15.カモナー
100/7/9(土)18:00
【所持金】5万2000ゴールド
覚悟を決めた俺はカモナーに近づくと──
「カモナー君。きみに話がある」
「ふぇぇっ!? だ、だれっ? なんで僕の名前を? え?」
背後からカモナーを呼び止めた。
いきなり自分の名前を呼ばれて驚いたのだろう。
食べていた焼き鳥を取り落とすほどの慌てようだ。
「これを見れば俺が誰だか分かるか?」
懐からスマホを取り出しカモナーに見せる。
「ほえ……あ、ああ! ぼ、僕と同じプレイヤーなの?」
ここでカモナーを殺して獲ることができるのは、スマホだけ。
そのために街を、住民を犠牲にしたのでは、勇者の名折れというものだ。
確かに勇者は強くなければならない。
だが、それ以上に勇者は勇者でなければならない。
「同じプレイヤー同士いろいろ話がしたいんだ。どこか話せる場所へ行かないか?」
「え? う、うん。ま、まさか同じプレイヤーに会えるなんて」
俺を疑おうともせず後に続くカモナー。
話せる場所といっても、俺もこの街は初めてだ。
どこか食事をとれる店を探して通りを進む。
異世界の街が物珍しいのだろう。
カモナーは辺りをキョロキョロ見回しながら着いてきていた。
気持ちは分かるが、危ない奴だな。あれじゃ他人にぶつかるぞ。
魔法ランプの灯りに照らされた夜の街並みは、日本とは全く異なる景色で幻想的ですらある。
通りを行く人々も、いわゆる獣耳のついた者も、耳の長い者も、使い魔だろう大きな犬など様々で、ゲームや映画のような光景にワクワクするものがある。
とはいえ、浮かれてばかりもいられない。
通りには酒で良い気分になっているのか、歩みのおぼつかない者もいる。
異世界といっても、夜になるとこういう連中が出るのは共通だ。
興奮気味のカモナーは、正面からフラフラ近づく酔っぱらいに気づいていない。
もう少し弱そうな奴の方が良いのだが、ま、あのくらいの方がちょうど良いか。
俺は素早くカモナーと酔っぱらいとの間に割り込んだ──
ドン
「あっ! す、すみません」
俺の肩と酔っぱらいの肩がぶつかっていた。
「ういーひっく。おうあぁ。いてぇ。どこ見て歩いてけつかんのぉ」
お前もどこ見て歩いている?
と言いたいが、こちらにも非はあるので平謝りする。
「すみません。すみません」
「まだガキかよお。ごめんですんだら警備隊はいらんのよ。分かるぅ?」
いや、警備隊というのが警察みたいなものなら、酔って他人に絡むお前も怒られるだろう。
と言いたいが、酔っぱらいに正論は通じない。
「はい。まったくもってそのとおりです。すみません」
「おらぁよぉ。Cランク冒険者のヨッパーっつーのよ。おたく知ってるぅ?」
Cランクって凄いのだろうか? あまり凄そうには聞こえない。
と、言いたいが、自分からCランクと強調するくらいだから、Cランクは凄いのだろう。
「いえ。すみません。まさか、そんな凄いランクの方だなんて」
「おめぇCランクなめてんだろぉ? おおぅ? Cランクの力を見せてやろうかぁ?」
男が俺の腕を掴む。
痛い。Cランクと自慢するだけの力はある。
「すみませんでした。どうかこれで勘弁してください」
これは思ったより強そうな相手だ。
ひたすら頭を下げながら男の手に1万ゴールドを握らせる。
「んあぁ? ああ! ああ、ったく。気ぃつけるんだな」
男が人通りに消えるまで頭を下げる。
ふう。今のがCランク冒険者の力。
確かになかなかの力だが、勝てない力ではなさそうだ。
だが、異世界の人間、特に冒険者と俺との力関係が判明するまで、争いは避けるべきだ。
調子に乗って喧嘩を買ったは良いが、ボコられては話にならない。
勇者は臆病なくらいが丁度良い。
「カモナー君。すみません。いきなりトラブルに巻き込んでしまって」
「う、ううん。でも異世界の人たちって怖いんだぁ」
多少、予定とは異なったが、これで俺は異世界で見知らぬ酔っぱらいとのトラブルを未然に解消したわけだ。
まあ、解消手段が金銭というのはアレだが、相手はCランクだしな。
異世界の街が危険であること、そして、俺が頼れる大人だということをアピールする。
暴力だろうが金銭だろうが、トラブルを解消したという結果が同じなら問題ない。
「そうですねえ。でも日本でも酔っぱらいはあんなものでしょう。あ、そこの店に入りません?」
「うん。あの、さっきのって、その、僕を……ううん。えと、ありがと」
なるべく人で賑わう大衆向けの食堂を見つけ店内に入る。
4人掛けのテーブルに案内された俺たちは座席についた。
