婚約
「クレール王女の十六歳の誕生パーティー?」
「そうだ。この日はなんと城に仕える者全員招待されているんだ。もちろんおまえにも招待状が来てるぞ」
ほれ、と父さんが差し抱いて招待状を俺は受け取った。
ここはカスタニエ家。今は親子三人王宮に出仕する前の朝食をとっている所だ。
「まだ噂だが、王女様はこの席でついに婚約を発表するらしいぞ!」
「婚約ねえ……」
もうすぐ十六歳になる姫様は、見慣れた俺の目から見ても美しく成長していた。その為、ぞくぞくと近隣の王族貴族から結婚の申し込みを受けているらしい。
あんなに小さかったクレール様も結婚か……俺はしみじみとパンをかじった。
最近の彼女は、随分と忙しくなったらしく中々俺の所に顔を出さなくなっていた。
まあ、それもしかたない。彼女は王族、俺は城の魔道士(の下働き)なんだ。
彼女はこの国の王位継承権第一位であるので他国に嫁ぐことはないはずだが、結婚したら今以上に俺のところに来るなど許されないだろう。むしろ今までのように頻繁に会えるのがおかしかったんだ。そう頭では分かっていても、いざとなったら寂しいものだ。
そんな感じで今日はクレール様の誕生日当日だ。
俺ももちろん参加して、周りの王宮勤めの奴らともに普段は食べられないような豪華な料理をたらふく食べていた。うん、うまい。
ふと会場が静まり返り視線が一点に集中する。俺もつられてそちらを見ると、広間の大階段から国宝陛下にエスコートされてクレール様が姿を現した。
周囲から歓声が上がる。俺も息をのんだ。
俺がしばらく見ない間にクレール様はいっそう美しくなられたようだった。まさにこの国の宝、至上のプリンセスだ。
クレール様と国王陛下はゆっくりと階段を下りてくる。広間まで辿り着くと、クレール様はそっと口を開いた。
「本日は皆様、わたくしの為にお集まりいただき心より感謝申し上げます」
決して大きくはないが、会場の隅々まで通る美しい声だ。
「ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今日はわたくしの事で一つ、皆様に発表させていただきたいことがあります。それは、わたくしの婚姻についてです」
会場からどよめきがおこる。だが、ここにいる人はもうほとんどが知っている事だろう。俺も知ってた。
「ですが、わたくしはその相手の方に対して未だに結婚の意思をお伝えしていないのです。ですので、この場をお借りして今からその意思をお伝えしたいと思います」
広間の中でも王侯貴族が集まるゾーンにはものすごい熱気が漂っている。そりゃそうだよな、自分が選ばれるかもしれないもんな。
クレール様はそのままそちらの方に向かって歩き出した。俺達使用人も固唾をのんでその様子を見守る。
姫様に求婚しているであろう貴公子たちの顔には一様に緊張が浮かんでいる……が姫様は何故かその王侯貴族ゾーンを通り越してこっちの使用人ゾーンへと向かってくる。
あれ、クレール様緊張のあまり間違えてませんか?いや、でも姫様の足取りは迷いがない。うっかり席を間違えたおっちょこちょいな王子様でもいたか?と俺が周りをきょろきょろ見回していると、こちらへまっすぐに向かってきた姫様は何故か俺の目の前でピタリと足を止めた。えっ、何で?
「ヴァレール・カスタニエ!」
「は、はいぃい!」
いきなり姫様に名前を呼ばれ俺の声は裏返った。超恥ずかしい、だが今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「わたくし……わたくしの、夫となっていただけますか!?」
「はいぃっ………………えっ?」
何故か怒ったようなクレール様の言葉に俺はいつものように返事をしてしまった。
そして、今なんて?と言おうとした俺の声はいきなり俺の胸に飛び込んできた姫様によってかき消された。俺は慌ててクレール様を受け止める。えっ、ほんとにどうなってんの?
周りの使用人たちからはすさまじい歓声が上がる。よく見ると出席している貴族たちも手を叩いで喜んでいるようだ、姫様に求婚していた貴公子たちは信じられないような顔をしているが。
おそるおそる国王陛下の方を窺うと、何故か王妃様と抱き合ってくるくるまわっている。
えっ、本当にこの国はどうなってるんだ。誰か教えてくれ。