13.骨とスキル
100/7/9(土)8:30
【所持金】14万2000ゴールド
森での夜が空けた。
枝の上で寝たおかげか、モンスターの襲撃も野盗の襲撃もなく無事に朝を迎えることができたようだ。
それじゃ、さっそく移動を開始するか。
問題は、どの方角に進めば人里に辿り着けるかだ。
そんなことを考えながら枝を降りた俺の足元には、ずぶ濡れのサマヨちゃんが転がっていた。
「サ、サマヨちゃん!? どうしたの? 雨でも降った?」
しかし、雨にしては地面が濡れていない。
そして、美少女に対して言うのもはばかれるが……サマヨちゃん臭い。
この匂い……アンモニア臭だ。まさか……?
サマヨちゃんは起き上がると俺に飛びついてきた。
そして、あろうことか俺のベルトを引き抜き、ズボンを脱がせようとしている。
「ちょっ! サマヨちゃん?! 駄目だよ。そんな、いきなりなんて」
積極的な娘も悪くない。
だが、サマヨちゃんは俺を露出させると再び寝転がり、何やら俺の物と自分を交互に指さしている。
「もしかしてと思ったけど……やっぱり、かけられた?」
カタカタ
うなずくサマヨちゃん。
危ないところだった。
寝ている間に枝の真下まで人が近づいていたとは。
辺りが暗いおかげで俺は見つからずにすんだようだ。
そして、サマヨちゃん。すまない。
変なところに寝っ転がらせたばかりに……
しかし、くそっ。なんて奴だ。
行き倒れたガイコツにかけるなんて、罰当たりすぎる。
サマヨちゃんを綺麗にしてあげるには、俺がもう一度かけるしかないのか?
だが、かけられるならともかく、さすがに美少女にかけるのは……
悩む俺を尻目に起き上がったサマヨちゃんは、何やら東の方角を指さしている。
「どうしたの? あっちに何かあるの?」
カタカタと手を動かすサマヨちゃん。
東を指さした後、再び寝転んで俺を指さす、そして最後に北を指さす。
どうやら東から来た人間が、サマヨちゃんにかけて、北へ去っていった。
そう言いたいのだろう。
「そういうことか! さすがサマヨちゃん。ありがとう」
これは貴重な情報だ。
東から人間が来たという事は、その方角、東に人里があるということだ。
北へ去っていったというのは、女性プレイヤーの小屋へ向かったのだろう。
進むべき方角は決まった。
【ショップ】で購入した水をサマヨちゃんにかけてやる。
アンモニア臭を落としながら東に向かって進み続けるとしよう。
ザクザクザク
カタカタカタ
昼を過ぎるころ、ようやく森を抜け街道に出た。
文明の香りがする。これなら街も近いな。
街道を北へ。
右手に草原、左手に森が広がるのどかな風景を初夏の風に吹かれながら歩いていく。
「ゴギャー!」
なんだなんだ? 何の鳴き声だ?
左手に広がる森から、奇妙な鳴き声と共に人型の獣が飛び出してきた。
身長は俺より低い。1.2メートル程。
緑色の地肌をさらして、みすぼらしいながらも武器を身に着けた人獣。
どう見ても雑魚。ゴブリン獣といった相手だ。
街道に飛び出したゴブリン獣は4匹。
俺の進行を妨げようというのか、前方でギャーギャー騒いでいる。
黙って斬り殺しても良いが、億が一にも緑色をしただけの子供の可能性もある。
勇者の街道デビュー戦が子供への虐待では話にならない。
俺は、野盗の剣を抜き放ち名乗りを上げる。
「何奴だ! 俺を勇者と知っての狼藉か!」
やはり剣を構えた俺は様になる。
陽光を反射した剣がキラリと輝き、勇者と呼ぶにふさわしい光を放っていた。
しかし俺の名乗りにも関わらず、ゴブリン獣は前方で騒ぎ続けるだけだ。
なんだコイツら? 襲ってくるならともかく騒ぐだけ?