「それじゃ、あらためて、よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
お互いグラスを打ち合わせる。ただのジュースだが、乾杯だ。
「それじゃ、自己紹介といこうか。俺の名前はゲイム。勇者です!」
「ええっ! ゆ、ゆ、勇者なの? す、すごい……凄い凄いっ!」
勇者に反応するとは、なかなかやるな。
「いやいや、まいったな。自分で言うのも何だけど、勇者なんて普通だから。そんな驚かれると困るなあ」
「……謙虚……ゲイムさんって謙虚だねっ。勇者なのに凄いなぁ。さっきも僕を助けてくれたよねっ。憧れるなぁ」
謙虚とかガキのくせに難しい言葉を知っている。
しかも、庇ったことに全く気付いてないかと思えば、気づいていたのか。
能天気なように見えて頭は悪くなさそうだ。
「いえいえ。そんな勇者! 勇者! と連呼されると困るなあ。あまり大きな声で勇者! とか言わないでね」
「でもでも、勇者ってあれだよね。凄いパワーでモンスターをドカーンとやるんだよね。さっきもドカーンとやれば良かったのにぃ」
ドカーンって何だよ? 勇者をただの脳筋だと思ってないか?
「まあ、そんな感じだけどあまり争いは好きじゃないからね。で、俺は勇者だけど、カモナー君は?」
「うん。その、僕はカモナーで、えと、サモナーです」
「サモナーってやっぱあれかな? モンスターを召喚して戦う職業?」
「うんっ。そうだよっ」
よりによってサモナーか。
ゲームでよくあるのは、モンスター召喚、モンスター強化など、モンスターを主体にして戦う職業だ。
SSRモンスターとの相性は抜群、正面から戦うなら強敵だ。
「どうりで大きなグリフォンを連れていたわけだ。圧倒されるよ。課金ガチャから出たのかな?」
「うん。びっくりしたよ。いきなり光ったと思ったら、あんな大きなグリフォンだもん」
SSRモンスター。確かに強そうだ。
「そうだね。そうだ。俺の召喚モンスターも紹介するよ。サマヨちゃん」
カタカタ
黙って椅子に座っていたサマヨちゃんは、俺の呼びかけに立ち上がりお辞儀する。
「え? ええぇ!? 無口だーと思ってたら、召喚モンスターなの?」
「どうかな? サマヨちゃんっていうんだ。スケルトンで美人でとっても強いんだよ」
「同じプレイヤーの人かなぁと思ったよ。うわぁ。スケルトンって骨のモンスターだよね? どうなってんのかなぁ」
驚いてる驚いてる。
サマヨちゃんはどこに出しても恥ずかしくない自慢の召喚モンスターだからな。
「ところで、カモナー君はもう他のプレイヤーには会った?」
「ううん。ゲイムさんが初めて。だから驚いたんだ」
それで、こんなにのん気なのだろう。
「そうか……俺は2人のプレイヤーに会っている」
「ええ! 僕ずっと1人だったから羨ましいなぁ。今どうしてるの?」
確かに早めに他のプレイヤーに接触できたのは幸運だった。
おかげで他人のスマホを使って自分を強化できることに気がついた。
「いや、2人とも死んだよ」
「ええっ! その、やっぱりモンスターに?」
「1人はそうだ。だが、もう1人は野盗、現地の悪い奴らにやられたよ」
「野盗……やっぱりそんな人たちも居るんだ……もしかして、ゲイムさんは野盗を?」
やっぱり気になるよな。
モンスターならともかく、同じ人間を殺したかどうかというのは。
「ああ……俺が殺したよ」
「やっぱり……その、人を、怖くなかったですか?」
「もちろん怖い。でも、俺は勇者だからね」
あくまで勝てるかどうかだけが不安だった。
悪人を殺すのに勇者は葛藤しない。
「はぁ……僕なんてモンスターも怖くて。全部グリちゃんがやってくれたんだ。あ、グリちゃんっていうのは僕のグリフォンの名前なんです」
やはりそうか。
モンスターですら倒せるかどうか怪しい少年だ。
「可愛くて良い名前だね。俺がカモナー君に声をかけたのもグリちゃんを見たからだよ。あんな凄い召喚モンスター、ガチャだろうと思ったからね」
「ええぇ。その……もしかして目立ってました?」
まさか、あれで目立っていないとでも思っていたのだろうか。
「まあね。カモナー君に注目してる人は俺の他にも多かったと思うよ。そして、グリちゃんと離れて一人で街に入った事にもね」
「ああぁ! そ、そんあぁ……ま、街の中だと僕1人なんだ。ど、どうしよう? グリちゃんが居ないのに、さっきみたいな人に絡まれたら……僕どうしたら……」
召喚モンスターの居ない今、自分1人では街中でも危険だと気付いたのだろう。
酔っぱらいに絡まれた甲斐があったというものだ。
「大丈夫、心配いらないよ。勇者には子供を護る義務がある。街に居る間は俺と一緒に居れば良いよ」
