魔道士と侍女
「初めまして、ニコラと申します」
「初めまして、ヴァレールです……」
目の前では綺麗な女性が微笑んでいる。さすがは王女様の侍女だ。容姿も立ち居振る舞いも一級品だ。
いや、そうじゃない。お父様が許してくれたって何だ。この国の王は何をやってるんだ。
「あの……ニコラさん?」
「はい、何でしょう」
「姫様のお父様って……」
「国王陛下です」
知ってた。でもそうじゃない。
「いやいや、何で国王陛下が許してるんですか!こんな地下室というか地下牢みたいな場所に得体のしれない男に会いに行くんですよ!?どう考えてもおかしいでしょう!!」
「ヴァレールさんがカスタニエ家の方だと聞いたら即答でしたよ」
そこかー!確かに俺の家は代々王家に貢献している優秀な魔道士の家系だ。
カスタニエ家の者と聞いて王様が非常に優秀な魔道士だと思い込んでいたのならあり得ない話でもない。
だが俺はとんでもない落ちこぼれ魔道士だ。ここで魔法なんて使おうものならいつもの爆発に姫様を巻き込みかねない。
そんなことになったら今度こそやばい。俺だけではなくカスタニエ家の威信が地に堕ちかねない。というか堕ちる
俺はそうなる前に全てを打ち明けることにした。姫様ではなく、この侍女のニコラさんに。
「あの……ニコラさん、少し込み入ったお話が……」
「はい、何でしょう?」
「それが……」
「もう、二人ばっかりお話しないで!」
まさに事情を説明しようとした時に、姫様が割って入ってきた。
姫様は頬を膨らませてむっとした顔をしている。普段は十歳にして王族の気品を漂わせる姫様だが、そんな子供っぽい仕草も様になっている。さすがはこの国のプリンセスだ。
「二人ばっかり楽しそうでずるい!わたくしにも教えて!」
「あらあら、申し訳ありません、クレール様」
「ヴァレールはわたくしのお友達なのよ!」
いつのまにか俺と姫様は友達になっていたらしい。姫様はぎゅっと俺の服の裾を掴んでぐいぐいと引っ張った。そんなに引っ張らなくても逃げませんよ。
「ヴァレールももっとわたくしとお話ししましょう!そうだ、今日はまたあなたの魔法を見せてちょうだい!」
ついに恐れていた事態が起こった。どうするか、こうなったら姫様にも俺はまともに魔法なんて使えない落ちこぼれだと暴露してしまうか!?
「クレール様、上の畑には魔道士の方が使う薬草が植わっているんですよ。ヴァレールさんに案内していただいたらどうでしょう」
「畑?行ってみたいわ!」
姫様は俺の服の裾を掴んだまま地上へと引っ張っていく。
ちょっと待て、何故ニコラさんは俺が地上の薬草畑の手入れをしていることを知っているんだ。
確かに俺は地下に追放されたが、日々遊んでいるわけではなかった。
上司に言われて薬草畑の手入れなど魔法が使えない人にもできそうな最低限の仕事は振られているのだ。
俺が横目でニコラさんに目をやると、彼女はぱちんと俺に向かってウィンクをして見せた。
あ、これ完全に俺の事情わかってますね。
そうして俺は姫様に引っ張られて地上にやって来た。俺が手入れしている薬草畑はとくに危険な毒草などは植わってないので姫様にも安心設計だ。
姫様は薬草畑が珍しいのか夢中になってきゃあきゃあと歓声を上げている。
俺はそんな姫様の目を盗んで、そっとニコラさんに近寄った。
「ニコラさん……あの、俺の事って何か……」
「はい、カスタニエ家の当主様と奥方様にお話を伺っております」
やっぱりだ。カスタニエ家の当主と奥方と言えば俺の両親だ。
両親はこんな所でも手を回してくれていたらしい。
出来の良すぎる親に感謝だ。ん……ちょっと待てよ。
「そこまでわかっているなら俺じゃなくて他の魔道士の所に行った方がいいんじゃないですか?たぶんその辺にいっぱいいますよ」
そうだ。魔法が見たいのならわざわざ俺の所に来なくてももっと適任がいくらでもいるはずだ。ニコラさんならそう姫様を言いくるめることなど容易いだろう
だが、彼女はそれを聞くとやれやれ、といったように首を振った。
「わかってませんね、クレール様は魔道士ではなくあなたに会いに来ているんですよ」
「……?同じことじゃないんですか?」
「……これはクレール様も苦労しますね」
また二人だけでお話ししてー!という姫様の声が聞こえてきたが、俺は先ほどのニコラさんの言葉の意味を考え続けていた。