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1.異世界の小屋

 それは神の気まぐれだった。


 あるところにゲームに似た世界があった。

 人々の能力はステータスという数値で管理され、各々の技能はスキルと称され、魔法と魔物の存在する世界。


 その世界にゲーム好きな人間を送り込めば、どのような結果になるのだろうと。

 そんな神の気まぐれにも似た遊戯によって、地球から66人の人間が異世界へと送り込まれていった。



 ここはどこだ……?


 俺の名前はたく 迎夢げいむ

 ゲーム好きの大学生で23歳。


 ごく平凡な大学に入りごく平凡な毎日を過ごしていたはずの俺が、何故か見知らぬ部屋の見知らぬベッドで目覚めるという奇妙な事態に直面していた。


 いったい何がどうなっているんだ?

 もしかして誘拐でもされたのか?


 自分で言うのも何だが、俺はイケメンである。

 なら、狙いは俺の身体か?


 慌てて自分の身体を確かめる。

 手足は自由に動くし身体に異常はない。

 ロープや手錠などで拘束されてはいないようだ。


 服装はベッドに入った当時のまま。

 白のTシャツに黒のトランクス。

 着衣に乱れはなく、トランクスにも異常は見られない。

 寝ている間に発射した様子もないことから、俺の貞操は無事のようだ。


 俺の身体が目的というわけではないのか?


 ともかく、次は目覚めたこの部屋を調べてみるとしよう。


 部屋の大きさは8畳ほど。

 壁際に俺が寝ていたベッド。

 正面には木枠にガラスのはめ込まれた窓。

 窓から差し込む光の加減から今は昼ごろであると予想される。

 そして出入り口であろう木製のドアが見える。


 壁と床は板張りでまるで山小屋といった雰囲気だ。

 部屋の中央にはテーブル、壁際に箪笥と壺が並べられている。


 俺は外の景色を確認しようと光の差し込む窓へと近づいた。


 !? ここはいったい……


 窓の外には一面の森が広がっていた。


 周囲は一面の草で覆われ、大きな樹が無数に生い茂っている。

 俺が住んでいたマンションは都会と呼ぶべき街にあったため、これほどの森は近くに存在しない。


 かなり遠い場所まで連れてこられたようだ。


 目覚める前の記憶は、自室のベッドに入ったところで途切れている。

 寝ている間に誘拐されたというわけか。


 しかし、俺は寝つきが良い方ではない。

 車で運ばれるにしろベッドから移される段階で目覚めなかったのが不思議なくらいだ。


 薬でも使われたか?


 眠る前に食べたのはコンビニ弁当。

 購入してから食べ終えるまで俺の手元にあったため薬を盛ることはできない。

 もちろん戸締りにも問題はないはずだ。


 だが、まあ何故この状況になったのか、これ以上考えてもらちがあかない。


 現に今の俺は見知らぬ場所へ無理矢理連れてこられた。今分かるのはそれだけだ。

 それより、これからどう行動するか。そのほうがよっぽど重要だ。


 室内に人の気配はなく、窓の外にも森林が広がるばかりで人の気配はない。

 事情を聴く相手もいないなら、まずは俺の目覚めた室内を調べるとしよう。


 俺が寝ていたベッドは、ごく普通の木製ベッド。

 かけられた布団はあまり上物といえない手触りだが、汚れはなく新品のようだ。


 板の張られた床には埃一つ積もっていない。

 室内にすえた臭いもないどころか、新しい木の発する澄んだ匂いが満ちていた。


 こんな森の奥に建てられたにも関わらず、全てが新品同然の部屋である。


 普通は誘拐した相手なんてボロ小屋とかに閉じ込めるもんだろうに。


 俺の鋭利な直感が告げている。

 これは普通の誘拐事件ではないと。


 部屋中央の机。

 その上に見慣れたスマホが置かれていた。


 元々俺が使っていたスマホそっくりそのままのデザインに見える。


 だが、そのスマホだけが机の上に置かれているというのは、明らかに何者かが俺へ向けたメッセージだろう。


 俺は迷わず机に近づくと、スマホを手に取りセンターボタンを押す。


 100/7/1(金)12:10

 【所持金】 0ゴールド


 【お知らせ】NEW!

