42.グリフォンライダー
100/7/14(木)17:30 草原
職人さんを街まで送り届けるべく、草原を移動する。
護衛メンバーは、俺、サマヨちゃん、グリさん。
クランが誇るトップ3が護衛するのだ。
何が現れようと負ける気がしない。
半端なモンスターなら俺たちの姿を見ただけで逃げるだろう。
それなら、わざわざ俺が気を張るまでもない。
グリさんの背中に乗せてもらえれば、寝ながらでも護衛できそうだ。
しかし、グリさんが乗せてくれるだろうか?
昨日、2人きりの時は乗せてくれたが、人前では俺に厳しいグリさん。
普通に頼んでも無理だろう。
なら、そのプライドを刺激する。
「グリさん。今日、俺はウーちゃんの背中に乗せてもらったんだ」
「グル?」
それで? とグリさんは興味なさげだ。
「いやーウーちゃんの背中。乗り心地が良かったよ」
「ググ……」
ふ、ふーん。良かったわね。とまだまだ平静なグリさん。
「ウーちゃんと一緒にゴブリン獣に突撃してさ、ウーちゃんが角で吹き飛ばして。俺はこう、その背中でハルバードを振り回して戦ったんだ」
俺は身振り手振りを交えて、いかにウーちゃんの乗り心地が良かったかを説明する。平静を装うグリさんだが、その身体はプルプルと震えていた。
「いやーウーちゃんのパワーとスピードは凄いよ。あれ以上の騎乗モンスターなんているのかなあ? 最高のコンビプレイだったよ」
「グルァッ!」
羽をはためかせて吠え声を上げるグリさん。
ちょっと! スピードもパワーも乗り心地も、私以上のモンスターはいないんだからね! そう言いたいのだろう。
「そう? 昨日は夜だったし寝ぼけて覚えていないんだよなあ。少しで良いから、またグリさんに乗せてもらえないかなあ? きっとウーちゃん以上の乗り心地だろうなあ……」
「グルッ!」
乗りたければ勝手に乗れば? と言いたげに、脚を止めるグリさん。
何故かサマヨちゃんも中腰になって俺に背中を向けているが、これはサマヨちゃんなりの冗談だろう。スルーするのが大人の対応というもの。
というわけで、さっそくグリさんに乗せてもらう。
「おお! 凄い! 高い! 柔らかい!」
まるで羽毛に包まれたような座り心地。
昨晩は夜だったのであまり気づかなかったが、グリさんの背中は高い。
地上を歩く職人さんたちがゴミのようだ。
それは言い過ぎだが、高みから見下ろす景色は気分が良い。
「やっぱりグリさんの背中が一番だよ!」
「グルウッ!」
当然よ。と言わんばかりにノシノシ歩くグリさん。
「ほあーすごいっす! あのグリフォンに乗るだなんて。伝説のグリフォンライダーみたいっすよ」
まいったな。
勇者というだけで俺は伝説の存在だというのに。
これ以上、新たな伝説を築いては、他の冒険者から嫉妬されるではないか。
俺の目線では見えなかったものまで、高い位置からならよく見える。
そう。遠くの草原でモンスターに襲われる集団までもが。
……って、襲われているならイカンだろう。
だが、夜になろうとする草原でモンスターに襲われるとは、誰だ?
冒険者なら、自分の実力を勘違いした馬鹿か?
そんな馬鹿は自業自得だ。敗北から学ぶことも多い。
冒険者のためにも、見なかったことにして進むのだが……
遠目に見える姿は小さい。
あれは子供か? なんで子供の集団がこんな時間に草原に?
