表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/96

39.職人さん

 100/7/14(木)8:00 クランハウス


 グリさんの背中に乗り、クランハウスへと戻る。

 庭では、大量のオオカミ獣の死体とサマヨちゃんが待っていた。


「ただいまー。って、サマヨちゃん。このオオカミ獣の数はいったい?」


 カタカタ


 ふむふむ……

 オオカミ獣の血の匂いが、新たなオオカミ獣を呼び寄せた。

 襲って来るオオカミ獣を倒していたら、いつの間にかこれだけの数になった。

 スケルトンの言葉は分からないが、恐らくそういうことか?


 カタカタ


 だそうだ。

 しかし、食べるにしても多すぎる。どうしたものか。

 死体……

 カラス避けなどでは、カラスの死体を吊るす方法があると聞く。

 仲間の無残な死体を見せつけることで、恐怖を抱かせ追い払うと。


 なるほど。知能のある相手には有効そうだ。

 同じ人間の死体が無数に吊られていたとすれば、俺も近寄りたくない。


 しかし、逆に知能のない相手。

 ハエやヘビといった、虫や爬虫類などは血の匂いに集まりそうだ。

 まあ、集まったしても、吊られた死体を食べるだけだろう。

 食べているところを、経験値にすれば良い。


 どうせ死体は無数にある。試してみるとしよう。


「ういーっす。クランハウス建造に来た職人です。おはようございます。って、なんすかっ? この死体はっ?」


 もう職人の来る時間になったか。

 クランハウスを取り巻く柵。

 その柵へオオカミ獣の死体を吊るし終えたところだ。


「おはようございます。モンスター避けですので、気にしないでください」


「そ、そっすか。しかし、すごい数っすね……昨晩だけで、こんなに襲ってきたんすか?」


 確かに多い。

 ざっと50匹は吊るしたはずだが、勇者は謙虚を美徳とするもの。


「そうですね。でも、俺は大したことは何もしていないですよ」


 何より、倒したのはサマヨちゃんだ。

 俺はグリさんと、いちゃついていただけで何もしていない。

 他人の手柄を横取りするような、破廉恥な真似はおかさない。


「50匹も倒して何もしていないなんて痺れるっす。立派なオオカミスレイヤーっすよ」


 やれやれ。

 事実の一部を伝えただけなのに、俺の名声が上がってしまうとはな。

 勇者のカリスマにも困ったものだ。


「さすが、いわくつきのクランハウスに住むだけあるっす」


「いわくつき?」


 なんだ? 幽霊でも出るのか?

 うちには、すでにアンデッドのサマヨちゃんがいるんだが?


