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29.勇者と魔王

 100/7/12(火)18:10 ファーの街 野盗アジト地下室



 俺のスキルPは、目標である10ポイントに到達した。

 いよいよこの時が来た。

 新たな10ポイントスキル。新たな力を手に入れる。その時が。


「悪魔たちの王を何と呼ぶ? 雑魚悪魔が逆立ちしても敵わない相手。悪魔の頂点……魔王。それが俺だ」


 俺はスマホの画面をスタイリッシュにタッチして、スキル【魔王】を選択する。


 ッターン


 エラー。

 【勇者】スキルと【魔王】スキルを、同一人物が習得することはできません。


 ……?!


「へえー魔王ねえ……勇者である貴方が? 魔王を? どうやってかしら?」


 念のため、もう1度【魔王】を静かにタッチする。


 ポチッ


 エラー。

 【勇者】スキルと【魔王】スキルを、同一人物が習得することはできません。


 ……!!


「ふふっ。無知な貴方に教えておきますと【勇者】と【魔王】相反する2つのスキルは同時に習得できないものでしてよ」


 そんな馬鹿な!

 確かに勇者と魔王は敵同士。相容れない存在。


 だが、それは過去の話だ。

 今の流行は勇者と魔王が仲間になるどころか、恋人だったり夫婦だったりするというのに。


 このスマホを設計したのは、いつの時代の奴だ?

 このような重大な不具合を放置するなど、許されることではない。


「ぷっ。あははあ。悪魔の頂点……魔王。それが俺だ!(キリッ)だって」


 ……おのれ。


「ゲイムさんもなかなか策士ですこと。私を笑い死にさせるのが貴方の作戦なのかしら?」


 いつまでも過去の失言を……このような屈辱。生まれて初めてだ。

 八つ裂きにして、生まれたことを後悔するまでぶち殺してやる!


 とは言ったものの、どうしたものか……

 魔王が習得できないとなれば、俺が勝つ術はなくなった。


 それでも、最強である勇者に負けは許されない。

 となれば……あれしかないか……


「あの……リオンさん? 貴方の狙いは私のスマホですよね? スマホを差し出しますので私を見逃してもらえませんかね?」


 敵わないというなら命乞いしかない。

 リオンさんは美人で俺と同じプレイヤー。いわば同郷の仲間だ。

 まさか命乞いする人間を無下には扱わないだろう。


「ふふっ。どうしようかしら? でも、ゲイムさん。私に【勇者】スキルは渡せないんじゃなかったかしら?」


「いえ! そんなめっそうもない。どうせ貰い物のスキルです。どうぞ、ご自由にしてください」


 俺は地面に膝をつきヘコヘコする。

 なにせ貰い物なのは事実である。


「あらあ? 欲しくもない、役にも立たないウ〇コの様なスキルなんですけどお? そこまで言うなら貰ってあげても良いかしらねえ?」


 なんて下品な女だ。

 しかも、【勇者】スキルを馬鹿にするなど許されざる暴挙。

 しかし、今は許さざるをえない。


「あの……それで私は? ついでにカモナーも見逃して貰えますかね?」


「うーん……私の答えを聞きたいかしら? でも、こういった場合の答えって決まっているのよねえ。貴方に分かるかしら?」


「まあ……なんとなくですけど」


「では答えますわ。だ・め・よ」


 そらそうなるよな。


「だってねえ。常識で考えれば分かるわよね? 私に敵対した貴方を逃がしてどうしますの? 敵は徹底的に殺すのが常識ですわよ?」


 確かにその通り。

 同郷だけあって実は気が合うかもしれない。


「……カモナーもですか?」


「カモちゃんはあ。野盗への報酬なの。女の子が欲しいっていうからあ。きっと野盗の人たち全員で可愛がってくれるわよ。女冥利につきるわね。羨ましいわ」


 なかなか部下思いというか、気前の良いスポンサーというべきか。

 敵としては最低最悪のクソ女だが、味方にとってはありがたい女なのだろう。


「ですが、地上にはグリさんがいますし、警備の兵士もたくさんですよ? 逃げられないと思います。私を見逃していただけるなら、リオンさんが逃げるのに協力しますよ」


「うふふ。私の後ろのドア。どこに通じていると思って? 街の外。野盗たちは地下を通って街の出入りをしてますの。兵士さんも馬鹿よねえ。いくら街の入場門を見張っても無駄だっていうのにね」


