26.野生
100/7/12(火)17:30 ファーの街 入場門
慌ただしく駆け回る兵士たち。
俺は立ち並ぶ群衆をすり抜け入場門へと近づいた。
「待て待て。入場するなら列に並ぶんだ」
制止する兵士にギルドカードを提示する。
「すみません。街中でグリフォンが暴れていると聞きました。俺は冒険者で、グリフォンは知り合いの使い魔です。街に入れてもらえませんか?」
「冒険者か。しかも、暴れているグリフォンと知り合いだと? いずれにしろ騒動を治めるのに協力するなら先に入れ」
入場門を駆け抜けた先。
左手にある住宅街から火の手が上がっていた。
グリさんがいるのはあそこだ。
遠目に上空を舞うグリフォンが見える。
その巨体が地上に向けて一直線に降下していった。
ドガーン
距離があるため、ここからそれ以上は見えない。
だが、この音はグリさんが建物に体当たりしているのか?
伝説級のモンスター。グリフォンを一目見ようと殺到する人々。
そして、火の手の上がる現場から避難しようと駆けだす人々。
グリさんまで距離があるというのに、人波に遮られ遅々としか進めない。
いったい何があったのか?
だが、今はそれを考えるよりも、グリさんを止めるのが先だ。
もしもグリさんが街の兵士や住民を殺害してしまっては、取り返しがつかない。
人波をかき分け進むうちに、グリさんが建物へと体当たりしている様子が見えてきた。
レンガ造りの建物は、たび重なる体当たりで2階部分が倒壊。
時刻は夕食時。火を扱っていたのだろう。1階部分は火が燃え広がっている。
幸い隣の建物とは距離があるため、現段階で燃えているのはグリさんが壊した建物だけだ。
建物を囲むように兵士が立ち並び、周辺の住民が近づかないよう遠巻きに警戒している。
ギリギリ間に合ったか?
グリさんと兵士が戦っては、死傷者が出る。
そうなっては、例えカモナーが無事でもグリさんは街に居られなくなる。
「すみません。通してもらえませんか? 俺はグリフォンの知り合いです」
周囲を警戒する兵士の壁。
ここを抜けなければ、グリさんに近寄ることができない。
「グリフォンの知り合いだって? あの猛獣と? 君が? 駄目駄目」
俺の身を気づかって止めるのだろうが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
どうやって兵士の壁を突破するか。
思案する俺に兵士の中から声がかけられた。
「あ! ユウシャさん! どういうことですか! グリフォンが暴れるなんて。カモナーちゃんはどうしたの!」
ギルド受付けのお姉さん。
どうしてこの場に居るのかは分からないが、お姉さんが居てくれて助かった。
俺とグリフォンの関係を知っているなら、協力してくれるはず。
「分かりません。カモナーとは草原で待ち合わせていたのですが、姿が見えないので街まで探しに来たばかりです」
「そう? やっぱりあれって、カモナーちゃんに何かあったってことかしら?」
「間違いありません。とにかく、グリさんと話をさせてください。騒動を治めます」
「お願いね。幸いにも被害は数人の怪我だけで済んでいるわ。でも、この先どうなるか分からないわよ」
お姉さんに兵士の足止めを頼み、俺はグリさんの元へと近づいていく。
これ以上、被害が広がる前に。
お姉さんが兵士を抑えてくれている間に、グリさんを説得する。
「グリさん。俺だ。ユウシャだ」
「グルァー!」
近づこうとする俺を威嚇するかのように、グリさんが唸りを上げる。
グリフォンは知能のあるモンスターだ。
俺とは今日も昼まで一緒に狩りをした仲でもある。
そんな俺の姿が分からないはずはない。
それでもグリさんの唸りには、俺に対する怒りが含まれていた。
いや、これは俺というより人間に対する怒りだろうか?
「グリさん。カモナーはどこだ? そこに居るのか?」
俺はグリさんに一歩近づいた。
「グルァー!」
強烈な咆哮を上げるグリさん。
「ひいいっ!」
遠巻きに見守るやじ馬連中が悲鳴を上げる。
ただでさえ威嚇効果のあるモンスターの咆哮。
しかも、発するのはグリフォンだ。
荒事に耐性のない市民では、多少の距離があろうと関係ない。
一斉に恐怖で身をすくませていた。
しかも、この咆哮。
敵も味方もない、兵士も住人もない。
周囲全ての者を威圧する遠慮のかけらもない咆哮。
これまでの、課金モンスターとして飼いならされたグリさんではない。
この凶暴性の表れは、野生に生きるモンスターそのものだ。
もしかして、カモナーの、スマホの支配が切れているのか?