「あー幽霊とかじゃないっす。前に住んでたクランは全滅したっしょ? 今じゃ無料なのに誰も住まない場所で有名っすから。酔狂なクランが現れたと話題っすよ」


 やれやれ。知らないところで、また有名になってしまったのか。

 勇者は平穏無事を愛するもの。あまり騒がないで欲しいものだ。


「今度はどのくらいで逃げ帰るのか賭けになってるっすよ。あ、ちなみに1番人気は1週間で逃げるっす」


 ……勇者が舐められたものだ。

 もっとも、この異世界には勇者という概念がないという。無理はない。


「ちなみに賭けの内容は、どういったものだ?」


「1週間単位で賭けるっすよ。1週間が、1.1倍。2週間が、2.1倍。3週間が、2.8倍。4週間が、4.1倍。それ以上が、5.3倍だったっす」


 1週間で逃げ出すという倍率が1.1倍か。

 誰が賭けるんだ? そんな馬鹿な倍率。


「4週間以上、住むだけで5.3倍か。ボロ儲けだな。賭けになるのか?」


「このクランハウス。これまで3つのクランが住んだっすけど、みんな1週間持たずに逃げ出したっすから」


 てことは、ゴブリンの本格襲撃は1週間以内。忙しくなりそうだ。


「なるほど。職人さん。悪いことは言わない。最長の4週間以上に賭けるのがお勧めだ。100%勝てる。楽な勝負だ」


 勇者がいかに偉大な存在か。いかに尊敬されるべき存在か。

 無知な異世界人に教えるのが、俺の務めというものだ。

 ついでにお世話になった職人さんも、儲けさせてやる。

 勇者の寛大な慈悲には、涙が止まらない。


「そっすか? 確かにこのオオカミ獣の死体を見れば、期待できそうっすね」


「間違いない。勝ったら俺にも奢ってくれよ?」


「う、うっす……」


 なんだか歯切れが悪いな。

 そうか。もう俺が住み始めている。

 賭けが始まっているから、今からでは購入出来ないか。

 それにしても……まさか?


「もしかして、もう賭けてるのか?」


「……うっす」


「ちなみに何処に賭けた?」


「……1週間っす」


 はあ?

 ジロリと職人さんの顔を睨む。


「だ、だって仕方ないっしょ? 昨日! 昨日なんてクランハウスに居たの子供が1人だけっすよ? そりゃグリフォンいるっすけど、使い魔なんてヤバクなったら逃げるっしょ? これで他に賭けるのは無理っすよ」


 一理あるといえばある。


「なるほど。言わんとすることは分からないでもない。だが、肝心な点を見落としている。それはこのクランに俺が、勇者が居るということだ」


「そっすね。思ったより強そうでびっくりっすよ」


「今からじゃ購入できないのか?」


「もう無理っすよ。昨日で締め切りっす。昨日、実際にクランハウスを見て、こりゃ絶対に1週間持たないと思って買ったっす」


 それは悪いことをした。


「残念だが、君の掛け金はドブに消えた。お土産にオオカミ獣の肉ならいくら持ち帰っても良いから、気を落とさないでくれ」


「それはありがたいっす。でも、クランメンバーがギルドランクEの2名だけっすよ? それと使い魔がグリフォンとスケルトンの2匹。これで1週間以上に賭ける奴なんているわけないっすよ」


 植物だし仕方ないが、アルちゃんは人数外か。

 しかし、えらくゴブリンを恐れるな。


「たかがゴブリン。100匹だろうが1000匹だろうが俺の敵ではない。何を恐れる?」


「いやいや。あのゴブリン獣王が居るんすよ? ファーの街も数年前に襲われてたくさん死人が出たんす。 あれからゴブリン獣の森に手出しする冒険者は、居なくなったっすから」


 ほう。ゴブリン獣王。ゴブリンキングといったところか。

 だが、キングといってもたかがゴブリン。

 そして、俺はキング以上の存在である勇者。やはり楽勝だな。

 俺にクランハウスを任せたお姉さんは、見る目がある。


「ゴブリン獣王か。ぜひ手合わせしてみたいものだ。もっとも勇者の相手にはならないだろうが」


「それは楽しみっす。それじゃ、今日でグリフォンの小屋と周囲の柵を終わらせるっす。明日以降はもう来ないっすから」


 俺の言葉を聞き流して職人たちがさっそく作業に入る。

 手早く作業を終えて一刻も早く帰りたい。そう言わんばかりの働きっぷりだ。


 ふむ。そこまで恐れるとなると、よっぽど強いのだろうな。

 なら俺もレベル上げに行きたいが、職人だけではモンスターが襲ってきた場合に危険がある。

 カモナーには牛の購入を頼んであるので、まだ帰ってきていない。

 カモナーが戻るまでは、俺もクランハウスに残るとしよう。


「グリさん昼まで休むとしよう。もう少し寝ようか?」


「グルル!」


 グリさんの肩に腕を回そうとするが、スルリとかわされる。

 あれ? 昨晩あれだけ仲良くなったのにな。


 グリさんの視線を追うと、サマヨちゃんがこちらを見ていた。

 もしかしてサマヨちゃんを気にしているのか?


