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あなたとダンスを

「ちょっと、聞いてるの、ヴァレール!?」

「はい、聞いてます……」


 目の前ではまたしてもクレール様が頬を膨らませている。彼女が十四歳になってもこの愛らしい仕草は健在だ。

 だが、その光景を見ても俺の心は沈んだままだった。

 何故かって?密かに憧れていた姫様付き侍女のニコラさんが結婚することになったからだ


「ニコラがここからいなくなるのは私だって悲しいわ。でも、彼女の幸せを祝ってあげなくては」

「そうですね……」


 ニコラさんの結婚相手はなんと貴族の跡継ぎらしい。彼女は王都を離れ相手の領地に行くので、姫様の侍女も辞めることになるのだ。


「だから、ニコラのためのパーティーを開くことにしたの!」


 クレール様は俺なんかよりずっと大人だった。彼女だって長年傍にいたニコラさんが辞めてしまうのは辛いはずなのに、こうして気丈に振る舞っているのだ。


「もちろんヴァレールも出席するのよ!」

「はい、出席……って、えっ?」


 思わず了承しそうになって俺は我に返った。ちょっと待て、それって城での宴だろ?俺が行くのはおかしくないか?


「パーティーといっても主催はわたくしよ。ニコラと親しい者だけの小規模なものよ」

「でも……俺なんかが行って……」

「いいに決まってるじゃない!」


 クレール様はばんっとテーブルを叩いて立ち上がった。おお、お姫様がそんなことをするもんじゃありませんよ。


「そこでよ!わたくしが主催するわけだからパーティーの内容もわたくしが決めるの。ダンスパーティーをすることにしたわ!」

「えっ、無理無理、俺には無理ですよ!」


 ダンスパーティー。王侯貴族にとっては馴染み深いものだろう。だが、それなりに地位のある両親はともかく俺はまともに踊ったことなんてない。学院にいた時にあるにはあったのだが、それについては思い出したくもない。察してくれ。


「そんなことだろうと思ったわ。だから、わたくしがヴァレールを鍛えてあげる!」


 姫様はそう言うと立ち上がって俺に向かって手を差し出した。


「ほら、始めるわよ!」


 なんて勇ましい、俺はおそるそる彼女の手を取った。





「ようやく様になって来たわね……」


 それから数日、俺はクレール様の鬼のような特訓を受けていた。この王女様ときたら俺が少しでも及び腰になると容赦なく叱り飛ばすのだ。ふつう俺みたいなやつが王女様の腰に手を回すなんて躊躇しないほうがおかしいのに。

 彼女の鬼教官っぷりのおかげで、なんとか俺も基本的な動きはできるようになってきた。まあ、それはクレール様がうまく誘導してくれているからなんだろうけど。


「これなら明日も大丈夫よ。わたくしが保証するわ」

「ありがとうございます、クレール様のおかげです……」

「いいのよ……まあ、わたくしの為でもあったわけだし」

「……?」

「とっ、とにかく明日は絶対遅刻しないこと、いいわね!?」


 姫様は何故か頬を染めると、それをごまかすように走り去っていった。よくわからないが、とにかくこれで明日に備えるしかない。

 俺は頭の中でこれまでクレール様に習った事を思い出して、イメージトレーニングを始めた。





「おぉ、さすがは王女様の宴……」


 翌日、当然俺は遅刻することなく会場にたどり着いた。俺が姫様に招待されたと分かると、両親が張り切って正装を用意したので服装もばっちりだ。

 クレール様主催のパーティーというのは城の広間で行うような大規模なものではなく、庭園の一つを使用したガーデンパーティーだった。

 俺のほかにもちらほら城の使用人が参加しているのも見えたので、俺もそこまで気後れすることはなさそうだ。


 視線の先ではニコラさんが皆に取り囲まれている。王女付きの侍女で美人で性格も良いニコラさんは貴族、使用人問わず大人気だ。ダンスが始まると皆に誘われている困った笑顔を浮かべている。


「良かった、ニコラも嬉しそうね」


 俺の隣にクレール様がやって来た。

 この宴の主催者である彼女はぐるりと周りを見渡して、誇らしげな笑顔を浮かべた。

 当然だ、皆楽しくてたまらない、といった顔をしているのだから。


「さすがはクレール様です。きっとニコラさんにもいい思い出になるでしょう」

「そう?そう言ってもらえると自信がつくわ」


 姫様はそう言うとぱっと扇を広げて俺の方へ向けた。


「ほら、あなたもせっかく練習したのだからニコラと踊ってらっしゃい!」

「でもあんなに人に囲まれてますし……」

「もう、仕方ないわね!」


 クレール様は俺の手を引っ張ってニコラさんの方へ連れて行こうとした。

 ニコラさんの周りにいた人々は、やって来たのが王女様だと分かるとさっと道を開けた。


 クレール様、ニコラさん、俺、を多くの人が取り囲んでいるという構図だ。あれ、俺場違いじゃね?


「ニコラ、ヴァレールとも踊ってあげてちょうだい。今日の為に散々練習したのよ」

「まあ、素敵な申し出ですけれど……クレール様はよろしいんですか?」

「今日だけは譲ってあげるわ」

「ふふ、ありがとうございます……」


 よくわからないが話はまとまったようだ。いつの間にか俺とニコラさんが踊ることになっていた。

 曲が始まり、俺とニコラさんはステップを踏み出す。さすがは姫様の侍女だ。ダンスの腕も姫様に負けず劣らずで俺も安心できるほどだ。

 なんとか俺が全神経を集中させてニコラさんの足を踏まないようにしていると、不意に彼女は口を開いた。


「ヴァレールさん、長い間お世話になりました」


 何故クレール様もニコラさんも踊りながら平然としゃべれるのだろうか、俺は回らない頭の中でなんとかニコラさんに答えた。足だけは踏まないように、足だけは踏まないように……


「いえ、こちらこそ。向こうにいてもお元気で」

「……ヴァレールさん、クレール様をよろしくお願いします……。あなたにしか頼めないのです」

「えっ!?」


 あっぶねー!

 危うくニコラさんの足を踏むところだった。だが、何とか持ち直せたぞ。だが今のは何だ。クレール様の面倒を見るのならニコラさんの後任だっているだろうに。


「クレール様は普段は完璧な第一王女として振る舞っています。本当の自分を押し隠して……家族の他に本当のクレール様を見せられるのは、私とヴァレールさんしかいないのです」


 なるほど、そういう事か。俺の知るクレール様はすぐ怒ったり、そのあたりを走り回ったり、思いつきで行動したりと、噂話から聞こえてくる思慮深くおしとやかな第一王女とはかけ離れていた。

 俺たちの前での姿が本当のクレール様で、いつもは仮面をかぶった姿という事か。さすがは王女、苦労するな。


「ヴァレールさん、これからもクレール様と仲良くしてくださいね、それから……」


 ニコラさんはそこまで言うと急に押し黙った。


「ニコラさん?」

「いいえ、これ以上はきっとクレール様が自分からおっしゃるでしょう。その日を楽しみにしていてください」


 音楽が止まる。俺とニコラさんのダンスも終わりだ。彼女はにっこり笑うと俺の頬にキスをした。

 おぉー、とまわりから囃し立てるような声が上がる。

 ちょっとー、そこまで許してないわ!というクレール様の声が聞こえてはいたが、真っ赤になって頬の感触を思い出している俺にはその声は言葉として意味をなさなかった。


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