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3バカだけの日「案外ノリいいな、おまえ」

 真矢がこの近くでウロウロしていた理由。

 それは物凄く明快だった。


「この喫茶店を覗いていた」


「おいドヤ顔でんなこと言ってんじゃねー」


「そして、ここに美少女が来るという情報もキャッチしている!」


 バカバカしすぎて九朗と一希は一度腰を上げた。その袖を引っ張り、今度は真矢がふたりを引き止める。


「おいばかやめろ。せっかくノッてきたんだよ。お楽しみはここからだ」


「うるせーエロ猿が。ひとりでその美女だか美少女だかを視姦してろ変態が」


「シカン……だと……!? なんてアブない話を……!」


「かわいそうに……童貞こじらせすぎたんすね」


「おい金田ぁ!! 体からチェリー臭垂れ流してるザ・DTのテメーがんなこと言うなや!?」


「あんだけ女にエロ目使ってるくせにひとりも食えてねーとはな……やれやれだ」


「おまっ……ABの経験数だったら凄いぞ!? Cまでいけてないだけだぞ!? やったんだ、やったんだよ必死に! その結果がこれなんだよ! これ以上どうしろって――――」


「煩悩を捨てろ」


「そういう数打ちゃ当たるみたいなスタンスは……さすがに、どうかと」


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」


 真矢は絶叫とともに崩れ落ちた。そのまま魂が抜けたかのように真っ白になっている。


 一希はため息をついて再度腰を上げ――――かけて、すぐに座った。


「どうした?」


「草間、頼む。床に正座して」


「あぁ?」


 短い一希の指示。九朗が本格的に訝しむ。


 その短いやり取りで全てを察したのか、真矢は顔を伏せたまま不敵に笑った。心なしか色彩も戻ってきた。


「さすがだなゴールデン。既に気づいたか」


「…………」


「おい、なんの話だてめーら」


「いいから床に正座してくれ。あんたの坐高は目立ちすぎる」


「あぁぁ?」


「コーヒー奢るぞ」


「…………ちっ」


 思いのほか簡単につられた。九朗がその場に正座する。

 そして――――鈴の音とともにドアが開く。


 確かに、美少女が入ってきた。

 桧原透子だった。












 * * * * *











「おいエロ猿。わざわざ学校で会えるヤツを追ってきたのか?」


「追ってねーよ。先回りしただけだ」


「どうやって」


「ふっふっふ……このオレ様にかかればガールズトークの輪に入るなぞ造作もないのだよ」


「要は盗み聞きか」


「違うモン。ゎたしゎ、ちゃぁんとぉきぃたんた"っては"ぁ」


「けれど桧原がここに来るのは初めてだぞ」


 さらりと一希が断言する。

 ふたりはバッと振り向いた。


 今まで――――少なくとも真矢や九朗に比べれば、まぁ運がないだけの普通な男だと思われてきた一希だったが。


「ほら、席を選んでる。店の様子を確認してる。メニューを取って……ウェイターを呼ぶのも遅い。明らかに慣れてな…………なんすか、その目は」


「…………その、悪かった。おまえがまさかそのまで本気だったとは……」


「……とても……なにもいえねぇ」


「…………は?」


「今日からおまえはゴールデンを卒業する。新しいおまえはストーキングだ。すげーぞなにせストの王様だ」


「スト? ストライキのことすか?」


「…………やれやれだ」


 肩をすくめる九朗。気分直しに彼はコーヒーを煽り、おかわりを注文するためウェイターを呼び止めた頃。


 一希と真矢が同時に身を震わせた。


「…………どうした?」


 あんまり聞きたくなさそうな表情を作り、九朗は尋ねた。

 真矢が黙って震える指を差し向ける。


 透子の目の前に――――人が座っている。


 男だ。しかも白髪混じりの。

 おっさんである。


 ――――いや、誰だ?


「…………おい、まさか……」


「やめろ。それ以上はいけない」


「いやあれは援こ」


「やめろっつってんだろうがッ!!?」


 半ば涙目で一希が真矢の襟首を引っつかんだ。


 しかしその一希の様子を真矢は冷めた目で見つめている。現実を見ろと諭す目だ。


「嘘だ……俺は信じない……うぞだごんなごど!」


 熱が入りすぎて言葉に濁音が増えていく。辛うじて残っている理性が声を潜めさせていた。


 おぼつかない足取りで一希は席を立ち、トイレに――――透子の座っている方に向かっていく。


「…………」


「草間ぁ、なにか感想は?」


「ねーよ。不純異性交遊でもなんでも勝手にしてろ……メリットもデメリットも自分に返ってくるものだろうが」


「だがなリーフ」


「誰が電気自動車だ」


「すまないフレディ」


「それはなんだ? マーキュリーか? 殺人鬼か?」


「案外ノリいいな、おまえ。不良みたいなナリしてっけど、もしかしていいやつか?」


「……なにも中身のあること言わねーなら、その口が開かないようにしてやろうか?」


「いやいや、オレ様が不審者で警察沙汰になりそうだったから止めた理屈が通るなら、アレを止めなきゃならなくなるんじゃねーの? アレも法的にヤベーやつだろ」


「…………なるほど、確かに」


 一考して、九朗はまたコーヒーに口をつける。

 それじゃあ一丁揉んできてやるか――――とか言って席を立とうとしたところで。


 一希がトイレから戻ってきた。

 ……この世の終わりを見てきたかのような顔をしていた。


 九朗は絶句して、コーヒーが入ったマグカップを危うく落としかけた。


「……ご、ゴールデン? かねだ? かずきくーん?」


「……いってた……パパて……よんでた……」


 全身から血が引いているらしく、ろれつが回っていない。指先はおろか肩も膝も震えているようだった。

 このまま音を立てて崩れていってしまいそうだ。


「…………その、なんだ……」


 大概のことは鋭く言葉も選ばずずけずけと指摘する性分の九朗だったが、さすがに言葉に迷っていた。

 先ほどまで口論をしていた真矢でさえ、席を立って一希の肩を抱き止めている。


「……かえる」


「ああ、そうだな。一緒に帰ろうか」


「代金は俺が持つ。真矢。そいつ連れて先に帰っとけ」


「オーケー、ボス」


 死に体同然の一希を挟み、真矢と九朗はそれぞれまっすぐ言葉を交わした。


 いがみ合い続けていた彼らが、はじめて心を一つにした瞬間だった。


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