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36.スキル連携


 100/7/13(水)15:00 クランハウス近郊の森



 クランハウスすぐ近くの森。

 ここまでの探索で見つけたモンスターは──


 ノラ犬獣。

 雑魚すぎて相手にならない。

 だが、牛や鶏を飼うなら危険な相手だ。

 それでも、柵を建てれば侵入できないだろう。

 被害0。


 シカ獣。

 草食なので無害。肉がおいしい。

 被害0。


 サル獣。

 木の上からの不意打ちが卑怯な奴。脳みそがおいしい。

 木のない場所なら雑魚。森からは出てこないだろう。

 被害0。


 イモ虫獣。

 死体漁りが趣味。でかくて白くてキモイ。

 生きてる物には興味なさそう。

 被害0。


 それと、ヘビ獣なんてのにも遭遇した。

 大きなヘビで鱗が固い。

 サマヨちゃんが棍棒で叩き潰したが、野盗の剣では厳しい相手だ。

 大きいといっても元がヘビだけに、身体は細長い。

 柵の隙間から侵入され、家畜が被害を受ける可能性がある。

 コイツは要注意だ。


 対処できないほど危険なモンスターはいない。

 クランハウスが被害を受けそうなモンスターは、ヘビ獣くらいだ。

 加えて、森のそこかしこには薬草が生えている。


 変な場所にクランハウスを建てたものだと思ったが、案外良い場所だ。

 お姉さん。侮れない。


 しかも、森の一角で初めて目にする薬草を見つけた。

 俺のスキル【植物知識1】によると、これは上薬草。

 名前のとおり薬草の上位バージョンで、薬効成分が強化されている。


 これは良いものを見つけた。

 カモナーを派遣すれば、上薬草が大量に集まるだろう。

 ただ、森の中にはグリさんが入れないので、カモナー単独になる。

 大丈夫だろうか?

 いや、アルちゃんがいるか。なら大丈夫だ。


 ブーン


 ん?

 上薬草を集めようと近寄る俺の近くで羽音がしていた。

 顔を上げる俺が見たのは、上空を飛び回る大きなはち


 20センチほどもあるハチだ。デカイ。

 毒もあるだろう。

 こんなデカイのに刺されて毒を受けては、勇者といえど死にかねない。


 俺はハチを刺激しないよう、上薬草へと近づくが……


 ブーン


 俺を狙って急降下するハチ獣。

 この近辺に巣でもあるのか?

 縄張りに侵入した俺を排除しようと襲いかかってきていた。


 ズバッ


 高速で飛ぶハチ獣をあっさり切り捨てるサマヨちゃん。

 頼もしい。


 ブーン ブーン


 だが、やはり巣があるようで新たなハチ獣の羽音が聞こえてくる。

 樹々の先から続々と姿を現すハチ獣。

 その数は、10、20、30、まだ増えるのか?

 多すぎるだろう……これは無理。


 相手はハチだけあって小柄なうえに動きが速い。

 高速で飛び回る小さな標的。

 これを剣で斬るなんて、サマヨちゃんならともかく、俺はそのスピードに付いていけない。


「撤退! てったーい!」


 急いで踵を返して逃げる俺たちをハチ獣が追いすがる。

 くそっ。仲間を殺ったことで敵だと認識されたか?

 縄張りは抜けただろうに。来るんじゃない。


 ブーン ブスッ


 俺が走るより早く、ハチ獣は俺の背中に追いすがり針を突き刺した。


「アッギャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 ……はっ?! いつの間にか俺は地面に倒れ伏していた。

 気絶していたようだ。

 どうなった? と思い周りを見れば、刺されたのは俺ではない。

 刺されたのは、背中のリュックサックに入れていたアルちゃんだ。


 邪魔だからと放り込んでおいたアルちゃんだが、思わぬところで役立った。


 そして、アルちゃんを刺したハチ獣。

 その近辺のハチ獣まとめて地面に落ち気絶していた。


 そうか。いくら相手が高速で飛び回ろうが、アルちゃんの絶叫。

 音速より早くは動けない。

 そして、未だ気絶したままのハチ獣。どうやら絶叫に弱いと見える。

 なら行ける!


