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11.今は俺が勇者だ

 100/7/7(木)6:30

 【所持金】 1万2000ゴールド



 いよいよ旅立ちの朝がやって来た。

 天気は快晴。澄み渡る青空こそ勇者の旅立ちにふさわしい。


 思えば、この小屋で目覚めたのが異世界の始まりだった。


 いざ離れるとなると寂しい気もするが、勇者は先に進まねばならない。

 お世話になった小屋に一礼し、その場を後にする。


 ザクザクザク

 カタカタカタ


 向かう先はダモンさんの小屋。


 ダモンさんのマップをコピーしたので場所は分かっている。

 俺の小屋から南。ノラ犬獣の住居を越えてさらにその先へ。


 距離はあるがマップのおかげで思ったより早く到着する。


 小屋の前で両手斧を発見。拾得する。

 木こりを目指したダモンさんの持ち物なら、有効に活用するのが供養というものだ。


 そのままダモンさんの小屋で一夜を明かして翌日。



 100/7/8(金)6:30

 【所持金】 1万2000ゴールド

 【お知らせ】本日24:00 セーフゾーンを停止します



 いよいよ今日でセーフゾーンは停止する。

 これまでは小屋の中なら安全に眠ることができた。

 だが、これからは眠る際に見張りを立てる必要がある。


 幸いにも俺は一人じゃない。俺にはサマヨちゃんがいる。


 しかもスケルトンであるサマヨちゃんは眠る必要がない。

 もっとも、勇者は美少女をこき使うようなことはしない。

 二人交代で見張りをすれば良い。

 もちろん勇者には他の任務もあるので見張り時間は短くなるが、これは仕方のないことだ。サマヨちゃんも納得だ。



 とりあえず、行けるところまで南へ移動してみよう。

 なるべく森での野営は避けたいが、どうなる。


 ザクザクザク

 カタカタカタ


 あたりが夕暮れに包まれるころ、俺は新たな小屋を発見していた。


 この小屋……俺の、そしてダモンさんの小屋と同じ外見。

 これはプレイヤーの小屋だ。


 思ったより近くに3人ものプレイヤーが居たというわけだ。

 もっとも近いといっても日帰りで探索できる距離ではない。


 小屋を捨てる決意をしなければたどり着けない距離だ。


 いち早く小屋を、セーフゾーンを捨てたプレイヤーだけが、他プレイヤーに接触できる、不意をつくことができる絶妙の距離。


 セーフゾーンの有効期限まであと6時間。

 あの小屋にプレイヤーは居るのか?


 樹々の茂みに身を隠しながら小屋がよく見える場所へと移動する。


 ……人が居るな。


 窓ガラスの先に、明かりと同時に人影が見える。

 しかも、一人ではない。複数だ。


 ざっと見る限りで室内には3人の男の姿が見える。

 もちろん窓から室内の全てが見渡せるわけではない。


 しかし、この男たちは……プレイヤーではないのか?


 男たちの服装は薄汚れており、中世の人たちが着るような古めかしい服装、皮の鎧や毛皮と思わしき防具を身にまとっている。

 何より伸び放題で全く手入れされていない髪の毛や髭は、何年も厳しい環境で過ごさなければ生まれない、ザ・ならず者といった風貌だ。

 例えプレイヤーが現地の服装を【ショップ】から購入したとしても、1週間でこうは見事になりきれない。


 この男たちは、異世界の人間。いわば現地人というわけだ。


 その時、窓ガラスに一人の女性が映った。


 その女性が身に着ける上着は、カッターシャツに似ている。

 さらには、開かれたシャツから覗き見えるブラジャー。


 ここからではよく見えないが、俺の小屋と同じ造りならベッドだろう。

 ベッドから立ち上がろうと窓に映った女性だったが、男に押さえられ見えなくなっていた。


 あの女性がプレイヤーだ。


 小屋にはモンスター避けの結界がある。

 が、プレイヤーも、そして現地の人間もまたモンスターではない。


 寝ているところを襲われたのか?