ま、勇者の名乗りに反応しないなら、切り捨て御免といくか。
その時、森の中から火球が飛び出した。
ボカーン
火球が直撃。サマヨちゃんが炎に包まれる。
「ああっ!? サマヨちゃんっ!」
目の前のゴブリン獣は囮か?
火球が直撃すると同時に、前方のゴブリン獣たちは武器を振り回して一斉に走り寄っていた。
おのれ! 名乗りもあげず不意打ちとは武士の風上にもおけん。
しかも、村娘っぽくて弱そうなサマヨちゃんを真っ先に狙うとは非道にも程がある。
ぶっ殺す! 例え子供だろうと勇者は容赦しない。
俺は近づくゴブリン獣を無視して、勇者ダッシュで森へと突入する。
街道に居るのはただの囮で雑魚だ。いつでも殺せる。
一番危険なのは、森から火球を飛ばしてきた奴。
森の中、木立の先に杖を持ったゴブリン獣が居た。
街道のゴブリン獣を無視して追いすがる俺の姿に、慌てたように逃げ出していた。
逃がすか!
おそらく火球は連発できない。
そして発射するまでに時間がかかる。
でなければ、わざわざ囮なんて使う必要がない。
あれだけの火球を連続で発射されては、勇者といえど無傷ではすまない。
だから、逃がさない!
俺はスマホから、ナオンさんの右前腕を取り出す。
ナオンさん。どんな女性だったか知らないが、力を貸りるぞ。
振りかぶった俺は、ナオンさんの骨から不思議な力を感じていた。
なんだ? この感覚……もしかして、これが魔力か?
生前のナオンさんは雷魔法使い。
この骨に俺の力を、魔力を流せばどうなる?
手に持つナオンさんの骨に、俺の魔力を込める。
骨の表面に、バチバチ青い電気が走り始めていた。
そのままナオンさんの骨を振り上げ──
「ぬおおお! 勇者サンダー!」
振り下ろした骨から、雷光がほとばしる。
バリバリバリ
逃げる背中を一直線で捉えていた。
カキーン
だが、直前で振り返るゴブリン獣。
構えた杖から発する魔力が壁となり、勇者サンダーを防いでいた。
魔力の防御壁?
魔法使いだけあって、魔法防御が高いということか。
もっとも防いだといっても、勇者サンダーを受けて無傷なはずがない。
身体から焦げたような煙を発して、ゴブリン獣は動きを止めていた。
ならっ!
ナオンさんの骨。今度は魔力を込めず──
「死ねぇぇぇ! 勇者ストライクッ!」
そのまま力任せに投げつける。
ドガシャーン
再び杖を構えるゴブリン獣だが、ナオンさんの骨は魔防壁を突き抜け、ゴブリン獣の身体にめり込んでいた。
「グギョョォォー」
魔法使いが物理攻撃に脆いのは、ゲーマーにとって常識だ。
勇者は弱点を見逃さない。
サマヨちゃんの方はどうなった?
倒したゴブリン獣の死体をスマホに収納。
急いで街道に戻ると、街道にはゴブリン獣4匹の死体があった。
傍らには血に染まる棍棒を抱えたサマヨちゃん。
「サマヨちゃん無事か! というか、全部倒したのか」
サマヨちゃん火球を食らったのに何ともないのか?
