうなのを見たやろっ。こんなん誘拐やっ。死刑やっ」


 まったく。後ろ暗いところがある奴こそ、よくわめく。


「院長、少し黙れ。お前の言い分が正しいなら黙っていても大丈夫。そうだろう?」


「うるさいっ。この狂人め!」


 ボカッ


 痛い。

 だが、捕えられたからといって、慌てることなど何もない。

 俺を殴る院長は衛兵に制止されていた。


 衛兵は街の平和を守る存在。

 そして勇者は世界の平和を守る存在。


 共に目指す目的が同じなら、敵ではなく味方だからだ。


「おい。お前の剣を寄こせっ。お前らがやらないなら俺がやるわ。文句ないだろうっ」


「い、いえ。そういうわけには……」


 院長の狂乱ぶりに、衛兵までもがひいていた。

 そんな様では、ますます印象を悪くするだけだろうに。


「なんだ? 金か? 金が欲しいのかっ? 金ならやるぞ。領主公認だぞっ。分かってんのか?」


 まったく。

 金、金、金。権力、権力、権力。

 それしか頭にないのか?

 そんなくだらん餌に釣られる衛兵がいるはずないだろう。


「だ、だな。こいつは誘拐の現行犯だろ? ならやっちまうのが俺らの任務だな」


 ……いるようだ。


「そうだっ。お前っ早くやれっ。領主に口を聞いてやるぞ」


 5人の衛兵のうち2人が院長の誘いに乗っていた。


「おい、よせって!」

「相手は犯罪者で領主のお墨つきだぜ。やるのが当然だろ?」


 やれやれ。俺をやるだのやらないだの。

 縛られているとはいえ俺は勇者。

 一介の衛兵がどうこうできる相手ではない。


「やめておけ。俺は勇者だぞ?」


 そもそも俺は犯罪者ではない。はずだ。


 両手は使えないが問題ない。

 こんなこともあろうかと懐にひそませたサマヨちゃんの骨。

 衛兵たちも身体検査を行ったが、骨までは没収しなかった。


「俺に歯向かうということは、勇者に歯向かうということだ。領主と勇者。どちらを選ぶつもりだ?」


 骨に魔力を込める。

 あふれた暗黒オーラが俺の身体をまとう。


「な、なんだこれ? ひいっ」


 触れる者の力を吸い取り弱体させる魔王の暗黒オーラ。

 俺に触れようとした衛兵は闇に捕らわれ、倒れ込んでいた。


「で、どういう状況だ?」


 衛兵たちの隊長だろう。

 その後、現れた装備の良い女性が衛兵たちに問いかけていた。


「はっ。冒険者のユウシャが孤児院の院長を誘拐しようとしていたので捕えました。ですが、ユウシャの言い分によると、罪人である院長を指導していたとか。ユウシャは以前のグリフォン騒ぎで野盗の壊滅に協力した実績がありますので、隊長の判断を仰ごうかと」