 もしも俺と女性の目覚めた場所が逆なら、俺が襲われていたかもしれない。


 勇者としては、可能ならば女性を助けたいところだ。


 プレイヤー同士はライバルではあるが、必ずしも競う必要はない。

 スマホがあれば、普通に暮らすだけで人よりよほど良い思いができるのだ。

 争いを好まない、ダモンさんのように生産職で平和に過ごそうというプレイヤーもいるだろう。


 もっともそういうプレイヤーは寝首をかかれるか良いように使われるだろうが。


 とにかく、プレイヤー間の競争を煽るシステムではあるが、協力、搾取も可能だということだ。


 命の危機を救ったとなれば、なおさらだ。



 だが、はたしてこの状況で女性を救うことができるのか?


 窓から見える男は3人。

 ベッドは窓から見えない位置にある。

 なら、もう一人くらいはベッドに居るように思える。


 異世界の男が4人。

 不当に小屋を占拠、女性に乱暴を働くならず者となれば野盗だろう。


 勇者として、野盗を始末するのに躊躇ためらいはない。

 が、問題は勝てるかどうかだ。


 俺がこれまで戦ってきたのはモンスターのみ。

 そのモンスターが跋扈ばっこする森で活動する野盗。

 森のモンスターより格上ということだ。


 加えてスキル、魔法の存在する異世界。

 野盗も何らかのスキルを所持している可能性が高い。

 いくら勇者とはいえ、勝算なしに乗り込むわけにはいかない。


 残念ながら、あの様子では女性の貞操はすでに破られている。

 今さら急ぐことはない。基本に忠実に、各個撃破でいこう。


 茂みに身を隠して小屋のドアを見張る。


 俺の小屋と同じ造りならドアと窓は一カ所。

 そして室内にトイレはない。


 ならいずれ外へ出てくる。

 連れ立っての可能性はあるが、それでも二人までだろう。

 そこを狙う。


 待つことしばし、ドアを開いて男が一人出て来た。

 小屋を離れると茂みをかき分け森の奥へと入り込んでいく。


 しめた! 小用どころか、これは大だ。


 「サマヨちゃん。左腕を貸してくれ」


 不意を突いて一撃で決める。

 そのためにも最大の火力を準備する。


 どういうわけか、棍棒で殴るよりも、ナイフで突くよりも、サマヨちゃんの骨を借りて殴るほうがモンスターへの効き目が高い。

 これがスキル【骨術1】の効果なのだろう。


 サマヨちゃんの差し出す左腕を掴んで、前腕だけを引き抜く。


 「サマヨちゃんは待っていて」


 左前腕を片手に足音を忍ばせ近づく。

 目の前には、茂みに腰を落として踏ん張る男。

 その背後でサマヨちゃんの左前腕を振りかぶる。


 下手に頭を狙って殺しては駄目だ。

 かといって力が足りなければ相手の反撃を許す結果になる。

 死なないように、動けないように。


 だが、人を殴打するのは初めてのため力加減など分かるはずがない。

 背中めがけて前腕を適当に叩きつける。


「ぐぼぁっっ!」


 うめき声を上げて前のめりに吹き飛ぶ男。

 大のため小屋から結構な距離が離れている。この程度なら聞こえはしない。

 背を向けて倒れる野盗へ馬乗りになり、髪の毛を掴んで頭を引き寄せる。


「ごへっごへっ……だっ誰だ……ごへっ」


「大声を上げるな。うんこ野郎」


 後はこの男から室内の人数、武装、スキルなどの情報を聞き出せば良い。

 ついでに人里についての情報も聞いておこう。


 情報を制する者が戦を制する。

 勇者は脳筋では務まらない。高度な職なのだ。


「死にたくないだろう? 俺の質問に答えてくれ」


「ごへっ。てってめえ何もんだ? ギルドの連中が雇った冒険者か?」


 ギルド? 冒険者?