「おのれ! アルちゃんのかたきだ! サマヨちゃん!」


 呼びかけると同時に、俺は気絶するハチ獣を切り裂いた。

 サマヨちゃんは早くも眼窩に火を灯すと、両手の武器を使って飛び回るハチ獣を切り裂き叩き潰していく。

 近寄るハチ獣が、竜巻に巻き込まれたように全て叩き落とされる。


 ガンッ


 空中を飛び跳ね、回転して骨を打ち鳴らすサマヨちゃん。

 その音に引かれたのか、自分から竜巻の中へと突っ込んでいくハチ獣たち。


 相手の注意を引き付けるというサマヨちゃんのスキル【魅了ダンス】だ。


 魔王回転めった斬りの渦へと自分から飛び込むハチ獣。

 その結末は、列をなして崖から飛び降りるのと変わらない。集団自殺。

 といっても、全てのハチ獣がサマヨちゃんに向かった訳ではない。


 音で注意を引き、見た者の視点を釘付けにする【魅了ダンス】。

 羽音うるさく飛び回るハチ獣。

 その羽音に遮られ、【魅了ダンス】の効果はごく小さな範囲にしか届かない。


 サマヨちゃんの闘技、魔王回転めった斬りは、主に攻撃の闘技。

 竜巻と化したサマヨちゃんの移動した後には、何も残らない。

 しかし、カバーできるのはサマヨちゃんの移動する場所だけだ。


 数が多い上にハチ獣は360度。俺たちの周囲を包囲している。


 俺の前方を移動しながらハチ獣を殲滅するサマヨちゃん。

 必然、俺の左右、背後、そして上空はがら空きだ。


 気絶したハチ獣に止めを差して回る俺を、上空から狙うハチ獣。

 俺は地面へと倒れ込みその攻撃を回避する。


 サマヨちゃんが悪いわけではない。

 誰しも得手、不得手があるものだ。

 単体の敵相手には、圧倒的な強さを見せるサマヨちゃん。

 半面、集団を相手にした時、広範囲をまとめて殲滅する技は無い。


 倒れた俺の姿を見たハチ獣が、一斉に俺を突き刺そうと飛びかかっていた。


 倒れ込み身動きできない俺なら倒せると思ったか?

 確かに、俺には高速で飛び回るハチ獣を斬り落とす真似はできない。

 だが、剣で戦うだけが勇者ではない。


 俺は地面に伏せたままナオンさんの骨を手に取る。


 誰しも得手、不得手があるといったが、それは常人の話。

 勇者である俺には当てはまらない。

 どのような局面にも対応する。

 全てにおいてオールラウンダーなのが勇者だと知るが良い。


 ナオンさんの骨に魔力を込め、込められた魔法を解放する。


「サマヨちゃん! 伏せて!」


 天高く持ち上げた紫電の骨から、雷光がほとばしる。


 バリバ【雷光放電撃】リバリ


 地面に伏せた俺の、サマヨちゃんの頭上を雷光が走り抜ける。

 飛び回るハチ獣を、鎖のように撃ち繋げて駆け抜ける雷光。

 いくらハチ獣の動きが速いといっても、雷より遅い。


 連鎖する雷光により付近のハチ獣は一掃されたが……まだだ。


 ブーン ブーン ブーン


 雷光の範囲外には、飛び回るハチ獣の姿が無数にあった。

 あくまで俺はオールラウンダー。

 ある程度の範囲は攻撃できるが、そこまででしかない。


 広範囲を攻撃、殲滅するのは別の者に任せれば良い。

 いろいろな属性をカバーする。そのためのハーレム。


 冷静沈着でマイペース。何事にも動じない。それがサマヨちゃん。

 甘えん坊で泣き虫。痛いのは嫌だけどやる時はやる。

 それがアルちゃん。だよな?