「なんだ? またサマヨちゃんと3人の方が良いのか?」


 ボカッ


 グリフォンパンチ。俺は倒れた。

 そのまま歩き去っていくグリさん。

 どうも人前でいちゃつくのが、恥ずかしいらしい。

 サマヨちゃんとは3人で訓練した仲だ。

 恥ずかしがることなど何も無いというのに。


 少し休んだ俺は、お昼まで職人の仕事を見せてもらうことにした。

 柵の修理など、覚えておいた方が良い。

 柵が壊れても、今後は誰も修理してくれないからだ。


 お昼になり、吊るしていたオオカミ獣をいくつか降ろして料理を作る。

 オオカミ獣の肉はいっぱい余っている。職人たちにもお裾分けだ。


「ありがたいっす。お弁当あるっすけど、やっぱり暖かい方が美味しいっす」


 職人たちには、オオカミ獣の肉ガーリックソースがけは大好評だ。

 やはり俺は料理の天才。

 グリさんの味覚がおかしいだけだった。


「ユウシャさん、ただいまぁ!」


 そうこうするうちにカモナーが帰ってきた。

 さすがにお姉さんは着いてきていない。仕事があるのだろう。

 代わりにカモナーは1頭の牛を連れていた。


「お帰り。それが牛か?」


「だよぉ。乳牛獣。モンスターなんだよぉ」


 ほう。

 背は俺より低い。1メートル30くらい。

 それでも頭からお尻までなら2メートル近くの大きさだ。

 頭には短いながらも2本の角が生えている。

 体毛は黒と白がまだらに混じっていて、どう見ても牛だがモンスター。


「何か普通の牛と違いがあるのか?」


「凄いんだよぉ。ご飯をあげるだけで1年中、牛乳が出るんだって!」


 マジかよ。いつでも牛乳が飲み放題ってわけだ。


「乳牛獣、凄いな……」


 乳牛が乳を出すには、妊娠する必要があると思っていた。

 いざとなれば、俺が種付けするしかないと備えていたのだが、その必要はなくなった。


「だよぉ。ウーちゃん、ユウシャさんに挨拶だよぉ」」


「ウーちゃん?」


「牛さんだから、ウーちゃんなんだぁ」


 納得。

 しかし、大人しい牛だな。

 鼻輪もしていないし、リードもない。

 それでも、カモナーに従っている。


「ウーちゃん。こんにちは。俺はユウシャ。よろしく」


 俺には見向きもせず、庭に生えた草を食べるウーちゃん。


「もう。ウーちゃんったら。きっと恥ずかしがりなんだよぉ」


 そうなのか?

