20.魔法バッグ
100/7/11(月)18:30
俺はギルドに響くような声で、お姉さんに話しかける。
「Fランクの俺は、今日1人で、荒野のサイ獣を退治した! その解体をお願いしたい!」
俺が有名になるためのアピールその1だ。
「マジかよ。Fランクのルーキーがサイ獣を?」
「凄い新人が現れた」
「最低ランクでの退治じゃね?」
「勧誘しようぜ」
「イケメンね。うちがもらうわよ」
案の定、俺の発言でギルドに集まる冒険者がざわめきをみせている。
が、それも当然だ。
通常、サイ獣はCランクからBランクのパーティで挑むモンスター。
それをFランクの新人が1人で退治したというのだ。
だが、肝心のお姉さんは冷めた目で俺を見ていた。
「サイ獣を? Fランクのあなたが? どうやって?」
「究極闘技。勇者アタックだ」
「初めて聞く闘技ね。ちなみにどんな武器で? まさか腰にあるショボイ剣とか言わないわよね?」
「ショボイは余計だ。が、剣ではないとだけ言っておこう。わざわざ奥の手を見せる馬鹿は居ない」
「まさか、カモナーちゃんの言ってた骨じゃないでしょうね?」
「やれやれ。余計な詮索は命を縮めるぜ。子猫ちゃん」
お姉さんは俺に顔を寄せると小声で問いかける。
(あの。ユウシャさん? さっきからいきなりどうしたんですか? キモイんですけど……)
(俺の狙いは分かりますよね? 俺が有名になる、俺が実力を示せば、俺が作るクランに手出しする者は居なくなる。カモナーも安全になるわけです。少しは協力してくださいよ)
(あまり協力したくないわね。私としてはカモナーちゃんは、きちんとした大手クランに所属して欲しいのよ)
(カモナーは俺のハーレム候補だから駄目です)
(やっぱりカモナーちゃんの男装に気づいていたのね。ますますユウシャさんから引き離すべきだわ……そういうことなら容赦しないわよ)
お姉さんは俺から顔を離すと、何事もなかったかのように話を続ける。
「それで……肝心の退治したというサイ獣がどこにも居ないですね? 貴方が背負っているのはスケルトンだけですよね?」
もっともな指摘である。
「マジかよ。確かに手ぶらだ」
「凄いほら吹きが現れた」
「ここまで恥知らずも凄くね?」
「嘘つきはとっちめようぜ」
「最低ね。ギルドから締め出すわよ」
驚愕のざわめきが、罵倒のざわめきへと変わる。
だが、それこそシナリオ通りというもの。
俺が有名になるためのアピールその2だ。
「いいだろう。サイ獣が望みなら見せてやろう」
俺は背負っていたサマヨちゃんを椅子に座らせると半身に構える。
左手をポケットへ、右手を目の前へ、空に突き出すように掲げた。
「勇者の呼びかけに応えよ。虚空に閉ざされし虚無の空間。電子の海より現世の空へ。封印されしサイ獣を今ここに呼び覚ませ!」
ポケットに入れた左手でスマホを操作、アイテムからサイ獣の死体を選択する。
と、同時に掲げた右手を握り込む。
俺の動きにあわせて部屋の中央、何も存在しなかった場所に全長3メートルのサイ獣。その死体が突如現れた。
「マジかよ。何もなかった場所に」
「凄いサイ獣が現れた」
「こんな魔法、見たことなくね?」
「魔法バッグだろうぜ」
「希少アイテムね。うちがもらうわよ」
俺の行動に、ギルドの冒険者は予想以上のざわめきをみせる。
が、それも無理はない。
罵倒から賛辞へ。その落差が大きいほど与える衝撃もまた大きい。
そして、冒険者たちは、俺が魔法バッグと呼ばれる希少アイテムを所持していると受け取ったようだ。
魔法で呼び出したように見せかけたつもりだったが、俺の演技もまだまだということか。
そして、驚いているのは冒険者だけではない。
凄い勢いでお姉さんが顔を寄せてきていた。
顔が近い。良い匂いだ。
(ちょっと。ユウシャさん! あなた魔法バッグなんて持っていたの? 危ないわよ。どれだけ価値あるアイテムか分かっているの? 下手をすれば命を狙われるわよ! と言いますか、本当にサイ獣を退治していたの?)
