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二度あることは三度ある

「ヴァレール!昨日はどうもありがとう!わたくし、先生に褒められたのよ!」


 姫様は嬉しくてたまらない、といった様子で俺に昨日の成果を報告してきた。

 どうやら俺のでたらめな魔法はうまくいったようだ。人間何でもやってみるものである。


「自分の魔法など些細なものです。姫にはもとからそれだけの実力があったんですよ」


 俺は遠回しに自分の魔法は効果がないことを伝えた。だが、姫様にはうまく伝わらなかったようだ。


「いいえ、あなたのおかげよ!ヴァレールはすごい魔法使いなのね!」


 姫様はぴょんぴょん飛び跳ねながらはしゃいでいる。その様子を見ると、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。幼気な王女の夢を壊すのははばかられる。


「それで、姫様。今日はどうなさったんです?」


 正直、昨日の報告をしに来ただけなら早く帰ってほしい。今日は泣いていないとはいえ、嫁入り前のお姫様がこんな地下室で男と二人っきりというのはいささか問題があるだろう。

 俺がそう言うと、姫様は目をキラキラとさせて俺を見つめた。うっ、俺には眩しすぎる。


「あのね、今日はお歌のお稽古なの!それで、また歌がうまくなる魔法をかけてもらいたくて……失敗したら先生に怒られるんだもの!」


 やはりそう来たか。彼女は俺のエセ魔法に味を占めてしまったらしい。大ピンチだ。だが、俺には秘策があった。


「姫様、聞いてください」


 俺はできるだけ真剣な顔を作ると、姫様をまっすぐに見つめた。そう、これからは俺の演技力にすべてがかかっているのだ。


「俺が昨日かけた魔法は一時のまやかしでしかありません。たとえ一時しのぎでうまくいったとしてもそれは姫様のためにはなりません」


 さっきと言ってることが違う?小さいことは気にするな。


「姫様の周りの者たちは姫様の為を思って厳しく接しているのですよ。姫様のお稽古もすべては将来姫がどこへ行っても困らないようにするためでしょう。それを魔法で騙すなんてことは、彼らに対する非礼に当たります」


 姫様の顔が曇る。だがこれも計算済みだ。落としてから上げる、それが人を伸ばす術なのだ。


「姫が本当に彼らの思いに応えたいと思うのなら、彼らを騙すようなことはやめておいた方がいいでしょう。大丈夫です、姫様は自分で思っているよりも立派な方ですよ」


 ここで笑顔を作る。

 姫様はすがるような目で俺を見ている。今の所すべて順調だ。俺はとどめとばかりに次の一言を放った。


「昨日の魔法はお作法がうまくいく魔法ではありません。姫様が自分に自信を持てるようにお手伝いをしただけなんですよ。すべてはあなた自身の実力なんです。ただ、それでも不安なようなら俺がまた昨日の魔法をお掛けしましょう。あなたが自信を持って、何事にも挑んでいけるように」


 俺はまたポケットから金平糖を取り出すと姫様の小さな手にそっと乗せた。

 完璧だ。我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。

 これで姫様は自分に実力がある事に気がつくだろう。これからは心を入れ替えてお稽古ごとに励むはずだ。きっとすぐに地下室の冴えない魔法使いのことなど忘れるだろう。


「……あなたの言う通りね。わたくしが間違っていたわ。お歌のお稽古は、自分の力でやらないと意味がないのね」


 よし来た!さすがは姫様、聡明すぎる十歳児だ。後は彼女が地下室を出れば任務完了だ。


「ねえ、だったらここでお歌の練習をしてもいいかしら?あなたにも聞いてほしいの。悪いところがあったらどんどん言ってちょうだい」

「は……はい……」


 これは予想外の展開だ、予想外過ぎて思わず頷いてしまった。


 姫様は俺が頷いたのを確認すると、何度か咳ばらいをした後に歌を歌い始めた。

 その声を聞いて俺は雷にうたれた。いや、実際にうたれたわけじゃなくてそのくらい衝撃を受けたんだ。

 まるで天使の歌声だ、心が洗われるようだ。

 お歌の先生とやらはいったいどこに目をつけているんだ。姫様が怒られる?とんでもない!彼女の歌声の何が不満なのか、こんなあらゆる生物を浄化するような歌声を聞けるだけでも最高だろ!

 俺が憤ったり、感激したりしているうちにどうやら姫様は歌い終わったようだ。


「どうだったかしら?何だかいつもよりうまくいった気がするの」


 姫様ははにかみながら俺を見つめている。

 おれは素直に最高だったと伝えた。彼女の歌声を聞いて嘘をつく気力も無くなってしまったのだ。


「ありがとう!これでお歌のお稽古もがんばれるわ!」


 姫様は俺に手を振ると軽い足取りで地下室を出て行った。まずい、この様子では彼女はまたここに来てしまうような気がする。たまたま昨日今日と誰にも見つからなかったとはいえ危ない状況なのは変わらない。なんとかしなくては。




 予想通り、翌日も姫様は地下にやって来たので、俺は心を鬼にして彼女に向き合った。


「姫様、前々から思ってはいたのですがもう姫様はここに来るべきではありません」

「ヴァレール、どうしたの?そんなに怖い顔をして」


 姫様はきょとんと俺を見つめている。うっ、そんな純真な瞳で見ないでくれ、俺の良心が痛む。だがここは堪えなければならない。これは姫様の為でもあるのだ。大部分は俺の保身のためだけど。


「自分は魔道士で、ここは魔道の研究をする場所です。姫様には危険な物だってあるのですよ。そんな場所にあなたが行くことをきっと周りの者は許さないでしょう」


 大分オブラートに包んだ表現だったが、姫様はなんとなく俺の言いたいことを理解したようだった。俯いてぎゅっとドレスの裾を握りしめている。そのいじらしい仕草にまた俺の決心が揺らぐ、いや、駄目だ。ここで折れてしまってはすべてが水の泡だ。


「もう、ここへは来ない方がいいでしょう」


 俺の言葉に秘められた拒絶を感じ取ったのか、姫様は唇をかみしめた。


「わかったわ……あなたの言う通りだわ……」


 やった、三日目にして目標達成だ。なのに、何故か俺の心も沈んでいくようだ。

 彼女がもうここへ来なければそれでよかったはずなのに。


 姫様が部屋を出て行ったのを見届けると、俺はまた地下室の掃除に着手した。今まで放置された地下室は俺一人の力では片づけるのに何日もかかりそうだ。

 姫様が来ていた間は片付けは止まっていたので、三日目にしては進んでいない。

 これでやっと落ち着いて作業に入れる、俺は心の奥底の喪失感に気づかない振りをしながら、一心不乱に掃除を始めた。




 さすがにあれだけ言えばもう来ることはないだろう。姫様も納得したみたいだったし、すぐに俺の事なんて忘れるだろう。

 なんて俺の予想をまたしても裏切り、その翌日も彼女はこの地下室にやって来たのだった。

 しかも美人な侍女を引き連れて。


「お父様に聞いたらニコラが一緒なら来てもいいって言ってくれたの!」


 姫様は得意そうにそう言った。

 え、お父様?それってまさか国王陛下?

 一体全体この国はどうなっているんだ。


 そんな俺の困惑をよそに、姫様は今日もにこにこと笑っていた。


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