 顎に手を当てた隊長が床に目を向ける。


「ふむ。で、倒れている衛兵は?」


 俺に危害を加えようとした2人。

 暗黒オーラに触れた衛兵は、涙に涎に液体を垂れ流して床に倒れ込んでいた。


「はっ。その……恥ずかしい話ですが、ユウシャを処分すれば報奨と領主に口を聞くとの院長の甘言に乗せられて……」


「それで逆にユウシャにやられたと。グリフォンを手なずけるほどの男だ。無理もない」


 俺へと向き直った隊長は、部下の失態に顔色も変えずに言う。


「それでも衛兵に手を出したのでは犯罪だ。ユウシャ。君を処罰しなければならない」


「俺は手を出していない。この2人が勝手に倒れたただけだ。そもそも縛られていて手を出しようがない」


 暗黒オーラを出しただけだ。俺は悪くない。


「あくまで比喩であって物理的な手ではない。魔法を使った場合も同様だ」


 もっともではある。

 言いたいことはあるが、すでに隊長は院長へと向き直っていた。


「そして、院長。衛兵への贈賄もまた犯罪だ。何か言うことはあるか?」


「そんなん知らん。その2人が勝手にやったことやん」


 なんという見苦しい屁理屈。

 だから言ったのに。

 こんな奴の口車に乗る奴がいるのか? と。


「もうええわっ。俺は帰るっ。ええか? 俺は領主公認やからな。俺を公認した領主の顔に泥を塗らんよう、その男は処分しとけっ」


 埒があかないと思ったのか帰ろうとする院長だが、隊長の指示で動いた衛兵により押し留められていた。


「それはできない。冒険者が街中で人を縛り付けて連れまわす。目撃した民から多くの報告が上がっている。調査、結果を公表しなければ民に不安を抱かせる」


 あれだけ街中を引きずり回したのだ。

 報告が来るのも当然。

 市民はしっかり義務を果たしているようだ。


「その男は冒険者やない。野盗やっ。それでええやん。はい解散」


 院長に見向きもせず、隊長は俺のギルドカードに目を落としていた。


「冒険者ランクE。ブレイブ・ハーツのリーダーとあるな。ユウシャ。お前は院長を誘拐してどうするつもりだ?」


 隊長は、値踏みするかのような目で俺に問いかける。


「誘拐ではない。なぜなら勇者は正義の代弁者。悪事には手を染めない。孤児を虐待、暴力を振るう院長を更生させようとしただけだ」


 俺は縛られ床に座ったまま、胸を張って隊長に事実を伝える。

 俺に恥じるところは何もない。


「孤児を虐待か。残念なことだが、自分が生きるのに精一杯の世の中では仕方のないこと。だからこその孤児院なのだが……院長、どうなのだ?」


「そ、そんなわけないっ。この男の言うことはでたらめばっかりや」


 反して、大声を上げて早口で抗弁する院長。

 孤児たちの模範となるべき院長がその様でどうする。


「ギャーギャーわめくのは後ろめたいことがある証だ。違うか?」


「うるさいっ。この狂人め」


 ボカッ


 痛い。

 だが、院長は分かっているのか?

 俺に肉体的ダメージを与えた代わりに、隊長への心証という点で、はるかに大きなダメージを負っていることを。


 この場で決定権を持つのは隊長。

 その隊長の覚えを悪くするのは愚策でしかないということに。


「よさないか。なら、孤児院へ行こう。孤児たちから話を聞くことにする」


「そんなんアカンッ。孤児なんかの言うこと出鱈目ばかりや」


 抑える衛兵を振りほどかんばかりに、目に見えて院長が慌てていた。


「そうならないよう、院長が教育しているのではないのか? 領主は結構な額を寄付していると聞いているが?」


「ぐう……」


 なかなか良いことを言う。

 惚れそうだ。


「行くぞ。案内しろ」


 隊長と護衛の衛兵。そして院長と縛られたままの俺は孤児院へと戻ってきた。

 時刻はすっかり夜。深夜には早いが相手は子供たちだ。

 寝静まっているかと思いきや、孤児たちはまだ起きていた。


「お、おかえりなさい。あの、内職ちゃんとやってますから」


 灯りもない、月明かりだけで、孤児たちは内職である封筒貼りを行っていた。


「ア、アホッ。そんなんどうでもいいから、はよ寝ろっ。な? 寝ろっ!」


「ひっ。す、すみません。も、もっとたくさん作りますから、乱暴は止めて」


 話を聞かれたくないのだろう。

 慌てて孤児たちを解散させようとする院長だが、まったくの逆効果であった。


「ふむう。そこの少女。乱暴といったが、普段から乱暴されているのか?」


「ひっ。そ、その……えっと」


 おどおど下を見ながらも、院長の顔をチラチラうかがう少女。

 その姿を見た隊長は、衛兵に命じて院長を遠ざけた。


「安心してくれ。私は衛兵の隊長。領主から街の守りを任されている。領主が支援する孤児院が正常に運営されているか調べるだけだ。正直に答えて欲しい」


「その……すぐ殴ります」


 院長の姿が見えなくなったことに安心したのか、少女はポツポツと孤児院の様子を話していた。


「そうか……もっと詳しい話が聞きたい。すまないが他の孤児たちも集めてくれないか」


 隊長の言葉で他の孤児を呼びに去る少女。

 入れ替わりで、サマヨちゃんが俺の元へ戻ってきていた。


 カタカタ


 留守を任せていたサマヨちゃん。

 その手には、封筒を握っていた。

 なんだ? サマヨちゃん、孤児たちと一緒に封筒貼りをしていたのか?


「ん? その書類は? ……これは! 野盗との取引の記録か? ……なんてことを」


 封筒貼りではなかった。

 院長の悪事の証拠を探してくれていたようだ。

 さすがサマヨちゃん。


 その後、別室で孤児たちを集めて話を聞く隊長。

 話が終わるころには、俺を縛るロープは解かれ、代わりに院長がロープに縛られていた。


「すまない。ユウシャ殿。孤児たちから話は聞いた。あろうことかこの男は、領主から得た資金で孤児たちを使って自分の私服を肥やしていたのだ。そればかりか、この書類によると孤児たちを野盗に売り払うなど……許されることではない」