 要はお前は命を狙われる覚えがある、お尋ね者だってことだろう。

 なら、便乗する。長い物には巻かれるに限る。

 勇者には国王などの大物スポンサーが付き物だ。


「ああ。そうだ。大人しくすることだ」


「ごへっ……そうかよ……へっ」


 どうやら上手くいける。

 だが、そうあっさりとはいかないようだ。


「野盗は全員死刑なんだろ? どうせ死ぬなら……おい! おまえらっ! ギルドの連中だ! 用心しろ! 敵だっ!」


 押さえつけられ命を握られているというのに、男は大声で仲間に警告し始めた。

 即座に前腕を男の後頭部へと叩きつける。


「敵だ! おまえっ、どぎゃっっっ!」


 あたりに静寂が訪れる。が、もう手遅れだ。

 なかなかアニメのように上手くはいかない。

 仕方ない。俺は勇者であって忍者や盗賊ではない。


 なら、ここからは勇者らしく戦うだけだ。


 男の叫び声を聴いたのだろう。

 俺の元までサマヨちゃんがカタカタやってきた。


 ドアを見張るサマヨちゃんにまで聞こえたんだ。

 小屋の中まで聞こえていると考えた方が良い。



 再び茂みを移動して窓から室内が見える位置へと移動する。

 窓には外を警戒する野盗の姿が見えた。


 そうだろうな。

 野盗は襲撃者が俺一人であることを知らない。

 相手はギルドの連中だと、複数だと思うだろう。

 当然、打って出る訳にもいかない。


 そのため、小屋の中で襲撃に備える野盗。

 籠城する相手に勝利するには3倍の戦力が必要と聞く。


 だが、籠城する意味があるのは援軍の見込みがある時だけだ。

 援軍の当てでもあるのか?


 それでもすでに時刻は夜。

 他の野盗が来るにしても夜の森を移動するとは考えずらい。

 来るにしても明日以降だろう。


「サマヨちゃん交代で見張る事にしよう。先に休憩する。ドアから出てくるようなら教えてくれないかな」


 サマヨちゃんに見張りを任せて休憩する。


 襲撃するなら深夜。援軍が来る前だ。

 当然、相手も警戒する。

 だが、その緊張がいつまで続く?

 1時間? 3時間?

 敵に囲まれたまま緊張を保つのは消耗が激しいものだ。


 1時間が経過。


「サマヨちゃん交代しよう。しばらく休んでも大丈夫だよ」


 あたりはすっかり暗闇に包まれている。

 小屋の窓に明かりは見えない。

 襲撃を警戒して明かりを消しているのだろう。


 なら希望に沿うとしよう。


 【アイテム】からイノシシ獣の肉を取り出す。


 そして、ゲイム君おおきく振りかぶって──投げた。


 ガシャーン


「敵だ! 起きろ! 窓だ! 窓から来やがった!」


 残念ながら敵ではない。ただの肉だ。


「ふう。一仕事したし、サマヨちゃん交代しようか」


 俺はサマヨちゃんと見張りを交代すると茂みに身体を横たえる。


 そして再び1時間が経過。


 ピッチャーゲイム君。第2球ふりかぶって──投げた。


 ガシャーン


 前回のように大きな声は聞こえないが、あわただしく動きまわる音が聞こえる。


 2回目となるとあまり驚かないか。

 まあ良い。夜はまだ始まったばかりだ。


 さらに1時間が経過。


 さあゲイム君。第3球──投げた。


 ストライーク


「やろう! いい加減にしろよ! こっちにゃ人質がいるんだぞ」


 たび重なる嫌がらせに嫌気がさしたのか、小屋から怒鳴り声が響く。


「こいつを見やがれ! ぶっ殺すぞ! どうなってもいいのか!」


 窓辺に現れた野盗は、抱えた女性にナイフを突きつけている。


 この大事な場面どうする?