(俺の事をどう思っていたのですか? これだけ大見得を切って嘘なはずないでしょう)
(頭のネジが外れた危険人物アピールだとばかり、よ。誰だって狂人には近寄りたくないもの。でも、危ないわよ? 本当にハッタリの方がまだマシよ)
(魔法バッグを持っていると思われたのは想定外ですが、目立っているでしょう? この調子でいきますよ)
(はあ……死にますよ? 私は線香あげませんからね?)
匂いを嗅いでいた俺を突き飛ばすように離すと、お姉さんは話を再開する。
「へ、へえ……ユウシャさん。見かけによらずやるわね。便利な物を持ってるのね」
「勇者にとっては普通の装備だ。驚くようなことじゃない」
「だよぉ。僕も持ってるもんねぇ」
対抗したいのか、近くで会話を聞いていたカモナーが反応する。
だよぉ。じゃない。普通なわけないだろう。
「カモナーちゃんっ。しっ」
咄嗟にカモナーの口を塞ぐお姉さん。
まったくコイツは。お前が目立たないようにやっているというのに。
「おうおう。坊主。凄いアイテム持ってるじゃねーか」
お姉さんと話す俺の横合いから男が割り込んできていた。
出る杭は打たれる。
目立てば絡む者が現れるのも無理はない。
つまり、これで目立つことには成功したというわけだ。
なら次は、俺の実力をアピールする。
完膚なきまでに叩きのめして、俺にちょっかいをかけた者への見せしめとする。
この男には、その犠牲となってもらうとしよう。
「それほどでもない」
「おめー。この前の夜。俺にぶつかった小僧だよなぁ。俺への慰謝料が足りてないんじゃねえか?」
「記憶違いだろう。俺はお前のような雑魚の顔はいちいち覚えていない」
もちろん覚えている。
コイツはあの時の、街で最初の夜にぶつかった酔っぱらいだ。
名前はヨッパー。見たところ30代から40代。
身長は俺より上。190センチほど。
Cランク冒険者と自慢するだけあって、良い体格をしている。
「へえ。そうかよ。サイ獣を退治した程度でイキがってんじゃねえぞ? どうよ。俺とアイテムを賭けて勝負しねえか?」
「ほう? お姉さん。ギルドではそのような賭け事が可能なのか?」
「冒険者同士お互いが納得の上での勝負ならギルドが口出しすることはないわ。専用の闘技場もあるもの。ただし、勝負の後で約束を違えるようであれば、口出ししますが」
闘技場か。面白そうだ。
勝てる相手だとは思うが、勇者は用心深い。
念のため確認しておこう。
俺はお姉さんに近寄ると、ヨッパーについて確認する。
(お姉さん。あの男は強いのですかね?)
(ヨッパー。Cランク冒険者。普段はまだマシだけど酔っぱらうと途端に粗暴になり、よく騒ぎを起こしているわ)
グイグイ顔を寄せる俺を押し返そうとするお姉さん。
(全然マシじゃないでしょう? いきなり俺の魔法バッグを狙っていますよ?)