 そんなことまでやっていたのか。


 ボカっ。


 俺は縛られ床に座り込む院長を殴る。

 縛られた俺をさんざん殴りやがって。


 勇者の力をもってすれば、院長を殺すのは容易いことだ。

 だが、それでは、新しい院長が来れば同じことの繰り返しになる。

 勇者は単純な暴力には走らない。


 衛兵に、領主に、街の人たちに孤児院に問題があることを知らせる。

 領主は孤児院に資金を提供するくらいだ。

 問題があると知れば、対応してくれるだろう。


 そのために、院長を縛って街中を歩き回るパフォーマンスまで行ったのだ。


 これにも懲りずに新しくやって来る院長が虐待を働くなら──その時こそ勇者の力を見せる時だ。


「少しでも不幸な子供が減れば良い。俺の願いはそれだけだ」


 俺に惚れる幼女が少しでも増えるなら、将来のハーレムがさらに充実する。


「この件は領主様にお伝えする。新しい院長については慎重に決定してくださるだろう。ユウシャ殿。このたびは領内のトラブル解決に尽力いただき、感謝する」


 権力には権力。

 真に院長を打ちのめすなら、奴の権力を取り除く。

 そして自分の好きな権力によって裁かせるのが一番だ。

 これまで領主の権力を後ろ盾に好き勝手やっていた男に対する処罰として、これ以上の処罰はない。


「あくまで少女のためにやったこと。気にしないでください。それでは、俺はクランハウスに戻ります」


 踵を返す俺の裾を、一人の幼女がつかんでいた。


「おじさん……帰っちゃうの?」


 涙目で俺を見上げる幼女。可愛い。


「君のパパはいつでも天国から君を見ている。心配はいらない」


「わたしのパパ。正義感の強い人だったの……おじさんパパに似ているの」


 パパに似ているか。

 嬉しいような、俺はそんなおっさん顔なのかと悲しむべきか。


「ありがとう。君のパパには及ばないが、勇者は悲しむ少女の味方だ。何かあればいつでも言ってくれ。力になる」


「それなら言うの……わたしは、おじさん。ううん、パパに着いていくの」


 幼女までをも魅了するとは、勇者の魅力にも困りものだ。

 それでも──泣く泣く幼女の誘いを断るしかない。


「それは駄目だ。俺はこれから街を襲おうとたくらむゴブリン共と戦わなければならない。お嬢ちゃんを危険に巻き込みたくない。分かってくれ」


 俺はロリコンではない。

 が、ここだけの話、俺は幼女が好きだ。

 下心とかではなく、動物を可愛がるような感覚だ。

 好きだからこそ危険に巻き込むわけにはいかない。


「パパもママも、そう言ってわたしを置いて帰ってこなかったの。だから今度は着いていくの。わたしがパパを守るの」


 はあ。女神や。こんな所に女神が。

 女神ならば、なおさら危険に巻き込むわけにはいかない。


「君のような子供が着いて来ても足手まといだ。死ぬぞ?」


「わたしのパパとママはわたしを守って死んだの。わたしはパパママの子供だから、勇者さんを守って死ぬの。そうすれば天国でパパとママに会えるの」


 俺がパパとママは天国にいると伝えたからか、幼女は死んで天国に行きたい気持ちがあるようだ。

 確かに勇者を守って死んだとなれば、それだけで天国に直行するレベルの善行だろう。

 だが、天国なんて本当にあるのだろうか?

 そんな確証のないもののために、幼女を死なせるわけにはいかない。


 俺を慕ってくれる幼女を引き離すのは心が痛む。

 いや、内心、俺は幼女を引き取りたいと思っている。


 しかし、勇者である俺が、幼女を危険にさらす行為をして良いのだろうか?

 幼女を前にどうしたものか思案する俺に、横から声がかけられた。


「ユウシャ殿。院長に罪はあるが、君が街中をいたずらに騒がせたのも事実。そして衛兵に危害を加えた罪状もある」


 確かにそんなこともあったが、今さらなぜ?


「院長が逮捕された今、孤児院の運営がこの先どうなるか分からない。ユウシャ殿の処罰は、孤児院が再開するそれまで孤児たちの面倒を見ること。これでどうだ?」


 なるほど。

 処罰ならば仕方がない。


 それに天国へ行きたがる幼女。

 目を離せば、どこで死ぬか分からない。

 俺がしっかり見張る必要がある。


「分かった。一緒に行こう。着いておいで。その代わり、決して死んでは駄目だよ」


「分かったの。みんな、一緒に行っても良いって」


「うわーん。ありがとう」

「やったー。またカモちゃんに会えるの」

「グリちゃんも一緒なの? 一緒に寝たいの」


 あれ? 着いてくるの一人じゃないのか?

 何人いるのだろう、これ?


 しかし……この孤児院は少女しか居ないのだろうか?

 院長の野郎ロリコンだったか……ますます許せん奴だ。

 もう1発くらい殴っておくべきだった。


 俺は無人となった孤児院を後に、一路クランハウスを目指して移動する。

 俺の背後には、サマヨちゃん。そして幼女が10人付き従っていた。


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