 【ステータス】

 【アイテム】

 【マップ】

 【ショップ】


 ホーム画面に設定したアニメの萌えキャラが居ない。

 取り付けていた萌えキャラストラップも無い。

 予想通りではあるが、やはり俺のスマホではない。

 表示される画面にはゲームで見るようなアイコンが並んでおり、お知らせと書かれた項目に新着マークが点滅していた。


 お知らせをチェックして欲しいということか。タッチして選択する。



 ウエルカム。地球の諸君


 ここはゲームに似た異世界


 オープンワールドのアクションRPGと思って欲しい


 君は66人のプレイヤーの一人


 この世界で何をするのも君の自由


 死んだ瞬間、元の世界に戻ることができる


 死ぬまでの間、この異世界を楽しんでいってくれ



 意味不明なメッセージが表れた。

 ここがゲームに似た異世界だって?


 俺は自分の頬をつねってみる。

 痛い。

 これは夢とかゲームとかじゃない。

 この痛みは現実だ。


 おかしなメッセージに惑わされず、現実を直視しなければならない。

 そのためにも更にスマホを調べていく。


 お知らせ画面は、下記の項目から成り立っている。


 【新しいお知らせ】閲覧済み

 【最近の出来事】66人のプレイヤーが誕生

 【ランキング】毎月1日更新


 ランキングか。いかにもゲームっぽいな。

 俺が何位なのか気になるが未だ更新されていない。

 なら、お知らせでこれ以上見るべきところはない。


 次だが、ステータスといったゲーム風の項目が気になる。

 まさか、これで俺のステータスが見えるのだろうか?


 俺はステータスを選択する。


 名前:ゲイム・オタク

 種族:人間

 称号:プレイヤー

 職業:無職

 レベル:1

 HP:100

 MP:0

 攻撃:10

 防御:10

 敏捷:10

 魔法攻撃:0

 魔法防御:5


 ポイント:10

 スキル:無し


 ほう。これが俺のステータスか。

 しかし、俺の名字は宅であってオタクじゃないのだがな。

 しかも、あまり強くない気がする。というより、これ弱いんじゃ?

 まあ本当にゲームだというなら、始まったばかりだし弱いのも当然か。


 ポイント:10


 HPなどの項目は予想がつくとして、このポイントは何だろう?

 だいたいこういった場合は、ポイントを使って能力を伸ばせるとかなんだが。


 ポイントをタッチすると、画面が切り替わる。


 習得するスキルを選択してください。


 そこには剣術1、炎魔法1、体力強化1、料理1、鍛冶1、話術1、といったスキルが並んで表示されていた。


 やはりか。このポイントを使って好きなスキルを習得できるようだ。


 本当にここがゲームに似た異世界だというなら、このスキル選択は重要だ。

 恐らくレベル上昇でもポイントは貰えるのだろうが、レベルを上げるためにも最初のスキルが肝心だ。


 どれにするべきか?


 スキルによって必要ポイントが異なるようで、【剣術1】なら1ポイント、【炎魔法1】なら2ポイントとなっている。


 魔法か……

 もしも本当に魔法が存在するなら、ここは間違いなく異世界だ。

 それを確かめるためにも、ここは魔法を選択するべきだろう。


 だが、スキル一覧を眺める俺の視点は、あるスキルにくぎ付けになっていた。


 【勇者】10ポイント


 勇者ってスキルなのか?

 しかも10ポイント必要なのか……

 だが、勇者というなら選ばざるを得ない。


 俺以外に勇者にふさわしい男が居るだろうか? いや居ない。


 10ポイント消費してスキル【勇者】を習得しますか?


 もちろんYESだ。


 その瞬間、身体に力がみなぎる感覚を覚える。

 これがスキルを習得したということか?

 俺はあらためてステータス画面を眺める。


 名前:ゲイム・オタク

 種族:人間

 称号:勇者

 職業:勇者


 スキル:勇者


 称号と職業、スキルが勇者になっている。格好良いな。

 そういえば、肝心の勇者スキルの能力は何だろう?

 ステータスには何も変化なしだ。

 説明でも表示されないかと、スキル【勇者】をタッチする。


 【勇者】勇気ある者。


 勇者だからそうだろう……それより能力アップとか必殺技が使えるとか、そういう特典は無いのか?


 【勇者】勇気ある者。


 なるほど。これは隠しステータスがアップしているパターンだな。

 色々なゲームに詳しい俺は、表面上の数値に騙されない。

 なんといっても勇者だ。最強に決まっている。


 ステータスの確認を終えた俺は【アイテム】を選択する。


 【アイテム】なし


 初期だし仕方ない。


 続いて【マップ】を選択。


 画面中央に表示される光点が現在位置なのだろう。

 小屋やしき建物が映っているが、その周囲は暗闇に塗りつぶされている。


 これはオートマップか。

 自分の歩いた範囲が自動で描写されていく。

 その代わり、移動したことのない場所はマップを見ても一切分からないわけだ。


 続いて【ショップ】を選択する。


 所持金:0ゴールド

 【ガチャ】オススメ!