カモナーを安心させるように断言する。
「でも、その、ゲイムさんに迷惑なんじゃ?」
「勇者にとって子供を護ることは、ご褒美みたいなものだ。もっとも君が悪人なら話は別だけど?」
「そ、そんなぁ。僕はただの目立たない善良な一般人ですよぉ。ほんとです」
そう言ってカモナーはすがるような目で俺を見ていた。
俺以外に頼れる人は居ないと。
「なら大丈夫だね」
「はい。その、勇者さんみたいな人に会えて良かったです」
「俺もカモナー君に会えて良かったよ。2人の方が心強いからね」
まったく……良いカモに出会えたのは幸運だった。
「その、勇者でも不安になることはあるんですか?」
「それはもちろん。勇者といっても俺はまだ23歳の学生でしかないからね。でも、この──」
サマヨちゃんの背中に手をまわす。
「サマヨちゃんと一緒だから。カモナー君もグリちゃんと一緒だと心強いだろ?」
「うん。うん! そうなんだ。グリちゃん僕に凄く優しいんだ。モンスターから守ってくれるんだよ」
「大丈夫。グリちゃんの代わりにはならないが、街にいる間は俺と一緒にいれば良いよ。行こう。もう夜も遅い。今夜の宿を探そうか」
「うん……その、ありがとう」
カモナーは完全に俺を信頼している。
「なに。プレイヤー同士助け合うのは当然だよ」
相手を搾取する関係であっても、協力関係に違いはない。
食事を終えた俺たちは宿屋を探す。
あまりに安い宿屋は何があるか分からない。
多少値段は高くとも、安心して眠れそうな宿屋を選ぶ。
宿泊料は2人部屋で1万5000ゴールド。
1人は召喚モンスターということで2人分の料金だ。
「あのぅ。僕、お金が……さっきの食事代もだけど」
「カモナーは気にしなくて大丈夫。子供を護るのが勇者だって言っただろう?」
100/7/9(土)20:30
【所持金】2万2000ゴールド
「その……ベッドが2つしかないけどどうするの?」
「問題ない。俺とサマヨちゃんで同じベッドを使うから」
「えぇ!? その、スケルトンと一緒に?」
俺の返答に若干驚いたような声をあげるカモナー。
いったい何を驚くのか?
召喚モンスターは主人の身を守るための存在。
眠る時こそ、無防備になるその時間こそが最も危険なのだ。
ならば一緒に眠るのは当然のことである。
「ああ。カモナーもグリちゃんと一緒に寝ていたんじゃないのか?」
「う、うん。そういえばそうかなぁ。でも、グリちゃんの身体はフワフワのモコモコで、とっても気持ち良いんだぁ」
途端にうっとりした目で相棒の自慢をはじめるカモナー。
間抜けなように見えて眠る時の安全は確保していたわけだ。
しかし、召喚モンスターを自慢するというなら俺も負けていられない。
「俺のサマヨちゃんもツルツルのピカピカでとっても気持ち良いぞ。撫でてみるか?」
「え? いいの? そ、それじゃ、ちょっと頭を……」
室内でフードを外したサマヨちゃん。
その頭を撫でようとカモナーが手を伸ばす。
「! いたっ!」
カモナーは驚いたようにサマヨちゃんの頭から手を離していた。
「どうした? サマヨちゃんの頭はツルツルだろう?」
「い、ええ? なんか僕がさわるとピリッと来たよ。その、ちょっと痺れてる」
そういってカモナーは手をブラブラさせている。
サマヨちゃんの頭蓋骨は暗黒アンデッドスケルトンだ。
口から吐く息だけでなく、頭蓋骨そのものに暗黒の効果が現れているのだろう。
勇者である俺には無害なため気づかなかった。
「そういうことか。すまない。どうもサマヨちゃんの頭蓋骨は普通の人間がさわるのは危険みたいだ。気づかなかったよ。本当にすまない」
カモナーのおかげでサマヨちゃんの能力に気づくことができた。
ここは心から謝っておこう。
「でも、いいなぁ。僕のグリちゃん街に入れてくれなかったんだ」
サマヨちゃんの頭をなでる俺を見て、カモナーが羨ましそうに言う。
「10万ゴールド必要だからな。お金を稼ぐ当てはあるのか?」
「うーん……全くない。どうしよう? ゲイムさん。僕、どうしたらいいの?」
そう言われても俺も街に来たばかりだ。
だが、なんとなく当てはある。
「俺も街に入るのは初めてだからね。でも、こういうファンタジーな異世界なら冒険者ギルドとかあるんじゃないかな? ぶつかった酔っぱらいがCランクだと言っていたことだし、明日探してみないか?」
「わ! 僕もそういう本を読んだことある。それで薬草とか探しにいくんでしょ。うわー行きたい。外ならグリちゃんも一緒だし、行きたいよぉ」
カモナーもそういった本を読むのか。
そのわりには無防備だ。俺とは読むジャンルが異なるのか?