「アルちゃん。ごめんだけど、いけるか?」


「アルッ! アルッ!」


 刺された直後はぐったりしていたアルちゃん。

 もう怪我が治ったのかやる気十分のようだ。


「よし。勇者パワー全開! サマヨちゃん!」


 俺は全身から金色の光。勇者パワーを解き放つ。

 それに呼応して、サマヨちゃんの全身から暗黒の光。魔王パワーが放たれる。


 金と黒。2色の光が辺り一面をまぶしい程に埋め尽くす。


 【勇者】スキルは、金色の光に触れた仲間の戦闘力を爆発的に上昇させる。

 【魔王】スキルは、暗黒の光に触れた者の戦闘力を大幅に低下させる。


 【勇者】スキルで強化された【魔王】スキル。

 その暗黒の光に触れたハチ獣は、飛ぶのも精一杯なまでに戦闘力を低下させていた。


 そして──俺は耳を塞いだ。


「アッギャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 【勇者】スキルにより、爆発的に強化されたアルちゃんの絶叫。

 ただでさえ戦闘力の低下したところに、この絶叫を受けたのだ。


 ハチ獣たちはひとたまりもない。


 ……はっ?!

 耳を塞いだにも関わらず、俺は気を失っていたようだ。

 見渡せば辺り一面を埋め尽くすほどのハチ獣の死骸。

 あれほどいたハチ獣は、全て地面に落ち、死んでいた。

 勇者と魔王と絶叫のハーモニー。ヤバイ威力だ。


 けっこう長い時間、気を失っていたのだろう。

 俺を心配したのか、倒れる俺の前にサマヨちゃんがいた。

 そして、リュックから這い出たアルちゃんは俺の顔に抱き付いている。


「もが?」


 何やら顔が冷たい。

 俺の顔に下半身を押し付けるアルちゃん。

 ちょうど2股に別れる足の付け根あたりに開いた穴。

 その穴から流れ落ちる黄金色の液体。

 それが俺の顔を濡らし、半開きだった俺の口に液体が流し込まれていた。


「ごほっごほっ」


 思わず吐き出してしまった。

 これってアルちゃんの……だよな?

 しかも苦くてマズイ。


「アルちゃん、何を?」


 だが、アルちゃんの黄金水を飲んだ俺は、その身体が熱く火照り、いつもより力が湧いてくるのを感じていた。


 これはあれか。アルちゃんのスキル【滋養強壮1】か。

 マンドラゴラの排出する体液は、傷を癒すと共に一定時間身体能力を強化するという。


 気絶した俺を気づかって飲ませてくたのか?

