3.スキル
異世界ではじめての戦闘。
サマヨちゃんの協力でイノシシ獣に勝利することができた。
それは良いのだが、次はこの死体をどうにかしなければならない。
食料とするにも刃物もなければ炎もない。
ゴールドが溜まればスマホのアイテム購入で何か調理道具が手に入りそうだが、今は肝心のゴールドがない。
とにかく、このまま夏の日差しに放置したのではすぐに腐ってしまう。
冷蔵庫でもあれば良いのだが……
そういえば、俺が目覚めた小屋。
冷房がないにも関わらず、室内はひんやり過ごしやすかった。
何か魔法的な力が働いている可能性がある。
まだ小屋からそれほど距離は離れていない。小屋まで死体を運ぶとしよう。
普通はこういう力仕事は召喚したモンスターに頼むべきなのだが……
サマヨちゃんの腕は、全力で棍棒を振り下ろした影響で骨にヒビが入っていた。
痛覚無効な上に再生能力があるから無理をさせても問題ないのだが、なんといってもサマヨちゃんはロシア系バレエ美少女。
美少女に力仕事をやらせるわけにはいかない。
「サマヨちゃん。腕が痛いかもしれないが、棍棒と盾を頼む。俺は小屋までこのイノシシを運ぶ」
カタカタ
サマヨちゃんは無言で俺から棍棒と盾を受け取り両手に構えると、俺の前へと進み始めた。
おお? 周囲を警戒しながら俺を先導してくれるのか?
それとも、たまたまそう見えるだけか?
とにかく俺はイノシシ獣の足を両脇に抱え、引きずりながらサマヨちゃんの後を追いかける。
汗でびしょびしょになるころ、ようやく小屋まで辿り着いていた。
さすがにイノシシ獣を引きずってここまで来るのは疲れた。
さっさと小屋に入って涼むとしよう。
ドアを開けた小屋の中は、夏にも関わらずひんやり涼しく保たれている。
不思議な小屋だ。この小屋自体が魔法みたいなものか。
清潔に保たれた小屋の中へ血と泥にまみれたイノシシ獣を運びこむのはためらわれるが、このまま屋外に置いて腐らせたのでは話にならない。
部屋が汚れるだのささいな問題である。
室内までイノシシ獣を引きずり込み、ひとまず休憩とばかりにサマヨちゃんと椅子に座りくつろぐことにする。
ふー。とにかくスマホでアイテム購入を調べてみるか。
と、スマホを取り出したところで画面にマークが点灯していることに気がついた。
なんだ?
【ステータス】LV UP!
お! そうか。イノシシ獣を倒してレベルアップしたのか。
ステータスでも上がったか?
名前:ゲイム・オタク
種族:人間
称号:勇者
職業:勇者
レベル:2 (1UP)
HP:110(10UP)
MP:1 (1UP)
攻撃:11 (1UP)
防御:11 (1UP)
敏捷:11 (1UP)
魔法攻撃:1(1UP)
魔法防御:6(1UP)
ポイント:1(1UP)
スキル:勇者
うむ。レベルは上がったが、あまり強くなっていない。
それでも全部のステータスがバランス良く上昇しているのは、さすが勇者といったところか。
サマヨちゃんもレベルアップで若干強くなったかな……って、ちょっと待て。
レアリティ:ノーマル
名前:サマヨちゃん
種族:アンデッドスケルトン
称号:美少女
職業:バレエダンサー
レベル:2 (1UP)
HP:70 (10UP)
MP:0
攻撃:8 (2UP)
防御:5 (1UP)
敏捷:6 (4UP)
魔法攻撃:0
魔法防御:7(1UP)
種族スキル:不死 自動再生1 痛覚無効 空腹無効 状態異常無効 不眠不休
いつの間にかステータスの名前がサマヨちゃんになっているじゃないか!
しかも職業がバレエダンサーで称号が美少女!
俺の妄想が反映されたのか?
それなら、サマヨちゃんをガイコツから人間に変更してステータスを無限大にして全魔法を使えて、従順で尽くすタイプのスーパー美少女に設定変更だ!
頼む! 反映されてくれ。
目をつむってスマホに祈る……チラリとスマホの画面を眺めるが、全く反映されていない。
分かってはいたが当然駄目か。
なぜ最初の妄想だけ反映されたのだろう。
召喚直後は初期設定として、名前とキャラの背景を変更できるということか?
まあ、おかげでサマヨちゃんが美少女になったんだから何でも良いか。
それにしても、サマヨちゃんはレベルアップで結構強くなっている。
ノーマルレアリティなのに勇者の俺より上昇量が多い。
いや、もしかして勇者である俺の上昇量が低いのか?
……まさかな。勇者だし。ありえん。
しかし、やはりモンスターを倒して徐々に強くなっていくのはRPGの魅力だ。
俺はこの地味な雑魚退治が案外好きだったりする。やる気が出てきたぞ。
となると、やはり当面の問題は水と食糧だ。
まだお腹は減っていないが、周囲の森を見る限り人里にたどり着くまでは時間がかかりそうだ。
余裕のあるうちに水と食料を確保する必要がある。
水に関しては室内の壺に水が蓄えられている。
不思議な小屋に備えられた水だ。
恐らくこの小屋はプレイヤーのセーフポイントとして用意された物ではないだろうか。
誰が俺たちを異世界に呼び寄せたのかは知らないが、いきなり死なれたのでは呼ぶ意味がない。
なら飲んで大丈夫だろう。
食料はというと、そのためにここまで運んだイノシシ獣がある。
そして、調理道具がないなら、魔法があるじゃない。
レベルアップでポイントを貰えることが分かったことだし、炎魔法でも覚えてこんがり焼くとしよう。
炎魔法の習得に必要なポイントを確認するため、スマホを操作して習得可能なスキル一覧を表示させる。
「……あれ?」
【炎魔法1】と書かれた文字がグレーアウトしていた。
いくらタッチしても反応がない。
魔法を習得できない? 何故だ?
