32.課金ガチャ
100/7/12(火)22:00 ファーの街 宿屋
異世界の宿屋。
ベッドは地球の物に比べて質素である。スポンジは固く反発も弱い。
回転もしなければ、大きさも一人用で決して広くない。
掃除が行き届かないのか、板張りの天井にはうっすら大きな染みが見えていた。
「リオンさん」
ベッドに横たわる俺は、隣のリオンさんに問いかける。
「なにかしら? 早漏ちゃん」
「詐欺だ……君は初めてじゃない。むっちゃベテランじゃないですか」
俺の純情は踏みにじられてしまった。
まさか勇者の俺がなすすべもなく一方的になぶられるとは……
「私のような美人を世間の男が放っておきまして? ゲイムちゃんは経験が少ないようですわね。オロオロしちゃって」
「……俺の専攻は自主訓練。対人戦に慣れていないだけだ」
くそ。サマヨちゃん相手に対人戦の訓練も行っていたが、さすがに骨と生身では勝手が異なる。
しかも、マグロのサマヨちゃんと手管に優れるリオンさん。
COM戦と対人戦の違いのようなものだ。
同じバトルであってもまるで勝手が違う。
「ふふ。こんな有様ではクランの運営なんて無理ですわよ。私にリーダーの座をお譲りなさい。貴方は下働きとしてこき使って差し上げますわ」
「おのれビッチめ。少々経験豊富だからと調子に乗るんじゃない」
このままでは勇者の威厳が台無しだ。
何とか巻き返す方法はないものか?
「あら? あらあら? 調子に乗っているのはどちらかしら? 私? それとも……ゲイムさんのこちらかしら? なんだか随分と調子良さそうですけど?」
「おうっ」
「なにかしら? なんだか先っぽから出てまいりましたけどお? ゲイムちゃん早すぎでちゅよー」
「ぐぬぬ……」
勇者の俺がまるで赤子あつかい。
勇者に負けは許されないというのに、どうする?
俺にあってリオンさんにないもの。
スキル。勇者の力。
「調子に乗るのもそこまでだ。俺が勇者であることを忘れていないか? 勇者の力。それは──」
仲間を強化する。
今ならリオンさんを強化するはずだが、この場合の強化とは何だ?
「ふーん。勇者というには貧弱じゃありません。コレ?」
「うほぅ! こっこのっ、俺の台詞はまだ終わっていない。やめろっ、待てというのに……ええい勇者パワー全開!」
今、大事なのは気持ち良くなること。
マッサージのようなものだ。
主目的は別だが痛いだけでは誰もやらなくなる。
ズン
「あっ! ちょっ? なっなにこれっ」
勇者パワーによって強化されるのは、リオンさんの感度だ。
これまで余裕を保っていたリオンさんの顔が驚愕に変わる。
ズンズン
「ひっ! だっだめっ。やめなさいっ」
俺が止めろと言っても止めなかったくせに……よって俺も止めない。
ズンズンズン
「ああっ。こっこんな男相手になんてっ許されませんわっ」
さわるだけで気持ち良くなるほどに感度が強化されたリオンさん。
こう攻められてはたまらない。
ズンズンズンズン
「ひっ卑怯ですわよっ。あっあああっ! こっこれ以上はっ、駄目ですわっ」
ズンズンズンズンズン
「いいっ! サッサイコーッ! ゲッゲイムさんサイコーッ! 勇者バンザーイですわあっああっ!」
ふう。俺のマッサージでこんなに喜んでくれるなんて。
やはり勇者は最強だった。
気を失ったリオンさんをベッドに放置して俺はカモナーの部屋へと移動した。
カモナーまだ寝ているのか。
見張りをしていたサマヨちゃんからリオンさんのスマホを受け取る。
【鑑定】……見極める者。職業が真贋になる。
対象を見ることで、少量の情報を入手できる。
対象に触ることで、中量の情報を入手できる。
対象を食すことで、全ての情報を入手できる。
スマホの情報を、全て引き出すことができる。
鑑定の能力はだいたい予想通り。
ただ、スマホの情報を全て引き出すという。
この能力によって、課金モンスターの仕組みなど様々な情報を知っていたのか。
情報を制する者が戦を制する。
これで俺は最強どころか無敵になるわけだ。
だが、俺はリオンさんのスマホをカモナーの枕元へと置く。
俺が【鑑定】スキルを習得するわけにはいかない。
カモナーのスマホは、すでにリオンさんのスマホに統合され存在しない。
眠るカモナーの手をとり、スマホの画面にふれさせる。
<<管理権限ををカモナーに変更しますか?>>
はい
<<現在。このスマホはロックされています>>
<<管理権限を移行するには、現在の所有者の許可。もしくは現在の所有者の死亡が必要です>>
マジかよ! なんだよロックされていますとか。
しかし、よくよく考えてみれば、スマホにあって当然の機能。
そうでなければ、落としたスマホを勝手に利用され、大変なことになってしまう。
俺が獲得した木こりのダモンさんはすでに死んでいた。
そのため、何の苦もなく俺のスマホに統合できたということか。
だが、そうなると以前、カモナーのスマホを脱衣室から勝手に奪おうとした作戦。
仮に実行しても、奪うことはできなかったということだろうか?
