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24.クランハウス



 100/7/12(火)9:00 ギルド1F 受付


「そんなわけで翌日。ギルドにやって来たぞ」


「お姉さん。おはよぉ」


「カモナーちゃん。おはよう。それじゃさっそく本題に入りましょうか」


 お姉さんからクラン設立について詳しい話を聞く。


 冒険者がクランを作るのは自由。

 ただし、ギルド公認クランとなるなら登録料が必要になるそうだ。


「わざわざお金を払ってまで、公認クランになるメリットはあるのですか?」


「クランランクが設定されるわ。メンバーのギルドPの総計によってランクが決まるのよ」


 その他、月に1度、ギルドから報酬が贈られる。

 クランハウスの賃貸、もしくは分譲を格安で請け負ってくれる。

 銀行口座を無料で開設できる。利率が優遇される。

 クランに対する指名依頼など、割の良い依頼を都合してくれる。

 上記いずれも、クランランクに応じて優遇されていくそうだ。


 MMOをプレイしていた頃、仲間と一緒にクランを大きくしていくのが好きだった俺には、合っているかもしれない。


 クラン金庫にせっせと貯金したり、同クランの女性キャラにせっせとアイテムを貢いだり、けっこう貢献したものだ。


 結局、リーダーがログインしなくなりクランはあっさり空中分解したが、それでもクランとして活動した期間は楽しかったと言える。


「けっこう色々サポートしてくれるんですね」


「それはもちろん。優秀なクランが他の支部に移籍されても困りますからね」


 俺はランクE冒険者として、冒険者ギルドに登録されている。

 正確には、冒険者ギルド・ファーの街支部に、だ。

 今さらではあるが、この街はファーの街というらしい。


 主要な都市には冒険者ギルドの支部が開設されており、それら全ての支部を統括するのが、王都にある冒険者ギルド本部。


 ギルドカードがあれば、どのギルド支部でも依頼を受けることができる。

 俺にとっては所属する支部など、どこでも良いのだが……まさか!?


「優秀なクランを抱える支部は、本部から優遇とかあるのですかね?」


「っ……!? な、何故それを……って、それはユウシャさんには関係のない話です」


 本社に対する営業所みたいなものか?

 きっとノルマなんかもあって、支部ごとに競争でもしているのだろう。


「していません。街がモンスターに襲われた場合など、優秀な冒険者が居ないと困りますよね? なるべく自分たちの街に定住してもらうよう、便宜を図る。それだけです」


 それだけなら仕方がない。


 特に他意はないが、俺のクランが名声を上げたころにでも、他の支部への移籍を持ち出してみるとしよう。


 勇者ともなれば、多くの街を守らなければならない。


 名声を上げたクランを逃がさないため、むふふな接待でもしてくれるんじゃないかとか、それは関係のない話だ。


「……ユウシャさん。何かよからぬことを考えていませんか?」


「いえ。全く。それよりクランハウスに興味があります。どこか良い物件を紹介してもらえないですか」


「はい。何か希望はありますか? 例えばギルドの近くが良い。繁華街の近くが良い。大きな建物が良いとかですが」


 ギルドの近くか。

 便利そうだが、基本的に立地の良い場所は賃貸するにも高いはず。

 今の俺たちにはお金がない。


 もっともどの物件がいくらするのか、俺には分からない。

 それなら最大の希望を伝えて、あとで細部を詰めていけば良いだろう。


「なるべく安い場所が良いかな。そして広い庭のある一軒家でお願いします」


「また無茶を言いますね……少しは常識をわきまえてもらいたいものです。庭が広くて一軒家ならあります。安い場所もあります。その両方を成立させるとなると……」


 やはり無理か。まあ、ここから条件を詰めていけば──


「実はあります」


 あるのか。


「ユウシャさんにはお勧めの物件ですよ。あ。でも、カモナーちゃんは別のクランに移籍した方が良いわね」


 この物言いはロクでもない物件だ。間違いない。


「郊外の一軒家。街の外、壁の外にあるので敷地もとても広いですよ」


 一軒家とは魅力的な物件だ。

 だが、街の外とか大丈夫なのか?


「いいですね。でも、街の外ってモンスターに襲われないのですか?」


「冒険者の方たちが毎日モンスターを退治していますので、日中なら危険は少ないですよ。麦畑なんかもありますし、街の外で働く人たちも大勢います」


 確かに。だが──


「日没後は?」


「……お金のある方はみんな街の中に住みますね。つまり……」


 危険だと。そういうことですね。


「よくそんな郊外にクランハウスを建てましたね」


「元々は街に対する防波堤として、郊外にクランハウスが建設されました。壁の外に冒険者たちを住ませて、街に近づくモンスターを狩ってもらう。そして安全区域を拡大していこうという計画です」


 面白いアイデアではある。

 だが、その計画が成功しているなら、俺のような駆け出しクランに話がくるはずはない。


「その計画は今も続いているのですか?」


「3つのクランが計画に参加しました。うち2つのクランはモンスターに襲われ壊滅。残るクランも街中へと退避しました。それ以降、誰も郊外のクランハウスを利用する者はいません」