 【アイテム購入】


 これがゲームだというなら、ここで課金させようというわけか。

 所持金が0ゴールドのため何も購入できないが、どういったアイテムが販売されているのか内容を確認していく。


 剣、槍といった武器、鎧兜といった防具、回復薬、毒消し薬といった医療品、背負い袋や寝袋、さらに食糧や水とった日用品など。

 アクションRPGというだけあって冒険向けアイテムを販売しているようだ。


 そして、いよいよオススメ!と書かれたガチャを調べる。


 これは、いわゆる課金ガチャだな。

 ユーザーから一番お金を搾り取れるところだけあって、ウザイほどオススメマークが点滅している。


 ガチャはあまり好きではないが、何がでるのかワクワクする楽しみは否定できない。いや、否定できないどころか、つい最近もガチャに一万円使ったばかりだ。


 もっともお目当てのキャラは出なかったわけだが、微妙に良いキャラを引けてラッキーと思っている俺は、運営にとっていわゆるカモなのだろう。


 ガチャといえば、まずは気になる排出率だが……

 SSR:3% SR:10% R:37% N:50%


 最高ランクのSSRが3%とは良心的だ。

 これなら俺でも引けるかもしれない。

 いや、これはチャレンジするしかない。

 今なら引ける気がする。


 だが、ガチャ1回500万ゴールドと書かれているにも関わらず、俺の所持金は0ゴールドだ。普通は初回無料とかあるんじゃないのか?


 諦めきれずにガチャと書かれた部分をタッチするとメッセージが表示された。


 初回特典チケットを利用して1回無料でプレイできます。プレイしますか?


 やっぱりあるじゃないか。

 なら、やるしかない。いけ!


 画面に大きな池が映し出され、空中から現れた宝石が池へと吸い込まれる。

 池が七色に輝き、水中から何かが飛び出す演出と同時にガチャ結果が表示された。


 ノーマル【さまようガイコツ】GET!


 GET! じゃねーよ。

 なんだよノーマルって。外れじゃねーか。


 だが、よく考えればノーマルの確立は50%。仕方のないことか。


 ノーマルなのは諦めるとして、このガイコツをどうすれば良いのだろう。

 ゲームだというなら一緒に戦ってくれないだろうか。


 さまようガイコツと書かれたイラストをタッチする。


 パーティに加えますか?


 よし。もちろんYESだ。


 スマホの画面から光が放たれ、空中に線を描きはじめる。

 ガイコツの輪郭をなぞるかのように動きまわる光の軌跡。

 その光が消え去った後、俺の目の前にさまようガイコツが直立していた。


「マジか……」


 思わず口にだしてしまったが、それも無理はない。


 誰も居なかった部屋に突如さまようガイコツが現れたのだ。


 もう一度頬をつねってみる。やはり痛い。

 ということは、このガイコツも現実なわけで、ゲームの世界というのも現実なのだ。

 ならば、これ以上驚いている場合ではない。

 ここがゲームに似た異世界であるなら順応する必要がある。

 さもなくばゲームオーバーが待つのみだ。


 あらためてスマホの画面を見直してみると、【ステータス】の項目にNEWマークが点滅していた。


 ステータスをタッチする。


 誰のステータスを確認しますか?