いや。オバカなカモナーはロック機能そのものを知らないだろう。
何せ俺ですら知らなかったくらいだ。
カモナーが知っているなど、ありえるはずがない。間違いない。
とりあえずは、リオンさんの許可を貰うとするか。
まさか美人を殺すわけにもいくまいしな。
再度、リオンさんの部屋へと移動。
気絶するリオンさんを優しく揉み起こす。
「リオンさん。スマホのロックを解除してくれ」
「ふぁ……ふぁい……」
まだ意識がはっきりしないのか、混濁状態のリオンさん。
俺の促すまま、あっさりロックを解除した。
<<所有者の許可を確認。スマホの管理権限をカモナーに変更しました>>
これでリオンさんのスマホは、カモナーの物になったわけだ。
せっかくクランメンバーに加えたカモナーだが、スマホを持たないのでは足手まといの雑魚でしかない。
確かにカモナーでは【鑑定】を使いこなせるかどうか不安はある。
だが、敵が【鑑定】を持たなければそれで良い。
お互いの条件が互角なら勇者が負けるはずはないので、何も問題はない。
カモナーの所持品となったスマホ。その内容を確認する。
名前:カモナー・アンドウ
種族:人間
称号:美少女
職業:サモナー
レベル:10
ポイント:0
主力スキル:【召喚2】
武器スキル:【短剣1(NEW)】
魔法スキル:【水魔法1】
他スキル :【調合1】【植物知識3】【お菓子作成1】【投擲1(NEW)】【交渉1(NEW)】
待機スキル:【鑑定】【魅力2】
従来カモナーが習得していたスキルはそのまま使用できる。
結果的には、リオンさんのスマホをカモナーが取り込んだ形になった。
そして、リオンさんから譲り受けたスキルは全部で5つ。
【短剣1】【投擲1】【交渉1】は0ポイントで習得できたが、【鑑定】【魅力2】は習得に元ポイントの半分が必要だ。
カモナーが実際に【鑑定】を習得するには5ポイント必要。
ポイントが溜まり次第、優先的に習得させるとしよう。
しかし……これは凄いな。
【所持金】3000万ゴールド
リオンさんの所持金は、全てカモナーのスマホに移っていた。
転売で稼いだとは言っていたが、どうやってこれだけ稼いだのやら。
グリさんはカモナーの課金モンスターではなくなったため、スマホからグリフォンの情報を見ることはできない。
つまり、カモナーは新しく課金モンスターを召喚することができる。
3000万ゴールドあれば、課金ガチャを6回プレイできる。
少しうらやましい。
後でカモナーに頼んで引かせてもらうとしよう。
100/7/13(水)7:00 ファーの街 宿屋
翌朝。目覚める俺の目の前にカモナーの顔があった。
「おはよう。カモナー。もう大丈夫なのか?」
先に目覚めていたようだ。
「ユウシャさん。ごめんなさい。でも……ありがとう」
そう言って俺に抱き付くカモナー。
おう。やっぱりカモナーも女の子だ。
微妙に当たるふくらみが柔らかい。
「仲間を助けるのは勇者として当然だ」
「ごめんなさい。うぅ僕やっぱり足手まといなんだよぉ」
足手まといは事実だが、それも無理はない。
「気にする必要はない」
勇者と比べれば、誰であろうと足手まといになるのは仕方のないこと。
「それよりカモナー。これを使え」
リオンさんから没収したスマホをカモナーに手渡した。
「あ……これ、あの女のスマホだよね? ユウシャさん、あの女に勝ったの?」
「当然だ。最強勇者に負けは無い。きっちりお仕置きしておいたから安心しろ」
スマホを手にしたカモナー。その目からは大粒の涙をこぼしていた。
「良かった……良かったぁ。だ、だって。とても勝てないと思ったよぉ。凄い。凄いよぉ。ユウシャさんは本当に最強なんだぁ」
俺が負けたと、同じようにスマホを没収されたとでも思っていたのか?