 まあ、そういうことだ。

 だが、不思議ではある。

 クランハウスということは、複数の冒険者が常駐していたはずだ。


「街の近くにそれほど危険なモンスターが居るとは思えないのですが。何にやられたんですか?」


「ゴブリンです」


「あのゴブリンに? クランが壊滅? 雑魚すぎないですか?」


 すでにゴブリンとの戦闘は経験済みである。

 魔法は若干脅威。ただそれだけに思えたのだが。


「ゴブリンの中にはベテラン冒険者なみの能力を持ったリーダー格の者がいます。その者が指揮する集団は凶暴ですよ。知能もあるので、勝てない相手。壁に囲まれた街を襲う真似はしませんが、勝てる相手には徹底的に襲い掛かります。現にクランハウスは、朝も夜も休む暇なく襲われたといいます」


 街の外で生活するということは、常にモンスターへの警戒が必要になる。

 いつ襲われるか、気が気ではない生活を続けるのは精神的に辛い。


 そして、ゴブリンが10匹や20匹ならどうということはないが、100匹200匹となると手こずりそうだ。

 そこにベテラン冒険者なみのゴブリンが混じるというなら、なおさらだ。


「うーむ。そう言われると危険な気がするな」


「だよぉ。やめようよぉ。モンスターに襲われるよぉ」


 カモナーも反対のようだし、命あっての物種だよな。


「ちなみに、郊外のクランハウス。賃貸するなら月々おいくらですか?」


「0ゴールド。無料です」


 ……世の中、無料に勝る物は無い。


 一般的に異世界に来た勇者がやるべきことは2つある。

 1つは最強になり無双すること。

 そしてもう1つはハーレムを作る。だ。


 誰も住まない郊外のクランハウス。

 よくよく考えれば悪くない物件だ。

 自然あふれる郊外の一軒家は、都会っ子なら一度は憧れるロケーション。

 しかも、どれだけ騒ごうと周囲からの苦情は来ない。

 俺のハーレムハウスとするには絶好の環境といえよう。


 もっとも、無料より高い物は無いともいう。


「お姉さんがお勧めするなら、郊外のクランハウスに決めようかな?」


「はい! それではさっそく手続きを……」


 嬉々として書類の作成に取りかかろうとするお姉さん。

 ギルドとしても、せっかく建造したクランハウス。

 誰かに住んで欲しいのだろう。

 となると、もう少し好条件を引き出せるはずだ。


「ですが、やはり危険ですよね。クランが2つ壊滅したと聞くと……」


「大丈夫です。ユウシャさんならいけますよ。ゴブリンなんてちょちょいのちょいです」


 ここぞとばかりに売り込みをかけるお姉さん。

 すでに俺という獲物が針に掛かろうとしている。

 ここで逃すわけにはいかないのだろう。


「うーん……もう少し特典というか、メリットがあればなあ」


「……具体的には、どのような?」


「郊外に住むということは、ギルドから遠くなるわけです」


「はい」


「そして、これは冒険者とギルドが一体となって協力しないと達成できない困難な計画なわけです」


「もちろん、ギルドとしても精一杯協力させていただきますよ」


 それなら精一杯協力してもらうとしよう。

 ギルド、というより、お姉さんに。


「ありがとうございます。それでは1つ希望があります。ギルド職員も一緒にクランハウスに住んで欲しい。具体的には、お姉さんが一緒に住んでくれるなら、ブレイブ・ハーツは郊外のクランハウスを利用します」