「うん。俺も楽しみだよ。それじゃ、この宿はお風呂あるみたいだし、今日はお風呂に入って早めに休もうか?」
「お、お風呂かぁ。うん。あ、ゲイムさん先に入って。どうぞ」
お風呂の話になると急に慌てたように反応するカモナー。
子供だから、てっきり先に入りたがると思ったのだが。
「そうか? ならお先に。サマヨちゃん行こう」
カタカタ
「え? ええ? えええっ? あ、あのゲイムさん」
「うん? どうした? 一緒に入りたいのか?」
男と一緒に入っても仕方がないというのに。
「え? いえ、そのぉ……スケルトンと一緒にお風呂に入るの?」
こいつ、いつまで寝ぼけたことを言っている?
お風呂という裸になる瞬間、武器、防具を解き放ち無防備になる瞬間こそ危険だというのに。
もしや、俺とサマヨちゃんを引き離そうと、よからぬ企みをしているのか?
「ああ。もちろん。サマヨちゃんは美少女スケルトンだからお風呂大好きなんだよ」
「そ、そうなの? そういえばサマヨちゃんって女の子の名前だよね。女の子だったんだぁ」
今まで気づいていなかったのか?
やっぱりどこか抜けた奴だ。
「そうなんだよ。そういえばグリちゃんは男の子か女の子か、どっちなの?」
「どっちだろう……気にしたことなかったぁ。ああぁ、どっちなんだろう。気になるぅ」
確かに気になる。グリフォンの物がどうなっているのか。
メスなら良いのだが。
「はは。今度一緒に調べてみようよ。それじゃお先に」
カモナーを部屋に残してサマヨちゃんとお風呂に向かう。
今晩はカモナーと一緒のため、ベッドでの訓練は中止だ。
その分、お風呂でサマヨちゃんとの訓練にいそしむとしよう。
「ふいー。なかなか良い湯だったよ。カモナー君もお風呂は久しぶりだろう? ゆっくり入ると良いよ」
「うん。僕、異世界に来て初めてだよ。お風呂なんて。えへへ、楽しみ」
ザブーン
カモナーが風呂に入っている今、脱衣室に居るのは俺だけだ。
目の前にあるのはカモナーの服。
俺はその服へと手を伸ばした。
俺たちの使うスマホ。
見た目はスマホそっくりだが、機能も耐久性も全く異なる。
水に濡れようが、ハンマーで叩こうが、壊れることはない。
だが、見た目がスマホのため、その耐久性を知らない者はお風呂に持ち込まないだろう。
ゴソゴソ
あった。スマホだ。
何もカモナーと戦う必要はない。
俺の目当ては、あくまでスマホであってカモナーの命ではない。
住民を犠牲にするなどもっての他だ。
こうしてスマホを回収。俺のスマホに統合してしまえば良い。
さえわたる勇者の知略というべきか。
カモナー。話してみれば悪いヤツではなかった。
むしろ良い奴だ。オツムは少々弱そうではあるが。
スマホを、召喚モンスターを失ったカモナーはどうするだろう。
俺のことを恨むだろうな……
(ええっ! ゆ、ゆ、勇者なの? す、すごい……凄い凄いっ!)
(はい。その、勇者さんみたいな人に会えて良かったです)
……今さら他人を気にしてどうする。
俺が殺した野盗にも家族が居て子供が居たかもしれない。
勇者に私情は禁物だ。
勇者が強くなることで。
カモナー1人の犠牲で多くの民衆の命が救われるのだ。
俺は、カモナーの服からスマホを取り出すと、自身のスマホへと近づける。
その時、スマホに引っかかっていたのだろう。
カモナーの下着までもが一緒に引っ張り出されていた。
女性用の下着──いわゆるパンティだ。