 どうりでドアの先から野盗が現れたわけだ。


「ということは……どうあっても私は殺され、カモナーはヒドイ目にあう。そういうことでしょうか?」


「そういうことですわ」


 そういうことなら仕方がない。

 俺は地面に着いていた膝を上げると、正面からリオンさんを見つめる。


「分かった。殺されると分かった上で、俺が君にスマホを差し出す理由がない」


「あらあ? もう命乞いは終わりかしら? ふふ。もっとみじめに命乞いしても良いのよ?」


 俺が命乞いをしただと? まさかな。


「そうねえ。裸になって土下座でもしてみなさいな。私の気が変わるかもしれなくてよ?」


 その答えは分かっている。

 俺が何をしようがリオンさんの気が変わることはない。

 ただ無様に許しを請う姿が見たい。

 弱者をいたぶって楽しみたいという、リオンさんの自己満足でしかない。


「勇者たる者、敵に許しを請うようなみっともない真似はしない」


「ふーん。さんざん命乞いしてたようですけどお? まあ、ゲイムさんの無様な姿は面白かったですし、ひと思いに殺して差し上げますわ。デーモンさん、やっちゃってくださいな」


 デーモンメイジが呪文を詠唱する。

 杖を持つ悪魔。どう見ても魔法使い。

 魔法で俺とサマヨちゃんをまとめて殺すつもりか。


 だが、その決断は少し遅かった。


 俺は何の考えもなしに地面にはいつくばっていたわけじゃない。

 失ったMPは、時間の経過と共に自然回復する。

 もっとも稼いだ時間で回復したのはわずかでしかない。


 それでも、今の俺には十分だ。

 俺は懐からスマホを取りだし、スキルを発動する。


「勇者パワー全開!」


 手に持つサマヨちゃんの腕に、俺のスマホを握らせる。

 そして、サマヨちゃんの身体にその腕を結合させた。


「サマヨちゃん。ここでお別れだ。スマホはプレゼントするよ。誰かサマヨちゃんが気に入ったプレイヤーがいれば、そいつに渡してやってくれ」


 リオンさんの狙いは俺のスマホ。

 例え俺が死ぬことがあろうとも、スマホを奪われなければ俺の負けではない。

 そして、最強勇者に負けはない。


 俺の身体から放たれる金色の光。勇者の光。

 これが最後の光だ。

 わずかな時間しか持たないが、サマヨちゃんが出口まで逃げるには十分。


「サマヨちゃん。これまで、ありがとう! さよならだ!」


 もっとも俺の勝ちでもない。

 俺はここで死ぬだろう。

 だが、俺たちプレイヤーは死んでも地球に戻るだけ。

 なら最後まで勇者としての意地を通させてもらう。


「な! 駄目よ。デーモンメイジ。逃がさないで! まとめて殺しなさい」


 今になって俺の真意に気づいたのか、リオンさんは慌てたように指示を出す。

 だが、もう遅い。


 俺の命乞いする姿が無様だって?

 笑い死にさせるのが作戦だって?


 くだらない自己満足で勝てるチャンスを、スマホを入手するチャンスを逃した君の方が、俺にはよっぽど無様に見える。

 だから、俺は笑いながら死んでいける。


 デーモンメイジの詠唱が終わる。

 その杖の先から放たれるのは暗黒属性魔法、地獄暗黒玉。

 ゴブリンメイジの火球とは威力の桁が違う。


 地下室を丸ごと崩壊させて出口を塞ぐ。サマヨちゃんの脱出を防ぐつもりか?

 放たれた地獄暗黒玉をさえぎるよう、俺はその進路へと立ちはだかった。


 仲間を庇って、仲間のために死ぬ。

 そして伝説になるのも、勇者の最後として悪くない。


 サマヨちゃんどうか無事で……そして勇者の伝説を後世へ!


 最後に俺はナオンさんの骨を振りかぶり、カモナーに狙いを定める。

 野盗になぶられ殺されるその前に。

 カモナー。俺の手で。一緒に地球に帰ろう。


 グリさんとの約束を守れなかった。そのお詫びは俺の命で償う。

 だから、グリさん。戻ったサマヨちゃんを怒らないでやって欲しい。


 そんな自己犠牲にひたる俺の目に、スマホを片手に棒立ちするサマヨちゃんの姿が映っていた。


 サマヨちゃん! どうして!