思えば、カモナーと初めて会った時。
そのスマホを奪った後、主人の居なくなった課金モンスターがどうなるのか疑問に思ったことがある。
スマホを奪った者を殺そうと狙うのか。
無差別に暴れるのか。
あるいは主人の縛りから解放され、自然に帰るのか。
今になって分かったことは、スマホの支配から解放された課金モンスターは、野生を取り戻して暴れ回るということだ。
「グリさん。カモナーはどうなった?」
俺は、さらにグリさんに一歩近づいた。
「グルァー!」
近づくのを拒むように、さらに強烈な咆哮を上げるグリさん。
「うわあっ」
周囲で警戒する兵士たちまでもが悲鳴を上げる。
それがSSRモンスターの咆哮。絶対的強者の威圧。
近づこうとする俺にも、圧倒的な恐怖が押し寄せる。
カモナーという制御を離れた今は、俺であっても身の安全の保障はない。
目の前にそびえ立つグリフォン。その存在が怖くてたまらない。
それでも、咆哮が轟くなかを歩みを止めずグリさんの目の前まで近づいていく。
恐怖にすくんで動けなくなるところを、勇気を持って進む。それが勇者だ。
無秩序に暴れ回るように思えたグリさんだが、今は建物の1階に留まっていた。
1階部分は瓦礫の山と化しており、燃え盛る炎が今も地面を焦がし続けている。
そして、グリさんはその炎に巻かれながらも、瓦礫の山を掘り返そうとしていた。
……もしかして、カモナーはその瓦礫の下なのか?
野生を取り戻した今も、グリさんはカモナーを探そうと、助けようとしているのか?
課金モンスターだった頃の記憶、カモナーと一緒だった頃の記憶が残っているのか?
それなら
「グリさん。カモナーを助けたいなら、俺を信じろ。俺が協力する」
間近で見るグリさんの目は、怒りの表れなのだろう。赤く染まっていた。
カモナーに起こったトラブル。
街中ということは、カモナーに危害を加えたのは俺と同じ人間だろう。
これまで、俺をはじめとして、薬草集めの幼女たち。入場門での群衆。門番。
接した人間にも、決して危害を加えなかったグリさん。
グリさんなりに人間のことを信頼していたのが、裏切られたのだ。
「グルァー!」
前足を振りかぶるグリさん。
その爪は、近寄るなと、俺を拒絶するかのように振るわれた。
スッパーン
とっさに俺を庇おうと前に出るサマヨちゃん。
その胴体が2つに断たれていた。
受け止めた盾までもが2つに切り裂かれ、俺の身体は宙へと吹き飛んだ。
「グルァー!」
なおも咆哮を上げるグリさん。
カモナーに、主人に危害を加える人間に怒っているのか。
カモナーを、主人を守れなかった自分に怒っているのか。
カモナーを、主人を失う辛さを嘆いているのか。
だが、グリさん。
それは俺も同じだ。
ぶつかり埋もれた瓦礫の中から立ち上がり、グリさんへと一歩を踏み出す。
「グルルウッ!」
再び俺に向けて前足を振りかぶるグリさん。
カモナーを守れなかったのも。カモナーを失うのが辛いのも。
俺も同じ思いだ。
だから。
「グリさん。今はカモナーを助ける時だ!」
突然、スマホの支配から解放され混乱しているのだろうが、自暴自棄に暴れても何も解決しない。
自分の弱い心に負けないよう、野生にとらわれず、勇気を持って進まなければならない。
だから。俺は勇者パワーを解放する。
「勇者パワー全開!」
俺の身体から満ち溢れる光。
【勇者】スキルの持つ力。
勇者パワーは、仲間に勇気と力を与える。
俺の周囲へと広がる勇者の光。
傷ついても、2つに断たれた身体でも、俺を守ろうと立ちふさがるサマヨちゃんを。
そして、グリさんを光が包み満ちていく。
「グルル……グルアァァッ」
ドガーン
振るわれたグリさんの前足は、地面を叩きつけていた。
その衝撃で瓦礫の山が崩れ去っていく。
「グルゥ……」
自分が傷つけてしまったサマヨちゃんを労わるよう、その身体を舐めるグリさん。
そして、崩れ去った瓦礫の山。
その下からは、地下への階段が現れていた。
カモナーはこの先か?
なら、まだ間に合う。
俺の目の前には、俺を見つめるグリさん。
その目には従来の澄んだ色が戻っていた。
盾を吹き飛ばされた俺の腕は、折れているのだろう。
グリさんは青黒くなったその腕を舐めると、俺の前へと頭を垂れる。
俺に後を託すと、カモナーを頼むと。
「グリさん。後は任せてくれ」
2つに断たれたサマヨちゃんの身体を拾いくっつける。
そして、足元に広がる地下への入口。その階段へと足を踏み入れた。
俺はグリさんより弱い。
自分より弱い者に助けを請う。後を任せる。
それは、勇気のいることだ。
その勇気に応えるためにも、カモナーは俺が必ず助ける。
勇者は決して約束を違えない。