 ゲイム君。キャッチャーのサインにうなずいて──投げた。


「人質がどう、ぶぎゃっ!」


 デッドボール


 投げたのはサマヨちゃんの左前腕。

 【骨術1】によって強化された左前腕は、男の顔面を直撃していた。


 勇者はテロに屈しない。

 窓辺に姿を見せれば狙撃されるのは当然だ。


 と、同時に俺は小屋目がけて勇者ダッシュで一気に距離を詰める。


「女をやれっ! ギルドの連中への見せしめだ!」


 馬鹿め。テロ鎮圧で突入隊が動くということは──


「ごほっごほっ……な、なんだこの煙はっ? どこから湧いてきたっ?」


 暗闇でよく見えないが、今頃室内には【暗黒1】の煙が充満しているはずだ。


 森の茂みに立ち尽くすサマヨちゃん。その頭に頭蓋骨はない。

 俺が第3球として投げこんだのはサマヨちゃんの頭蓋骨だ。


 イノシシ獣の肉を投げ込み、騒動に慣れさせたところで本命を投げ込む。

 そして突入にあわせて【暗黒1】の煙で骨抜きにするというわけだ。


 勇者にかかれば野盗鎮圧など朝飯前でしかない。


 勇者ジャンプで窓から室内へと飛び込む。


「ごほっごほっ。やはり勇者の俺でもこの煙はキツイな」


 室内には咳き込む4人の男女。

 夜目に慣れた勇者の目にはよく見える。


 3人の野盗。

 それぞれ剣を手に襲撃に備えているが、【暗黒1】の煙に包まれ目から涙が溢れ口からは涎を垂らしており、まともに動ける状態ではない。


 そして俺の目には、プレイヤーの、女性の姿までもがよく見えていた。


 衣服を剥ぎ取られた女性お身体には、痣や噛み痕、切り傷が残されていた。

 夕刻には長い黒髪でよく見えなかったが、その髪の下の顔が大きく腫れ上がっているのが見えた。


「……勇者……アタック」


 手に持つ前腕。その骨を野盗に向けて全力で叩きつける。


 ドカッ


「ひぎぃっっっ」


 振るう骨は頭を砕き、野盗は脳漿をまき散らし事切れた。


 その凄惨な光景に、下半身を濡らして腰を抜かせた野盗。

 その顎を下から叩き上げる。


「勇者アタック」


 ドカッ


「どひぃっっっ」


 顎を跳ね上げ、自分の歯で舌を噛み千切り吹き飛ぶ野盗。


 最後に残った野盗は、涙の溢れる目をこじ開け女性に手を伸ばそうとしていた。


 ドカッ


「どぎぃぇぇぇ」


 伸ばす手を叩き潰す。

 みっともなく悲鳴を上げるその口内へと、全力で骨を突き込む。


「勇者アタック!」


 勢いあまって後頭部まで突き抜けた骨。

 野盗は床に貼り付けにされ、息絶えた。


 最後に俺は腰からナイフを取り出した。

 せめて地球へ。サマヨちゃんじゃない。

 これは俺自身の手でなければ──駄目だ。


 煙が消え去った室内。

 物言わぬ4人の男女だけが床に横たわっていた。


 悲しむ必要なんて何もない。

 薬草では無理で傷薬が大量に必要になる。

 そんな金銭はない上に俺にとっては見知らぬ他人で、しかも命を奪い合う競争相手でしかない。

 弱肉強食。野盗にやられないでも、俺がやっていただけだ。


 俺は中央にたたずむサマヨちゃんの頭蓋骨を手に取り、抱え込む。


 だが、その間に受けた彼女の痛みは俺の責任だ。


 俺が突入するまでの、1時間、2時間、3時間。

 野盗にとっては、緊張を保つための息抜きだったのだろうか。

 気晴らしだったのだろうか。


 もっと早くに突入するべきだった。 


 バッドエンドのゲームを見るたびに思ったものだ。

 お前、本当に主人公なのか? 主人公ならもっと上手くやれよ、と。


 この異世界は、レベルもステータスもあるゲームのような世界。

 でも、やっぱりゲームではなくて、痛みもあれば死にもする。

 ロードしてやり直すこともできなければ、死んだ後でコンテニューすることもできない。


 異世界こそが、今の俺にとっての現実なんだ。


 抱えるサマヨちゃんの頭蓋骨にポタポタと滴が落ちる。

 俺に【暗黒】の煙は、効果が無いはずなのにな。


 そして、今は俺が勇者であることも現実。


 俺が勇者だからこそ、俺自身の不甲斐なさこそが一番腹立たしい。

 だが、この異世界で俺に何ができるという?

 勇者といっても、スマホからスキルを習得しただけの俺に。


 それでも……今は俺が勇者なんだ。

 他の誰でもない。

 俺が勇者だからこそ、ゲームの勇者のように。

 勇者アタックで正義を示さねばならない。


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