「はい?」


 何を言われたのか分からないのか、お姉さんはキョトンとした顔をしている。


「お姉さんがクランハウスに住んでくれれば、ギルドに来なくても依頼や換金などの手続きがいつでもできます。いざという時は戦闘でも頑張ってくれるしょうし」


「い、いえいえ。私にはギルド受付という仕事がありまして」


 俺の言わんとすることが分かったのか、お姉さんは慌てて否定する。


「大丈夫です。日中は今までどおり。ギルドの仕事を終えて夜になれば、クランハウスまで来ていただくだけです」


「夜だけって、それ、一番危ない時間帯じゃないですか!」


 この男は何を言っているんだとばかり、反論するお姉さん。


「大丈夫ですよ。お姉さん自身が言っていたじゃないですか。俺なら大丈夫。お勧めだと。まさか無理な場所を勧めるはずないですしね」


「ぐぬぬ……」


「決めました。郊外の一軒家。そこをブレイブ・ハーツのクランハウスにします」


「いえいえ。駄目です。無理ですって。考え直してください」


 せっかく決めたというのに、お姉さんは往生際が悪かった。


「どうしても?」


「どうしても……です」


 どうしても嫌だと言うなら仕方がない。

 嫌がる女性に無理矢理というのは、勇者のやることではない。


 あわよくばハーレムハウスと、ハーレム要員。

 この2つを一気に獲得できると思ったが、世の中甘くはない。


 だが、ここはあえて無茶な条件を提示しただけ。


「分かりました。それじゃ、クランハウスですが、放置されているということは損傷していますよね? 修復するための資金と人員を都合してもらえませんか?」


「まあ……その程度なら。もちろん予算の限度はありますが」


「それと、住むだけで街をモンスターから守ることに貢献しているわけですから、毎月、活動資金を提供してもらえないですかね?」


「まあ……確かにそうですね。分かりました」


 最初に無茶な要求をすれば、後の条件を受け入れてもらいやすくなる。

 これでクランハウスの運営資金をゲットだ。


「そして、お姉さんも一緒に住むと」


「それは無理です。はい。それじゃ、クランハウスの修復と毎月の活動資金の提供。この方向で調整します」


「分かりました。それでは、郊外の一軒家を、ブレイブ・ハーツのクランハウスとします」


 さすがにお姉さんとの共同生活は無理だった。

 もっとも、戦闘要員ではないから仕方がない。

 下手にこだわって、戦えるからと男の職員を紹介されても困るので、お金だけで充分といえる。


 しかし、お姉さんが誰とも相談せずに支援を決めたのは意外だ。

 資金提供など、一介の受付が判断できる案件ではないように思うのだが。

 もしかすると、ギルドでもけっこう偉い人かもしれない。


「えええぇ! だ、駄目だってぇ。モンスター怖いよぉ」」


 後はカモナーの説得だ。


 カモナーが恐れる気持ちは分かる。俺だって命は惜しい。

 いくら無料だろうと、本当に危険なら、そのような場所に住みたくはない。


 だが、勝算があるからこそ決めたのだ。


「何を言ってるんだカモナー? 街の外ならグリさんも一緒に住めるだろう?」


 ゴブリンには知能があり、勝てない相手には手を出さないという。

 そして、ゴブリンを指揮するリーダーの存在。

 これらがポイントだ。


 俺には、カモナーにはSSRモンスターのグリさんがいる。

 もっとも相手はグリさんの脅威を知らないため、普通に襲ってくるだろう。


 そこを完膚なきまでに叩き潰す。

 知能のある相手だからこそ、2度と手を出そうと思わないよう、徹底的に叩く。

 可能ならばリーダーを潰す。


 以降、そう簡単には手を出さなくなるはずだ。


「カモナー。グリさんは今どうしている? グリさんは今も1人で街の外で寝泊りしている。お前の言う危険なモンスターが生息する場所でだ。お前は自分さえ良ければ、グリさんはどうなっても良いのか?」


「あうぅ。でもでも、10万ゴールドで使い魔の首輪を買えば、グリちゃんも街中へ入れるんだよぉ。そっちの方が安全だよぉ」


 カモナーの言い分ももっともだ。

 だが──


「いいや。グリさんの巨体で街中に入ってどうする? 宿屋に入れるのか? 馬小屋に入れるのか? グリさんはどこで寝るんだ? 道端か? 雨露をしのぐこともできず、下手すればスリや酔っぱらいに絡まれるかもしれないところで休めるのか?」


「だ、駄目だよぉ! グリちゃんは大事な友達なんだよぉ」


 俺にとってサマヨちゃんが大事なハーレム1号であるのと同様、カモナーにとってグリさんは大事な家族のようなもの。


「だからクランハウスだ。郊外のクランハウス。広い敷地にグリさんの小屋を建てよう。雨が降っても風が吹いてもグリさんが安心して眠れる立派な小屋だ」


「あうう。グリちゃんの小屋……」


 そして、カモナーは決定的に大事なことを見逃している。


「クランハウスの1Fはお店にしよう。薬屋さんだ。そして、敷地には畑も作る。カモナー。言っていたよな? 薬を売って畑を作って牛と鶏を飼って暮らしてみたいと。クランハウスは、そのお前の夢を叶える力にならないか?」


 カモナーは俺に自分の夢を語った。

 そして、その夢を叶えるチャンスがあるのだ。


 確かに危険はある。困難もあるだろう。

 だが、それらを乗り越えずに達成できる夢などない。


「ううん。凄いよぉ。グリちゃんと一緒に住めて、畑があって、牛や鶏も飼えるだなんて凄いよぉ」


 カモナーの説得に成功した。


「ただ、モンスターの危険性は無視できない。俺とカモナーの2人では何があるか分からない。そこは今後、クランのメンバーを増やすことで対応する」


「うん。そうだねぇ」


「カモナー。お前にもメンバー集めを手伝ってもらうぞ? いいな?」


「うん。分かったよぉ。僕もがんばるよぉ」


 そして、新しいハーレムメンバーを増やす口実もできた。

 モンスターに対抗するには、人数が必要だ。

 大勢の女性が必要になる。


「それでは郊外の一軒家を手配します。手続きなどありますので、ご案内できるのは明日以降になりますが、よろしいですか?」


「はい。お願いします」


 カモナーの夢。

 そして、同時に俺の夢であるハーレムハウス。


 お互いの夢を同時に実現する。またとない機会がやってきた。


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