まったく……お前が目の前にするのは、生きる伝説だというのに。
「今さら何を言っている? それより、所有者をカモナーに変更しておいたぞ。もうお前の物だ。好きに使うといい」
受け取るスマホを胸元で強く握りしめるカモナー。
「僕、強くなる。強くなってユウシャさんに恩返しする」
それはカモナーの決意の表れか、いつもより低い声だった。
「それは楽しみだ。期待している」
強いにこしたことはないが、力だけが全てではない。
恩返しにも様々な方法がある。具体的には身体などだ。
もっとも今の俺は邪な思いなど持たない賢者のような存在。
今後に期待しておくとしよう。
「今日はクランハウスの受け渡しの日だ。大丈夫か? 行けそうか?」
「うん。あれ? サマヨちゃんが何か黒くなってるよぉ?」
俺と同じようにカモナーを心配して傍に立つサマヨちゃん。
村娘の服を着ているが、足元や手の先から見える骨が黒くなっていることに気づいたようだ。
「サマヨちゃんは魔王になった。一般人が触れると危険だから注意してくれ」
「ええ! 魔王ってあのスキルにあった魔王? なんでサマヨちゃんが?」
疑問に思うのももっともだ。
俺も知らなかったくらいだ。
「親愛度がマックスの課金モンスターには、スキルを習得させることができる」
「そうなんだぁ……あ! それでユウシャさんは、サマヨちゃんとお風呂入ったり一緒に寝たりしていたんだぁ」
それは俺の趣味なだけだが、結果的にはそれが功を奏したというわけだ。
因果応報。やはり普段から良いことはしておくものだ。
「今ごろ気づいたのか? ユウシャの行動には必ず意味がある。カモナーも学ぶことだ」
「そうなんだ。やっぱりユウシャさんは凄いよぉ。僕もグリちゃんともっと仲良くならなきゃ」
「それだが、もうグリさんはカモナーの課金モンスターではない」
「あれ? あれぇ! 本当だ。グリちゃんのステータスが見れなくなっている……どうしよう?」
スマホを確認したカモナーが泣きそうな顔で聞いてきた。
全くそんな心配はいらないというのに。
「グリさんとの仲はその程度なのか? グリさんはスマホなど関係なくお前を助けようと頑張っていたぞ。俺がカモナーの救出に間に合ったのも、グリさんのおかげだ」
「グ、グリちゃん……うわーん」
そう言って俺に抱き付くカモナー。
こいつすっかり泣き癖がついたな。
いや、前からグリさんにはしょっちゅう抱き付いていたし、俺の信頼度がグリさん級に上がったというべきか?
「お礼はグリさんに会ってからにするんだな。お前の命の恩人だ」
「うん。グリちゃんいっぱい撫でてあげるよぉ」
「その代わりといってはなんだが、カモナーは新しく課金ガチャからモンスターを召喚できるはずだ」
「そうなんだ?」
グリさんに加えて課金モンスターをもう1体。
おまけに召喚魔法まで習得しているカモナー。
すっかりサモナーっぽくなってきたな。
「ああ。それで……俺がカモナーの課金ガチャを回して良いか?」
「うん。もちろんだよぉ。ユウシャさんお願いぃ」
「よし。俺は1回でサマヨちゃんを引き当てた豪運の持ち主だ。任せておけ!」
俺はカモナーのスマホから、課金ガチャをタッチする。
画面に大きな池が映し出され、空中に浮かぶ宝石が池へと吸い込まれる。
七色に輝く池から何かが飛び出す演出と同時にガチャ結果が表示された。
レア【マンドラゴラ】GET!
ほう。レアだ。
サマヨちゃんがノーマルだったことを考えればランクアップ。
次は、スーパーレアが出るに違いない。
「見ろ! レアだぞ! どうだ?」
「凄い凄い。さすがユウシャさんだよぉ」
レア程度でこれだけ喜んでくれるなら、引いた甲斐があったというものだ。
カモナーが画面をタッチ、マンドラゴラを召喚する。
その姿は、大根に似ていた。
全長は50センチほど。頭から緑の葉っぱが生えた茶色の大根。
根は二股にわかれて足のようになっており、器用に歩くこともできる。
植物型のモンスターだ。
「アウー」
なんで鳴き声がアウーなんだ?