 【ゲイム・オタク】

 【さまようガイコツ】NEW


 パーティに加えたことでガイコツのステータスも確認できるようだ。

 もちろんガイコツを選択する。


 レアリティ:ノーマル

 名前:さまようガイコツ

 種族:アンデッドスケルトン

 称号:無し

 職業:無し


 レベル:1

 HP:60

 MP:0

 攻撃:6

 防御:4

 敏捷:2

 魔法攻撃:0

 魔法防御:6


 種族スキル:不死 自動再生1 痛覚無効 空腹無効 状態異常無効 不眠不休


 解説:魔力により蘇った骸骨。戦闘力は低い。

 死者のため自我を持たず、痛覚、食事、睡眠といった生理現象は存在しない。

 また、身体をバラバラに破壊されても自動で再生するため死ぬことはない。

 ただし、聖属性の攻撃を受けると死ぬ。


 ノーマルレアリティというだけあって俺より弱い。


 だが、ノーマルとはいえ何といっても課金ガチャだ。

 弱かったり役立たずだったりしたら、苦情の雨あられが来る。


 現にガイコツも種族スキルとして多数のスキルを習得している。

 特にアンデッドとしての能力だろう、自動再生は魅力的だ。

 盾として使いつぶせる。


「お前、俺の言葉は分かるか?」


 カタカタカタ


 俺の言葉に対して、ぎこちないながらもガイコツがうなずいてみせる。

 自我はないとあるが意志の疎通は可能なようで、こちらの命令も聞くようだ。


「よし。俺はもう少し部屋の中を調べるから、それまで椅子に座ってくつろいでいてくれ」


 カタカタカタ


 俺の命令にしたがって、ガイコツは机に備えられた椅子に座る。

 死者だというなら休憩も必要ないだろうけど、まあ気分の問題だ。


 さて、後は箪笥と壺を調べるだけ。

 勇者にかかれば箪笥を調べるのはお手の物だ。


 ゲイムは箪笥を調べた。

 1000ゴールドを手に入れた。

 棍棒を手に入れた。

 木の盾を手に入れた。


 そして壺の中はというと内部に澄んだ水が蓄えられていた。

 飲み水だろうか。

 見た目は安全そうではあるが、まだ喉は渇いていないし飲むのを控えておく。


 これで室内の探索は終了した。


 色々と情報は得られたが、いまだ俺の身に何が起こったのか、そして、自宅に戻る方法などは不明なままだ。


 いや、スマホのメッセージを信じるなら、ここは異世界で自宅に戻るには死ねば良いそうだが、試しに死ぬというわけにもいかない。


 となると、いよいよ屋外の探索に移るべきだな。


 しかし、異世界の森となればどんな危険があるのか分からない。

 備えは万全にしておきたい。


 箪笥から見つけた武器、防具で身を固めるべきだろう。

 だが、問題が一つある。


 棍棒だ。


 勇者の俺が棍棒を装備するわけにはいかない。

 これは脳筋戦士の武器であって、勇者の武器ではない。

 やはり勇者の武器には剣こそがふさわしい。


 となると、この棍棒はどうするかというと……


「さまようガイコツさん。外はどんな危険があるか分からない。この棍棒で身を守るといい」


 他人に押し付ける。いや、違うな。

 俺だけ武器防具を装備してガイコツさんは素手のままというのは不公平だ。

 勇者は仲間に優しいものだからな。


 椅子から立ち上がったガイコツが棍棒を右手に取る。

 心なしか嬉しそうな気配を感じるが、気のせいだろう。

 スケルトンに感情など存在しない。


 そして俺は木の盾を装備する。


「よし。行くぞ。ガイコツさん……いや、待て」


 いつまでもガイコツさん呼ばわりは問題がある。

 他にも同類のガイコツが居た場合、区別がつかない。


 召喚モンスターに名前をつけるとしよう。


 となると、どんな名前にするか……いや、その前にこのガイコツは男女どちらだ?


 あらためてガイコツさんを正面から見つめる。

 身長は俺より若干低い。160くらいか。

 だが、骨だけの顔を見ても男か女か、美人かそうでないのか、当然ながら分からない。

 ならばと股間のあたり……骨盤をじっと注視する。

 たしか男女で違いがあると聞いた気もするが、残念ながら俺には判別できない。

 だが、この骨の線の細さ……きっと元は女性だろう。そうに違いない。


 こう考えると、案外元の顔が分からないというのもアリだな。

 俺の脳内でガイコツさんの生前の外見を自由に想像できる。


 よし。ガイコツさんは元はプラチナブロンドもまぶしいロシア系の美少女という設定にしよう。もちろん処女だ。


 確かアニメに出てくるロシア人のキャラがバレエダンサーだったよな。

 なら、バレエをたしなんでおり将来のスター候補だったが、練習中の不幸な事故により命を落としたと。


 バレエへの情熱が忘れられず、さまようガイコツとして蘇った今はバレエで培った柔軟性を生かして棍棒を縦横無尽に操るスーパーガイコツになったんだ。

 これでいこう。


「ガイコツさん。君の名前は、サマヨだ。いや、少女だからサマヨちゃんだな」


 残念ながらロシア系の名前など分からない。さまようガイコツだしサマヨで良い。女の子っぽい名前だし気にいるだろう。


「それじゃ、今度こそ行くぞ」


 木のドアを開け屋外へと一歩を踏み出すゲイム。

 続いて歩くサマヨと名付けられたガイコツの目には、一瞬ではあるが確かな光が灯っていた。


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