とにかく、のんびりしている場合ではない。
子供なら、幼女の可能性がある。
「サマヨちゃん。職人さん。遠くで子供たちがモンスターに襲われている。俺とグリさんで向かうので、後から来てくれ!」
カタカタうなずくサマヨちゃん。
「子供っすか! そりゃ大変っす。俺たちも最低限は戦えるので、ユウシャさんは行ってくださいっす」
職人さんの戦闘力は当てにならないが、サマヨちゃんがいれば大丈夫。
「グリさん。行くぞ!」
「グルッ!」
一声発してグリさんが走り出す。
早い。地面を走るだけでも、ウーちゃんとは比較にならないスピード。
これはグリさんが怒るのも無理はない。
そもそもグリフォンと乳牛獣で、乗り心地を比べるのが間違いだった。
すまないが、ウーちゃんの負けだ。相手が悪すぎる。
ぐんぐんモンスターに近づくグリさんの背中で、俺はハルバードを構える。
しかし、ウーちゃんとは違ってグリさんの背中には大きな2枚の羽がある。
ハルバードを振り回したのでは、羽を斬りつけてしまう。
俺にあるのは斧スキルだけで、槍スキルはない。
突くのは苦手だが、槍として使うしかない。
そんなことを考えている間に、早くもモンスターの間近へと迫っていた。
襲っているのは、オオカミ獣の集団。
そして、襲われているのは幼女の集団だ。
一刻の猶予もない。
貴重な幼女。オオカミ獣ごときに、やらせるわけにはいかない。
「うおおお! ブレイブ・チャージ!」
一気にオオカミ獣の群れへと突っ込むグリさん。
その背中で俺は……やることがなかった。
オオカミ獣を突こうにも、目の前のオオカミ獣はグリさんが跳ね飛ばす。
左右のオオカミ獣を突こうにも、グリさんの動きが早すぎてハルバードを振るう余裕がない。
グリさんに襲われたオオカミ獣は、一目散にその場を逃げ出していた。
ふむう。動きが早すぎる、強すぎるというのも困りものだな。
俺が乗る意味がないという。
そう考えると、ウーちゃんにはウーちゃんの良さがある。
適度な速度で適度な強さ。俺にも活躍の余地があるという。
ウーちゃん、気を落とさなくても大丈夫だ。
ともかく、幼女たちの保護に成功した。
「怪我はないか? どうしたんだ? こんな時間にこんな場所で? 危ないだろう?」
地球であれば事案が発生する時間だ。
いや、異世界でもモンスターに襲われるという事案が、すでに発生していた。
「あーグリちゃんだー!」「グリちゃーん!」「うわーん!」
口々にそう言って、グリさんにしがみつく幼女たち。
どうやら怪我はないようだ。
しかし、グリさんの知り合いか?
「グルゥ」
見ず知らずの人間には冷酷なグリさんが、幼女たちにしがみつかれて大人しくしている。
この幼女たち……あれか。カモナーと一緒に薬草を集めていた連中か?
あの時はグリさんが草原にいたため、モンスターは近寄らなかった。
だが、今はグリさんは草原を離れ、俺たちのクランハウスに居る。
今の草原は普通にモンスターが闊歩する危険地帯。
しかも、こんな遅い時間まで……死ぬ気か?
「お嬢ちゃんたちだけで草原は危ないよ。今日は街まで送るけど、明日からは注意するんだよ」
俺の言葉に幼女たちの中から一番年上の子だろうか。1人の少女が歩み出た。
「おじさん。グリちゃんもう草原に来ないの? 私たち薬草を集めないと帰れないの」
「どういうことかな?」
俺はまだ大学生で、おじさんじゃないぞ?
いや、それよりも、ノルマでもあるのか?
「わたしたち孤児院で暮らしてるの。それでね。グリちゃんと薬草を集めるようになって、たくさん集まるようになったの」
ふむふむ。この子たちは孤児か。
危険な異世界。親を亡くした子供がたくさんいるのだろう。
「でも、グリちゃんいなくなって薬草が集まらないの。だけど、前はあれだけ集めたのに、どうしてだって怒られるの」
なるほど。
それで少しでも薬草を集めようと、こんな時間まで草原に残っていたのか。
一度テストで100点を取れば、次も同じような結果を期待される。
例えそれが偶然や奇跡だったとしてもだ。
そう考えると、こちらにも落ち度はある。
幼女たちに、あらぬ期待を抱かせたという。
「そうか。だけど、グリさんはもう草原で寝泊りしないんだよ。今は俺たちのクランハウスで寝泊りしているからね」
「うう。そうなんですか」
「うわーん。また怒られるよう」
「痛いの嫌だよう」
ふむむ。薬草の数が少ないと体罰でもあるのか?
異世界には異世界のルールがある。
事情も知らない俺が口出すことではないのだが──
「心配しないで。薬草の採れる数が少なくなった件については、俺が口添えするから、ね? 君たちの孤児院まで案内してくれないかな?」
勇者には勇者のルールがある。
困っている幼女を見過ごすことは、勇者のルールに違反する。
「でも、おじさんは死者をぼーとくする悪い人なの。本当に助けてくれるの?」
前に会った時も、そんなことを言っていたな。
俺のことを、死体を操る邪悪なネクロマンサーだとでも思っているのか?