(魔法バッグにはそれだけの価値があるのよ。粗暴といっても普通の新人なら勝ち目はないわ。ユウシャさんの力が分からないので何とも言えないけど)
それでも律儀に答えてくれるおかげで、良い情報が得られた。
普通のCランク冒険者が相手なら、俺が負けるはずはない。
連中がパーティでないと倒せないモンスター。それがサイ獣だ。
そして、以前に絡んだ時に少しだが力も見ている。楽勝だ。
「お前のような雑魚が相手なら、逃げる道理はない。で、お前は何を賭ける?」
この前の礼金。1万ゴールドをまとめて返してもらうとしよう。
「ほう。吹かすじゃねえか。この前は、俺にちびってお金を差し出したガキのくせによお」
「俺にも非があったから詫びたまで。勇者は紳士で礼儀正しいからな。だが、礼儀を弁えない奴には容赦しないぞ。良いのか?」
「へっ。上等だぜ。その礼儀ってのを教えてもらおうじゃねえか」
「いいだろう。が、その前に」
スマホ【ショップ】からお酒を購入する。
1万ゴールドの高級ブランド酒だ。
「この前の詫びのついでだ。貴様にくれてやろう」
購入した高級ブランド酒をヨッパーに手渡す。
「へっ。今さらぶるったか? こいつはありがたくいただくぜ」
酒に目がないだろう男に高級ブランド酒を渡したのだ。
我慢できるはずがない。
グビッグビッ
ギルド内だというのに、さっそく飲みだすヨッパー。
未開封とはいえ、毒でも混入されていればどうするつもりだ?
「で、お前は何を賭ける? 俺の魔法バッグを狙うからには、お前のクソのような命では全く釣り合わんぞ?」
「ひっく。俺の全財産。100万ゴールドでどうだあ?」
やっす。100万ゴールドて。
ギルドの驚き方からして、その100倍は価値ある代物だろう。
まともに戦うつもりはないから、構わないといえば構わないが。
「お前……その年まで冒険者をやってそれだけか? 話にならんな。消えろ」
「なろお! てめーこの場でドたまカチ割ってやろうか。あ?」
良い感じに頭に酒が回っているようだ。もうひと押し。
「それならお前はただの犯罪者だ。ブタ箱に行きたいならかかってこい」
俺は差し出した右手を、指先をクイクイ動かしてヨッパーを挑発する。
「なろお! なめやがって! しねえ!」
酔っぱらうと粗暴になると聞くが、こいつは粗暴なんてレベルじゃない。
ただのアホだ。
ギルドで、これだけの衆人環視の中で、いきなり武器を抜くとはな。
だが、酔っぱらってはいても、ヨッパーの大剣は、力任せに振り回す剣速はなかなかに早い。
それでも俺にはスキル【身かわし1】がある。
ヨッパーの振り下ろす大剣を後方に飛ぶことで回避する。
ガシャーン
俺の代わりに、近くにあった机が叩き壊されていた。
「次はおめえだあ!」
ヨッパーの武器は、両手持ちの大剣。
威力はあるが、それは当たればの話だ。
しかも、屋外ならともかく、ここはギルドの室内。
そんな得物を振り回せば、どうなるか。
ガシャーン
再び罪もない家具が叩き壊されていた。
ギルドからいくらの損害を請求されるのやら。
ヨッパー。お前のショボイ所持金がどんどん減っていくぞ?
「おらあ! 逃げてんじゃねえぞお」
俺はヨッパーの間合いに入らないよう、距離を置くためギルドのカウンター内へと避難する。
俺を追ってヨッパーの大剣が振り回される。
ガシャーンガシャーン
そのたびにギルド内の備品が、机に置かれた書類が、本棚が、花瓶が破壊されていく。
「マジかよ。ヨッパーのやつ」
「凄いキチガイが現れた」
「ギルドで暴れるとか頭おかしくね?」
「逮捕されるぜ」
「アホね。死んだわよ」
暴れることでますます酔いが回ったのか、ヨッパーはカウンターの影に隠れる俺に全く気付いていない。手当たり次第に物を叩き壊していた。
勝負ありだ。
冒険者同士お互いが納得の上での勝負ならギルドが口出しすることはない。
だが、今回は俺が納得していないにも関わらず、一方的な攻撃。
しかも、闘技場ではなくギルドでの大暴れだ。
俺が手をくだすまでもなく、ギルドによって処分されるだろう。
事情を知らない者からすれば、俺に手を出してギルドに処分されたようなものだ。
寄らば大樹の陰。
ギルドを味方につける。これ以上ないアピールだ。
我がことながら、勇者の知能がおそろしい。