サマヨちゃんの身体を確かめる。
ああ。そうか。服か。
アンモニア臭を消すのに水をかけていたから、まだ濡れたままだったんだ。
もっともLVが上がって魔法防御が上がっていたのもあるだろう。
全体に黒くすすけたり溶けたりしているが、黒く輝く頭部はツヤツヤと魔法の影響を微塵も感じさせない。
溶けた骨も再生が始まっており、しばらくすれば完治するだろう。
「さすがはサマヨちゃんだ。凄いぞ! で、さすサマついでに、ゴブリンの魔石回収を手伝ってくれないかな。お願いします」
サマヨちゃんの頭蓋骨を外して、ゴブリンの腹へぶちこむ。
ガタガタ震えたところで回収完了だ。
さて、ここで一つ試してみたいことがある。
それは、ゴブリン魔法使いの骨だ。
先ほどの戦いで、ナオンさんの骨。
【雷魔法1】を習得したナオンさんの骨に魔力を込めれば、【雷魔法1】を使えることが分かった。
ということは、ゴブリン魔法使いの骨を使えば、炎魔法を使えるのではないか? ということだ。
まず野盗の剣でゴブ魔法使いの左前腕を切り落とす。
次に骨に付いた肉をナイフで削り取る。
最後に水で綺麗に洗って完成だ。
「燃え落ちろ! 勇者ファイアー!」
だが、ゴブリン魔法使いの前腕を手に持っても全く力を感じない。
魔力を流し込んでも、叫んでもピクリとも反応しない。
俺の仮説が間違っていたのか?
だが、【骨術1】の説明にも、使用する骨のHP、攻撃、防御、スキルにより変動する。と書いてある。
スキルにより変動する。という効果で、ナオンさんの【雷魔法1】を発動できたはずだ。
骨を前に頭を抱える。
そんな俺にサマヨちゃんが近づいたかと思うと、いきなり抱き付かれていた。
ぶほ。いったい何が?
さらには俺の顔に頭蓋骨をゴンゴン押し付ける。
な? なんだ? もしかしてキスのつもりか?
「ちょっ。ど、どうしたの? サマヨちゃん。こんな真昼間からなんて」
今日のサマヨちゃんは強引だ。欲求不満なのだろうか?
サマヨちゃんは身体を離すと、俺に自分の骨を差し出した。
受け取れということか?
うむ……サマヨちゃんの骨。やはり別格だ。
ゴブリン獣の骨と比較すれば、その凄さが良く分かる。
手に吸い付くような骨触り、そして絶妙な膨らみが俺の手にしっくりくる。
何より湧き上がるこの力。
俺とサマヨちゃんの身体の相性は、抜群だ。
魔力を込めると、骨から黒い煙が立ち上る。
これは【暗黒1】の効果だ。
魔力の込め方さえ分かれば、俺でも使えるようになる。
そこまで見届けたサマヨちゃんは、次に棍棒でゴブリンの死体を叩き始める。
ちょ!? いや、死体殴りはマナー違反だよ。サマヨちゃん。
ゴブリンの死体をグチャグチャに潰したサマヨちゃんは、そこから骨を取り出すと俺に差し出した。
受け取る。が、やはりゴブリンの骨からは力を感じない。
もちろん魔力を込めても何の反応もない。
……なんとなくサマヨちゃんの言いたい事が分かった。
【骨術】は、骨の力を引き出して戦う。
つまり、骨から力を借りて戦うわけだ。
骨が俺を嫌っていれば、力を借りることはできない。
そういうことか?
俺とサマヨちゃんは相思相愛。いわばリア充爆発ラブラブ絶頂状態だ。
ナオンさんと俺は見ず知らずの関係ではあるが、死の原因となった野盗は俺が倒して仇を取った。そして最後を看取っている。
ゴブリン魔法使いと俺は敵対関係で俺が殺した。
そういうことだろう。
「さすがサマヨちゃん。分かったよ!」
相変わらずのさすサマ。
伊達に全身骨で出来ているわけじゃない。
あらためてナオンさんの前腕を手に取り見つめる。
ナオンさんを助けようと戦った。
そんな俺にナオンさんの骨は力を貸してくれている。
その現象に、少し胸のつかえが取れた気がした。
プレイヤー同士が争うよう仕組まれた異世界。
異世界での死は、地球への帰還でしかない。
それでも、やっぱり死は死だ。
だからこそ、勇者は、勇者でなければならない。
人々を、そしてプレイヤーを救うのが勇者の使命だからだ。