 単に俺の相手をするより、食事を優先しているように見えるが……

 まあ良い。

 ウーちゃんのお世話は、カモナーに任せておこう。

 それはそうと──


「なんだかアルちゃん元気がないな? どうした?」


 リュックサックに背負われたアルちゃん。

 帰ってきたのに一言も喋らないままだ。

 頭上の草もグッタリしているように見える。


「昨日の夜までは元気だったんだよぉ。アルちゃん、どうしたんだろお?」


 夜までは元気だったか。

 もしかすると──


「昨晩、アルちゃんは寝るときどうしていた?」


「僕が抱きしめて、一緒にベッドで寝たんだよぉ。抱き枕なんだよぉ」


 それだな。

 モンスターといってもアルちゃんは植物。

 ベッドで寝たのでは、疲れがとれないのだろう。


「原因が分かった。少し待っていてくれ」


 スマホからスコップを取りだして庭を掘る。

 リュックサックから取りだしたアルちゃんを埋める。

 土をかける。これでOK。


「アルちゃん埋まっちゃった……」


「大丈夫だ。植物だから土の中が一番落ち着くはずだ」


 多分。

 後は肥料をあげるのが一番なんだが、カモナーだけならともかく職人たちも大勢いる。

 俺の天然肥料。さすがに今はマズイ。

 ならスマホだ。スマホのショップから液体肥料を購入。

 アルちゃんの葉っぱの上から振りかけて終了だ。

 アルちゃんは、今日はこのままお休み。


「それじゃ、俺はサマヨちゃんとレベル上げに行ってくる。カモナー、グリさん。留守番と職人たちの世話を任せるよ」


「あいおー」


 俺が出発準備をする間、カモナーはグリさんとウーちゃんを引き合わせていた。


「グリちゃん。この子がウーちゃん。ウーちゃん。この子がグリちゃん。お互い挨拶だよぉ」


「グルッ!」「モー!」


 ウーちゃん。

 俺には反応しなかったのに、グリさんにはしっかり挨拶している。

 それは良いとして。良くないが。

 あのグリさんを前にして普通に挨拶するとは。

 ウーちゃん、牛にしては落ち着いているな。


 よく考えれば今のクランハウスは、モンスター避けとして、オオカミ獣の死体をあちこちに吊るしている。

 その血の匂いにも慌てることなく、庭の草を食べ続けるウーちゃん。

 コイツは、もしかして大物なのかもしれない。

 今は猫の手でも借りたい状況。

 牛であれば、猫よりパワーがある。大助かりというものだ。


「カモナー」


「うゆ?」


 グリさんの前足をつかんで、ウーちゃんの頭に乗せるカモナー。

 コイツは何をやっているんだ。お人形遊びじゃないんだぞ。


「少しウーちゃんを借りても良いか?」


「うゆ? ウーちゃんどうするの? 牛乳? 隠れて絞る?」


 お前はユウシャを何だと思っている。

 確かに乳は絞ってみたいが、それは後だ。


「当然違う。ウーちゃんを少し鍛える。乳牛だからといっても敵は手加減してくれない。自分の身は自分で守らなければならない」


「ウーちゃん戦うの?」


 ウーちゃんに話しかけるカモナー。

 ウーちゃんは、首を横に振って草を食べ続けていた。


「嫌だって」


 そうか。それなら仕方がない。

 わけがない。


「いや、戦ってもらう。働かざる者、食うべからず。働かないなら、ウーちゃんは俺たちの肉になってもらう」


「うゆ? 肉になるの? 乳牛だよ?」


 確かに。

 乳を出すのが仕事だ。戦う必要はどこにもない。


「そこは言葉の綾だ。だが、ウーちゃん。戦えないなら、ゴブリンに襲われたらどうする? ゴブリンに乳を搾られても良いのか? 孕まされても良いのか?」


「モー!」


 さすがに嫌らしい。


「わ。ウーちゃん怒ったらダメだよぉ。ほら。ウーちゃんの好物の薬草だよぉ」


 カモナーが手にする薬草を、嬉しそうに食べるウーちゃん。

 こいつは薬草が好物なのか?

 カモナーめ。それでウーちゃんをなつかせたのか。エサで釣るとは汚い。

 だが、それなら──


「ウーちゃん。森には薬草がたくさん生えている。それでも行きたくないか?」


「モー!」


「うゆ? ウーちゃん行きたいって」


 なんで言葉が分かるんだ。コイツは。

 まあ良い。


「それじゃ出発だ。行くぞ!」


 俺はウーちゃんの背中に飛び乗った。

 無双といえば、騎乗して雑魚どもを一掃する。

 馬ではないが、牛も似たようなものだろう。

 人牛一体となった俺たちの力を見せてやろう。


「ウモー!」


 身体を激しく揺するウーちゃん。

 そういえば、暴れ牛に乗り続けることを競う。

 ロデオなんて競技があるほど、暴れる牛に乗り続けるのは難しい。


 ドサッ


 残念ながら、あっさり振り落されてしまった。


「ユウシャさん駄目だよぉ。ウーちゃん怒っちゃったぁ」


 ウーちゃんのこのパワー。

 やはり乳を絞るだけに留めるのはもったいない。

 ウーちゃんの隠れた才能を磨いて、戦闘に活用する。

 仲間の新たな行き方を示すのも、勇者の務めというものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