レアというには、いかにも弱々しいが大丈夫だろうか。
「うわあ。可愛いよぉー」
どう見ても可愛くない。
夜中、こんなのが枕元に立っていたら漏らしてもおかしくない。
「マンドラゴラだから、マンちゃんかなあ?」
さすがにその名前はマズイだろう。
「……もう少し可愛い名前にしないか?」
女性が口にする名前ではない。
「うーん。じゃあ、アウちゃん? うーん、アルちゃん。アルちゃんだよぉ!」
レアリティ:レア
名前:アルちゃん
種族:マンドラゴラ
称号:無し
職業:無し
種族スキル:【絶叫】【滋養強壮1】【自動再生1】
解説:魔力にって動く植物で魔法の扱いに長ける。
口から、聞く者を怯えさせる驚異的な叫び声を発するのが特徴。
その身体は滋養強壮に優れた薬効成分を多量に含んでおり、傷を負った場合でも時間と共に治癒する。
植物のため身体は脆く、近接戦闘には不向き。
【絶叫】……聞いた者を発狂させる叫び声を上げる。
抵抗に失敗した者は、死亡、気絶、放心、混乱などの悪影響を受ける。
自身の魔法攻撃が高いほど。相手の魔法防御が低いほど重大な影響が発生する。
【滋養強壮1】……栄養価あふれる身体。
身体を食した者、排出する体液を飲用した者の傷を癒すと共に、一定時間強化する。
レアというだけあって、絶叫、滋養強壮と便利なスキルを習得している。
あまり強そうではないが、薬草集めが好きなカモナーにはお似合いだ。
「どうする? 次はスーパーレアを引くかもしれないが? 回すか?」
「ううん。召喚できるのって1体だけだよね? グリちゃんもいるしアルちゃんだけで良いよぉ」
ガチャを回すだけの資金はあるが、どうせ召喚できるのは1体だけ。
俺もサマヨちゃんがいるから、これ以上回そうとは思わない。
新しい仲間も増えたところで、連れ立って宿屋を出る。
アルちゃんも、二股の根を足にトコトコ着いてきていた。
「あ! あの女だ。ユウシャさん!」
宿屋を出たところで出会うリオンさん。
カモナーは俺の後ろに隠れるようにリオンさんを指さしていた。
「ああ。心配ない。スマホを失ったリオンさんはただの村人だ。敵ではない」
「誰が村人ですか。スマホは失いましたが、私は貴族。そんなところでしてよ」
貴族かどうかは知らないが、確かに村人というには態度がデカイ。
「この……このクソビッチ。ユウシャさんの前から消えろお!」
カモナーにとっては自分を殺そうとした相手。
恨むのも当然といえるが、俺を盾にするんじゃない。
「よせカモナー。昨日の敵は今日の友ともいう。お前にとっては憎い敵かもしれないが、負けたお前が悪い。恨むよりも自分の弱さを反省するべきだ」
「うう……敵にも情けをかけるなんて……やっぱりユウシャさんは凄いよぉ」
結果的には俺たちの被害はゼロ。
逆に考えれば、大金とスキルと身体を提供してくれた、聖人のような人である。
恨むなど、とんでもない。
「何が情けなものですか。ただゲスな行為が目当てなだけ。破廉恥極まりない最低のクズですわ」
「ユウシャさんの悪口は許さない。で、でも、まさかユウシャさん? こんなビッチと、その、変なことしてないよね?」
もちろん変なことはしていない。
「俺に後ろめたいことは何もない」
気持ち良いことをしただけだ。
「それより、リオンさん。こんな所でどうした?」
「貴方ねえ。今の私は一文無しなの。このまま放り出されては野垂れ死にですわよ」
といっても、リオンさんの装備はそのまま残している。
レア品であるという服を売れば、楽に生活できるだろう。
ただ、あまり追い込んで俺を恨まれても困るというものだ。
「リオンさんは同郷のプレイヤー。野垂れ死にさせるのは忍びない。俺が君に活動資金を提供しよう」
「当然ですわ。早く寄こしなさいな」
「1万だ。昨晩の件。1晩1万ということでどうだ?」
「貴方……相変わらずゲスですわ」
「分かった。3万でどうだ?」
「死んでくださらないかしら?」
「5万。これが限界だ」
「仕方ありませんわね。生きていくって辛いことですもの。妥協しますわ」
俺はカモナーに頼んでスマホからゴールドを現金化。
100万ゴールドをリオンさんへと手渡した。
課金ガチャで減りはしたが、まだ2500万ゴールドある。
もともとリオンさんのゴールド、恩を売っておくのも必要だ。
少しいぶかしむような顔をするリオンさんだが、そのまま受け取ったゴールドを自分の鞄へと仕舞いこんでいた。
「それでリオンさん、これからどうするんだ?」
「貴方には関係ないことですわ」
「そうか。何かあれば連絡してくれ。一晩5万でいつでも助ける」
「やっぱり貴方、最低ですわ。変なところで死なないようにしてくださる? 私が仕返しできませんもの」
昨晩あれだけ勇者を褒めたたえた口で、よくそれだけ悪口を言えるもんだ。
すでに俺はリオンさんの弱点を把握している。
次に会うことがあっても、勇者パワーを使って強引に攻めれば勝利は容易いだろう。
そして先ほど渡したのは前金。
後20回は強引に及んでも犯罪にならないということだ。