俺には、勇者には炎魔法の適性が無いとでもいうのか?
ありえん。勇者といえば剣と魔法のオールラウンダーだ。
だが実際に【炎魔法1】をはじめとして【水魔法1】【光魔法1】といった魔法系スキルの多くがグレーアウトしていた。
ただしスキル名の後ろに数字が書かれたスキルは、2から5までの数字が書かれた同名のスキルが存在する。
そして【炎魔法1】【炎魔法2】はグレーアウトしているが、【炎魔法3】はグレーアウトしていない。
【炎魔法1】の習得に必要なポイントは2。それに対して【炎魔法2】は4ポイント、【炎魔法3】にいたっては8ポイント必要だ。
必要ポイントが跳ね上がることから考えて、スキル名の後ろの数字はスキルレベルを示すものだろう。
となると【炎魔法1】を習得できない、適性がないにも関わらず上位レベルの【炎魔法3】を習得できるというのはおかしい。
それなら他のスキルはというと【剣術1】【体力上昇1】【調理1】など多くのスキルまでもがグレーアウトしている。
そして俺が習得した【勇者】も。
こうしてグレーアウトしているスキルを見ると、俺の【勇者】を除けばどれも習得ポイントが1ポイントや2ポイントと少ない、楽に習得できるスキルが多い。
……もしかすると、すでに誰かが習得したスキルは、習得できないのか?
最初のメッセージでは、俺は66人のプレイヤーの一人と表示されていた。
ということは、他の65人のプレイヤーも俺と同じようにスマホを操作してスキルを習得できるわけだ。
スマホからスキルを習得できるのは一人だけ、早い者勝ちの可能性がある。
それなら低ポイントのスキルが軒並みグレーアウトしているにも納得する。
俺たちプレイヤーに与えられた初期ポイントは10。
10ポイントスキルを習得したなら、他のスキルは一切入手できない。
そして俺の勇者スキルの説明【勇者】勇気ある者。を見ても分かるように、スキルの詳細は不明だ。
この状態で全てのポイントを一つのスキルに消費するのはギャンブル要素が強い。
もしも習得したスキルがハズレだった場合、そこで終了する。
同様の理由で必要ポイントの多いレベル2スキル、レベル3スキルなども敬遠されがちになる。
だが、習得に必要なポイントが多い。
普通に考えれば、それだけ効果の大きいスキルというわけだ。
他の全てを投げ捨ててでも習得する価値がある。
何よりこういったゲームの場合、広く浅くスキルを習得するより一点特化して習得した方が最終的に強くなる傾向がある。
もちろんオールマイティの方が何かと小回りはきくだろうし楽に進められるだろうが、成長の限界を超えて最強を目指すなら特化しかありえない。
となると、勇者の他に10ポイントスキルは何がある?
【勇者】……グレーアウト
【魔王】……習得可能
【強奪】……グレーアウト
【鑑定】……グレーアウト
【予知】……習得可能
【豪運】……習得可能
【不老不死】……グレーアウト
10ポイントスキルは全部で7つ。
その内すでにグレーアウトしているスキルは4つ。
やっかいだな。
モンスターを召喚したり、アイテムを生成したり、スキルを習得したり、俺たちプレイヤーに与えられたスマホはあきらかにオーパーツ、いや、チートアイテムと呼ぶべき代物だ。
もちろん説明書も何もないため活用できなければ宝の持ち腐れだが、上手く活用したなら、スマホを持たない者とは比較にならない力を手に入れられるだろう。
俺が真に警戒するべきはモンスターなどではない。
同じプレイヤー、中でも10ポイントスキルを習得したプレイヤーだということだ。
とはいえ、悲観することは何もない。
最強スキルである【勇者】を習得したのが俺だからだ。
勇者にかかれば魔王だろうと強奪だろうと相手にならないのは、多くのゲームが証明している。自明の理だ。
勇者の時点で最強は約束されたようなものだから、他人は気にせずマイペースで進めれば良い。
しかし、これで炎魔法でイノシシ獣丸焼き作戦は失敗したわけだ。
【炎魔法3】はまだ残っているが習得には8ポイント必要。
だが、ここはポイントを温存する。
可能ならば他の10ポイントスキルを習得したい。
【強奪】【鑑定】がすでにないのは残念だが、【魔王】【予知】【豪運】の3つが残っている。
もちろん俺が狙うのは【魔王】だ。
【勇者】と【魔王】。光と闇を備えれば、今でも最強な俺がさらに最強になる。
そのためにもレベルを上げていこう。
まだ空腹ではないし、冷房が入ってるかのように快適なこの小屋の中ならイノシシ獣もしばらくは持つだろう。
その間に何とかイノシシ獣の調理法を探す。もしくは別の食糧を見つける。
人里を目指すのも良い。獣を持ち込めば買い取りしてくれるかもしれない。
「行こう。サマヨちゃん」
カタカタ
了解とばかりにサマヨちゃんは棍棒を手に立ち上がる。
その両手首のヒビはすでに完治していた。
ノーマルレアリティを引いて外れかと思ったが、そんなことはない。
いくら強いモンスターでも食事が必要だし怪我をすれば治療する必要がある。
下手をすれば死んでしまう。
だが、食事も治療も必要ない、最悪死んでも生き返るスケルトンは、今の俺には便利この上ない存在だ。
もはやノーマルレアリティなんかじゃない。
サマヨちゃんは俺だけのユニークレアリティだ。