 地獄暗黒玉が迫り来るなか、サマヨちゃんは顔色一つ変えずスマホをいじっている。


 リオンさんにスマホを渡してはならない。

 もしも主人を、俺を思う気持ちがあるなら逃げてくれ。


 そんな俺の心を知ってか知らずか、うなずくサマヨちゃんはスマホの画面をスタイリッシュにタッチした。


 ッターン


 同時にサマヨちゃんの身体から闇黒の闇が噴き出した。

 闇の中でその身体が、全身が漆黒の闇色に色を変えていく。


 そして、ナオンさんの骨を振りかぶる俺を突き飛ばして。

 地獄暗黒玉の前へと身を躍らせた。


 ドガッボカーン


 煙が晴れたそこに見えるのは、全身を闇色に染め上げたサマヨちゃん。

 これまで頭だけが黒かったサマヨちゃんの身体が、黒一色へと変貌していた。


 その両眼に緋色の火が灯ると同時に、サマヨちゃんは一瞬でデーモンメイジへと近づいた。


 漆黒の身体から放出される漆黒の闇。


「なんですって?! まさか、そんなことって? ですが、この闇は魔王の闇気あんきですわ!」


 地下室を照らし出していた聖なる光。

 その白い光を全て飲み込み覆い隠す漆黒の闇。

 今、地下室を包むのは闇色の光。

 サマヨちゃんから放出される闇気が地下室を満たしていた。


 闇にとらわれたデーモンメイジの身体は、すでに生存を諦めたのか震えるのみ。


 グチャッ


 サマヨちゃんの棍棒の一振りで頭を叩き潰され果てていた。


「ゲ、ゲイムさん。貴方……まさか。非道な人だとは思っていましたけど、まさか……」


 俺の側まで歩み寄るサマヨちゃん。

 その手に握るスマホを、片手を伸ばして俺へと差し出した。


 俺はサマヨちゃんから手渡されたスマホの画面を確認する。



 レアリティ:レジェンド(UP)

 名前:サマヨちゃん

 種族:暗黒アンデッドスケルトン・魔王(NEW)

 称号:神聖魔王(NEW)

 職業:暗黒バレエダンサー・魔王(NEW)


 レベル:22 (2   UP)

 HP:422 (102 UP)

 MP:24  (6   UP)

 攻撃:57  (13  UP)

 防御:53  (12  UP)

 敏捷:103 (24  UP)

 魔攻:24  (6   UP)

 魔防:56  (13  UP)


 種族スキル:【不死】【自動再生2(UP)】【痛覚無効】

【空腹無効】【状態異常無効】【不眠不休】【神聖耐性上昇大(NEW)】


 最強スキル:【魔王】(NEW)

 武器スキル:【棍棒1】

 他スキル :【暗黒2】(UP)【魅了ダンス】【献身】



【魔王】……畏怖される者。職業が魔王になる。

 魔王の闇気あんきにふれた敵は、士気が低下する。

 自身に闇気あんきを纏うことで、能力が上昇する。

 暗黒属性スキルを、任意に無効化することが可能になる。

 スキル経験値の獲得量に、上昇補正。


 称号:神聖魔王

 戦う敵に畏怖を与える。

 戦う敵の畏怖を集める。

 暗黒効率上昇。暗黒耐性上昇。

 神聖効率上昇。神聖耐性上昇。


 職業:暗黒バレエダンサー・魔王

 LV上限なし。

 初期能力は低いが大器晩成型の職業。

 敏捷度が大きく上昇する。

 暗黒バレエダンスにより仲間を鼓舞するなどの補助が可能。



 ……魔王。

 サマヨちゃんが魔王だって?

 いつの間にか、俺のスキルPは0になっている。

 課金モンスターでも、スマホからスキルを習得できるのか?


「貴方、課金モンスターの親愛度を限界まで上げていましたの?」


 そうなのか?


「そういうことだ」


「親愛度を限界まで上げた課金モンスターには、主人のスキルPを使用してスキルを習得させることができますの。まさか、貴方はそれを知っていたの?」


 そうなのか?


「当然だ」


「でも、そんな……ありえないですわ。なぜって、モンスターとの身体的接触。せ、せ、性行為を伴うレベルでないと親愛度は限界まで上がりませんもの」


 そうなのか?


「そうだろうな」


「女性型モンスターなら私も警戒したでしょうけど……いくらなんでもスケルトン相手になんて……貴方、人間じゃありませんわ!」


 俺を誰だと思っている?


「俺は勇者だぞ?」


 俺は最後にサマヨちゃんにスマホをプレゼントした。

 だからだろう。サマヨちゃんは俺のスキルPを使ってスキルを習得した。


 気に入ったプレイヤーにスマホを渡してくれとも。

 だからだろう。サマヨちゃんは俺にスマホを渡してくれた。


 ありがとう。サマヨちゃん。

 課金ガチャで君を引くことができて本当に良かった。

 異世界に来ることができて、君に出会うことができて本当に良かった。


 光である勇者の俺。

 闇である魔王のサマヨちゃん。


 光と闇があわさるその時、新たな最強伝説の幕が開く。


 やはり俺とサマヨちゃんは最高の組み合わせ。

 もっとも初めて出会った時から俺には分かっていたことだ。


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