 すまない。思わずアルちゃんを疑ってしまった。許してほしい。


 しかし、ハーレムメンバーに心配をかけるようでは駄目だな。

 状態異常無効のサマヨちゃんは絶叫の影響を受けない。

 毎回気絶するのが俺だけとは。


 とりあえず今やるべきことは──


「すまないサマヨちゃん。心配をかけて。もう大丈夫だ」


 カタカタ


「ありがとうアルちゃん。おかげで助かったよ。元気まで出て来た」


「アルルー!」


 2人まとめて撫でて抱きしめる。

 2人への感謝を伝え、活躍を褒め称える。


 今だけは無礼講だ。序列も何もない。

 俺の課金モンスターだとか、他人の課金モンスターだとかもない。

 誰1人欠けても勝てなかった苦しい戦い。

 俺たち3人は共に修羅場をくぐり抜けた仲だ。

 だから、今はみんな一緒に勝利を喜ぼう。

 3人一緒に抱き合い転がりお互いの液体で乾杯する俺たち。


 サマヨちゃんを、アルちゃんを抱きしめながら、俺は気づいたことがある。

 アルちゃんは、カモナーの課金モンスター。いわば人妻だということに。

 だというのに、俺とアルちゃんはお互いの液体を掛け合い飲み合った仲だ。

 いうなれば、カモナーから寝取ったようなものだということに。


 勇者の魅力とは罪づくりなもの。

 カモナーには、バレないようにしないとマズイ。



 ひとしきり勝利を祝った俺たちは、地面に落ちたハチ獣の死骸を調べる。

 その体内に魔石は存在しなかった。

 たくさん倒したが一銭の儲けにもならなかったようだ。


 まあ良い。俺の目的は上薬草だ。

 ハチ獣の邪魔もなくなり、黙々と上薬草を集めて進む俺の前に、大きな巣が現れた。


 樹の幹に寄り添うよう作られた大きな巣。

 ハチ獣の巣だ。

 普通のハチより大きなハチ獣だけあって、その巣もまたデカイ。


 縦横2メートルはある。

 その巣に空いた穴から1匹のハチ獣が頭を覗かせていた。

 巣を守ろうというのだろうか。羽音を鳴らして俺たちを威嚇している。

 心なしか今までのどのハチ獣よりも大きい。


 このまま巣を壊すのは容易い。

 サマヨちゃんに頼めばすぐに終わる。


 目と目をあわせる俺とハチ獣。

 もっとも複眼の目を見ても、何の表情も探ることはできない。


「ハチ獣さん。俺たちに敵対する意志はない」


 さんざんハチ獣を倒した後に何を言うかと思うだろう。


「最初に襲い掛かってきたのは、そちらだ。俺たちは自衛したにすぎない」


 何しろ魔石も何も落とさないのだ。倒し損である。

 刺された慰謝料を請求しても良いくらいだ。


「俺たちは上薬草が欲しいだけ。上薬草集めを邪魔しないなら、俺たちも手出しはしない」


 ハチ獣相手に何を言っているのだろうか?


 だが、嘘は言っていない。

 現にいつでも巣を壊せるにも関わらず、俺は目の前の巣に手出しをしていない。


 仮に襲って来たとしても、アルちゃんの絶叫があれば楽に撃退できる。

 その時は、レベル上げにでも活用するだけだ。


「すまないが、ハチ獣の巣を移動させてもらう。このままの場所に巣があったのでは、お互い不幸にしかならない。俺は巣を壊さない。黙って信じて欲しい」


 俺とサマヨちゃん。

 二人でハチ獣の巣を持ち、上薬草の生えていない場所へと移動させる。

 ハチ獣は黙ったまま、頭だけを覗かせ俺たちを見ていた。


 ハチ獣を倒すのが可愛そうだからではない。

 ハチ獣といってもしょせんは昆虫。

 アリや蚊などと同じだ。いくら死のうが何とも思わない。


 ハチ獣の習性。巣に近づく者がいれば誰であろうと攻撃する。

 その習性を利用するためだ。


 襲撃が予想されるゴブリン軍団。

 恐らく森を通ってくるだろう。


 そして、俺がハチ獣の巣を設置する場所。

 それは、森を通り抜けてクランハウスへ向かう場合、ゴブリン軍団が通るのではないかと思われるルートだ。


 ハチ獣の巣を天然の要害にする。

 勇者は十重二十重に策を巡らすものだ。


 別にゴブリン軍団が巣の近くを通らなくとも構わない。

 草原を通ってくるなら、接近に気づきやすくなり戦いやすくなるだけだ。

 運よく邪魔できればラッキーという程度だが、何もしないよりはマシだろう。


「アルッアルッアルルー!」


 ハチ獣の巣を持ち運ぶ最中、何やら背中のアルちゃんが騒いでいた。

 モンスターの襲撃というわけでもない。

 近辺にいるのは、巣から頭を覗かせるハチ獣だけ。


 鳴くのは良いが、何を言っているのか分からないのが難点だ。

 ただ、なんとなくだが、俺に対して鳴いているのではなさそうだ。

 もしかして、ハチ獣と話でもしているのか?


 確かに植物とハチ。

 受粉だ何だで仲良しでもおかしくはない。

 だが、相手はハチ獣だぞ?

 まあ、俺に損はない。好きにさせておくとしよう。


 ハチ獣の巣の移動を終えた俺たちは、その場を後にする。


 遠ざかるハチ獣の巣に向けて、手を振るかのように突き出した葉っぱを揺らすアルちゃん。

 いつの間にか巣を出たハチ獣が、触覚を揺らしていた。

 その姿は、他のハチ獣より大きい。女王ハチ獣ってやつだろうか?


 振られる葉っぱにむけて触覚を揺らして応える女王ハチ獣。

 そんな風にも見えるが、気のせいだろう。


 たかが昆虫にそんな知能はない。それを言うなら植物にもだが……知らん。


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