「冒涜じゃないんだよ。ガイコツ、サマヨちゃんは自分の意志で俺と一緒にいるんだ」
前は幼女の言葉に惑わされたが、今は違う。
俺とサマヨちゃんは、戦いを通じてお互いの絆を確かめ合った仲だ。
死体を操っていると非難されようが、何も悩むことはない。
俺にはサマヨちゃんが必要で、サマヨちゃんには俺が必要。
何より、サマヨちゃんの親愛度はマックスだとリオンさんも言っていた。
「そうなの? 死んだ人なのに? おじさん死者と会話できるの?」
「もちろんだ」
俺にはサマヨちゃんの愛していると囁く声が、今も聞こえる。ような気がする。
「わたしもパパとママと話したい。またパパとママと一緒に暮らしたいの」
幼女の両親は死んでしまったのだろう。それで孤児院に。
これだけ可愛い幼女を残して亡くなられたのだ。
パパとママもさざかし無念だろう。無事に成仏できていれば良いのだが……
もしかするとスケルトンとして、怨念のまま人を殺すモンスターになっているかもしれない。
だが、そんな可能性の話をしても誰も得をしない。
カタカタ
ふと音に気付いた俺が見れば、いつの間にかサマヨちゃんが追い付いてきていた。
徒歩なのにもう追いついたのか。
早いな。そしてちょうど良い。
「サマヨちゃん。この子のパパとママの声を聴かせてくれないか?」
無茶ぶりである。
そんな俺の要求にうなずき、サマヨちゃんは口元をカタカタ動かした。
「ふむふむ……なるほど。パパとママも君と一緒に暮らしたいと言っているよ。でも、今は天国にいるから、もう会うことはできないそうだ」
「本当? パパとママ天国なの? 私も一緒に行ったら駄目なの?」
「駄目だよ。君なら1人でもやっていける。パパとママの分も幸せになって欲しい。頑張れ。いつでも応援している。そう言っていたよ」
もちろん嘘である。
だが、優しい嘘という言葉もあるくらいだ。
幼女が少しでも元気を取り戻すなら、俺が詐欺罪で捕まるくらいたいしたことではない。
「パパ……ママ……」
俺はそっと幼女を抱きしめる。
心が弱っている時に優しくされると、あっさり股を開くという。
さすがに幼女相手に無体は行わないが、将来美人に成長した時のため、今から好感度を稼いでおくことも大事だ。
「さあ。行こう。大丈夫、パパとママはいつまでも君を見守っているよ」
俺は幼女たちを引きつれ、近くまで来ていた職人さんたちと合流する。
「おかえりっす。って、なんすか? その子供たちは?」
「孤児院の子供たちだ。薬草を集めるため草原にいたそうだ」
こんな時間まで子供が外にいるのだ。
職人さんたちも、びっくりしているだろう。
「孤児たちっすか。なら仕方ないっすね」
あら。仕方ないのか。
「そうか。孤児とはいえ、あまり遅くまで外で働かせるのはな……」
「なら、ユウシャさんが引き取れば良いんじゃないっすか? 孤児院も口減らしできて喜ぶっしょ?」
冷たいやつだ。
いや、生きるのに余裕がない異世界では、これが普通の反応なのだろう。
しかし、孤児院から幼女を引き取るか……魅力的な話ではあるが、時期が悪い。
うちのクランハウスは、今からゴブリン軍団と戦おうという状況にある。
幼女たちを引き取るには、危険すぎるのだ。
「いやいや。うちは危険すぎる。いつゴブリンが来るか分からないからな」
「盾くらいにはなるっしょ? あ、俺らとしてはユウシャさんに頑張られすぎてもアレなので、あれっすけどね」
なんとまあ。異世界での孤児の扱いなんて、そんなものなのか?
これは孤児院で話をするのが不安になる。
ロクでもない光景を見せられそうだ。
だが、俺は幼女にパパとママが見守っていると言った。
俺は勇者であって詐欺師ではない。
俺がパパとして幼女を見守る。
勇者にとって、全ての可愛い幼女は、娘のようなものだからだ。




